雲上国へ
艦橋で五人の天巨人達を観察していると、先頭にいた一人がこちらに気が付いた。すると彼らはこちらを目指して雲羊を駆けさせた。
「これは…すぐに合流しそうだ。アイリス、艦内放送で伝えた後はゆっくりと減速してくれ。私は外に出ておこう」
「わかりました。えーと、コホン。皆さん…」
私は天巨人との合流が近いことを告げるアイリスの艦内放送を聞きながら甲板に出る。そして空中に身を投げ出すと私が浮遊しようとする前にスルリとリンが私の下に滑り込んだ。
気が利くじゃないか、と褒めながらリンを労ったのだが背後から悔しそうな唸り声が聞こえてくる。振り向くと出遅れたカルがリンのすぐ後ろを飛んでいた。
「クルル!」
「グオォ…」
「おいおい、仲良くしてくれよ?カルもありがとうな」
得意げに鳴くリンに対し、カルは力なく項垂れていた。私を乗せようとしてくれたのはカルも同じ。私はリンを窘めながら、カルを労っていた。
そんなことをしていると、肉眼でも見える位置に天巨人達がやって来た。まだ豆粒のような大きさだが、空の上という見晴らしの良い場所で見逃す者がいるはずもない。空を飛んでいた者達はすぐに全員が気付いた。
艦内のアイリスは艦内放送を終えたらしく、シラツキはゆっくりと減速していく。ゲイハがいるので問題はないと思うが、万が一ということもある。敵だと思わせないための配慮は必須であった。
「失礼!魔王国一行でよろしいか!?」
「いかにも。私が魔王国国王、イザームである」
接近してきた五人の天巨人達は確認のために誰何する。恥じ入ることなどない私は堂々と名乗りを上げた。
まさか国王が直々に出てくるとは思っていなかったのだろう、明らかに狼狽えているようだった。出迎えに来たら国王と鉢合わせたのだから正しい反応だろう。私もそうなるに違いない。
「ごっ、ご無礼をお許し下さい!魔王陛下だとは存じ上げず…」
「気にする必要はない。それで…ここからは君達の案内に従えば良いのかな?」
「はっ!我々は魔王国からの使者の方々を案内するよう、仰せつかった部隊の一つです。先導させていただきます」
「よろしく頼む」
短く会話を切り上げた後、私はシラツキに帰還する。そしてラウンジには行かず艦橋で待機することにした。天巨人が先導しているので安全は確保されているのだろうが、万が一もあり得る。彼らが危機的状況になっても即応するには艦橋にいた方が良いのだ。
天巨人達は艦橋にある羅針盤が指し示す方向に進んで…いないぞ?ほんの少しではあるがズレが生じている。何のつもりだろうか。先程会話した者達は誠実そうだったのだが…最悪の事態に備えておく必要がありそうだ。
「アイリス?」
「わかっています。いつでも戦闘機動に入れるかと」
艦橋にいる私達は些か以上に緊張しながら先を行く天巨人達の背中を見守っていた。リュサンドロス君のこともある。私達に引き金を引かせないでくれ。そう願うばかりであった。
しかし指針とのズレは小さくなるどころか徐々に増している。そろそろ艦内放送によって何かしらの警告をするべきか。そんな考えが頭をよぎった時、私は視界の端に何かを捉えた。
「アイリス、あの雲を拡大してくれ」
「え?あっ…!?」
私達がいる場所からそれなりに離れた位置には巨大な雲のようなモノが見える。だが、あれは雲などではないと断言出来る。何故なら、その超が付くほど巨大な雲の切れ間から目玉が覗いているからだ。
「こうして見るのは二度目になるのだろうな」
「やっぱり大きいですねぇ…」
あれこそ、目的地である古代雲羊大帝だろう。見えた目玉の瞳孔は羊らしく横長で、じっと私達を見つめているように思う。しかしすぐに興味を失ったのか、目蓋を閉じたよう目玉は見えなくなってしまった。
古代雲羊大帝に接近しているということは、彼らには攻撃の意図などはないらしい。そこでこれまでの移動経路を調べて見ると、古代雲羊大帝を大きく迂回するような経路を通っていたことがわかった。真っ直ぐに向かうのは不都合がある、ということかもしれない。
これなら過度に警戒する必要はあるまい。私達は安堵しつつ、しかし戦闘機動にはいつでも移れる準備を保ったまま天巨人達について行っていた。
「あっ!見て下さい!」
「おお、あれが『ユンノーシャング雲上国』か」
