海巨人をおもてなし その二
歓迎の宴は海巨人だけでなくフェルフェニール様も大いに楽しませた。珍味は好評であったし、『モノマネ一座』によるショーは海巨人にとっても初体験だったようでとても盛り上がった。
緊張していたメトロファネス殿下以外の海巨人達の顔にも笑みが溢れるようになった。ちなみにフェルフェニール様もまたショーが気に入った様子で、褒美としてパントマイム達にその場で折った自分の爪を渡している。これを使って小道具を作れば良いとおっしゃったのだが…武器にした方が絶対に良いよなぁ。
「魔王様。素晴らしい宴でもてなしていただき、このメトロファネス、感謝の言葉もありませぬ!」
ショーが終わったことで宴が一段落したところで、メトロファネス達と食事をしながら真面目な話をする流れになった。いつの間にかメトロファネス殿下から『様』付けで呼ばれているが、これは殿下の父である海巨人と同格だとみなしてもらってと考えて良さそうだ。
そして他の海巨人達もそれを咎めたり苦言を呈したりはしていない。認められたと確信に至ったが、そこで調子に乗ってはならない。私ならばここで図に乗るような者との付き合いは遠慮したくなるからだ。
「そう言ってもらえるのなら、私達も歓迎した甲斐があったというもの。芸を披露した『モノマネ一座』の芸人達も喜ぶでしょうな」
「ものは相談ですが、その『モノマネ一座』を我らの国に招くことは出来ませぬか?きっと父上…いや、陛下もお喜びになられます」
「正式に依頼されれば、彼らはどこででも芸を披露することに躊躇いはありますまい。まあ、問題は彼らが海中に適応している訳ではないということだが…」
メトロファネス殿下は随分と『モノマネ一座』のショーがお気に召したらしく、自国の王の前で披露して欲しいと言い出した。パントマイム達は私の部下ではなく魔王国にいるクランの一つでしかない。頭ごなしに命じることは出来ないのだ。
だから私には依頼したら良いという助言と、依頼の窓口になることしか出来ない。メトロファネス殿下はピンと来ていないようで、それが伝わったようには見えない。幸いにも他の使者には伝わっているのか、得心したように頷いていたので問題はなかろう。
どちらかと言えば水中にあるらしい『シルベルド海王国』に行く方法や、行った後に行動する方が難しい。水中に適応している者の方が少なく、『モノマネ一座』は多数派であるからだ。
「そちらは問題はござらん。人魚達の作る護符ならば、陸者も海の民のように暮らせるのです」
「ほほう、そんな護符があるのですか」
「こちらから招くのです。無論、ただで用意させましょう」
胸を張ってメトロファネス殿下はそう言った。他の使者達も表情を全く動かしていないので、人魚の護符なるモノを無料で提供することに異存はないらしい。『モノマネ一座』以外の分は購入しなければなさそうだが、そちらも拒絶はされないような気がする。
ただ、気位が高いと聞いていた人魚達を当然のように顎で使う辺り、海巨人達は支配者階級なのだと実感する。今も酒樽を改造したジョッキを運んだり料理の乗った皿を片付けたりと、甲斐甲斐しく海巨人の給仕を行っているのだ。まだ一度も彼女らと会話していないものの、とてもではないが傲慢な態度をトルようには見えなかった。
「それはそれとして…魔王様。友好の証として土産の品を持って来ておりまする。本来ならば最初にお渡しするべきなのでしょうが…あまりにも宴が面白く、失念しておりました」
「ハハハ!パントマイム達が喜ぶことがまた一つ増えましたな!」
バツが悪そうに頭を掻くメトロファネス殿下に私が気にしていないことをアピールしながら笑い飛ばすと、彼は露骨にホッとしていた。やはり腹芸は苦手と見えるな。
好青年そのものの王子は、王としては頼りなく見えるかもしれない。だが彼も成長途中なのだろうし、今の状態で評価を定めるべきではない。それに何より、彼には『支えてあげなければ』と思わせる魅力がある。現に部外者の私がそうなのだから。
これもまた才能なのかもしれない。そんなことを考えていると、水中から大きな影が浮上してくる。それは十人ほどの人魚によって持ち上げられた宝箱…いや、玉手箱であった。
箱は黒い漆塗りのような質感で、恐らくは螺鈿細工によって綺羅びやかに装飾されている。箱の蓋を結んでいる朱色の紐の先端には、海のような深い青色の宝玉がついていた。
日本の童話などでよく見る玉手箱とそっくりなのだが、童話との違いはそれが海巨人サイズであることだろう。普通の人間の十倍ほどの身長がある海巨人が両手で抱えるサイズなので、普通自動車ほどの大きさがあったのだ。
「これはまた美しい玉手箱だ。中身を拝見しても?」
「もちろんですとも」
メトロファネス殿下は自信を感じさせる顔付きでそう言った。どうやら用意した贈り物に随分と自信があるらしい。私は目の前にドンと置かれた玉手箱の紐を引き、蓋を開けて中身を拝見した。
蓋を開けた瞬間、私の視界は眩い輝きによって埋め尽くされてしまう。箱の中身は色とりどりの大小様々な宝石で満たされており、中でも大きなモノに至っては赤ん坊の頭ほどもあるではないか!
