深淵大決戦 その六
「クルルッ!」
「リン!助かる!」
エリステルから放たれた光線に貫かれ、私は確かに即死した。【生への執念】という能力がなければ死んでいたことだろう。
瀕死の状態で復活した私だったが、光線に貫かれた際の勢いでカルの背中から落ちてしまう。その落下する軌道上に素早く身体を入れて私を救ったのはリンであった。
「ああ、そう言えば中位以上の不死には即死を免れる個体がいたのだったか。全く、しぶとい」
「リン!躱せ!」
「クルルッ!」
面倒臭そうに、そして無造作に放たれる光線をリンは持ち前の機動力で回避していく。ここからはカルではなくリンに乗っていないとやられてしまいそうだ。
私ばかりが狙われている今の状態だが、すぐに終わりを告げることとなる。盾隊と遊撃隊の生き残りが攻勢に出たからだ。
「王様を狙わせないで〜。こっちに注意を向けるわよ〜」
「今だァ!突っ込めェ!」
「むっ!気をつけよ!」
盾隊はエリステルの前方に飛び出して注意を引く。エリステルが能力を使えるようになったことで、大剣を武技を使って振り回しているのだが、盾隊はこれを巧みに防いでいた。
その好きに突撃した遊撃隊だが、エリステルは盾隊から目を離すことなく迎撃する。その方法は三本目の腕と七枚目の翼である。鉤爪と剛毛に覆われた長い腕が源十郎達に、肉の翼にある無数の眼球から放たれる光線がジゴロウ達に襲い掛かった。
どちらも直撃すれば大ダメージは必至だが、遊撃隊は恐れず果敢に突撃を敢行する。相変わらずそれぞれの先陣を切るのはジゴロウと源十郎だった。
「っとォ!視線を読めェ!それだけで躱せんぞォ!」
「うひっ!?無茶言わんで下さいよ、アニキィ!」
どうやらジゴロウは肉の翼にある眼球の視線を追い、それを参考に回避しているらしい。チンピラ達は無理だと悲鳴を上げながらもどうにかついて行っている。
きっとジゴロウの動きから光線の軌道を推測しているのだろう。ジゴロウと同じことが出来ずとも、ジゴロウを参考に動けばどうにかなるようだ。
「シッ!シャァッ!儂が抑えておる間に征けぇい!」
「合点承知の助ってなモンでさぁ!」
「「「はい!」」」
源十郎はと言えば、たった一人で三本目の腕を捌いている。四本の腕でしっかりと握った槍を巧みに使い、その場で踏み止まって腕を時に弾き、時に穂先を叩き付け、時に突き刺して正確に対処していた。
源十郎の代わりに一団を指揮することになったのはウロコスキーである。真っ直ぐにエリステルへと迫った彼を、奴は猛禽類のような左脚によって迎え撃った。
あの鉤爪を食らえばただではすまない。だがウロコスキーもさるもの、鉤爪が使われることをキッチリと読んでいたらしい。鉤爪を回避しつつエリステルの脚に巻き付いて関節を絞め上げながら、その牙を太腿に突き立てた。
「触れるな、下賤が!」
「離さな…グエェ!?」
「こっちだ、このアマァ!」
エリステルは苛立ちも顕に左脚を力強く振るってウロコスキーを振りほどこうとする。ウロコスキーはその強靭な肉体と魔王国でも屈指の筋力によって食い下がったものの、エリステルには勝てなかったようで明後日の方角へ飛んでいった。
そこへ飛び込んだのがジゴロウ達だ。乱れ撃ちされる光線を掻い潜って接近した彼らの瞳は爛々と輝いている。負傷して基地内に連れて行かれたり、急所に当たって死に戻りしてしまったりした者達の分まで殴り倒す。そんな気迫を感じさせていた。
「見えてい…」
「今だ!右脚を狙え!」
「ニョロニョロを止めるかちょん切るのよ!」
そんなジゴロウ達をエリステルは右脚で迎撃する…ことは読めていた。両腕は盾隊を斬り伏せるのに使っているし、左脚はウロコスキーによって直前まで固定されていた。ならばエリステルは翼か左脚しか使えないのである。
どちらかだとわかっていれば、後は動き出す時に見極めれば良い。右脚がグニャリと歪んだ瞬間に、私とママは同時に一斉攻撃を放った。
エリステルの右脚が今まさに伸びようとした時に魔術と弓矢の雨が殺到する。ユラユラちゃんの触腕もそうだが、エリステルの右脚を構成する触手も見た目通りに脆いらしい。奴の右脚はズタズタに斬り裂かれていった。
ただし柔らかい分再生も早いのか、千切られた右脚は切られた端から繋がろうとしている。だが、右脚による迎撃に失敗したこともあって、左右から迫る遊撃隊によって横っ腹を突かれる形となっていた。
「オラオラオラァ!」
「源十郎さんの分も喰らえっ!」
「ガッ!?小賢し…ギャアアアアアア!?」
「こっちを忘れんじゃないよ!」
「行くわよ〜」
ジゴロウ達が攻撃を叩き込んだことでダメージを受けたエリステルだったが、即座に振り払おうとしていた。だが、その前に奴の顔面と胴体の口へ生き残っていた機動隊が発射した銛が突き刺さる。刺さった瞬間に銛からは黄土色の薬品が噴射され、エリステルの体表を溶かし始めた。