しばらくして古代雲羊大帝にとっての背中側らしき場所にまで到達すると、ようやく『ユンノーシャング雲上国』が見えてくる。上から見下ろしているのだが、そのお陰で古代雲羊大帝の恩恵を享受している国だということがよくわかった。
街は全体を大きな壁で囲まれているのだが、その壁は古代雲羊大帝の羊毛を編んで作られているらしい。壁の中にある建物もまた、羊毛を編んだモノだった。というか、街の中央部にある王宮も羊毛で編まれている。全てが編み物で作られた街という、想像を遥かに超えてファンシーな街並みだった。
染料が手に入るのか、屋根など様々な部分に染色された羊毛が使われているのでより強く可愛らしいと感じる。ただし、忘れてはならないのはここが天巨人の街であるということ。全て巨人サイズであり、全く可愛くない大きさなのだ。
「遠目で見る限り、建物は思ったよりも少ないのか」
「そうですね。国民の数もあまり多くないようです。魔王国の半数どころか三分の一以下なんじゃないでしょうか?」
雲上国の中では天巨人達が普通に生活していた。彼等と建物の大きさから考えて、民家一つに住めるのは多くても四人程度だろう。そう考えると国土の広さに対しての国民の数は随分と少ないのかもしれない。
仮に成人の全員が兵士として駆り出されたとしても、その兵数は二百にも満たないのではなかろうか。まあ、彼ら天巨人は通常の人間の十倍近い身長がある。数と戦力に大きな隔たりがあることを忘れてはならないだろう。
そんな雲上国の上空には無数の雲羊がプカプカと浮かんでいる。大きさは大小様々であり、羊飼いと思われる天巨人が見守っている。本当にここが巨人ではなく小人の街であれば低年齢の幼児向け絵本の世界だと感じたかもしれない。
「先行する天巨人達が降下を開始しました」
「そのままついて行こう」
案内に従ってシラツキを着陸させたのは、雲上国の敷地内にある障害物がほとんどない広場だった。どうやら雲羊の休憩所のようで、広場には獣舎のような羊毛製の建物が建っている。屋根の下だけでなく上でも雲羊達はゴロゴロしながら眠りこけていた。
シラツキは着陸させたし、カルとリン、彼らと共に飛んでいたプレイヤー達も地上…と言っても良いのか微妙だが、とにかく雲上国の国土を踏んだ。しかしゲイハだけは頭蓋骨になって地上に降りることなく、周囲の雲羊達と共に雲上国の直上をゆっくりと旋回していた。
「止めさせた方が良いだろうか?」
「いいえ、特に問題はないと思います。雲羊は害意には敏感ですから、攻撃する意図がないのは明確です」
どうやらお咎めなしで済んだらしい。見れば天巨人でゲイハを物珍しそうに見上げる者はいても、嫌悪た忌避感を見せる者はいない。私の不手際が問題視されなかったのはありがたいが…大らか過ぎないか?ちょっと心配になってしまうレベルだ。
ゲイハの考えなしの行動はもう考えないようにしよう。あまりにもハメを外すようなことをするようならカルとリンに制裁してもらうか。大きさならゲイハの圧勝だが、戦闘力ならカルに軍配が上がる。リンのサポートが加われば万が一もない。抑え役としてはうってつけだった。
休むべく地面に伏したカルと彼に寄り添うように座っているリンにゲイハのことを頼んだ私は、アイリス達とミツヒ子、それに『モノマネ一座』と『八岐大蛇』と『YOUKAI』のメンバーを引き連れて迎えに来てくれた天巨人達に続いて広場から外に出ようとした。
「いらっしゃ〜〜〜〜〜〜い!」
「でっ、殿下ぁ!?」
その時、雲羊に乗ってこちらへ真っ直ぐに突っ込んでくる二つの影があった。それはもう顔馴染みとなりつつあるリュサンドロス王子とカロロス殿だった。あの王子様は私達が来たと聞いて飛び出したに違いない。友人としては嬉しいが、カロロス殿の気苦労を思うと苦笑いするしかなかった。
「早く行こう!父上も待ってる…わわっ!?」
「メェ~?」
「メェ~!」
そう言ってリュサンドロス君は自分が駆る雲羊の背をポンポンと叩こうとした。ここに乗れと言うことなのだろうが、その前に彼の乗る雲羊はウールをじっと見つめていた。
今は悪魔なウールだが、元々はただの羊であった。何か通じるモノがあったのか、雲羊はリュサンドロス君に指示される前から座って自分に乗るように促していた。
私がカロロス殿に目配せすると、彼は諦めたかのように乗ってくれと促している。許可を得た私達はリュサンドロス君と共に天巨人王との会合に向かうのだった。
次回は11月18日に投稿予定です。




