中和剤の使い方
「話がわかる爺さんで良かったぜ…生首には正直ビビったけどよ」
「すごく丁寧に謝ってくれたし、あれなら水に流せるね。ちょっと声は聞き取りづらかったけどさ」
ゴゥと調査について細かい部分を話し終えてからしばらくして『不死野郎』のメンバーがやって来た。ゴゥは丁寧に同胞のやったことを詫びつつ、処罰した者達の首を見せた。
私達と同様に彼らも並べられた生首を見た時にはギョッとしていた。意外にも最も驚いていたのはマックであり、彼は小さく「マジかよ」と繰り返しながら呆然としていた。
あれだけのモノを見せられても許さないと言えるほど、マックは非常識な胆力の持ち主ではなかったらしい。ゴゥの謝罪を受け入れ、代わりのアイテムにもケチを付けることはなかった。
そんな彼らと『八岐大蛇』のメンバーに連れられて私は今、『侵塩の結晶窟』へと足を踏み入れている。私達のせいで発生した巨大な塩獣はすでにおらず、今まで通りのギザギザした結晶だらけの遺跡となっていた。
「流石にもういないようだ。前の時は私達のせいですまなかったな」
「わざとって訳じゃねぇんだから気にしねぇって。なぁ?」
「その分、今日は稼がせてもらうだけでござんすよ。ヒヒヒ!」
合流したところで、私は前の時の埋め合わせをするべく彼らに協力することにした。最上階は私達が荒らし回ってほとんど採掘ポイント以外のアイテムは残っていないかもしれないが、その下以降は何もしていない。特に今は私達が見に行った時よりも人数が多く、従って戦力も高い。仮に融合されたとしても返り討ちに出来るだろう。
私達が『侵塩の結晶窟』に足を踏み入れると、以前と同様に海面部分にいる塩獣が迎撃するべく飛び出してきた。ただし、偵察に向かった私達だけでも危なげなく全滅させられた相手だ。私達に出来て『不死野郎』と『八岐大蛇』に出来ない道理などない。彼らはほぼ無傷で一方的に蹂躙してみせた。
「中和剤って便利だなぁ。これがなかったら魔力をガリガリ減らされてたんだろ?」
「でも幽霊系はそもそも効かないんでしょ?いいなぁ〜」
「羨ましいことでござんす」
戦闘が終わったところで侵塩を浴びた者達は中和剤を振り掛けていた。相変わらず中和剤は効果覿面のようで、身体から生えつつあった侵塩の結晶がポロポロと落ちていく。やはり『侵塩の結晶窟』を攻略するには中和剤が必須だな。
侵塩の影響を受けていた全員が治療を手早く終えたところで、早速下へと降りていくことになった。ただ、ポップだけは中和剤の入った瓶をジッと眺めながら何かを考え込んでいる。何か気になることがあるのだろうか?
「おい、何やってんだ。行くぞ、ポップ」
「あっ、はーい」
マックに呼ばれてやっと動き出した彼女と共に、私達は最上階へと降りた。内部の様子は私から聞いていたとはいえ、結晶だらけな上に吹き抜け部分を大きな結晶が塞いでいる光景は中々に衝撃的だったようだ。皆、感心したように内部を眺めていた。
それからは最上階の採掘ポイントを回って侵塩を大量に入手した後、バックヤードの存在や通風孔などを通じてそれらを探すことなどを彼らに教える。アイテムはほとんど残っていないようだが、下の階へと斥候に向かっていた者達以外は最上階を使って探索の練習をしておいた。
「ってか、ホントに良いのかよ?一個下の階を全部俺達でもらっちまっても」
「最上階は私達で独占してしまったからな。こういうのを独り占めし過ぎるのはマナー違反だろう。私は国王という立場にあるが、プレイヤークランに関してはあくまでも同盟の調停者だと認識しているからな」
「謙虚でござんすねぇ…盟主だってくらいは言ってもようござんすのに」
「全くだ」
次の階で得られるアイテムは、採掘ポイントで採掘したアイテムを除いて『不死野郎』と『八岐大蛇』で山分けするようにと言っている。最上階を独り占めしたこと、そして探索不可能な状態にしてしまったことへの詫びであった。
苦笑されているが、欲の皮が突っ張っていないことは伝わったはずだ。同じ場所で暮らす以上、お互いに配慮することは当然である。
程なくして斥候が戻ってきた。どうやら一階下にも塩獣はいたようだが、数はそこまででもなかったらしい。前のときのようにウジャウジャいるという訳ではなさそうだ。私達はステータスの強化など事前にしっかりと準備を行ってから、一階下へと降りていった。
「うっし。やるか…って、ポップ。さっきから何やってんだ?」
「うん。ちょっと考えがあるの」
先程から物思いに耽っていたポップだったが、彼女は一人だけで先に降りてしまった。隠れるでもなく不用意に降りたことで、周辺にいた塩獣が集まってくる。そんな塩獣に対し、全く動じることなくサーラは何かをバラ撒いた。
すると塩獣達は急に動きを止め、そのまま溶けるように身体を失ってしまう。そうして現れたミミズを思わせる本体にポップは魔術を放ちながら得意げに口を開いた。
「やっぱり!身体についた侵塩に効くなら、こっちにも効くと思ったのよ!」
ポップがバラ撒いたのは中和剤だったらしい。考えてみれば塩獣が表面にまとっているのは侵塩そのものである。これを中和する薬剤なのだから塩獣に効くのは当然…なのか?
