不死魔王による戦力強化
会議が終わった後、私は中庭に移動した。賢樹に見守られている中、私が取り出したのは一本の骨である。そのアイテム名は『怨念蠢く太古の骨』…マック達と共にイベントのボスを倒した時に得たアイテムであった。
当時のサーラは触れるだけで腕が侵食され、私は骨の主が死ぬ瞬間を幻視した。説明文に浄化が不可能と明記されている、非常に危険なアイテムであった。
「だが、だからこそ強力な不死が生み出せるのではないだろうか」
そう、私はこの骨を使って不死を作ろうと画策しているのだ。危険なアイテムだからこそ、強力無比な不死を生み出せるはず。それを上手く制御出来たなら、魔王国の戦力増強は確実だ。
しかしながら、生み出したとしてもその後に制御出来るのかという問題もあった。私には不死災魔王という肩書はあるし、【最上位不死支配】という能力もある。そこそこ強い不死であれば確実に従わせることが出来るはずだが…直感でしかないものの、これは無理な気がするのだ。
「弱気になり過ぎだろうか」
ガサガサガサガサ!
「うおっ!?」
直感という不確かなモノを信じる必要などないと自分に言い聞かせようとした時、直ぐ側に立っている賢樹が激しく枝を揺らした。そのせいで大量の木の実が大雨のように降り注ぎ、私の全身を強かに打ちのめした。
賢樹は私が何をしようとしているのか理解した上で止めようとしているらしい。それもこれほど強く止めるということは絶対に止めさせたいようだ。
「ふむ…慎重になり過ぎるくらいでちょうど良い案件か。アドバイスを聞きに行こう。ありがとうな」
カサカサ
それで良いと言いたげに枝を優しく揺らす賢樹に礼を言った私は、アドバイスをしてくれそうな相手の下へ向かうことにした。その際、落とされた木の実を全て拾い集めることも忘れない。もったいないじゃないか。
回収を終えた私は宮殿の外で横になっているカルの背中に飛び乗った。リンもついて来るかと思ったが、今日は気が乗らないらしい。無理にでも連れて行く必要があることでもないのでそのままにしておくことにした。
「カル、今日はフェルフェニール様に会いに行く。無礼のないようにな」
「グオォォ…」
私がアドバイスを請いに行くのはフェルフェニール様である。すぐに話を聞ける中で最も知識が豊富なのがかの龍帝なのだ。まあ不死を操ったり作ったりしている方ではないので空振りかもしれないが、聞きに行けるなら聞いておきたいのである。
ただ、フェルフェニール様と聞いたカルは不服そうな唸り声を出した。初対面の時からそうだが、あまりフェルフェニール様が得意ではないらしい。言うなれば性格の相性が悪い親戚のオジサンのようなモノだろうか?嫌いというほどではないが、あまり会いたくはない相手ということだ。
「…ということなのです。何か助言して下さいませんか?」
「グルルルルルル…」
ということで私はフェルフェニール様の下へ到着した後、私がやろうとしていることについて話してみた。釘を差したにもかかわらずカルは威嚇するように唸っているが、モンスターキューブに入ることは拒否している。恐れて逃げたような形になるのが嫌らしい。妙なところで意地っ張りである。
威嚇するカルはフェルフェニール様の目には可愛らしく映るようで、いつものようにニコニコと微笑んでいた。その余裕がカルがさらに苛立たせるのだろうが…まあ、フェルフェニール様の気分が害されていないのだから大丈夫だろう。
「なるほど。面白そうなことを思い付いたようだね、うん。とは言え、先にその骨を見ないことには何も言えないね、うん。見せてくれるかい?」
「もちろんです。どうぞ」
「ふむ…」
私はインベントリから『怨念蠢く太古の骨』を取り出すとフェルフェニール様に見えるように高く掲げる。フェルフェニール様はその巨大過ぎる頭を可能な限り近付けると、まじまじとこれを観察していた。
「結論から言おうかな、うん。仮にこれで不死を作ったとして、普通のやり方だと制御することは無理だろうね。あまりにも怨念が強すぎて暴走は確実だね、うん」
「そうですか…ですが、不可能ではないのですね?」
「その通りだね、うん。あまりオススメはしない方法なのだけども…ああ、風来者なら関係ないね、うん」
普通のやり方では不可能、というのがフェルフェニール様の見解であった。それについては賢樹があれだけ反対していたこともあって予想の範疇だ。
ならば普通ではないやり方を行えば良い。それについてフェルフェニール様には何か知識がお有りのご様子だ。それにしても、オススメしないがプレイヤーならば関係ない方法とは一体何だろうか?嫌な予感がするぞ。
「君自身の骨と合成させるんだよ、うん。そうすれば君を自分の一部として認識してくれるだろうね。使うのなら最も重要な骨…そうだね、頭蓋骨とかが良いと思うよ。うん」
おっと、そう来たか。私自身の骨と『怨念蠢く太古の骨』を合成すれば制御しやすくなると。ふむふむ、なるほど…それで、頭を取られたら普通は死んでしまうんですが?
