いざ、戦場…?
あっという間に巨大オウム貝を討ったアン達の手腕は流石としか言い様がなかった。危うい場面を一切見せず、一方的に倒す様子はまさしく狩りである。海上で彼女ら以上の効率で戦うのは今の我々には不可能。そう思わせられるほど圧倒的であった。
「流石だな、アン。海賊の強さを見せ付けられた気分だ」
「ん?ああ、そうかい」
アイテムを剥ぎ取った後、アン達は鉤縄を使って甲板へと戻って来た。手放しに称賛した私だったが、彼女は何か考えごとをしていたのか返事に覇気がない。一体、どうしたというのか。
しばらく物思いに耽っていたアンだったが、短いため息を吐くとインベントリから大活躍だった『ホバーオルカ』を取り出した。どうして今取り出したのだろうか?
「ねぇ、王様。これを作った連中に会ったら言っといてもらいたいことがあるんだけど」
「どうした?性能に不満があるのか?」
「いいや、そっちは別に。もうちょっとパワーがあった方が嬉しいけど、今の技術だとこれが限界って言われたからね」
アン曰く、本来の相棒であれば巨大オウム貝を捕まえる投網を引くのは二人で十分らしい。そこに数人使っている時点で引っ張る力は相棒の半分以下だと言うのだ。
ただし、それは事前に聞いていたことだし、納得した上で彼女らは習熟運転をしていたはず。今更そこに不満を漏らすつもりはないらしい。なら、何を伝えて欲しいというのだろうか?
「正面の銛を撃つ奴なんだけどね、撃つ度にわざとらしい効果音がガチャガチャ鳴って煩いんだよ」
「んん?あ〜…はぁ…そういうことか。マキシマの悪いクセが出たらしい」
…完全に理解した。私達がドリルを作ってもらった時、マキシマは趣味に走って音や振動がわざと発生するようにしていた。その病気とでも言うべきロマンへのこだわりが出てしまったのである。
出来ればアン本人からマキシマに伝えて欲しいのだが、どうやら自分から伝えに行く手間を惜しんでいるらしい。彼女らには海上の拠点があるので、艦隊を戻した後でわざわざ上陸するのが面倒なのだろう。それこそ『ホバーオルカ』の出番ではないかとも思うのだが…指摘したとて動くとは思えないから引き受けるしかあるまい。
「伝えるのはわかった。だが、修理の時にはこっちに来てもらうぞ?流石にマキシマ達をそっちに向かわせるのは、な」
「はいよ。それじゃ、帰ろっかね」
こうしてそれぞれの目的を果たした私達は帰還することとなった。帰還の最中、私達は反省会によって良かった部分と悪かった部分を共有する。
基本的に気楽にプレイするのが魔王国に属する全てのクランの方針だ。しかし流石にエリステルのような化け物相手だと皆真剣になっている。この熱意があれば必ず倒せるだろう。私は内心でニヤリと笑うのだった。
◆◇◆◇◆◇
こうして私達は十分に時間を掛けて訓練と戦術の確立を行い、遂にエリステルに挑む日を迎えた。本来ならもう少し前に準備は整っていたのだが、それぞれにリアルの用事がある。そちらを優先するのが国としての方針ということもあり、日程の調整のためにこの日になったのだ。
「おお、もうほぼ全員集まっているのか」
集合場所は『魔王国深淵探索基地』に現地集合だったのだが、私が来た時にはもうほとんど全員が集まっていた。急な用事が入ったという連絡もない。皆の気合の入りようがうかがえるというものだ…無論、私も気合十分である。
この戦いのために新調した武具を用意した者も多く、かく言う私も新たなアイテムを用意している。それはインベントリに入れることが出来ない特殊なアイテムであり、今は腰のベルトに引っ掛けてあった。
「よう、イザーム。間に合ったんだな、それ」
「マックか。ああ、その通り。アイリスのお陰でな」
やって来た私に気付いたマックは、目ざとく私の腰にある新アイテムに気が付いた。嘘をつく理由がないので私は首肯しながら腰に引っ掛けてある二つのアイテムを持ち上げる。それらは全く同じアイテムであった。
それは一辺が十センチメートルほどの天井と底以外の四方がガラスのように透明な立方体である。天井は赤く、底は白く塗装されていて天井部分にはスイッチが付いていた。
そして透明な四方の面からは中身が見えるのだが、そこにはミニチュアのような大きさの龍が一頭ずつ…すなわちカルとリンが入っている。そう、これは従魔をコンパクトに連れ歩くためのアイテムなのだ。詳細は以下の通り。
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モンスターキューブ 品質:優 レア度:S
古代の技術を元に作り出された、プレイヤー以外の動植物の保存容器。
生きた植物・動物を内部に取り込むことで、それらを栽培・飼育することが可能。
内部には回復の魔道具が設置してあり、持ち主の魔力によって内部にいる生物を回復させることも可能。
内側に生物がいる場合はインベントリに収納することは不可能。
決して頑丈とは言えず、内外から強い衝撃を受けて破損すると生物が飛び出すことになる。
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どこかで聞いたことがあるようなネーミングだが、きっと気のせいだろう。天井と底の色合いにも見覚えがある気がするが、それもきっと気のせいだ。そうに決まっている。
