深淵大決戦 その八
ルビー率いる偵察隊がどこに行っていたのか。それはエリステルがずっと浮かんでいた島である。我々はエリステルがわざわざあの小島の上に居座っていたのには必ず理由があると判断しており、本来の計画では我々がエリステルと戦闘のどさくさに紛れて小島を調査する予定だったのだ。
だが、エリステルが基地まで出張ってきてここが戦場になったことで予定と大幅に異なる状況になってしまった。しかし、小島を調査するという一点においては都合が良い。そこで偵察隊には早急に調査へ向かってもらったのだ。
「成果は?」
「あったよ。でも…」
海面からジャンプしてリンの頭に乗ったルビーは、持ち帰ったのであろう細長い包みを抱えている。これが彼女の言う成果なのは明白だ。
しかし、ルビーは成果について口ごもってしまう。一刻一秒を争う状況でこの煮えきらない態度は私を苛立たせるのに十分であったが、ここで彼女に当たっても意味はない。短く息を吐いた私は努めて冷静な声で彼女に尋ねた。
「成果があったのなら、教えて欲しい。頼む」
「こればっかりは見た方が早いよ。ただし!絶対に直接触っちゃダメだからね!」
「あ、ああ」
そう言ってルビーは巻き付けてある布の一部を広げようとする。だが、布は何重にも巻き付けられているようで中身にたどり着くまでは少し時間を要した。
ようやく剥がし終わった布の下から現れたのは一振りの剣、その柄の部分であった。柄頭と握り、それに鍔の部分しか見えてはいない。だが、柄頭には大粒のダイヤモンドのような宝石が嵌められているし、翼を模したのであろう鍔の装飾はとても精緻だ。
握りに巻いてある革にすら幾何学的模様が焼き付けられている。刀身を見ていない状態であっても名剣…いや、宝剣と呼ばれていそうな代物だとわかってしまう。エリステルの小島からルビー達が持って帰るのも頷ける。
ただ、鬼気迫るルビーの様子から尋常の品でないことは明白であることも間違いない。私は気圧されながらも彼女の言う通り触れることなく【鑑定】してみた。
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秩序の光神剣 品質:神 レア度:G
『光と秩序の女神』アールルが己の権能を武器化した神剣。
この世に秩序をもたらし、光で照らすことを使命とする天使に与えられる。
資格なき者が直接触れれば、アールルの神罰が降るだろう。
装備者限定、破壊不可。
装備効果:【神剣】
【秩序の波動】
【光の神罰】
【破魔滅殺】
【自動蘇生】
※注意!高位の天使かアールルの加護を持つ者以外が装備した場合、装備者に【光の神罰】が発動します!
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「これは…アールルがエリステルに与えた剣か。あの小島にはこれが隠されていた、と」
「持ってくるのは大変だったんだよ?まあ、見付けるまでも大変だったんだけど」
ルビーがこの神剣を布を何重にも巻いていたのは触れるだけでも危険だったからか。【光の神罰】の具体的な内容は不明だが、ろくでもないことになるのだけは確実だ。
基本的に直接触れなければインベントリに放り込むことも出来ないので、手に抱えて運ぶ他にやりようがなかったのだろう。我々は基本的に魔物であるし、偵察隊の人類プレイヤーにもアールルの加護を受け取った者などいないのだから。
そして見つけるまでも大変だったというのは偵察隊の面々がボロボロの姿になっていることからも明白だ。今は聞いている暇がないが、エリステルが何の備えもしていないとは思えない。激しい戦闘になったのは想像に難くなかった。
「これを見せ付けてやれば気を引けると思ったんだけど…そんな感じじゃないような?」
「ああ。こっちも色々あってな。それより…」
私は布で覆われた神剣を眺めながら、どうにかしてこれを利用出来ないかと考える。私どころか私の味方は誰一人として神剣に触れることすら出来ないだろう。だが、それは十中八九エリステルにも言えることだからだ。
エリステルは堕天使となり、今では神敵となった。元々は奴に与えられた神剣なのだろうが、どう見ても今のエリステルに使えるとは思えない。それどころか触れれば神罰の対象になると思われた。
ならば神剣をどうにかしてエリステルに突き刺すことが出来れば今の状況を打破出来るのではないか?私はそう考えたのである。
「ルビー、神剣を基地にいる戦車隊の生き残りに渡してくれ。そして神剣を弾頭に改造するように言って欲しい」
