海巨人をおもてなし その一
ログインしました。帰還した後、私達は金属素材を手渡しつつマキシマにドリルの改善点を報告した。金属素材は大量に得られたももの、まだまだ足りないので追加の素材が必要だと言われた。やはり巨人サイズの武器となると膨大な素材が必要になるようだ。
ドリルの改善点についてだが、メッセージにまとめてマキシマに送ることで報告とした。私達の報告を読んだマキシマは、非常に複雑な表情になっていた。何故なら…音を抑えて欲しいという要望が私達全員のものだったからだ。
最初、それを言われた時に意味がわからなかった。そこでマキシマを問い質したところ、音や振動は意図的に大きくしていたのだと白状した。その理由は「音と振動がないドリルなんてドリルではない」というマキシマの完全なる主観によるものだった。
ドリルは魔石で動く魔道具であり、化石燃料を燃やして動くエンジンは搭載されていない。それ故に音と持っている際の振動は、そのための機構をわざわざ作って中に入れているそうだ。
つまり、その無駄な機構を外すだけで魔石を放り込む燃料タンクの容量を大きく出来る。しかも音と振動が小さくなるのだから、問題の大半が解決してしまうのだ。
マキシマは自分のロマンと実用性を秤に掛けた上で、ロマンを優先した結果があの音と振動だったのである。私は言葉を失っただけだったが、ルビーとシオは白い目でマキシマを見ていた。
結局、音が大きいと深淵で使えないという点を強調することでこの機構を外すことになった。翌日以降、ドリルの頭が削っている際に出る音以外の騒音は鳴らなくなっている。外すことになった時にマキシマは悲しそうだったが、『マキシマ重工』のメンバー以外のほぼ全員が彼に同情することはなかった。
「ところで突貫作業になった訳だが、仕上がりはどうなったんだ?」
「おいおい、舐めてもらっちゃぁ困るぜ。俺達が自分が納得してねぇモンを人様に渡す訳ねぇだろ」
「職人の矜持というヤツか」
今日はついに海巨人がやって来る日である。私達は『エビタイ』の街でアンが海巨人達を連れてくるのを待っていた。いつ到着するのかはアンが事前に連絡してくれることになっている。準備はコンラートが整えたのでいつ来ても大丈夫だが、やはり心の準備というものは必要なのだ。
アン達から連絡を待っている間は暇なのだが、『エビタイ』の街には多くのプレイヤーが集まっていた。海巨人のことが皆気になっているようだ。天巨人に会ったことがある私だって会ってみたい気持ちは一緒であった。
『海巨人とは珍しいね、うん。小生も初めて見るよ、うん』
ただ、誤算だったのはフェルフェニール様も出迎えたいと言い出したことだ。発端は深淵に行く際、トロロンが海巨人が来訪することをフェルフェニール様に教えたことだ。何気ない世間話のつもりだったようだが、フェルフェニール様は想像以上に海巨人に対して興味を抱いたらしい。そして出迎える時には自分にも声を掛けるように頼まれたのだ。
フェルフェニール様に頼まれて無視することは私にもコンラートにも出来はしない。フェルフェニール様も同席してもらうことになっていた。お陰で私のすぐ側にいるカルは不機嫌になっていた。
まあ、最近は連れていけないことが多かったことも不機嫌の原因であろう。私はカルとリンを時間が許す限りブラッシングをしてご機嫌取りをしていた。
「むっ、アンからのメッセージか」
「海巨人…ヘッヘヘ!デケェってこたァ強ェんだろォなァ!」
「喧嘩を売るんじゃないぞ、兄弟」
アンから出迎えに出席する全員へともうすぐ到着するというメッセージが届いたのは、カルとリンの二度目のブラッシングを終えてすぐのタイミングであった。ちょうどここからもアンの海賊船のマストの先端が見えて来ており、フワフワと空に浮かぶフェルフェニール様の目には既に映っていたことだろう。
海賊船の後ろから泳いでいるのか、まだ海巨人の姿は見えて来ない。だが、海賊船の周囲を泳ぐ人間サイズの小さな影は見えている。それは『蒼鱗海賊団』の象徴とも言える鯱などの従魔ではない。何故なら海面から見えているのは明らかに人間の頭部だったからだ。
ここからでは顔の判断はつかないが、きっとあれは人魚だろう。『蒼鱗海賊団』の団員は戦闘時以外は基本的に船上にいるからな。海巨人に仕える彼女らは性格の悪い美人が多いと聞くが…実際どうなんだろうな?
