勝利の宴
私達は足早にアイリスと蜥蜴人が戦っているはずの場所へと急行した。そこで我々が目撃したのは、背中を向けて敗走する蛙人達とボロボロになりつつも勝鬨を上げる蜥蜴人達だった。
傷を負っていない者は一人として居らず、数名は地面に伏したまま動かない。死亡者も出たらしい。痛ましいことだが、これ程の戦いだ。死者が出ない訳がなく、むしろ数名で済んだのは彼らの奮戦の賜物だろう。
「お、おお!骨の龍様!」
「骨の龍様達が大将を討ち取って下さったぞ!」
「お陰で助かりましたぞ!」
「蛙人王子は私達で倒したが…?」
助かった?どういう意味だ?…いや、何となく察したぞ。あの逃げていく蛙人の狂乱ぶりから見て、自分達の王子の死をどうにかして知り、士気が完全に崩壊したのだろう。
「骨の龍様、お疲れ様でございます」
「戦士頭か。確かに勝ったな。…それで、戦死者は?」
「四名です。アイリス様の奮戦により、それだけですみました」
「そうか…」
戦士頭の称賛に、私達は思わず笑いそうになった。仲間が褒められて嬉しくない者はいないだろう?
「で、アイリス本人は?」
「あちらです」
戦士頭が指した方を見たとき、我々は誰一人として声が出なかった。アイリスの体力バーは真っ赤で、瀕死の状態である。それだけではなく、彼女の数百もある触手の大半が切断されており、残りの繋がっている触手も傷だらけだ。
しかも硬い外殻までもひび割れ、一部は剥離して内部が見えていた。満身創痍、生きているのが不思議な位の大怪我ではないか!
「アイリス!大丈夫!?」
ルビーが慌てて飛び出すが、それを諫める者など一人も居ない。むしろ男三人も駆け足でアイリスと元へと近付いた。
「あ…ルビー…勝ったんだよね?」
「う、うん!勝ったよ!」
「そっかあ…」
「あ、アイリス!?」
アイリスは弱々しい声で答えると、そのまま何も言わなくなった。ルビーや他の皆は慌てているが、私は何となく彼女の状態に察しがついた。
「アイリス!アイリス!」
「落ち着け、ルビー」
「けど!」
「多分、アイリスは強制ログアウトを食らったんだろう」
強制ログアウトとは、違法改造された物を除いたあらゆるVRデバイスに搭載された安全装置だ。全感覚没入型VRデバイスとは、現実ではないが限りなく現実に近い体験をする事が可能な装置である。その弊害として、ゲームの中とは言え高所からの落下や溺れるなどといった現実では死んでしまう事故に遭遇する事があるのだ。
そういう事故に遭遇してしまうと、中には気絶、下手をすると精神的な後遺症まで残ってしまう場合がある。海外ではそれまではバンジージャンプが趣味だった女性がVR内で落下死してしまった所、高所恐怖症になってしまった事例まであるのだ。
それからと言うもの、全感覚没入型VRデバイスには脳波を計測し、場合によってはプレイヤーを強制的にログアウトさせる安全装置を搭載するのが義務化したのである。今回、アイリスは連戦に次ぐ連戦で精神的な疲労が溜まり過ぎたのだろうな。その疲れをデバイスが検知し、ログアウトさせられたのだと推測出来る。
「大丈夫ならいいけど…」
「問題はこの身体を蜥蜴人の村まで運ばなくてはならない事だな」
それ用の空間以外でログアウトすると身体が残るのは知っての通りだ。私がベッドではなく椅子の上でログアウトし、その間に光を浴び続けて【光属性脆弱】を下げていったのは記憶に新しいだろう。
「俺が抱えて筏に乗せりゃいいだろ」
「ダメだよ!勝手に女の子の身体に触っちゃ!」
ジゴロウの意見をルビーが即座に却下する。私のような雑な男からすれば、どうせアバターなのだから問題ないだろうと思うのだが、それを良しとしないのが女性の感覚なのかもしれない。
「だから私が運ぶ!筏でもクッション代わりになるしね」
「ルビーがこう言ってるんだ。素直に従うとしよう」
こうして我々は中身がログアウト中のアイリスを連れて蜥蜴人の村へと帰るのだった。
◆◇◆◇◆◇
「ここは…知ってる天井です」
「おっ、ログイン出来たみてぇだな」
「調子はどうかな?」
アイリスが戻ってこれるまでは時間があると見なして、私達は交代で休憩をとっていた。そして私とジゴロウのペアが戻ってきてすぐ後に、アイリスがログインして来た。
「あ、はい。ご迷惑をおかけしました!」
「いや、礼ならルビーに言ってくれ」
「俺達ゃ何もしてねぇからな」