ああ、だからプレイヤーだから関係ないということになるのか。どうせ復活するので、頭蓋骨が一度失っても大丈夫ということなのだろう。
「なら早速やってみましょうか…フンッ!」
「グオッ!?」
「思い切りが良いね。良いことだよ、うん」
善は急げとばかりに私は大鎌を取り出すと、自分の首に当てて即死武技を発動させた。フェルフェニール様との会話を聞いていなかったのか、カルは突然のことに驚愕している。逆にフェルフェニール様は感心したように舌で顔を舐めていた。
大鎌の即死武技は首に当たらない限りはダメージがほぼ入らない代わりに、当たれば確実に即死させることが可能だ。私の頭部は一撃で綺麗に首から離れて宙を舞い…落ちる前にキャッチした。
「やれやれ。死亡したことは数あれど、自分で自分の首を刈ったのは初めての経験…うおっ!?」
「グオオォ!グルルルルゥ…」
「ははは。悪かったな。心配を掛けた」
私には【生への執念】と【浮遊する双頭骨】という二つの能力がある。前者は即死のダメージを受けても瀕死状態で生き延びる効果で、後者は二つの頭蓋骨を保有する効果だ。自分に即死武技を使って首を刎ねたものの、残っていたもう一つの頭部がくっついて瀕死状態で復活した。
首をくっついた頭部の調子を確かめるように首を回していると、カルが顔を寄せて私の顔をベロベロと舐めてくる。話を聞いていなかったからこそ、急に私が自殺したように見えたのだろう。心配を掛けたようだ。私はカルをなだめるように頭を抱きしめた。
私達の触れ合いをフェルフェニール様は微笑ましげに眺めている。少し恥ずかしいと思ったものの、それよりもカルの方が大事だ。私はカルが落ち着くまで撫で続けていた。
「ふぅ…では、やってみます」
「うんうん。やってみれば…おや?その必要すらもなさそうだね」
カルを落ち着かせてから、私は手に持った頭部から仮面を剥ぎ取って自分に再び装備した。だが、装備している間に変化が起きる。私の持っている頭蓋骨に『怨念蠢く太古の骨』がひとりでに吸い込まれていったのだ。
吸い込まれた直後、頭蓋骨は変形しながら膨張し始めた。みるみる内に頭蓋骨は大きくなり…押し潰されそうになった私は慌ててカルに乗ってその場から退避する。膨張と変形の様子をフェルフェニール様は興味深そうに眺めていた。
最終的にその頭蓋骨は信じられないほどの大きさにまで膨張してしまった。その大きさはカルよりも大きい。それこそフェルフェニール様の頭部に匹敵するほどの大きさになっていたのだ。
そしてその形状は私のソレとは一点を除いて似ても似つかない。その頭蓋骨は人間のそれではなく、鯨の形状になっていたのである。私の頭蓋骨だった名残は額の部分に空いた第三の目のためも眼窩だった。
「生前の形状を取り戻した…ということか?」
「そのようだね、うん。おお、元気そうだよ。骨だけだけどね、うん」
地上に降りた私は、巨大な鯨の頭蓋骨と化した『怨念蠢く太古の骨』を見上げながら呆然と呟く。聞いていたフェルフェニール様は愉快げに笑っていた。かの龍帝が言う元気そう、というのはこの巨大な頭蓋骨は上顎と下顎をぶつけ合って牙を鳴らしていたからだ。
私の頭蓋骨と混ざっただけでこんなことになるとは思わなかった。だが、フェルフェニール様からすれば想像の範疇だったようだ。
「君は自分のことをもう少し高く評価するべきだね、うん。君は不死の魔王、それも災魔王だよ?その頭部が限界まで熟成された怨念が染み付いた骨と同化する…これで元気にならないほうがおかしいよ、うん」
…そういうことらしい。私はプレイヤーなので自分ではあまり意識し辛いのだが、私の骨にはそれほどの意味があるようだ。
そして件の頭蓋骨であるが、牙を打ち鳴らすのは止めている。ただ、眼窩の部分には青白い火の玉がまるで眼球であるかのように浮かんでいた。その視線が私に向いているような気がしたので、私は恐る恐るではあるが手を伸ばした。
『ブォォォォォォォォォン!!!』
私の指先が触れた瞬間、鯨の頭蓋骨は大きく口を開いて雄叫びを上げる。カルは私を庇うように翼を拡げているが、フェルフェニール様は全く動じていなかった。
ただ、私もフェルフェニール様と同じく危機感は覚えていない。伊達に様々な雄叫びを聞いてはいないのだ。鯨の頭蓋骨が上げた雄叫びに含まれている感情が私にはわかる。その感情は、隠しようのない歓喜であった。
次回は10月21日に投稿予定です。




