結晶窟の女王 その四
新たな塩獣が誕生してしまえば、全てが振り出しに戻ってしまう。残されるのは塩獣の軍勢と人数が減った上に消耗してしまった私達だ。そうなれば勝利など絶対に不可能だろう。
「ここが勝負所と見た!やろうか、皆!」
「「「おう!!!」」」
その時、トロロンの掛け声と『溶岩遊泳部』のメンバーの勇ましい咆哮が上がる。直後、戦場全体にポップコーンの絶叫を掻き消さんばかりの爆音が響き渡った。
爆音の正体はトロロン達が作り出した即席の火山の噴火である。彼女らは連続して噴火させ、溶岩弾によって広範囲に攻撃していた。だが、今回の噴火の勢いは次元が違う。何と彼女らが作っていた即席の火山が内側から粉砕されるほどの威力だったのである。
即席とは言え、ここまで塩獣、それも上位種の集団を寄せ付けなかった火山が吹き飛んだのだ。その威力は凄まじく、火山に取り付いてた塩獣は一斉に弾け飛んでいた。
ただ、それは副次的な効果に過ぎない。トロロンの狙いはそちらにはなかった。彼女がやろうとしたこと。それはあの火山から放てる最大火力の溶岩弾を発射することだった。
降り注ぐ溶岩弾は戦場全体に拡散しているが、その大半は明らかに女王塩獣の上に集中している。幾つもの溶岩弾が大盾兵型塩獣の融合体へと突き刺さり、その身体を爆散させていった。
溶岩弾は一つ一つが倍以上に大きく、それでいてこれまで籠められている熱量が桁違いだったらしい。下げられた防御力とシオ達によって大きく削られた体力では耐えられず、恐ろしいほどの防御力で守りを固めていた大盾兵型塩獣は跡形もなく消え去った。
ステータスを平均化させるというのはステータスの低かった部分が上昇することになる。目の前の融合体塩獣ならば、恐らくは敏捷が爆発的に上昇しているのだろう。
だが、せっかく上昇したステータスを活かして回避するわけにもいかない。何故なら、奴らの存在意義は足を止めて女王塩獣を守ることだからだ。回避可能だったかもしれないのに、それをしてはならないのならば単純な弱体化である。これが大盾兵型塩獣と相性が良いと判断した理由であった。
「見えたっ!これなら…やっていい!?」
「七甲共々、やってやれ!」
「やったるで!」
新たな塩獣を作成中だった女王塩獣だったが、守る壁が消えているので完全に無防備な状態だ。弾薬や魔力などのリソースが続く限り攻撃を続けているシオとポップコーンに加え、私の護衛としてついてくれていたサーラと七甲にも独自の判断で攻勢に加わってもらう。今の状況であれば、私が討ち取られる心配よりも女王塩獣討伐を優先するべきだからだ。
サーラが持っていた大鎌を振り上げると、刃が陽炎のように揺らめき始める。その状態の大鎌を振り下ろすと、離れた場所にいる女王塩獣にいきなり大きな裂傷を負った。どうやら離れた位置を斬り裂く武技か『奥義』であるようだ。
七甲は仕込み刀を抜いていた錫杖を元に戻し、嘴に咥えながら両手で印を結ぶ。すると彼の目の前の空間が歪み、そこからソフトボールほどのサイズに縮んだフェルフェニール様の頭部が現れた。その口が大きく開かれると、そこから目で追えない速度で舌が伸ばされた。
七甲が使ったのは【幻影召喚:神代闇龍帝】である。私達のクランの全員が使えるのだが、その中でも【召喚魔術】に特化した七甲が使うのが最も威力が高くすることが出来る。それは漫然と使うだけでも威力は高くなるのだが、七甲は自身の『秘術』によってそのサイズを縮小しながら威力を増幅させられるのだ。
女王塩獣は平均化されてもなお、100レベルという高いレベルに裏打ちされた合計ステータスによって度重なる猛攻を浴びてもまだ生きていた。しかしながら、七甲の一撃はその体力を削り取ったらしい。作成途中だった塩獣達の身体が崩れていくことからもそれは明らかだ。
「ギギ…ギギィ!」
「ぐはっ!?」
勝った。そう思って油断した瞬間、女王塩獣は最期の最期に一本の針を射出した。女王塩獣に射出などの能力はなく、本当に悪足掻きに過ぎなかったはずだ。
しかしながら、その悪足掻きは本懐を遂げたと言える。攻撃に集中していたサーラと七甲の間を通り抜け…強力な『秘術』と能力のコンボを限界まで使ったことによって体力も魔力も底をついた私の頸骨を掠めたのだから。
女王塩獣は自軍が敗北した切っ掛けが私にあるとわかっていたのだろう。最も憎い相手へと放った嫌がらせのような一撃だったに違いない。