それから私達はあれからのことをアイリスに語った。語る、と言っても大したことは無い。村まで帰ってから勝利を報告すると、蜥蜴人は戦勝を祝う宴を始めた。これには戦死者の弔いを兼ねているらしく、出来れば我々にも参加してほしいと言われた。
しかしアイリスを一人にする訳にもいかないということで、私達が休憩していた時は源十郎だけが参加し、私とジゴロウの場合は私が参加する予定だった。
「と言うことで三人で参加しよう。誰もいなければあの二人なら察するだろう」
「うっし、行こうぜ!酒も出るんだろ?蜥蜴人の地酒ってのは楽しみだぜ」
「酩酊するまで飲みすぎるなよ?一応、状態異常に当たるのだからな」
【状態異常無効】を持つ私には関係の無い話だが、ゲーム内の酒を飲み過ぎると酔っ払う、即ち酩酊するのだ。酔っ払った感覚は未成年に飲酒の恐ろしさを体験させるVR教材のシステムを流用している。
かなりリアルに再現されていて、飲み過ぎてふらつくのは序の口で、最終的には急性アルコール中毒で死んでしまうそうだ。私には酩酊は効かないし、そもそも酒を飲めないのだが。
「わぁってんよ、心配すんな!鬼ってのは酒好きの酒豪だって相場は決まってんだぜ?ちぃっと飲み過ぎ位が丁度良い」
それが原因で討伐されるのが昔話のお約束なんだよなぁ…。桃太郎の鬼ヶ島やら御伽草子の酒呑童子やらは、酒が原因でやられたハズだ。
閑話休題。現状、FSWでは食事を摂取して回復させる料理は存在する。酒もその一種だ。我々だと私以外の全員が食事を必要としており、【料理】の能力を持っているアイリスが四人分を作っていた。
今回は宴と言うことで料理は食べ放題かつアイリスが作る必要も無い。楽でいいな。
「あ、あの…」
「うん?どうした?」
何故かアイリスは家から出るのを躊躇っている。あ!ジゴロウめ、さっさと行きやがった!そんなに酒が楽しみか!?
「私、行ってもいいんでしょうか?」
「んん?」
は?一体何を言っているんだ?
「私、頑張ったんですけど…何人か亡くなったでしょう?その人の家族とかに恨まれてないかなって…」
あー、戦争が題材の物語でよくある話だな。絶望的な状況下で指揮官が奮闘して可能な限り多くの部下を生還させた功績で英雄扱いされる。しかし、死なせてしまった部下の関係者から『どうして○○を死なせたんだ!』と責められるのだ。
アイリスはまさに奮戦した上官の立場だ。責められるのではないか、と心配なのだろう。
ゲームとはいえ、会話に対して柔軟な対応が出来るほどに高度なAIを搭載しているせいで、NPCに入れ込んでしまうのはよくある話だ。私だってここまで深く関わってしまった蜥蜴人が他のプレイヤーに殺されたら腹が立つだろうしな。
しかし、アイリスの悩みは無意味なものである。それを教えねばなるまい。
「アイリス、行こう。絶対に大丈夫だから」
「は、はい…」
私は多少強引になってでもアイリスを連れ出す。彼女は消え入りそうな声と共にノロノロとついてきた。そのペースは明らかに普段の歩く速さよりも遅い。気乗りがしないのだろう。
「おお、骨の龍様!アイリス様!」
「英雄と恩人だぞ!皆の者、全力でもてなすのだ!」
私達が宴に合流すると、場は一気に盛り上がった。自分で言うのも何だが、我々は戦における勝利の立役者だ。盛り上がるのも必然だろう。
「お二人とも、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「ど、どうも」
横から近付いてきた蜥蜴人の女性が私達に飲み物を渡していく。私は種族的に飲めないが礼儀として受け取り、アイリスもおずおずと受け取った。
ふむ、これはいい機会だ。アイリスには言っておくとしよう。
「先ほどの女性はな、死んだ蜥蜴人の姉だそうだ」
「えっ!?」
アイリスは驚いているな。無理もないか。全く敵意の欠片も無かったのだからな。
「アグナスレリム様の話を覚えているか?龍の死生観だ」
「えっと、死んだのは本人の力不足…あっ!」
「気が付いたか?蜥蜴人も同じなのだよ」
戦った結果、敗北を喫して力尽きた。敗北は本人の力不足が原因であり、倒した相手を恨むなどお門違い。そういう考え方をしているのだ。
なので殺した相手を恨むことすら無い。故にアイリスを詰ることなどもっとあり得ないのだ。
まあ、蛙人への悪感情は生存圏が被っていてしょっちゅう争いになるせいで拭えないのだがね。こればっかりは仕方ないだろう。
「むしろ君の悩みは死者に失礼らしいぞ。命懸けで戦った、という事実に泥を塗る形になるそうだ」
