次のイベントは…
ログインしました。海巨人を歓迎する宴会は大成功に終わった。心の底から満足したらしいメトロファネス殿下と使者達は、海王国へと帰ったら槍を国王へ渡すこと、そして我らが『アルトスノム魔王国』と正式に国交を結ぶよう国王を説得することを約束してくれた。
これで国交が樹立すれば、交易によって海底のアイテムが得られるようになるだろう。メトロファネス殿下達が帰った後、クランのリーダー達を集めて玉手箱の中身を見せた時のコンラートの喜びようと言ったらなかった。
まあ、『エビタイ』で得たティンブリカ大陸産アイテムを市場に流れる量を調整してボロ儲けしているコンラートだ。これからは海底のアイテムも同じことをして荒稼ぎすることだろう。
「よし、今日は掘るぞ!」
宴会の翌日、私達はいつものように深淵に降りていた。とりあえず、今日の目的は侵塩をとにかく掘ることだ。『侵塩の結晶窟』を確実に攻略するために必要な中和剤。これを大量に確保することが攻略の鍵となるのは確実だ。
そのためにも地道な採取は重要である。下の階層に潜るのは他のパーティーに任せ、彼らが塩獣を殲滅した後の階層で侵塩を掘るのだ。探索班と採取班に分かれて効率を上げる作戦である。
そんな地味な作業に付き合ってくれるのは、アイリスとジゴロウという最初期メンバーの二人だった。ジゴロウが付き合ってくれたのは意外だったが、本人曰く中途半端な敵と戦うのは気が進まないそうだ。
先に下へ降りていった者達を見送った後、私達は自分達の他には誰もいない階層で加えたドリルを使う。余計な機能を省き、代わりに音を抑える機構を取り付けられた改良型だ。
「おお。静かだし振動も少ない。最初からこれを渡してくれれば良かったのに」
「あ、あはは…付けられる機能があったら付けたくなる気持ちはわかるので何とも言えませんね」
「ロマンってのもわかるがよォ、それで使う側が困るってんなら本末転倒じゃねェか」
マキシマを擁護しようとするアイリスだったが、ジゴロウがバッサリと斬り捨てたことに反論はしなかった。同じ生産職として気持ちがわかる点もあるが、流石に庇いきれないのだろう。
私は苦笑しつつもドリルによって得られる侵塩の量を確かめる。うんうん、やはりドリルを使った方が品質は高くなっているし量も増えているな。こういうところを見ると『マキシマ重工』のメンバーはとても優秀なのに…すぐロマンを優先させる悪癖さえなければなぁ…ん?
「おや?」
「あん?」
「あれ?運営からメッセージですね」
ドリルを使って採取していると、運営からのメッセージが届いた。私達は一旦採取を中断してメッセージの内容を確認する。それは新たなイベントについての告知であった。そのタイトルを私は読み…思わず口に出してしまった。
「『王太子婚約者投票戦』…?何だこれは?」
それが今回のイベントのタイトルであった。とりあえず説明文を読んでみると、思っていたよりも興味深い内容であった。
私達が最初にいた街であるファースを含むルクスレシア大陸では最大の国家、リヒテスブルク王国。この国の王太子がこの度、成人を迎えることになった。彼には幼い頃から決まっている許嫁がいるのだが、その上で王家は側室を迎えることを決定したらしい。その理由は今のリヒテスブルク王家は人数が少ないからだそうだ。
正室が確定しているのはルクスレシア大陸にある別の国の姫らしいのだが、側室の云々に関してはそちらも納得の上であるらしい。そうでなければ外交問題になるし、当然のこととも言えよう。
だが、どうしてそれがプレイヤーのイベントに関わってくるのか。その理由は王太子が国民が選ぶ最高の女性を妻に娶りたいと願ったからだ。正室が血筋と外交上の理由で選ばれた女性であるからこそ、側室は内向きの…すなわち国民に慕われる女性が良いと考えたらしい。
この願いを聞いた女神様方は投票戦という形でこの願いを叶えることにした。国民だけでなくプレイヤーも参加するのは、女神様方が招いた者達であるプレイヤーの支持もある女性が良いと王太子が願ったから…とされていた。
「私達みたいな魔物プレイヤーにも投票権があることに驚きです」
「確かになァ…って、どうした兄弟ィ?」
「いや、この王太子は馬鹿じゃないかと思っただけだ」
婚約者がいる上で、側室候補を選別する。まだ正室と結婚もしていないのにそんな話をするというのはいかがなものだろうか?向こうに許可を取ったとされているが、少なくとも私が相手国の者ならば不快だと思う。王家であればあり得ない話ではなのかもしれないが…どうなんだろうな?
それに選ぶ基準が国民の人気、というのも問題が起きそうだ。血筋と政治的な理由から選ばれた婚約者の姫に対する当て付けのように見えるのは私だけだろうか?
