ユンノーシャング雲上国
私達を乗せたリュサンドロス君は一直線に天巨人王の待つ王宮へ向かおうとした。リュサンドロス君としても父親に私達を会わせたくてしょうがないらしい。今にも駆け出しそうな彼を諌め、ゆっくりと移動するように説得したカロロス殿は本当に大変そうであった。
『ユンノーシャング雲上国』は天巨人の国であり、全てが大きい。それは上から眺めていた時からわかっていたことだ。しかし、こうして足を踏み入れてみるとまるで自分が小人になったかのように錯覚してしまいそうだった。
こうして街を直接歩いていると、上からではわからなかったことがよくわかる。この国は古代雲羊大帝の羊毛の上にあるらしい。地面に当たる部分は白い絨毯のようになっていて、とても柔らかそうだ。
そして編み物のような民家だが、驚くべきことにどの家にも入口を塞ぐドアがなかった。泥棒に入りたい放題ではないか、と思ったのでカロロス殿に尋ねてみる。すると天巨人ならではの答えが返って来た。
「そのようなことをすればすぐに発覚しますぞ。我らは魔王国ほど国民の数が多くないですからな」
「ああ、なるほど」
人数が少ないせいで悪さをすればすぐに露見するようだ。全員が顔馴染の村のようなモノだろうからなぁ。村八分にされたくなければ馬鹿なことは出来ないのだろう。
「おお、殿下だ!」
「お客人を乗せてるわ」
「粗相をしてはなりませんぞー!」
「そんなことしないって!」
街を歩いていると天巨人達はリュサンドロス君へと気軽に声を掛ける。その中にはからかうような言い方をする者もいるが、リュサンドロス君本人を含めて誰も気にしていないらしい。王族と国民の距離は随分と近いらしい。従属している種族もいないようだし、その点は海巨人と異なるようだ。
それにしても、彼らのやり取りを見ているとリュサンドロス君が天巨人達に慕われているのがよく分かる。王子がこれだけ愛されているとなれば、国王はそれ以上に敬愛されているのは確実だ。この国の結束は強い。それを強く感じさせられた。
「いらっしゃい、お客人」
「ゆっくりしてけよ」
「後でウチの品を見ていきな!」
また、我々への好感度は随分と高いようだった。彼らはリュサンドロス君だけでなく、我々にも必ず一言声を掛けてくれるのだ。多少、商売っ気の含まれた声も混ざっているが、それもまた取引相手だと認められているからこそ。というか、雲上国の品は普通に興味がある。必ず立ち寄らせてもらおうか。
この時、初めてリュサンドロス君以外の武装していない天巨人を見ることになったのだが、その頭羽根は様々な色だった。明るい茶色や焦げ茶色、黒色のようなリアルでも存在する髪色から水色や薄い緑色のような通常ではあり得ない顔色まで多種多様だった。
だが、その中に白色だけは一人もいない。リュサンドロス君が以前に言っていた通り白色は王族だけの色であるらしい。疑っていた訳ではないものの、こうして白い髪の天巨人がいないのは興味深かった。
街中を通った後、我々は上からも見えていた王宮へと通された。巨人にとっても大きな建物は我々からすれば小さな山ほどの大きさがある。リュサンドロス君の雲羊から降りた我々が王宮の屋根を見ようとすれば首が痛くなるのは必至であった。
王宮の前までリュサンドロス君の雲羊に運ばれた私達だったが、流石にこのまま王宮に入る訳もない。私達は促されて地面に降りる。足を付けた古代雲羊大帝の毛は、意外なことに思っていた以上に硬かった。きっと天巨人達に踏み固められていたからだろう。絨毯のような柔らかさを期待していた分、少し残念だった。
すると雲羊はブルリと一度身震いしてから空へ駆け上がって上空の雲羊の群れに合流した。シラツキを停めた休憩所はあるが、基本的に放牧しているようだ。
「どうぞ、お入り下さい」
「いらっしゃい!」
王宮にも当然のように扉はない。アーチ状の入口をくぐるだけである。入口をくぐった瞬間、私はフワリと身体が浮かぶかのような錯覚を覚えた。下を見れば王宮の中は青空のように澄んだ青色に染められた絨毯が敷き詰められていたのだ。
絨毯の柔らかさに他のメンバーも驚いているらしい。まさか入口で驚かされるとは思わなかった。コンラートであればこの絨毯で大儲け出来そうだ。どうにかして持って帰れないだろうか?
