神剣は今
ログインしました。暇な者達を集めての賭けポーカーは思っていた以上に盛り上がった。プレイヤーだけでなく住民まで合流したのだが、私はちょい負けという結果になった。コンラートは逆にちょい勝ち…なのだが、恐らくはわざとその程度に抑えたのだろう。
大勝ちした者と大負けした者もいたようだが、それよりもザビーネ嬢によって乱されたコンラートの心が少しは晴れたようで良かった。全く、甘やかされた者の相手は疲れるな。
ところで、私が新たに習得した魔術について今更ながら確認しておこうか。雷体は自分の身体を一時的に電撃に変える魔術だ。これに関しては炎体という類似する魔術があるので良く知っている。使い所は難しいが強力な魔術と言えよう。
爆囮は形状を定めた爆弾を遠隔操作する魔術だ。大きさと威力によって消費魔力は上下するが、どちらにせよパッと見ただけでは爆弾だとは思えないリアルな形状になってくれる。これ、悪用すればエラいことになるのでは?
そして吸魔盾は触れたモノから魔力を吸い取ってそれを盾の強度と持続時間に変換するという一見すると強力な防御魔術だ。だが、世の中にはそう美味い話はない。何故なら吸魔盾には三つの欠点があるからだ。
第一に純粋に吸魔盾を発動するのに結構な魔力を消費すること。上手く魔力を吸い取れば戦闘が終わるまで半永久的に発動し続けるとは言え、通常の戦闘に支障をきたすレベルで消費するのだ。軽々に使おうとは思えなかった。
第二に一度に吸い取れる魔力には限界があるということ。例えば私が全ての魔力を消費して吸魔盾を作ったとしても、凶狼深淵覇王が連射していた魔力弾を受け止められるかは微妙な範囲だ。格上の強者には通用し難いのである。
そして第三の理由だが…吸い取るのはあくまでも魔力だけだということ。例えば敵が剣士だったとしよう。敵が飛斬を撃った場合、これは吸魔盾で受け止められる。だが剣による物理攻撃は完全にすり抜けるのだ。
魔術師にとって、防御の魔術は接近戦を余儀なくされた時に役立つモノであって欲しい。だが、その時には一切役に立たないのだ。最も効果的なのは魔術師同士の撃ち合いになった時なのだろうが…状況として有り得んだろう。
「おっと、メッセージか。送り主は…今日もアイリスか」
新たな魔術を確認した私だったが、その後日課である賢樹への水やりを行っている最中にアイリスからのメッセージが届いた。最近は血だけでなく軽液も与えなければならないので以外と大変なのだ。
そんな水やりを終えてからアイリスのメッセージを開いた私だったが、内容を確認した瞬間に彼女の下へと急いだ。アイリスがいるのは研究区画にある彼女用の工房であり、そこへ私が飛び込むと中には多くの生産職プレイヤーがやって来ていた。
「アイリス」
「来てくれましたか!どうにかなりそうですよ!」
アイリスが嬉々として私に見せたのは大きな水槽であった。水槽の中には薄紫色の液体で満たされていて、その底にはドス黒い何かが沈んでいた。
このドス黒いモノは何か。それはエリステルの死骸から回収された神剣であった。エリステルの身体に深々と突き刺さった神剣だったが、生産職達によって摘出された時にはエリステルのドス黒いゼリー状の物体に包まれた状態だったのだ。その状態で【鑑定】した結果は以下の通り。
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神敵の封怨蝕血 品質:優 レア度:G
神敵が己の血液を用いた封印、その特に強固なモノ。
内部に取り込まれた物体は、神敵の死ぬ間際の怨念に蝕まれることだろう。
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内部に神剣が取り込まれているのは間違いないのだが、神剣は使えるかどうかに関わらず生産職にとっては最高の研究資料だ。それを観測出来なくしているエリステルの封印を引き剥がすべく、研究区画の者達は全員で協力体制を敷いていたのである。
そして現在、私が再び【鑑定】すると品質は『劣』になっていた。どうやらこの薄紫色の液体によって封印に使われているエリステルの血液を劣化させているらしい。明らかにゼリー状の部分の体積が減っていて、神剣の柄頭の部分が今まさに眼の前で露出したところだった。
「神剣に込められた女神の力が勝るのか、はたまたエリステルの怨念が神剣を蝕むのか。どちらでも君達にとっては大差ないか」
「ああ。私達は封怨蝕血のサンプルを取ってあるから既に関係ない」
「フフッ。こちらもバッチリ…神敵の細胞を使った生体武器はどんな性能になるのでしょうね?」
私の問いに首肯したのはパラケラテリウムとミミだった。前者はエリステルの血液そのものを研究したがっているようで、後者は血液から生体武器を作ろうとしている。ああ、私にはわかるぞ。絶対に何かやらかすことが。研究区画を隔離していて本当に良かった。
