位置情報と魔術確認と新素材と
『なっ!?』
私が取り出した龍玉を見て、アグナスレリム様は狼狽を露わにした。これは龍神の持ち物らしいし、当然だろう。
『こ、これをどこで!?』
更にギリギリまで顔を近付け、食い入るように龍玉を見つめる。私の事などすでに眼中に無いのかも知れない。
だが、顔を近付けた状態で鼻息を荒くするのは止めていただきたい!台風の真っ只中にいる気分だ!
「あ、アグナスレリム様!お、落ち着いて下され!」
『あ、ああ。済まないね』
アグナスレリム様はようやく我に返って頭を元の位置に戻してくれた。しかし、その視線は龍玉に向いている。それほどのお宝なのか?
『知っているかもしれないけど、それは我ら龍族の祖、龍神様の持ち物だ。数百年前に盗まれた時は、あらゆる大陸で下手人を探すために龍神様のご命令で龍族が暴れまわったものさ。その結果、幾つかの文明が滅んだっけ…』
「そ、そんなことが」
アグナスレリム様は当時を思い出したのか、遠くをみつめている。…月ヘノ妄執は何をやっとるんだ!!そのせいで世界が滅びかけたんじゃないか!?ゲームが始まる前にクライマックスを訪れさせてどうすんのよ!
『最終的には女神の一柱が降臨して事なきを得たんだけどね』
「そう、なのですか…」
いやいやいやいや、それって逆に世界を女神が出張らなきゃ事態が終息しないところまで行ったってことでしょ?そうだとすると、龍神って女神に匹敵する力があるのか?
『それはさておき、友よ。君はこれをどうするつもりだい?』
「はい。出来れば私自身の手で龍神様にお返ししようかと。その下手人を討伐したのは私でございますから」
これは一部嘘になるのかもしれない。何故なら、『蒼月の試練』で月ヘノ妄執を倒したのは既に私だけでは無いかもしれないからだ。
しかし、最初に倒して龍玉を得たのが私である事は事実。ならば龍神に返すまでが私の義務だと思うのだ。それに、怖いっちゃあ怖いが、怖いもの見たさから女神級の力を持つ龍神に会ってみたい。人は好奇心には勝てないのだよ!
『なるほど、それがいいだろうね』
「そこでアグナスレリム様にお聞きしたいのは、龍神様がどこに居られるかについてです」
そう。私は龍玉を返す気でいる。しかし、肝心の届け先を知らないのだ。これではどうしようもない。だからこそ、アグナスレリム様と言う龍王と知り合えたのは幸運だったと言える。きっと居場所を知っているからだ。
『そう言うことなら教えてあげるよ。龍神様が居られるのは人間の言うヴェトゥス浮遊島。私達は龍の楽園と呼ぶ、古代人が浮かべた天空の大地さ』
◆◇◆◇◆◇
はい、今日は日曜日です。アグナスレリム様の話が様々な情報を内包し過ぎていて、彼が去った後にそのままログアウトしたのである。
そして次の日の今日、ログインし直した訳だ。いやぁ、平日は就寝時間ギリギリまでやって休みの日はほぼ一日中プレイしているなぁ。あれ?私ってもしかして一般的には廃人扱いされるのでは…!?
い、いや!そんなことはない!私は平日は真面目にサラリーマンをやっているんだから、廃人ではないはず!…そうだよね?
こ、この話はもう止めよう。誰も幸せにならないからね!そんなことより、新しい魔術と称号、そして進化と転職が私を待っている!