錬金術士達が採算を度外視して調合した特製の薬品は非常に強力であり、エリステルといえども羽根や身体を容赦なく溶解させていく。特に口に突き刺さった一本はエリステルが吐き出すためか噛み砕いてしまったせいで、薬品を飲み込んでしまったらしい。エリステルは正気に戻ってから初めて絶叫していた。
そのタイミングで襲い掛かったのが邯那が率いる方の機動隊だった。彼女らの数も減っているものの、突撃の勢いはいささかの衰えも見せていない。エリステルの横っ腹を抉り取るほどの勢いであった。
エリステルの胴体にある顔は悲鳴こそ上げないものの、痛覚はあるようで苦悶の表情を浮かべている。ただでさえ顔のパーツが異様なほど不揃いなのに、それがさらに歪むのだから非常に醜悪であった。
「「「撃てぇ!」」」
この好機を逃さなかったのは機動隊だけではない。魔術隊と弓隊、そして基地内に逃げ込んだ戦車隊だった。妖人達から砲手を変わっていた戦車隊は城壁の防衛兵器を用い、私達と申し合わせたかのように一斉射撃を放ったのである。
放たれた魔術と矢はどれも爆発などを抑え、今も張り付いて殴り続けているジゴロウ達を巻き込まないようにするためだ。そこは戦車隊の大半がそこに配慮した飛翔体を用いていた。
「どわっ!?」
「うげっ!?」
「チィッ!」
数人の砲手が配慮せずに爆発する飛翔体を使ったため、その余波を受けて数人のプレイヤー達が吹き飛んでいく。その中にはジゴロウも含まれており、舌打ちしながら空中で体勢を整えて海面に着地する。相変わらず猫のような身のこなしであった。
ただ、この味方のせいで吹き飛ばされた者達は幸運だったと言える。何故ならエリステルは黒く発光すると、球状にその黒い光を放出して仲間達を吹き飛ばしたからだ。
ダメージはあまり大きくなかったようだが、これで再び振り出しに戻ったと言える。しかし、エリステルは残った顔の上半分を憤怒と憎悪によって歪めており、正気に戻った直後のように我々を侮っていた油断に付け込むことは難しそうだった。
「それにしても、どうして回復しない?今もずっと体力は減り続けているというのに…」
そんなエリステルを見て私は一つの疑問を抱いた。あの光の魔術はおそらく【堕天魔術】なのだと考えれば納得が行く。通常の光属性から変質したことで深淵でも使えるようになったのだ、と。私の疑問はそこではなく、エリステルが使えるはずの【回復魔術】をこれまで一切使っていないことだった。
正気に戻ってからこれまで、エリステルはずっと体力が減少し続けている。その上でジゴロウ達に痛め付けられており、【回復魔術】を使わなければ死んでしまうだろう。ここまでの猛攻によって奴の体力はもう四分の一を切っているのだから。
状況をリセットさせた今は回復する絶好の機会だ。それをあえてフイにする理由とは何か。私がパッと思い付くことがあるとすれば…
「まさか、何か使えない理由でもあるのか?それなら…ママ、一つ試したいことがある」
「何かしら?」
空中から急いで基地の城壁付近まで降りた私は、自分の推測と頼みを彼女に告げる。するとママは一理あるわね、と同意してくれた。ならば私達は彼女達が準備を整えるまで前衛の援護を行うのみだ。
「そろそろ【付与術】が切れる時間だ。【付与術】が使える者達は火力支援よりもそちらを優先しろ。使えない者達は引き続き攻撃を続けるぞ」
「「「了解!」」」
引き続き私は魔術隊を指揮し続ける。エリステルにこれまでのような傲慢さはなく、前衛の攻めを的確に対処している。彼らをどうにかしてエリステルに再び接近させるべく援護していると、ようやくママ達が準備を整えたようだった。
シオやアマハなど、弓隊の中でも特に精密射撃を得意とする者達が最前列に出てきて弓を引き絞る。そしてはっしと放たれた矢は吸い込まれるようにエリステルの胴体、特に幾つもある口を目指して飛んでいく。弓の名手を揃えただけあって、全ての矢は綺麗に口へと吸い込まれていった。
「回復!?止めろ!それ………ヒギイィィィィ!」
「まァた狂いやがったぜェ!」
「今が好機じゃ!」
私がママに頼んだのは、エリステルを回復させることだった。あれだけ追い詰められたのに回復をしないということは、回復することに大きなデメリットがあると推測したからだ。
ポーションを固形にし、鏃に加工した回復矢とでも言うべきモノを受けたエリステルの変化は劇的だった。奴は回復した瞬間に狂乱し始めたのである。こうなるとわかっていたからこそ、エリステルは回復出来るのにしなかったのだ。
これはエリステルを討つための突破口になる。私は内心でほくそ笑みながら、魔術隊に一斉攻撃を命じるのだった。
次回は8月14日に投稿予定です。




