雲上国行けるのは…
ログインしました。昨日は唐突にリュサンドロス王子とカロロス殿がやって来た訳だが、私がログアウトしている間に正式な使者がやって来たらしい。二十四時間ずっとログインしてはいられないことと、ゲーム内では時間の流れが速いことの弊害である。
ただ、私達には住民という心強い味方がいる。その時にログインしていた者達と共に使者を迎え、その要件を聞き取ってくれていたようだ。
使者が伝えてきた内容は三つ。一つ目は急な訪問を行ったリュサンドロス王子についての謝罪と歓待したことへの謝辞だった。普通に考えてまだ正式な国交が結ばれていない国に王子がいきなり訪れるというのは非常識極まりない。それに対して穏便に対応したことへの感謝だった。
二つ目は今度は『ユンノーシャング雲上国』の側が我々を歓待したいという招待である。リュサンドロス王子に持たせたお土産が利いているのかもしれない。思えばこちらが歓待することはあっても、こちらが歓待されることはなかった。是非とも行きたいし、今からとても楽しみである。
そして三つ目は招待を受けるかどうかの確認とその日取りを決めるために後日使者が訪れるという連絡だった。その時に私がいるかどうかはわからないが、伝えるべき決定を教えておけば良いだろう。
この使者はついでとばかりに一つのアイテムを私達にプレゼントしてくれたらしい。それは古代雲羊大帝にたどり着くためのコンパスであった。【鑑定】した結果は以下の通り。
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魔力記憶羅針盤 品質:優 レア度:R
方角ではなく特定の生物の方向を指し示す特殊な羅針盤。
針の素材となった生物の方向を常に指し示す。
現在は古代雲羊大帝を追跡している。
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球形のガラスの中に白い針が浮かんでおり、何かの植物を結って作られた縄が全体を網目が荒い網状に覆っている。縄は最後には一本に結わえてあって、その先端には金具がついていた。
縁日で見た水風船のヨーヨーを彷彿とさせる形状だ。きっと金具をベルトなどにつけて使っていたのだろう。彼らにとっては使いやすいに違いない…そう彼らにとっては。
「招待に応じた場合はこのコンパスを使って来てくれということなのだろう。しかし…」
「デカ過ぎじゃん!」
「上に乗れるねー」
隣で見上げながら叫ぶ紫舟の言うように、かなり大きいのだ。ガラス球部分は直径一メートルほどだろうか。サイズで言えばバランスボールに近い。実際、危うげなくウールが乗れるくらいの大きさだ。大き過ぎて非常に使い辛かった。
ガラス球の中にある針は金属ではなく、何かの繊維を束ねているらしい。その先端は真っ直ぐにどこかの空を指し示している。微動だにしていないように見えるが、それは古代雲羊大帝との距離がかなり離れているからだと思われた。
「まあ、シラツキに載せるのなら問題はない。それと…とりあえず降りなさい」
「はーい」
「研究区画の人達は?こんなのがあったら絶対に飛び付きそうなのに」
「もう調べられるだけ調べたようだぞ。本当なら分解したかったようだが、アイリスが止めたらしい」
「アイリスってー、研究区画の良心だねー」
特定の個体の魔力を追跡するコンパス。こんな便利かついくらでも応用が利きそうなアイテムに研究区画の連中が食い付かないはずもない。当然のように技術者達は我先に集まっていたようだ。
その時、分解しようという話が持ち上がったらしい。だがその暴挙はアイリスがどうにか阻止したようだ。ただ、分解を真っ先に言い出したのはザビーネ嬢だと聞いている…あのお嬢さんは匿ってもらっているという自覚はあるのだろうか?