先ずは新たな魔術についてだな。追加されたのは地変、氷結、炎体、風刃、樹海、噴火、砂嵐、酸霧、雷雲、地雷、光鎧、光槍、そして魔力探知だ。一気に十三種類も増えたのは素直に嬉しいが、多いだけにチェックも大変だ。
一番目、地変は地面の様態を変える術だ。コンクリートのように硬くしたり、砂浜のようにサラサラにしたり出来る。これだけでは攻撃には成りにくいが、他の術とのコンボで輝きそうだ。
ただし、変化させるのはあくまでも様態だけで、地面の成分は変化しないのを忘れてはならない。砂浜の砂浜をコンクリートのように固める事は出来てもコンクリートになるわけではないのだ。
二番目、氷結は範囲が狭いが、指定した場所を凍り付けに出来る術だ。氷手と氷円の効果を併せたものだ。
効果は劇的っぽいが、消費魔力が中々多いので使いどころは考えねばならない。新たな切り札の一つだな。
三番目、炎体は肉体を炎に変える術だ。使っている間は物理攻撃を無効化する特性がある。ただし!私の全魔力を使っても十秒と保たないほどの魔力消費速度だった。もちろん暗黒の書を持っていて、である。
それに物理攻撃を無効化しても、【水氷魔術】では大ダメージを受けるし、何よりも炎体を使っている間は他の魔術を使えない。しかし武器と防具は取り落とすどころか火属性が付与されるらしい。一瞬だけ使うのなら魔法戦士と相性抜群だろう。
四番目、風刃は風の刃を飛ばす術だ。何だか初期に覚えていそうな術だが、威力がおかしい。射程圏内なら鉄でも切れるのだ。源十郎の斬撃を彷彿とさせる斬れ味である。
非常に強力だが、強力過ぎて使い勝手が悪いかもしれない。場合に応じて呪文調整によって威力を変える必要があるな。
五番目、樹海は一瞬で森を作り出す術だ。何時までも残る訳ではなく、十分ほどで枯れてしまうので環境を変える事は出来ない。
逃走時の足止めや、敵の視界を狭めてルビーの暗殺成功率を上げるのに役立つだろう。しかし、これ自体に攻撃性能が無い上に使える状況も限られている。使う機会は有るのかねぇ?
六番目、噴火は指定した座標からマグマが吹き出す術だ。即席で火山の噴火口を作り出すのである。
当たれば大ダメージなのだが、噴火する前に地面が揺れるので避けやすい。確実に当てられる状況をセッティングする腕前が要求されるぞ。
七番目、砂嵐は大量の砂を含んだ嵐を発生させる術だ。単純な威力では嵐と大差ないが、砂による目潰しと行動阻害には注目したい。
行動阻害とは何か、と言うと砂が装備の隙間に入り込んで動き難く出来るのだ。対人戦、特にガチガチの鎧を着ている相手に効果的だろう。何気に【砂塵魔術】で初のガッツリ敵を攻撃する魔術というのもポイントが高いぞ。
八番目、酸霧は文字通りに酸性の霧を発生させる術だ。ダメージそのものは大した量を与えられないのだが、最大の特徴は敵の装備にダメージを与えられる事だろう。
酸によって錆び付いて行く訳だ。ジゴロウのように武器がなくなっても拳一つあれば戦えるプレイヤーはそう多くはあるまい。それに蜥蜴人のように武器を使う魔物にも効果的だな。相手の意表を突いたり、動揺させたりするのに持ってこいの魔術である。
九番目、雷雲は雷を落とす雲を呼び出す術だ。威力は雷矢の比ではないが、雲の真下にしか雷が落ちないという欠点がある。
雲が出来てから雷が落ちるまでのタイムラグのせいで、急いで離れれば簡単に回避可能なのだ。呪文調整で雲を大きくすれば良いのかもしれないが、魔力の消費も激しくなるからその辺の塩梅が悩み処だ。
十番目、地雷も文字通りだな。踏んだら爆発する地雷を敷設する魔術だ。
これは【罠魔術】を使わずに設置出来る罠として使える珍しい魔術だ。と言うことは【罠魔術】で一度に仕掛けられる数に加えて地雷も設置出来るようになった訳だ。これからは罠をもっと仕掛けられるな!とても私向きである。
十一番目、光鎧は光の鎧を一時的に纏わせる術だ。【付与術】のように防御力そのものを上げるのではなく、使い捨ての防御膜を張る感じか。
効果時間が切れるか防ぎ切れない威力の攻撃を食らうまでは壊れないらしい。物理と魔術の両方に効果があるので、かなり汎用性が高い。これからは多用することになるかもしれない。
十二番目、光槍はそのままだな。『呪いの墓塔』で勇者君のパーティーメンバーが多用していたアレだ。
槍の名前を冠する魔術なのに能力レベルが10に到達するまで使えないのには驚かされた。防御寄りなのが特徴、と言うのは伊達ではないらしい。
それにしても、私もようやく【光魔術】をレベル10まで上げる事に成功した。【神聖魔術】への進化はまださせていないが、とても楽しみだ。邪悪の化身とも思える見た目の私が『神聖』な術を使う…違和感しかないぞ?