宝石の輝きに圧倒されたが、贈り物はそれだけではない。見たことのない金属の鉱石や私の腕よりも長い何かの牙、それに不思議な光沢のある皮革に皿ほどもありそうな鱗などが詰め込まれていたのだ。
最初、鱗は海巨人のモノかと思った。だが以前ママに見せられた鱗とは形状が異なる気がする。今すぐにでも【鑑定】したい欲求に駆られたものの、私はグッと堪えて玉手箱の中身から視線を離した。
「何とも綺羅びやかですな。素晴らしい」
「地上では手に入らぬ品を取り揃え申した。風来者はその地特有の品を欲しがるものだと聞き及んでおりますれば」
おお、つまりこれは海中特有のアイテム詰め合わせセットということか!無論、海中特有のアイテムがこれで全てということはあり得ないが、それでもどんなモノが得られるのかの指標になるだろう。
これは魔王国にいる全てのクランのリーダーを集めて検分せねばなるまい。これほどの宝を独り占めすれば、間違いなく魔王国から離れていくクランが現れるからだ。せっかく築き上げた他クランとの信頼を裏切る訳にはいかない。道義的にも打算的にも、独り占めしない方が絶対に良いのである。
そして納得の行く形で分け合うための話し合いの場を設けるべきだ。その時は海巨人をここまで連れてきたママ達や、宴会の準備に貢献したコンラート達が多めに受け取れるように配分する。よし、これで行こう。
「よくご存知ですな。一目見ただけでも素晴らしさが伝わるからこそ、欲する風来者はいくらでもいるでしょう」
「そうでしょうとも」
「では、こちらからも友好の証として用意した品があります。是非とも受け取って下さい」
私が合図をすると、倉庫の一つから二十体の不死傀儡が布を掛けられた細長いモノを担いで運んでくる。プレイヤーでもNPCでもない、【死霊魔術】で創造した下僕ならではの一糸乱れぬ動きであった。
ちなみに運んでいる不死傀儡の武装は今回のために特別に設えた装飾多めのモノである。アイリスに頼んで作られた装備は思っていた以上に見栄えが良い。メトロファネス殿下達も上下に視線を動かしている。きっとこちらが用意した品も気になるが、不死傀儡も気になるのだろう。
評判が良さそうなので、あの装備は客人が来た際に着せるモノにするか。ならば万が一に備えて予備も用意しておくべきか。アイリスに要相談だな、これは。
「海王国からば貴重な品を数多くいただいたからこそ心苦しいのだが、こちらが用意したのは最高の武器だ。受け取ってもらいたい」
「拝見いたす……っおお!これは!」
メトロファネス殿下が恐る恐る布を剥がした先にあったのは、長大な一本の三叉槍であった。三つに割れた穂先は鋭い上にかえしがついていて、一度刺されば簡単には抜けないだろう。使われている金属は雷属性を帯びていて、穂先で触れた相手を感電させる。この部分はアイリスの仕事であった。
穂先とは反対の石突には尾ヒレを思わせる形状になっている。だが、これは飾りではなく本物のヒレなのだ。そこは生体武器になっていて、その機能は周囲の海水を飲み込んで噴射すること。投槍として用いれば速度が上昇し、刺さった後は自分で泳いで持ち主の元へと戻るのだ。この機能をあの小ささにまとめるのが難しかったとミミは語っていた。
そんな穂先と石突の生体部分を支える柄はマキシマ達の仕事だ。海巨人のパワーに耐えられる頑丈さと軽さ、そして全体のバランスを兼ね備えた柄は彼らの技術力と鉱人の機械がなければ実現しなかっただろう。
そして全体を包み込むように塗られているのはパラケラテリウムやしいたけ達が生み出した無色透明な塗料である。海水による腐食を防ぐどころか、水に触れていると強度が増すというのだ。腐食を防ぐ塗料を開発している最中に起きた事故で偶然生じた産物らしい。彼らは今、再現するために躍起になっているようだ。
他にも穂先部分を納める鞘は闇森人が選んだであるし、握り部分に巻かれているのは四脚人が魔物の毛で織った布だった。そして全体に疵人の紋様が刻まれている。文字通りの意味で『アルトスノム魔王国』の力を結集させた槍なのだ。
「見た目より軽く、手に馴染む…これは良い槍ですぞ!」
「気に入ってもらえただろうか?槍の銘は『大魔槍・海鳴』。魔王国の技術の粋を結集させた品だ」
「無論のこと!陛下もさぞお喜びになることでしょう!」
槍を持ったメトロファネス殿下は大興奮している。他の使者達はそれを窘めるどころか、羨ましそうに槍を見ていた。どうやら我々が必死になって作った槍は彼らの心を掴んだらしい。私は安心して胸を撫で下ろすのだった。
次回は5月6日に投稿予定です。




