ゲイハが招いた者達
ゲイハの力を確認するべく、私達はしばらく地獄を飛び回った。その結果、ゲイハは基本的に後方支援に徹させるのが最適だと結論付けた。
ゲイハの戦法は幽霊の鯨を大量に召喚して広範囲にいる無数の敵を状態異常にしたり、憑依させて同士討ちをさせたりすることだ。この状態異常はかなり強力なようで、格上のレベル90オーバーの相手であっても複数の鯨を同時に接触させれば必ず状態異常にかからせていた。
試してはいないが、我々のようにレベルが100に達している相手でも状態異常にすることは容易だろう。仮にプレイヤーの大軍団と戦ったとしても、大多数をまとめて状態異常にさせられると考えれば破格の戦闘力である。
しかもこれから戦闘を繰り返してレベルを上げればまだ進化するのだ。これで完成形ではないのだから恐れ入る。プロジェクト『餓者髑髏』よりも強い個体が作り出せたのかもしれない。
ただ、ゲイハには決定打となり得る切り札的な技が一つもないという明確な弱点がある。状態異常で弱らせ、同士討ちで敵の数を減らす。自力ではそこまでしか出来ないのである。
ゲイハ自体が巨大なので、体当たりでも十分な威力があるのは知っている。しかしながらカルならば尻尾の一振りでそれ以上の物理ダメージを叩き出せるのも事実だ。
それにゲイハには頭蓋骨というものすごくわかりやすい弱点がある。その弱点を砕かれるリスクを負ってでも近接攻撃を仕掛ける意味がない。以上のことからゲイハは後方からひたすらに霊体の鯨を放ってもらうのが最適という結論に至ったのだ。
「ゲイハの力は十分に知ることが出来た。後は専用の防具を作れないかどうかアイリスと相談してみよう。おっと」
頭蓋骨が丸見えという弱点を解決するべく、防具を作ってもらおう。そんなことを考えていると、大量のメッセージが届いていることに気が付いた。力を見ることに集中するべく通知を切っていたのだが、それが裏目に出たようだ。
きっとゲイハについてだろうな、と思いながら私はメッセージを開く。その内容は確かにゲイハ関連ではあったものの、ゲイハ自体についてではなかった。
「ゲイハの声を聞いて天巨人が来ただと!?意味がわからん…だが、こうしてはいられない!すぐに地上に戻るぞ!」
信じ難いことに『ノックス』を天巨人という巨人の一種が訪問しているらしい。天巨人と言えば以前に私が遭遇したことがある。天巨人王の息子であるリュサンドロス王子と、爺と呼ばれていたカロロスの二人だ。
その同族が急に訪問したのはゲイハの声を聞いたからだと言う。同じ天空を住処とする種族なので何か繋がりがあったのかもしれない。
ただ、私が急がなければならないと判断したのは天巨人をプレイヤー達が先制攻撃してしまったことで一触即発の状態になってしまったからだ。彼らも悪気があった訳ではない。雲羊に乗って高速で迫る天巨人達は武装していたらしく、敵襲だと思うのも無理はないだろう。
攻撃されれば反撃してしまうのは仕方がない。そうして本格的に激突しかけた時、プレイヤー達を止めたのがジゴロウと源十郎だった。彼らはプレイヤー達を物理的に張り倒して無力化した後、私がゲイハのことを知っていることと天巨人には知り合いがいるとアイリスが説得して休戦状態に持ち込んだという。
その休戦状態だが、どうにか持ち込めたというだけで天巨人は私が来なければ今にも攻撃してきそうになっているらしい。説得のために近付くのも難しい状況のようだ。のんきにゲイハの性能を確かめている場合ではなかったようだ。
「カル、キューブに入れ!ゲイハ、霊体を消してこっちに来い!転移するぞ!」
私は急いでカルをモンスターキューブに入れてゲイハを元の頭蓋骨状態に戻すと、拠点転移を使って『ノックス』へと帰還した。
帰還した場所はいつもの広場であり、私の帰還をいち早く察したリンが素早く近付…こうとしてゲイハという巨大過ぎる頭蓋骨を凝視しながら硬直してしまう。だが、事態は逼迫しているのだ。硬直している場合ではないぞ。
「リン、乗せろ!ゲイハ、付いて来い!」
「クッ、クルッ!」
『ブォォン』
私に強い語気で命じられるとリンは我に返って背中を私に向ける。その上に私が飛び乗るとリンは即座に飛び上がった。
ゲイハもまたリンに続いて空へと浮かび上がっている。それを確認しながら私はモンスターキューブからカルを出す。空中に上がって周囲を見回すと、すぐに天巨人の巨体を発見した。