最後の十三番目、魔力探知は魔力を持つ存在を感知する術だ。索敵用の魔術である。
これで索敵をルビー一人に負担させる必要がなくなった。これからは私も索敵に貢献出来るだろう。警戒の目が増えるのは、不意討ちなどからより身を守り易くなる。使わない理由が無いな。
ふう、こんなものか。全体的に『当たれば強いが、簡単には当てられない』魔術が多かった印象だ。それがこのレベルで習得する魔術の傾向なのかもしれん。
「よぅ、来てたか兄弟」
私が魔術の確認を終えたタイミングを見計らったかのように、ジゴロウが家の中に入ってきた。どことなくスッキリしている様子なので、満足するまで戦ってきたのだろう。
「ああ、さっきな」
「そうだ、聞いてくれよ!さっきまで蜥蜴人達とあの小汚ない巣にまた行ってきたんだけどよォ、近くに見たことねェ魔物が二種類いたぜ?」
「ほう?」
なんでも、ジゴロウがログインした時に蜥蜴人達が蛙人の残党狩りと残した物資の回収のために巣へと向かおうとしていたらしい。それに便乗して付いていき、巣で遭遇した蛙人やその魔物と戦ったそうな。
今頃、蛙人の物資を回収した蜥蜴人はホクホク顔だろうな。それよりも気になるのはジゴロウの言う見たことの無い魔物だ。掲示板にはそんな情報は無かったハズ。ならば我々が最初に発見した事になるのだろうか?
「どんな魔物だったんだ?」
「片方はデッカイ蠅だな。人の頭くらいあったぜ?これがドロップアイテムだ」
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大蠅の複眼 品質:劣 レア度:C
巨大化によって魔物と化した大蠅の複眼。
薬や錬金術の材料となる。
大蠅の前肢 品質:劣 レア度:C
巨大化によって魔物と化した大蠅の前肢。
様々な病原菌が繁殖しており、錬金術の材料となる。
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これが【鑑定】結果である。大蠅、ドデカイ蠅なんだろう。ジゴロウが取り出した複眼だけでも掌サイズである。
虫ではあまり驚かない私でさえもドン引きだ。こんなものがいる場所で蛙人は生活していたのか。いや、蛙なのだからこれが主食だったのか…?考えたくも無いな。
「余り聞きたく無いが、もう片方は?」
「デッカイ飛蝗だな。ほれ」
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大飛蝗の後脚 品質:可 レア度:C
巨大化によって魔物と化した大飛蝗の後脚。
一般的には忌避されがちだが、地方によっては珍味として珍重されている。
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次に出てきたのは私の腕程もある大きな飛蝗の後脚だった。食べることについての言及しかないので、これは食材アイテムなのだろう。
私は蝗の佃煮を食べた経験はある。しかし、ここまで大きな虫の脚を食べたいとは流石に思えないなぁ。料理担当でもあるアイリスは平気っぽいが、ルビーなんかは嫌がりそうな感じはする。
「正直に言っていいか?」
「おうよ」
「別にいらない」
「だろうな!はっはっは!」
大蠅の素材は代用品があるし、大飛蝗に関しては食べられない上に食べたくもない。我々にとっては本当に大した旨味が無い素材ばかりだったのだ。
ジゴロウはイタズラを成功させた子供のように笑う。私が有用な素材が出てくるのでは、と期待していた事を知っているのだ。
ぐぐぐ!今日のところは一本とられた事を認めよう。ジゴロウが忘れた頃にやり返してやる。高笑いを続けるジゴロウを見ながらそんな下らない決意を固めるのであった。
一話を五千字、一章を十話位にしていますが、短いですかね?
次回でこの章は終わりです。掲示板回と同時投稿します!




