お礼参り 後編
追跡しながら私は戦闘中に届いていたメッセージ全てに目を通した。それによって判明したのは、なんと全てのパーティーが襲撃されたという事実であった。まるで…いや、まず間違いなく待ち伏せされていたと考えるべきだ。
どうやら策を弄していたのは我々の側だけではなかったらしい。一つの集団になるのではなく、小人数に分かれて広範囲を捜索しようとしたことも仇となったのだろう。隙だらけだと思われて襲撃されたようだ。
幸いにも千足魔に後れを取ったパーティーはなく、同時に全てのパーティーが追跡を開始しているのは不幸中の幸いであろう。連絡を取り合って他のパーティーがいる場所を目指す必要がないのだから。
「それにしても、襲って来たのは剥ぎ取りをしてる最中ってことで他のパーティーも一致しているんですね」
「ああ。そのようだ」
メッセージを送り合ってわかったのだが、全てのパーティーが襲われたタイミングも剥ぎ取りの瞬間で一致していた。どう考えても偶然ではない。剥ぎ取りという最も油断した瞬間を狙うことが千足魔の常套手段であるようだ。
ただ、どのパーティーも奇襲を受けたというのは注目しておかなければならないポイントである。私達とは違って斥候職のプレイヤーがいるパーティーですら、索敵範囲の外から猛然と迫ってくるのを感知するのがやっとだったようなのだ。
どうやら千足魔は離れた位置から監視していたらしい。海中から何らかの監視する手段を持っているようだ。それが特別なアイテムによるモノなのか、それとも能力によるモノなのかは不明だが…今も監視網の中にいると思った方が良さそうだ。
この推測が正しかった場合、千足魔達は私達の追跡に気付いていることになる。迎え撃とうとしてくることを覚悟しておかねばなるまい。
「おっ?マック達じゃねぇかァ」
「あっちからはトロロン殿が来ておられますぞ」
全てのパーティーが千足魔達を追っていることもあり、視界が届く場所にマック達やトロロン達などが集結してきた。千足魔が複数の拠点を持っているのでない限り、全員がここへやって来ることになるのだ。ごく自然な成り行きと言えよう。
続々と視界に仲間達が入ってきたこともあり、まず間違いなく全員が集合することになりそうだ。走っている方向が平行ではないので、我々の進む道があったとしたらその交差点に千足魔の住処があると考えて良さそうだ。
「むっ!上様、彼奴らが急に反転しましたぞ!」
「本拠地に振り切れないと察したか。住処を知られるくらいならば玉砕する気か?」
「仲間想いは良いですけど…どうします?」
エイジに判断を仰がれた私は考え込んだ。私達の目的はあくまでも侮られないように武力を見せ付けて交渉のテーブルに着かせるだけであって、千足魔を滅ぼすことではない。決死の思いで立ち向かってくる彼らと戦えば、おそらく死ぬまで抗うだろう。
そうなった時、生け捕りにするのは難しい。かと言って倒してしまっては千足魔との間に埋めようのない溝が生まれてしまう…ううむ、どうするべきか。
「んあ?急に止まって…退いて行きますぞ?」
「何があったんだ?」
私が判断に悩んでいると、ネナーシが困惑気味に千足魔が去っていくと教えてくれる。今まさに命を賭して戦おうとしていた者達が戦意を失った理由とは何か。それを考える前にその答えが目の前に現れた。
「止メテクレ、強キ者ヨ。我ラハ争イヲ好マナイ」
我々の前に現れたのは、非武装の千足魔だった。掠れたような声は男性のそれであり、身体付きから見ても男性であるのはまず間違いない。ただし、私達と戦っていた者達とは異なるように思える。体格はジゴロウが戦った個体よりもさらに一回り大きいが、肌の艶がくすんでいるように見えた。
顔の部分にも深い皺があるので老人であるようだった。ただし、私は老人の千足魔の身体に刻まれている無数の傷跡は彼が歴戦の勇士であることを物語っていた。
特に目を引くのは左腕である。左腕はちゃんと生えているのだが、人の腕のような手はなく、下半身のような蛸足になっていたのだ。最初は生まれつきかと思ったのだが、これも過去の負傷が原因らしい。何故わかるのかといえば、二の腕を一周する…恐らくは切断された傷跡があったからだ。
そんな古強者が無防備な状態で降伏するように両腕を上げている。もしもこれが罠であったら危険だが、ネナーシに目配せすると彼は蔓を横に振った。これは追跡してきた千足魔の若者達が完全に離れたことを意味する。おそらく、本気で降伏するつもりのようだ。