我々が驚いていることに気付いていないリュサンドロス君とカロロス殿はズンズンと王宮内を進んでいく。どうやら彼らにとってこの絨毯は日常のことらしい。私は二人の後を追って…駆け出した。
「待ってくれ!速すぎる!」
「あっ、ごめん!」
「こっ、これは申し訳ございませぬ!」
二人にとっては普通に歩いただけなのだろうが、彼らの一歩は私達の十歩にも近い。追い付くだけでもダッシュする必要があり、慌てて止まってもらった。こちらには私よりもさらに足が遅い者もいるのだ。その速度で歩かれてはたまったものではなかった。
仕方がないので飛べる者は浮遊して二人の横に、飛べない者達はリュサンドロス君とカロロス殿の掌に乗ることになった。偶然ではあるが『YOUKAI』はユキを始めとして飛べる者が多い。そのお陰もあって二人の掌で十分だった。
王宮内にある部屋には扉の代わりに薄い布が垂れ下がっている。外と内を区切る扉はないのに室内には何故か仕切りがあるのは何故だろうか?どこか釈然としない思いを抱きながら、案内されるままに進んでいた。
そうして二階へと上がったところでリュサンドロス君はニコニコと満面の笑みを浮かべながら二階の部屋の入口を仕切る薄布を払って中に入る。そこは広い円形の部屋となっていて、その部屋の絨毯の上には座布団が円形に敷かれていた。
「父上ー!母上ー!みんなが来たよー!」
「おお、来てくれたか!」
「急に飛び出して…全く」
部屋の中にいたのは十人の天巨人だった。彼らは半円形に座っていたのだが、その中央に座っている二人がリュサンドロス君の両親なのだろう。その姿は…その…とても失礼だとは思うが想像と大きく異なっていた。
リュサンドロス君の母君、すなわち王妃は切れ長の目に金色の頭羽根の美人だった。ただ天真爛漫なリュサンドロス君とは大きく異なるのは不機嫌そうに眉根を寄せながら小言を零している。いや、母親として息子を叱るのは良いが他国の客人の前でやることだろうか?
そして王妃以上に驚かされたのは天巨人王である。彼は…そう、とても丸々としていた。ぶっちゃけるととても太っていたのだ。美少年であるリュサンドロス君の父親ということもあってダンディな外見だと思っていたのでとても意外であった。
ただし、よく見れば天巨人王はただ太っている訳ではなさそうだ。服から覗く腕は筋肉が浮いているし、二重顎ではあっても僧帽筋の盛り上がりはまるでボディビルダーである。太りやすいだけでバリバリの武闘派のような気がするな。
他の天巨人だが、老人が四人と若者が四人。それぞれ男女二人ずつだった。経験豊富な長老と瑞々しい若者の代表者を集めたのだろう。
「細かいことを気にするでない、エウロペ。おお、すまなんだな。我はステルギオス。雲上国の王である!」
「王妃のエウロペと申します、魔王様。息子の世話をしていただき、改めて感謝いたします」
天巨人王ステルギオスと、王妃エウロペ。この二人が続いて名乗った。他の天巨人達は私達をじっと見つめている。我々がどう出るのかを見定めようとしているのかもしれない。
もしそうなら、ここは私も名乗らなければなるまい。私は一歩分前に出ると、胸を張って名乗り返す。高圧的なのも卑屈になるのもダメ。堂々と、対等な関係を求めていることを伝えるのだ。
「私が魔王国国王、イザームだ。雲上国と魔王国が良き友となることを願う」
「おう、おう!友誼を結ぼうぞ魔王殿!」
仮面を取り外して私が返答すると、ステルギオス王はガハハと笑いながらその大きな手を差し出してきた。私もまた前に出て彼と握手を交わす。すると天巨人達は満足げに頷いたり拍手したりしていた。
どうやら彼らにとって満足の行く対応だったらしい。安堵している情けない表情が相手に見られる心配がないのは、骸骨であることの最大の利点かもしれない。そんなことを思いながら私は巨大な手を握るのだった。
次回は11月22日に投稿予定です。