「わかった!」
私の思い付きとは神剣を弾頭にして射出することだ。直接触れて使えないのなら、弾にしてぶっ放せば良いのである。幸いにもここは基地であり、防衛兵器には事欠かない。特にバリスタの飛翔体辺りに改造するのならちょうど良さそうだ。
ただ、私は大まかな方針は示しても弾頭への改造について細かい指示はしない。その辺は本職に任せるべきであり、私のような門外漢が口出ししても良い結果にならないからだ。
ルビーは私の指示を聞くとすぐに基地へと飛び込んでいく。その際、ちょうど投擲アイテムの補給に戻っていたゴゥ殿とぶつかりかけていたが見事な身のこなしで回避していた。
「神剣についてはルビー達に任せよう。今は私達に出来ることをやらなければ。魔術隊、気合を入れろ!」
「「「はいっ!」」」
そこからの戦いは厳しいモノとなってしまう。何せエリステルの技量を保ったまま、増えた腕で大剣を振り回しているのだ。それに加えて両足による強力な攻撃た、巨大な塔のようになった眼球だらけの肉の翼からはビームが放たれる。いくら盾隊が優秀であっても彼らだけで支えきれるはずもなかった。
その結果、ジゴロウや源十郎という遊撃隊ですら防御に加わらなければどうしようもなくなってしまう。近接攻撃を行えるのは実質的に機動隊だけになっていた。
だが、最も頻繁に攻撃を行っていた遊撃隊が防御に回るのは、与えられるダメージ量が大幅に減少することを意味している。魔術隊と弓隊、それに防衛兵器の砲手も可能な限りの攻撃を行うものの、彼らが抜けた穴を埋めるほどのダメージを稼ぐことは出来なかった。
「まァた回復しやがった!クソッタレがァ!」
「手が足りん…!」
そうなると与えるダメージよりも回復するペースの方が勝ってしまう。このままでは絶対に勝てない。神剣を利用した弾頭はまだ完成しないのか!?
「ガルルオオォォォォォォォ!!!」
「うぐっ!?」
そんな時、空気が震える咆哮が深淵に轟いた。咆哮の主は深淵凶狼覇王である。反射的にそちらを見ると、そこには全身から黒いオーラを放出している深淵凶狼覇王がいた。
深淵凶狼覇王は放出するオーラを自分の分身に変え、それらをユラユラちゃんにけしかけている。全て自分が操っていることもあり、連係は完璧。それに加えて深淵凶狼覇王自身の口にからもエネルギー弾を連射していた。
対するユラユラちゃんだが、数には数で対抗しているらしい。ユラユラちゃんの周辺には無数の小さなクラゲが浮かんでいるのだ。どうやら触腕にある口から放出しているらしく、深淵の一角はまるで水族館にあるクラゲの水槽のようになっていた。
深淵凶狼覇王のエネルギー弾が小さなクラゲごとユラユラちゃんの触腕を粉砕するが、粉砕された端から触腕は再生してしまう。素早く力強い深淵凶狼覇王の分身体もユラユラちゃんの触腕を食い千切るが、漂う小さなクラゲに捕まると雲散霧消している。私達のすぐ側で行われる二体の領主による戦いは白熱しているようだった。
「どわあああっ!?」
「うわあああっ!?」
「ギギィ!?」
二体の戦いの影響はこちらにも及んでいる。咆哮もそうだが、深淵凶狼覇王の放つエネルギー弾の流れ弾がこちらにも飛んでくるのだ。
直撃すれば消耗している私達を一撃で葬る流れ弾が、アン率いる機動隊と城壁の上にいる魔術隊と弓隊のすぐ近くに着弾する。機動隊は何とか避けたようだが、魔術隊と弓隊の数人は爆風によって城壁の内側へと叩き落された。
こちらにも被害はあるものの、より的が大きいエリステルにはエネルギー弾が何発も直撃している。プレイヤーが直撃すれば即死級のダメージということもあり、エリステルも無傷とは行かない。私達の与えるダメージに加わってくれたお陰で、エリステルが後退のネジを外して以来初めて体力を減らすことに成功した。
「ギィアアアアッ!」
「出来たぞっ!」
エリステルが怒りのままに大剣と眼球からビームのような魔術を深淵凶狼覇王とユラユラちゃんに向かって放つのと、『マキシマ重工』のメンバーの一人が城壁に登ってきたのは全くの同時であった。何故か煤だらけになっている彼は、一見すると普通の飛翔体と変わらない神剣入り弾頭を装填する。そしてその無防備な胴体に向かって発射した。
深淵凶狼覇王とユラユラちゃんに集中していること、そして私達の攻撃はそこまで脅威だと思われていないことからエリステルは迎撃しなかった。そのお陰で飛翔体はエリステルに深々と突き刺さり…エリステルは絶叫するのだった。
次回は8月22日に投稿予定です。