「まあ、良い。今私達の手元にあるアイテムで複製することは不可能ではないと聞いた。分解する必要はもうない。問題があるとするなら…」
「同行者だね!」
節足の数本を持ち上げながら元気よく言葉を引き継いだ紫舟に私は頷きをもって返す。『ユンノーシャング雲上国』に訪れることは決定しているが、その際の同行者を決めなければならないからだ。
私は行くことが確定している。王子をもてなした礼ということで、国王という立場にある私を向こうが指定して来たのだ。問題は他のメンバーである。誰を連れて行くのか。それを選定しなければならないのだ。
いずれ雲上国と行き来する方法が確立すれば誰でも気軽に訪れられるようになるだろうが…未知の地域に真っ先に訪れたいという望みは誰にでもある。そして当然のようにほぼ全てのプレイヤーが同行を望んでいた。
「全てのクランから数人ずつ選抜させるべきか、それともクラン単位にするべきか…悩ましいな」
希望者の全員を連れて行くことが出来れば良かったのだが、それは無理だ。何故なら、雲上国から訪問する際の人数は五十人までと制限されていたからだ。
雲上国と魔王国はコンタクトを取って以来、お互いが良い関係を築こうと気を使っている。だが、まだ正式な国交を結んだ訳ではない。実はこれまでの態度は擬態であり、友好の使者に見せかけて戦を仕掛けてくる可能性はゼロではないのだ。
万が一に備えて警戒しているようだが、私は国王という立場にあるので彼らの警戒心は理解出来る。全員が私達のことを信じていると思う方が思い上がりというもの。むしろ私達のことを信じられない者達にも私達に敵対心などないことをアピールする良い機会だと捉えていた。
だからこそ同行するプレイヤー達は重要である。ある程度以上の礼節を弁えた上で魔王国の力を見せ付ける人物を連れて行く必要があるからだ。
私達『夜行衆』からは私、アイリス、ジゴロウ、ウール、そして紫舟を連れて行くことになっている。私は国王として、アイリスは技術関連のトップとして、ジゴロウは私の護衛として、ウールは元羊系魔物枠として、そして紫舟はウールのコンビとしてであった。
それ故に問題は残りの四十五人だ。案としては二択。一つは全てのクランから数人ずつ集める方法だ。こうするとクラン間では公平を保てるものの、クラン内で不和が生じる可能性があった。
もう一つは特定のクランからのみ同行者を募る方法だ。この場合は選ばれたクランの間で揉めることはないが、クラン間でしこりが残るかもしれない。どちらを選んでも丸く収まらない可能性があった。
「あー、そうだー。イザームにー、言うの忘れてたことがあったんだー」
「何?それは何だ?」
「雲羊が言ってたんだー。天巨人達はー、パントマイム達のショーが見たいんだってー」
「…なるほど」
ふと思い出して何でもないことかのように言ったウールの一言によって、同行者を選ぶ基準はクラン毎になることが決まった。パントマイム達『モノマネ一座』は全員が揃っていて始めて最高のショーを見せられる。彼らを呼ぶということは全員を呼ぶことと同義であり、公平を期すならばクラン毎にしなければならないだろう。
クラン毎となると人数的に二つが限界だろう。そうなるとどのクランを選ぶべきか…ええい、面倒くさい!我々はプレイヤーだぞ?ならば決める方法は一つである。
「決めたぞ。古参クランと新規クランから一つずつ。希望クランの代表者を選んで闘技場で戦わせて勝った奴らを連れて行く」
同行させられるクランが二つあるのなら、古参のクランと新規のクランから一つずつ来てもらう。その選定は代表者を決めさせ、闘技場でド突き合いをさせる。その勝者のクランを連れて行くのだ。
「おぉー。楽しそうー」
「えぇ!?それで良いの!?」
「逆に聞くが、話し合いで決まると思うか?」
「「それは無理」」
新規のクランの者達についてはまだ知らないが、古参のクランは我が強い者達が多いので話し合いで決まるとは思えない。それはウールと紫舟が同時に即答したことからも多くの者達にとっての共通認識だった。
ならば文句を言えない形で決めさせれば良い。それが代表者を選んでのド突き合いである。こうすれば余り文句は出ない…はずだ。
「早速、立候補しているクランに通達しておこう。それにしても、思っていたよりも闘技場は大活躍だな」
「そーだねー」
ジゴロウが熱望したことで作られた闘技場だが、恐らくはジゴロウ本人の想定よりも活躍していることだろう。ついで公営のトトカルチョでもやって一稼ぎさせてもらおうか。我ながら邪悪なことを考えながら、各クランにメッセージを送信するのだった。
次回は11月10日に投稿予定です。