まあ、良い。薬と毒は表裏一体、私達にとっては薬でも塩獣にとっては劇毒なのかもしれない。これを使えば塩獣との戦いを優位に進められそうだ。
ポップに倣って他のプレイヤー達も中和剤を塩獣に初手で掛けるようにしている。それだけで本体にして急所が露わになるのだから使うのは当然と言えよう。さらに下の階から増援がやって来たものの、大量に用意していた中和剤があれば恐れることはない。『不死野郎』と『八岐大蛇』は協力して増援をも返り討ちにしてみせた。
「お手柄だ、ポップ。たまにはやるじゃねぇか」
「たまにはって何よ?失礼しちゃうわ」
兄妹漫才はさておき、ポップの思い付きが役に立ったのは間違いない。中和剤を回復アイテムではなく攻撃アイテムとして用いることは、『侵塩の結晶窟』を攻略するためには必須になるだろう。
ただし、そのためには大量の侵塩を採取しなければならない。侵塩は中和剤の素材であり、回復だけでなく攻撃にも用いるとなれば消費量は二倍…いや、それ以上に膨れ上がるだろう。
また、中和剤を使って倒した塩獣からは侵塩が素材として一度も剥ぎ取れなかった。つまり中和剤を攻撃アイテムとして利用した場合、塩獣から侵塩は得られなくなると思った方が良いだろう。
「ウロコスキー、中和剤の残りはどれくらいある?」
「半分は切ったでござんしょう。最下層がどこまであるのかはしりやせんが、十倍以上はいることになるんじゃあござんせんか?」
「だろうなぁ…」
中和剤は大量に用意していると言っても、それは治療のみに使うことを前提としている。攻撃にも使うとなれば、その消費量は一気に膨れ上がるだろう。しばらく補充の必要はないと思われていたのに、手持ち分が半減しているというのだ。
何階層あるのかもわからないのだから、ウロコスキーの試算では多いどころか足りないかもしれない。ここを探索するのならば、毎回大量の侵塩を採取しなければならないのは確実だ。
「落ち着いたところで、探索を始めよう。採取は忘れないようにしなければな」
「それがようござんすね」
侵塩を採取することの重要性が一段増したことを実感しつつ、私達は探索を開始した。とはいえ、私はテナントを巡りながら侵塩の採掘ポイントを掘るくらいしかやることはなかった。
一方で『不死野郎』と『八岐大蛇』の一部はここからが本番とばかりに張り切っていた。『不死野郎』ではポップなどの幽霊系のプレイヤーが怪しい場所をすり抜けてバックヤード有無を確認し、『八岐大蛇』では小型の蛇系プレイヤー達が通風孔から侵入する。私達にはルビーにしか出来ないことを平然とやってのける者が何人もいるのだ。
「どうだった?」
「あー…こっちは微妙だった」
「ヒヒヒ!運はこっちに向いてたようでござんすねぇ」
マック達が調べた場所は私達が見た最上階と大差なかったらしい。家具や古代の服などばかりであったという。まあ服の素材は古代の化学繊維らしいので、収穫なしという訳ではない。ウチの研究者達ならば何か使い道を見出すに違いない。
だがウロコスキー達は大当たりだったらしい。ほとんどはマック達と大差なかったものの、一軒だけ宝石店があったのだ。宝石はNPC相手に売り払えば金になるし、強力な装飾品などに加工可能だと言う。このバックヤードは全く加工されていない原石だらけだったのである。
マック達は使い物になるかどうかわからない古代の品、ウロコスキーは今でも手に入るが確実に使えることがわかっている品。正反対の成果と言えた。
「こうなったら次の階に…うおっと!」
ただし、すぐに換金したならばウロコスキーの方がほぼ確実に実入りが多い。下手をすれば一桁違うかもしれない。マックは改めて気合を入れて下の階へと降りようとした。
その時、マックは何かに爪先を引っ掛けてバランスを崩した。慌ててマックはその剛腕を壁に叩き付けてバランスを取った。すると、壁を覆っていた侵塩の一部が薄く剥がれる。その下にあったのは、この遺跡の…ビルのフロアガイドだった。
次回は4月24日に投降予定です。