だが、私がそれを食らったのはちょうど体力と魔力を使い切った瞬間だった。そして女王塩獣がレベル100としては最下級のステータスしか持っていない上に攻撃用の能力を保有していないとしても、私の低い防御力ではダメージが入ってしまう。残り1しか残っていない体力を。
「ボス!?」
「イザームさん!?」
私の体力は尽き果て、力が入らなくなって墜落していく。その視界の端で、同じく崩れていく女王塩獣の一つ目が満足げに歪んでいるように見えるのだった。
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戦闘に勝利しました。
全員に特別報酬と50SPが贈られます。
種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
種族レベルが成長限界に到達しました。
条件を満たせば種族が進化しますが、レベルが上昇することはありません。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
【知力超強化】レベルが上昇しました。
【精神超強化】レベルが上昇しました。
【体力回復速度上昇】レベルが上昇しました。
【魔力回復速度上昇】レベルが上昇しました。
【魔力精密制御】レベルが上昇しました。
【不死の叡智】レベルが上昇しました。
【深淵の住人】レベルが上昇しました。
【深淵のオーラ】レベルが上昇しました。
【浮遊する双頭骨】レベルが上昇しました。
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はい、生きてます。いや、不死なんですけれども。いやぁ、本当に危なかった。体力の数字が0になったのは間違いないのだから。
様々な幸運に恵まれて私の頸骨に針を掠めさせた女王塩獣にとって唯一の誤算。それこそ私の有する【生への執着】という能力である。私は死亡判定が出ても再び体力を1にして復活するのだ。
復活した私は素早く中和剤を自分に掛けつつ、墜落する体勢を整えて浮遊状態をキープする。その後、しいたけ達の手で改良された不死用の回復薬で体力を回復させながら【杖】の集魔陣という武技によって魔力も回復させていた。
仮にあの針が私の骨に突き刺さっていたならば、私は即座にもう一度死んでいただろう。そして私の【魔力回復速度上昇】という能力のレベルが低ければ、付着した侵塩によってやはり死んでいたに違いない。運は女王塩獣に軍配が上がったのかもしれないが、積み上げてきたモノがそれを防いだと言ったところか。
「しかし、驚いたな。まさか女王塩獣を倒しても塩獣達が消えないとは」
一方で私にとっての誤算は女王塩獣を倒した後も、既に生成された塩獣達は死ぬまで戦い続けたことだ。一緒に死ぬか電池の切れた玩具のように動けなくなると勝手に思いこんでいたが、そう甘くはなかったようだ。
恐らくは一度出された命令を果たすまでは止まらないという性質を持っていたのだろう。お陰で女王塩獣を倒したのに残党狩りが終わるまで戦闘終了扱いにならなかった。
ちなみに、この残党狩りにおいて私は完全に役立たずだった。虫の息な上に攻撃するための魔力すらも枯渇した私は言うなれば出涸らしのようなモノ。余計なことをしても足を引っ張ることになっただろう。死にかけの状態で高みの見物をさせてもらったわ。
「よォ、兄弟ィ。お手柄だったなァ」
「そう喜べんだろう。被害は甚大だ」
戦闘が終わった後、生き残っていたのは二十人を切っていた。五十人で行動していたのだがら、半数以上が死に戻りしたことになる。我がクランでも指揮を任せた兎路が討たれるなど、激戦であったことを窺える戦いであった。
今頃は全員が『ノックス』で復活しているのだろう。私達はそれぞれに討伐の報告をしているが、仇を取った礼をする者もいればその場に自分がいないことを悔しがる者もいる。本人の性格に起因するようだ。
ちなみに、ジゴロウと双璧を成す源十郎も生き残っているが非常に不機嫌だ。何故ならルビーが討たれてしまったからである。あんなに露骨に不機嫌な源十郎を見るのは初めてかもしれない。
「何にせよ、得られたアイテムの分配は最初に決めていた通りにすれば問題はない。ただ…」
「おう。どうすりゃいいんだろォなァ、あれ」
集団で行動する際、最も問題になりやすいのが分配についてだ。その点はちゃんと決めてあったのだが、倒した後に残ったあるモノが問題だった。それは女王塩獣が座っていたガラスのような切り株であった。
次回は6月19日に投稿予定です。