天巨人は三人おり、その全員が武装している。以前に見たカロロス殿と同じ、黄金の全身鎧と長槍を装備していた。やはり同じ天巨人王の配下なのだろう。ならばアレが役立つはずだ。
「天巨人の諸君!私はこの国の王、イザームである!」
私は声を張り上げて注意を引く。私の登場にプレイヤー達は安堵半分、ゲイハを見て困惑半分であった。これまで見たこともない大型の不死を見れば普通はそうなるだろう。笑っているのは付き合いの長いアイリスとジゴロウ、それに源十郎くらいだった。
一方の天巨人達はと言えば、露骨に警戒を顕わにしていた。一触即発の状況で敵対しつつある相手の首魁が不死であり、カル達のように明らかに強そうな者達を引き連れていれば当然の反応だろう。
「攻撃してしまったことは不幸な事故であった!許してもらいたい!リン、ここからは私が一人で行く。いつでも動けるように警戒だけはしておいてくれ」
「…クォォ」
リンに向けた言葉だけは彼女にだけ聞こえる声量で告げた後、私は彼女の背中から飛び降りる。この際、私は武装解除していた。武器を持って話し合おうなどと言っても信じて貰えないからだ。
これで襲われたら私は一撃で死んでしまうだろう。だが、そうならないようにリン達には控えてもらっている。間に合わない可能性の方が高いのだが…そうなったらそうなった時のことだ。
「重ねて言うが、我々は天巨人に含むところはない。敵対するつもりはないのだ」
「こちらこそ、考え直してみれば無礼であったと存じます。我らは数ある種族の中でも最大級、接近するだけで警戒されるのは当然。むしろこちらの配慮不足でした」
私の呼び掛けに応えたのは、兜に赤い飾りがついている者だった。モヒカンのようにも見える飾りは、昔に見たギリシアの戦争を描いた絵画で見た覚えがある。あの飾りがついているのは一人だけということもあり、きっと三人のリーダーなのだろう。
向こうも自分達に非があるとは感じてくれていたらしい。やはりカロロス殿と同じく天巨人は話が通じる種族であるようだ。
「怪我をしているのなら、ポーションなどを提供しよう。聞いているかもしれないが、私は天巨人と面識があるのだ。これを見て欲しい」
そう言って私はインベントリから一本の純白の羽根を取り出した。これはリュサンドロス王子本人から貰った『天巨人の頭羽髪』というアイテムであった。これ自体はアイリスやジゴロウも受け取ったはずだが、それを見せる機会がなかったようだ。
リュサンドロス王子の頭羽髪を見た天巨人達は明らかに動揺している。彼は言っていた。白は王族の色なのだ、と。これを受け取っている私達は彼らの目にはどう映ったのだろうか?
「これは以前、リュサンドロス王子と偶然遭遇した時に友好の証として受け取ったモノだ。繰り返すが、私は天巨人達との友好を望む。君達には返事をする権限はないだろう。この話を一度持ち帰ってはくれないか?」
ここぞとばかりに私は畳み掛ける。この不幸な遭遇戦を天巨人の王国と友誼を結ぶチャンスに変えようとしているのだ。
この場で即答は不可能だろう。だが、それで良い。持ち帰ってくれるだけでもこちらの存在を知って貰える。それから無視されるかもしれないが、ゲイハの声が聞こえただけで文字通り飛んできたのだ。無視を決め込まれるということはないだろう。
「わ、わかりました。ですが、一つだけお聞かせ下さい。我らが派遣されたのは、そちらにおられる飛鯨の王について調査するためなのです」
そう言って天巨人のリーダーが視線を向けたのは、今も頭上をゆっくりと旋回しているゲイハだった。どうやら飛べることが楽しくてしょうがないようだ。元は触れただけで不死をも侵蝕しようとした怨念が宿った骨だったのだが、こうしてみると可愛く見えてくるから不思議である。
しかし気になるのは飛鯨の王というワードである。どう考えてもゲイハのことだろう。それを何故これほどに急いで調査しに来たのか。その答えは彼の口から直接告げられた。
「我ら天巨人にとって、飛鯨は永遠の隣人でした。ですが、かつてその数が激減する事態が発生したそうです」
「ふむ…見せられた光景とも一致するか。それで?」
「当時の天巨人王は飛鯨の王が強い怨念を残していると女神様方より啓示を受け、仮に復活したならばそれを鎮めるようにと頼まれていたのです。その先遣隊として我らは来たのですが…」
「…急いで来た結果がこれだ、と」
リーダーの天巨人は困惑気味にゲイハを見上げる。私が彼の立場であればきっと同じ反応をしてしまうだろう、と同情してしまうのだった。
次回は10月29日に投稿予定です。