加えて仮に双方の間に子供が産まれた時、継承に関して揉めることになる気がする。正室の方が血筋に優れているが、側室の方が国民の人気があるという状況になりかねないからだ。
正室が国民の人気を勝ち取れば問題はないのだろうが、そう上手くいくかどうか。それに正室と側室をほぼ同時に迎えた場合、側室の方が長子を産む可能性もある。それが長男だった場合、まず間違いなく揉めるだろう。
気になるのはこの家督問題が置きかねない状況を煽るような真似を女神様方が行っていることだ。プレイヤーを楽しませることを優先させたのだろうが、アールルは賛同したのか?仮にも『光と秩序の女神』だぞ?イーファ様ならば嬉々としてイベントにしそうだが…どの女神に祈ったのだろうか?
疑問は尽きないが、それよりも重要なのはイベントの内容である。『王太子婚約者投票戦』だが、いくつかの基準があるらしい。投票権は基本的に一人につき一日一票であり、票の価値に差はない。単純な票数の数がその女性を支持する人数ということになるだろう。
ただし、物事には例外が存在する。各女神が定めた日替わりのクエストをこなせば自分が使える票数を増やせるのだ。具体的なクエストについて記述はないが、クエストをこなすと投票権とは別に報酬もあるようだ。
プレイヤーは報酬欲しさにクエストをこなし、増えた投票権は「せっかくだから」と使うことになるだろう。人数分以上に増えた投票権がどのような結果をもたらすのか、全く予想がつかなかった。
ちなみに、国民の評価とプレイヤーの評価は区別されるらしい。こうすることで国民からの支持とプレイヤーからの支持を知った上で、王太子が誰を選ぶのか決められるからだ。
プレイヤーの人気ばかり高くとも、国民からの人気がなければ選ばれない。これは『投票戦』であり、最も得票数が多い者が側室になる『決定戦』ではないのだ。
王太子の匙加減のようにも思えるが、これは王太子の器量も試されることになりそうだ。例えば顔が好みだからと言って国民からの人気もプレイヤーからの人気も低い女性を選んだなら、国民からもプレイヤーからも評価が落ちるに違いない。私はこのイベントそのものよりも、結果の方が今から楽しみであった。
「しかしなぁ…まさかプレイヤーも立候補可能とは恐れ入った」
まだ立候補者を募っている段階なので投票することは出来ない。だが、プレイヤーも候補になれるとなれば話は別だ。ログインしている間だけとはいえ、仮に選ばれればプレイヤーの王族が誕生することになるからだ。
ちなみに立候補は女性アバターでなければ不可能らしい。王太子の性癖はノーマルらしい。まあ、アバターは女性でも中身は男性のプレイヤーもいるので、王太子からすれば最悪の地雷となりかねないのだが…私の知ったことではないな。
立候補の期間はこれからリアルタイムで四日間で、それから十日間が投票期間だそうだ。合わせてリアルタイムだと二週間、時間が四倍に引き伸ばされているゲーム内だと二ヶ月ほどか。プレイヤーにとってはそうでもないが、リヒテスブルク王国の国民にとってはそこそこ長い期間である。
候補者の女性はプロフィールが公開され、そこには顔写真と素性に加え、信仰する女神についても記載があるらしい。どの女神を強く信仰しているのかは、その人物の価値観に関わってくるのである意味で重要だろう。
あとプレイヤー全体に向けての一言も添えられる。今はまだイベントが始まったばかりで立候補者は誰も載っていないが、一日経てば何人もの立候補者が出てくることだろう。
「…面倒臭ェなァ。クソどうでも良い話じゃねェか」
「それは言えてますけど、クエストの報酬は気になりますね」
ジゴロウは興味ないとばかりにドリルを再起動させ、それに同意しつつもアイリスはクエストが気になっている様子である。まあ、私達はリヒテスブルク王国に入国することすらも不可能なのだ。関係はなさそうにも思えるだろう。
だが、それは間違っている。巡り巡ってではあるが、全く無関心でいて良いイベントとも言い切れないのだ。
「兄弟はどうなんだァ?」
「ん?ああ、この投票に関してだが…コンラートの望む者に入れるつもりだ」
「そういうことですか」
コンラートはリヒテスブルク王国にも店を構えている。そして彼が儲ければ儲けるほど、私達にも利益があるのだ。彼にとって都合が良い相手に投票するのは決定事項と言っても過言ではなかった。
アイリスとジゴロウもすぐに理解が追い付いたのか、ドリルを動かしながら頷いている。わかっている者達もいるだろうが、なるべくコンラートの推す女性に投票するように促しておこう。私はメッセージを送信してから、再びドリルを作動させて採掘に勤しむのだった。
次回は5月10日に投稿予定です。