そんな私達の眼の前で水槽の中に変化が起きる。露出していた柄頭とその周辺がこびり付いていた封怨蝕血と共にプカリと浮かび上がったのだ。どうやら柄全体が壊れてしまったらしい。刃の部分は無事なのだろうか。
「ねぇ、あれは誰?初めて見るのだけれど…」
アイリス達と固唾を飲んで神剣がどうなるのかえお見守っていた私だが、背後からそんな声が聞こえてきた。私が振り返ると、そこには不思議そうな表情で私を指差しながら首を傾げるザビーネ嬢がいるではないか。
いやいやいや、初めて見るって。つい昨日コンラートの隣にいたというのに。これでも黄金の杖に三眼髑髏の銀仮面、アイリスによって作られた上質な装備と普段からそれなりに目立つ格好をしているはずなのだが…自分が興味を抱くモノ以外は視界にすら入らないようだ。
ここの連中も倫理観よりも実験を優先する者達ばかりだが、常識が欠けている訳ではない。『アルトスノム魔王国』はクランの寄り合い所帯ではあれど、私は国王…つまりその寄り合いの代表者的立ち位置だ。それを知らないと聞いて、マキシマ達は明らかに引いていた。
「一応、昨日コンラートの隣にいたのだがね」
「ふーん、そうなの。ここに呼ばれるってことは関係者ってことで良いのかしら?」
「…自己紹介をさせてもらおうか。私はイザーム。この『アルトスノム魔王国』の国王をやらせてもらっている」
「あら、そうなの」
…国王と聞いても動じない。それどころか話は終わりとばかりに水槽の中を注視し始めた。昨日、会談をする予定をドタキャンした相手を前にしてこの態度。きっと私に表情を作る皮膚があったなら、青筋を浮かべて頬を引きつらせていただろう。
部屋の空気は一気に緊張感が走る。これがプレイヤーであれば、無言で杖でド突き回していたかもしれない。私は感情的にならないように一度深呼吸をするとザビーネ嬢のことを一旦忘れることにした。これほど話が通じない相手と会話するのは苦痛でしかなかったからだ。
神剣の刃を覆っていた封怨蝕血は薬品によってゆっくりと溶かされていき、しばらくするとその刀身が露わになっていく。ルビーが持って来た時の神剣は柄しか見ていない。だがその柄そのものやアールルが与えたということを考慮すれば刀身が白銀に輝いていたことは想像に難くなかった。
しかしながら、封怨蝕血が剥がれた刀身は真っ黒に染まっている。艶は一切なく、全ての光を吸い込んでいるかのようだ。よし、刀身の部分が見えたのならば【鑑定】だ!
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怨嗟の神殺呪刃 品質:優 レア度:G
神敵の怨嗟により変質した神鋼製の刃。
最上位の金属である神鋼の性質を保ちつつ、刃に触れたあらゆる者を呪う。
それは刃の持ち主であっても同様である。
『光と秩序の女神』アールルとその眷属、加護を授かったプレイヤーには特に強力な効果を発揮する。
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柄が取れたことで『剣』ではなく『刃』になっているらしい。これを加工…って可能なのか?まあ出来たと仮定しよう。その際にはその武器の名前になるのだろう。
この説明文が正しいとすれば、これって神鋼の上位互換なのでは?斬った相手を自動的に呪えるとは…非常に強力な装備になりそうだ。そして当然のようにアールル関係者特攻がついているのはエリステル関連だからだな。物凄く深い恨みを抱いて死んだようだ。
ただし、致命的な欠陥がある。それはこの刃を持つ者は呪われてしまうことだ。これ、使いこなせる者はいるのか?エリステルの呪いは【状態異常無効】を持つ私達をも蝕んだ。この刃で作られた武器も同じことになる気がする。まあ、完成してからの話だな。
このままここにいてもあまり意味はない。一応ザビーネ嬢と顔合わせも行ったし、そろそろ帰ろうか。そう思った時に部屋の外が騒がしくなっている。その音はどんどん近付いてきて、部屋の扉を勢い良く開いた。
「ん?何か騒がしいな?」
「ああっ!良かった!いたわね!」
やって来たのは『Amazonas』のアマハだった。普段は冷静沈着な彼女が露骨に慌てているのは非常に珍しい。アイリス達も驚いているようだった。
そんな彼女は部屋を見回して私を見付けて安堵している。どうやら私に用がありそうだが、彼女が取り乱す程の事態が起きたらしい。私は覚悟を決めて問い質した。
「どうした?何があった?」
「イザーム、急いで『エビタイ』に来て!『コントラ商会』の船に密航者が乗っていたの!」
次回は9月7日に投稿予定です。