本人の命の責任は、本人が取らねばならない。それは個人の義務であり、同時に権利でもあるのだとか。だから他者の命の責任を負うのは、死者を貶める行為になる。
村長の受け売りだが、何ともシビア過ぎるとは思う。しかし、それが野生に生きる彼らの生き様なのだろう。
「あ!やっぱりここにいた!」
「これこれ、ルビーや。落ち着かんか」
お、ルビーと源十郎も戻って来たな。これで全員揃った訳だ。
「さあ、宴だ。好きなように飲み食いするといい」
「わかりました!」
うむ、アイリスの声に元気が戻ったな。良かった良かった。さて、私も宴を楽しむか。舌鼓を打つことは出来ないが。
◆◇◆◇◆◇
『やあ、盛り上がっているね』
宴もたけなわとなった夜明け頃、アグナスレリム様がやって来た。蜥蜴人は慌てて拝跪しようとしたが、彼はそれを止めさせた。
『目出度い席なんだから、固い事は言いっこなしさ』
アグナスレリム様はそう言うが、蜥蜴人は滅相もないと頭を上げない。それを見たアグナスレリム様は残念そうに頭を振った。
ずっと思っていたが、この龍王は以外と寂しがりなんじゃないか?もっと蜥蜴人と普通の会話をしたがっている気がする。
『ふう、まあいいか。まずは私の眷族を救ってくれたことのお礼を言わせて欲しい。ありがとう、小さな友たちよ』
――――――――――
緊急クエスト:『蜥蜴人を救え!』をクリアしました!
称号、『水龍王の友』を獲得しました。
――――――――――
村長から受けた緊急クエストだったんだが、アグナスレリム様が完了の扱いをしてくれるのか…。それよりも、新たな称号だ。『水龍王の友』ね。そう呼ばれても恥ずかしく無い位には強くなりたいものだ。
『君たちにはお礼として何か贈ろうと思うんだ。何でも言っていいよ。まあ出来ないこともあるけど、ね』
ほ、報酬を選べるのか?と思ったら私達の目の前に様々なアイテムの一覧を掲載した画面が出て来る。こういう所はゲーム的なんだな。この中から一つ選べ、と言うことか。
…凄いな。武器と防具は全てレア度がLかTだ。…これ、アグナスレリム様に挑んだ愚か者の遺品なんじゃないの?そんな気がしてならない。
うーん、何がいいかな?正直、武器と防具は間に合ってる感があるんだよなぁ。素材を集めてアイリスに作って貰えばそれで最高級の物が出来上がるし。
おや?これは…本か?しかし、区分が武器になっているぞ?詳細を見てみよう。
――――――――――
暗黒の書 品質:優 レア度:L
伝説の賢者がしたためた魔導書。全十四巻。
魔導書は魔力の消費を抑える補助武器。
暗黒の書は闇に対する耐性を与え、【闇魔術】を増幅させる力がある。
装備効果:【魔力消費量減少】
【闇属性耐性】
【闇属性増強】
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これだ!これしかあるまい!私は急いで『暗黒の書』を選択する。
どの効果も魅力的だが、一番惹かれたのは【闇属性耐性】だ。何故かと言われると、実は不死であっても普通に【闇魔術】が効くのである。種族によって属性への耐性は貰えないらしい。
闇属性が効く悪役って何だよ!ってなるでしょ?だから一刻も早く【闇属性耐性】が欲しかったんだよ!
『うん、皆選んだようだね。じゃあ、受け取ってくれ』
アグナスレリム様がそう言うと、我々の前に水色の光球が現れる。それに触れると光は薄れ、それぞれが選んだアイテムが具現化した。
私は本、ジゴロウはベルト、アイリスは大盾、源十郎は刀、そしてルビーは刺突剣である。皆、思い思いの物を選んだようだ。
『これでいいかい?もし替えたいなら今の内だよ?』
アグナスレリム様はそう言うが、我々の中に替えたいと言い出す者はいなかった。じっくり選んだからな。
あっ!そうだ!アグナスレリム様に会えたら聞いておこうと思っていた事があったんだった。彼が帰る前に聞かねば!
「アグナスレリム様。報酬の話では無いのですが、一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」
『うん、いいよ。答えられる事ならね』
「先ずはこれを見て下さい」
私がインベントリから取り出したのは、『蒼月の試練』の報酬として貰った龍玉だった。
と言う訳で三つ目の武器は本です。読書家の主人公にはピッタリではないでしょうか?
そしてようやく龍玉を龍王に見せる事に成功。長かった…