冗談はさておき、このモンスターキューブは以前に入手した古代のアイテムであるマイクロビオトープを分析・再現したモノだ。ビオトープとして内側の美しさは度外視し、従魔の保管だけに特化した代物である。
これは私を含む従魔を連れる者達にとって革命となった。従魔がいるとその大きさに関係なく、どうしても場所を取ってしまう。一緒に行動する際も大人数にならざるを得ず、周囲が許してくれているとしても後ろめたい気分になってしまっていた。
その問題を一発で解決するのがモンスターキューブである。今も従魔を率いて戦うプレイヤーは全員がモンスターキューブを購入済みであり、コンラートは早速ごく少数しか生産出来ない高級品として扱い始めたらしい。既に注文の予約が殺到していると言っていた。
上げた利益は生産者であるアイリスにも還元されているのだが、まさに濡れ手に粟状態である。何故なら、保管についてだけならば再現が可能になっているので、全て自前で用意出来るのだ。
コンラートとアイリスの見立てではすぐに分解されてコピー商品が出回り、すぐに値段は下がるだろうと予想されている。そうなる前に前払い契約で予約を受け付け、コピー商品が出回り始めた頃には売り切るつもりらしい。その辺りの見極めは彼の領分であった。
「アイリスが稼いだ金のお陰で十分な軍備が整った。本当に頭が上がらんな」
「全くだぜ」
「私がどうかしましたか?」
アイリスの話をしていたところ、当の本人が姿を現した。工房にいることが多いアイリスだが、今日は彼女も出張って来ている。本当の意味での総力戦になると推測したからこその判断だった。
「アイリスは凄いなと話していただけだ。この戦いが終わったら…とか言い出すと嫌な予感がするから止めておこう」
「フフッ、確かにそうですね」
「…俺はお邪魔虫だな」
何か呟きながらマックはいつの間にか去っていた。残った私とアイリスが二人で談笑していると、いつの間にか作戦に参加する者達が勢揃いしている。全員が揃ったのならば、後はここから出発してエリステルのアジトを目指すだけだ。
「ん?何だ?」
「上が騒がしいですね?」
そう思ったのも束の間、俄かに基地の城壁の上が騒がしくなった。私は最初、喧嘩か何かかと予想していた。これだけの人数が集まっていたら、強敵との戦闘前で気合が入り過ぎて興奮している者もいよう。些細なことが原因で揉め事が起きてもおかしくないと思ったからだ。
しかしながら、すぐに事態は次元が違う深刻さだと知ることになる。城壁の上にいた妖人が絶叫するようにして原因を教えてくれたからだ。
「きっ、来やがった!化け物が!エリステルが!」
…どうして私は、私達はその可能性について考えていなかったのだろうか?ゴゥから教わっていたではないか。エリステルは三大領主で唯一、縄張りの外を徘徊するということを。ならば徘徊した結果、私達の前へ向こうからやって来るという可能性だってあるではないか!
エリステルの様子はルビー達によって最深の注意を払いながら観察されてきた。その話によればエリステルは例の島から全くと言っても良いほど動いていなかったらしい。そのこともあって完全に失念していたのだ。
「どっ、どうしましょう!?」
「ふぅ〜…狼狽えるな!全員、戦闘準備!治癒隊は待機!弓隊、魔術隊は城壁の上へ!盾隊、遊撃隊、機動隊、戦車隊は全隊出撃!こうなれば基地の防衛兵器も使って戦う!その分、得をしたと思えよ!」
「ほっほ!物は言い様、確かにお得じゃな」
「ハッハァ!行く手間が省けたぜェ!オラァ!行くぞォ、テメェら!」
「「「ぉ…オオオオオッ!!!」」」
決して逃げられないこの状況ならば、基地をも使って戦うしかない。こちらが攻められる側になるのは想定外で、動揺するのは仕方がない。だが、すぐに切り替えなければ動揺している間に敗北してしまう。私はあらん限りの声で素早く指示を出した。
私だけではすぐに立ち直らせることは叶わなかっただろう。しかし何事もなかったかのように落ち着き払った源十郎と、敵の側から来てくれたと喜ぶジゴロウのお陰で動揺は鎮まった。それどころか驚かされた反動とでも言うかのように士気が一気に上昇していた。
「ルドヒェグ、ゴゥ!」
「「ハッ!」」
「それぞれ妖人隊と千足魔隊を引き連れて出撃だ。釘を差しておくが、無理だけはするな」
国民となった彼らに敬称を付けるのはもう止めている。二人は私の命令に従い、一族を率いることになっていた。彼らは勢い良く出て行ったジゴロウ達に続いて基地の外へと駆けて行った。
「ゴメン!ボクのせいだ!」
「誰のせいでもないぞ、ルビー。強いて言うなら私のせいだろう」
私も城壁の上へと移動しようとしていた時、私の前に焦ったように飛び出したのはルビー達偵察隊の面々だった。彼女らはこの状況を自分達の責任だと思っているらしい。
だが、それは違う。彼女らを先行させずに基地に居させたのは私の決断だ。それはエリステルに二十四時間張り付いて監視していられるはずもないからである。これが無理なのだから今日の彼女らの役割は先導してもらうことと、もう一つと決めていたのだ。
「だが、ある意味で好都合か。ルビー、任せたぞ」
「…わかった!ボク達で絶対に見付けてみせる!行こう、みんな!」
そう行ってルビー達はエリステルとは反対側の壁を乗り越えて去って行く。さてさて、予想に反した防衛戦か。不幸中の幸いは防衛兵器をしっかりと整えていることだろう。その試運転をエリステル、お前でやらせてもらおうか!
次回は7月21日に投稿予定です。




