多人数戦の反省と海賊の狩り
「ウッ…ウゴァァ…」
「ハァ…ハァ…や、やっと倒せたか…」
激しい戦闘の後、私達はどうにか大洋類人猿の討伐に成功した。だが、決して楽勝という訳ではない。それどころか大人数で一体の圧倒的格上を倒すのがどれだけ大変なことなのかを痛感することになった。
大前提として、人的被害はなるべく出さないように立ち回っていたこともあって死に戻りした者はいない。しかし、ダメージを一切受けていない者はいないし、ジゴロウや私を含めた一部の者達は瀕死の重傷を負ってしまった。
ジゴロウの場合は遊撃隊と大洋類人猿の間に盾隊が割り込むのが間に合わなかった際、奴の拳を防いだためだ。受け流そうとしたようだが、大洋類人猿の【海洋格闘術】によって腕の周囲を渦巻いていた海水によって斬り裂かれたのである。
私の場合は大洋類人猿が掌に掬って投擲した海水を食らってしまったからだ。海水が散弾のように散らばったせいで射撃隊に大きな損害が出たものの、散弾になったお陰で即死する者が出なかったとも言えた。
「お疲れさん。どうだった?」
「これまで自分がいかに安全重視でやって来たのかを痛感させられた一戦だったよ」
甲板から降りてきたアンの質問に私は唸りながらそう答えた。私達のクランが圧倒的に格上だった相手と戦ったのは現在の『ノックス』である『霧泣姫の秘都』のボスだったクロード・ジョルダンだ。
あの時も死闘だったが、庇護の対象でもあったカトリーヌ・セプテンという足枷が存在していた。そこに付け入って勝利した訳だが、今回の私達はガチンコのぶつかり合いを行っている。そこで私達の集団戦における問題点が明るみに出たのだ。
まず私が率いた射撃隊だが、なるべく一斉攻撃を心掛けたこともあって単純なダメージであれば最も稼いだことに疑いはない。だが、戦闘中にも感じた弾速の違いは問題になりそうだった。速い弾速の攻撃は当たるものの、それに続く攻撃は防がれがちだったのだ。
魔術にせよ弓矢にせよ、無限に放てる訳ではないのだから可能な限り最大効率でダメージを与えたい。かと言って放つ魔術まで指示するのは、その人物が使える魔術の種類で変わるし…ううむ、どうするべきか。
「よォ、兄弟ィ。結構楽しかったなァ!」
「キツかったの間違いでしょ、アニキぃ!」
一度重傷を負いつつも、結局治療のために撤退することなく最後まで戦い続けたジゴロウは楽しそうだ。しかし彼の代わりに遊撃隊を指示していたチンピラは疲れ切っていた。
チンピラもまたジゴロウと同じく後方に下がったことはない。だが彼の場合、自分が離れたら統率が取れなくなると思って必死だったというのが実情だ。うむ、やはりどんな状況だろうと戦うことそのものを楽しんでしまうジゴロウに指揮は無理だな!
遊撃隊についての改善点だが、どうしても一撃離脱を徹底出来ないことが多かった。イケるかも、と思って欲を出す者が必ず現れてしまうのである。
それが良い方向に働くこともあった。例えば『八岐大蛇』の一人が巻き付いて腕の動きを封じた時には効果的な攻撃を行えたし、『ザ☆動物王国』の一人が背後から首筋に噛み付いた時にはそれを剥がすのに必死でその間は攻撃し放題だった。その時に稼いだダメージが討伐に繋がったのは間違いない。
だが、大体が悪い方向に働いてしまっているのが現実だ。ある者はまともに殴られて瀕死になり、ある者は水中に叩き付けられて危うく溺れかけ、またある者は投擲物として盾隊に投げ飛ばされている。格上に対して独断で痛撃を与えることの難しさと、独断が味方に迷惑をかけることになりかねないことは明白であった。
「ふぃ〜、疲れたな」
「みんな、お疲れ〜」
そして今回の戦闘で最も活躍したと個人的に思っているのが盾隊である。彼らは堅実に守りを固め、自分達に攻撃を誘導し続けた。こちらに死者が出なかったのは、間違いなく彼らのお陰であろう。
何よりも采配が見事であった。消耗した者が出れば迅速に後ろにいた者と交代させて回復を図り、最前線の状態をその時の最高の状態に保ち続けていたのだ。今日は各クランからほぼ均等に集めた者達で来ているというのに、その的確な指示と統率力は大したものだと言わざるを得ない。
ガチガチの重装備で固めた彼女は『Amazonas』のプレイヤーだ。クラン単位での戦闘時はママが後衛を、彼女が前衛を任せられるらしい。慣れがあったのだろうが、それでも連係の訓練が習熟していない者達を率いる力量は素直に称賛に値した。
「さぁて、じゃあ次はアタシ達だね。王様、船の守りは任せたよ」
「ああ。任せておけ」
「傷一つつけたら弁償だからね?行くよ、野郎共!」
「「「ヨーホー!!!」」」
アン達は私達が艦隊の甲板に上がったのを確認してから、今度は自分達が海へと飛び込んだ。そんな彼女らを迎えるように彼女らの相棒である鯱達が浮かび上がることはない。今日に限っては彼女らは相棒達を連れて来ていないのだから。