ザバアァァ……
「「「おおお…!」」」
海賊船の全体が見えるようになったくらいのタイミングで、海賊船の背後の海面がゆっくりと盛り上がる。そこから現れたのは巨大な人…つまり海巨人だった。
海巨人の数は四人で、二人ずつに分かれてアンの海賊船を挟むような位置にいる。遠目で見てもその巨体は威圧感に溢れていた。
堂々たる体躯の海巨人達だったが、その顔は驚愕に凍り付いているように見える。まあ、その理由に察しはつく。何と言っても街の上をフェルフェニール様が浮いているからだ。
いくら海巨人が強靭な生命体だったとしても、龍帝よりも強いとは思えない。私が海巨人の立場であっても、同じ反応をするだろう。
しばらくすると『蒼鱗海賊団』の海賊船が『エビタイ』の港に接舷する。それと同時に私は代表者として海巨人達へと挨拶の言葉を掛けた。
「よくぞ来て下さった、海巨人の方々。私はイザーム。この『アルトスノム魔王国』の国王だ」
「わ、我は『シルベルド海王国』の王太子、メトロファネスである!」
私の歓迎の挨拶に応えたのは、四人の中では最も若い海巨人だった。外見の年齢は十代後半から二十代前半だろうか。身体付きは鍛えられているが全体的に華奢な印象を受ける。顔は男性アイドルも裸足で逃げ出しそうなほどの美男子だ。
ただし、私とフェルフェニール様を交互にチラチラと見ている様子は頼りなさげにも思える。外見年齢相応と言っては失礼だが場馴れしていないようだ。
ただし、メトロファネス殿下以外の海巨人達もフェルフェニール様に気圧されているので彼が頼りないという訳ではない。何はともあれ、第一印象で相手に侮れない相手だと思わせることに成功したのは間違いないだろう。
『やあやあ、君達が海巨人だね?小生はフェルフェニールと言うんだね、うん。小生は傍観者だから、あまり気にしなくて良いよ、うん』
フェルフェニール様はそう言うが、鵜呑みにする者などいるわけがない。むしろオブザーバーという体で『自分が後ろ盾なのだから妙なことを考えるな』と釘を差しに来たようにしか見えないだろう。現にメトロファネス殿下以外の三人の顔色はハッキリと悪くなっていた。
一方でメトロファネス殿下はホッとしたように胸を撫で下ろしている。どうやらフェルフェニール様の言葉を鵜呑みにしたようだ。フェルフェニール様は嘘をついておらず、そのままの意味で捉えた殿下は正しいのだが…悪い意味で『お坊ちゃん』なようだ。
「では、メトロファネス殿と使者の方々はこちらへ。歓迎の宴を用意しております」
「うむ!それは楽しみだ!」
メトロファネス殿下はニッコリと太陽のように輝く笑みを浮かべる。全くあざとさのない無邪気な笑顔は、女性陣だけでなく男性陣ですらも思わず唸ってしまう。誰一人としてイケメンに嫉妬する気にならないこの無邪気さはメトロファネス殿下の明確な美点であろう。
私達が案内したのは港に併設された宴会場へと案内する。元々はただの船着き場だったのだが、海巨人の来訪に備えて改造していた。水中から海巨人がわざわざ上がらなくても良いように、船着き場そのものを彼らにとってカウンター席のようにしているのだ。
巨人サイズのジョッキと、その横には今日のために集めたティンブリカ大陸の珍味にコンラートが集めた輸入品の高級食材が山盛りになった皿が所狭しと並んでいる。腹の音を鳴らす住民達もいるが、彼らのためにも立食形式で料理を用意してあった。
海巨人の食の好みについてはアンやママを通じてリサーチ済みだ。彼らの味覚はNPCの人類と大差ないものの、食材はサイズに合わせた料理が用意されている。具体的には一般的なNPCが角切りにした肉が使われている料理を、海巨人用には豚や牛を丸々使っているのだ。
「おお、何とも豪勢な……!」
「喜んでいただけたようで何よりだ。更に余興も用意してあるので、楽しんでいって欲しい」
余興というのはもちろんパントマイム率いる『モノマネ一座』のショーである。私が手招きするのに合わせてやって来たパントマイム達は早速ショーを公演する。私達は海巨人達と共にショーを見物するだった。
次回は5月2日に投稿予定です。