代わりに彼女らは空中でインベントリを操作して出現させたのは一人乗りのホバークラフトだった。これこそ対エリステル戦と深淵探索のためにアイリスと『マキシマ重工』、そして『生体武器研究所』が『蒼鱗海賊団』のために用意した新兵器なのだ。
海上で騎乗しつつ戦うことが主戦術であるアン達は、深淵という場所に向いているとは言い難い。軽液で満たされた深淵の海に相棒である鯱達を連れて来てもいつも通り泳げるとは思えず、結果として彼女らは実力の半分も発揮出来ないと思われていたのだ。
しかし、エリステルという本物の化け物を相手に総力戦を仕掛けるとなればアン達の力も必要だ。それも十全にその武力を発揮出来るアン達の力が。そこでアイリスと『マキシマ重工』と『生体武器研究所』が知恵を絞って作り上げたのがこのホバークラフト…『ホバーオルカ』なのである。
『ホバーオルカ』は水上バイクのような形状をしたホバークラフトであり、操縦はハンドル操作と体重移動で行う。車体の前方には銛を八連射可能な小型バリスタが、車体の後方には生体武器の軽機関銃が搭載されていた。
この生体武器の銃というトンデモ兵器は非常に便利であり、銃が勝手に照準を合わせて撃ってくれるので操縦者は発射の指示をするだけで良い。まだ試作段階だが、この技術が確立し次第『ノックス』と『エビタイ』、さらに『魔王国深淵探索基地』に配備されることだろう。
また、ホバークラフトということなので地上でも使えるというのもアン達にとってありがたい点である。これで地上での海賊行為も可能になったと大喜びしていた…陸上で海賊に襲われる被害者にとってはたまったものではないだろうが。
「行くよ!王様達にアタシ等の狩りの腕を見せてやんな!」
アンはアクセルを全開にして『ホバーオルカ』を出発させる。彼女の要望で鯱を思わせる塗装をされた『ホバーオルカ』は瞬く間に速度を上げて水平線の向こう側へと消えていく。彼女らの相棒ほどではないにしろ、中々の速度が出るようだ。
しばらくするとアン達はこちらに引き返して来た。その背後には巨大な…それこそ大洋類人猿よりも遥かに大きい何かが追い掛けて来ている。まだ姿は見えないが、『ホバーオルカ』の後方にある機関銃が海面に向かって射撃を繰り返しているので間違いなかった。
どうやら私達に狩りを行う様子を見せてくれるらしい。お手並み拝見と行こうではないか。
「おおっ!?」
「ハッハハハァ!マジかァ!スゲェな、オイ!」
最初に仕掛けたのは海中に潜む陰の方だった。海中から勢い良く飛び出したそれを見た私達は例外なく声を出してしまう。何故なら、海中から飛び出したのは超が付くほど巨大なオウム貝だったからだ。
十メートル近い大きさのオウム貝は最も高い位置で殻を下に向けると、水を噴射して高速で海面へと突撃していく。どうやら体当たりでアン達を沈めるつもりのようだ。
アン達は慣れているのか、誰かが指示を出すこともなく散会してこれを回避する。それどころか数人は落ちてくる場所に向かって網を投擲する余裕まであった。
巨大オウム貝が何重にも敷かれた網の上に落ちたのを確認する時間すらも惜しいと言わんばかりに、網の端を持つ海賊達が巨大オウム貝から離れる方向へと移動し始める。すると巨大オウム貝が海面に持ち上げられ、その全身には網が絡み付いていた。
「撃ちな!」
ガガガガガガガガ!!!
「ギイィィィ!?」
アンの号令によって網を引く団員以外の全員が八連射の銛を射出する。貝殻は硬いのか銛を弾いたものの、イカやタコを思わせる軟体部分には深々と突き刺さっている。巨大オウム貝は耳障りな悲鳴を上げた。
だがアン達は既に次の手を打っている。彼女らは既に鉤縄を取り出して頭上で回しており、それを投擲して巨大オウム貝に引っ掛ける。そのまま巨大オウム貝の周囲を回り、縄によって触腕を雁字搦めにしてしまったのだ。
「掛かれぇ!」
抵抗する手段を奪われた巨大オウム貝に、アン達は次々に飛び乗っていく。巨大オウム貝は投網によって身動きを封じられ、触腕という武器をも縛られている。そのせいで飛び乗るアン達を振り払うには身体をメチャクチャに動かすか、魔術を放つ他に方法がなかった。
しかしアン達は揺れる船上での戦闘に慣れている。魔術については脅威ではあれど、彼女らは必要とあらば海に飛び込んで回避していく。そうして真っ先に巨大オウム貝の眉間部分に降り立ったのはアンであった。
「見たかい?これが海の狩りだよ!」
アンは得意げに叫びながら渾身の一撃を眉間に叩き込む。続いてやって来た海賊達もまた、それぞれの得物で一撃を叩き込んでいく。眉間部分は弱点だったのか、巨大オウム貝は鉤縄から逃れようとしていた触腕を痙攣させてからグッタリと動かなくなるのだった。
次回は7月17日に投稿予定です。