「我々も無意味な暴力は好まない。だが、これに関してはそちらが先に仕掛けたことだと言わせてもらう」
「何ダト?ドウイウ意味ダ?」
老人は本気で困惑している様子だったので、私は要点を掻い摘んで追撃に至った経緯を述べた。マック達が獲物を横取りされたこと、侮られないように武力を見せておくつもりだったこと、襲撃されたので追跡したこと。これらを隠すことなく話したのだ。
私の話を黙って最後まで聞いていた老人だったが、語り終えた時の彼は残った右手からギリギリと音が聞こえるほどに拳を握り締めていた。さらに頭部から生える細い蛸足は燃え上がる炎のように逆だっている。千足魔のことをほとんど知らない私にも、老人が激怒しているのは明らかだった。
「ア…アノ愚カ者共メ!戦士ノ風上ニモ置ケヌ!儂ガ直々ニ成敗シテクレルワ!」
すわ戦闘かと思ったものの、老人の怒りの矛先は千足魔の若者達に向かっているらしい。彼は背後を振り返りながら我慢できないとばかりに怒鳴っていた。うおお、流石は古強者。怒った時の迫力は凄まじいな。
ただし、千足魔の若者相手に怒りを募らせるのは後にして欲しい。内輪の話には首を突っ込むつもりはなく、我々は我々の目的を果たすためにここまで来たのだから。
「成敗は好きにしてくれて構わないが、それよりもこちらの話だ。私達の目的は三つ。奪われた獲物の返却と謝罪、敵対していない我ら風来人への無闇矢鱈な攻撃の禁止、そして我々との交易だ」
「一ツ目ト二ツ目ハ当然トシテ…交易トハ?」
「謝罪と敵対しないと約束してくれるのならば、深淵の品と地上の品を交換しようと言っているのだ。すぐに決められる話でもないだろうし、一度戻って検討すると良い。他の者達も退かせよう」
「承知シタ」
言いたいことはこれで終わりだ。ああ、そうだ。結論が出てもそれを伝える方法がないじゃないか。仕方がないのでここは第三者の力を借りるとするか。
「あと、結論が出たら妖人の集落に使いをだして欲しい。彼らとは懇意にしているから、ついでに我々について尋ねてみると良い」
「妖人カ…ソウシヨウ」
そう言って千足魔の老人は去っていった。それから私はマック達にメッセージによって話の通じる老人に事情を教えたことと、その事情を持ち帰ると言われたことを伝えた。そして一度退いて彼らの出した結論を聞くようにしよう、と。
ほぼ全てのパーティーからはすぐに返事が来たのだが、マックだけは返事がない。これは…まず間違いなく戦闘になっているな。先程視界に入ったし、戦闘を中断させるために介入しよう。
私は仲間達と共に急いでマック達を見た位置へと向かう。そこでは案の定、マック達と千足魔が戦っていた。接近する私達を見て、それまで渋い顔付きだったマックが一気に明るくなっていく。死物狂いで襲われても倒すわけにいかないので面倒だったのだろう。彼の気持ちは手に取るようにわかっていた。
「千足魔達よ、退け!話はもうついた!左腕がタ…触腕になっている老人が、我々の要求を持ち帰っている!これ以上の戦闘は無意味だ!」
蛸足と言いかけたところを言い直しつつ、私は老人の具体的な外見を述べながら話を付けたと声を張り上げる。するとマック達と戦っていた千足魔達はピタリと動きを止めた。
どうやら左腕が触腕になっている老人と話を付けたという事実は彼らにとってかなり重い言葉になるらしい。全員が動きを止めたかと思えば、お互いに目配せした後で武器を下げて海中へと潜って行った。
「助かったぜ、イザーム。あれ以上やってたら何人か殴り殺してたぞ」
「こちらこそ、悪かった。今日はお前が全体の指揮を執るはずなのに、勝手に交渉してしまった」
「別にそこにこだわりはねぇよ。俺はトップじゃねぇと気に入らねぇってタイプじゃねぇし。でも、交渉の内容ってのは教えてくれるんだろうな?」
「もちろんだ」
私は追跡していた千足魔を庇うように左腕が触腕になっている老人が現れたこと、そして彼に突き付けた要求を話す。それは元々要求するつもりだった内容でもあり、マックは満足そうに頷いていた。
「そこがキッチリ伝わってんなら別にいいんだ。ほんじゃ、今日のところは現地解散ってことにすっか」
「私は別に構わないが、他のパーティーへの連絡はマックがやってくれよ?もう一度言うが、今日のリーダーはお前なんだからな」
「へいへい。そういう面倒なことがしたくねぇから、まとめ役ってのは嫌なんだよなぁ。あ、そうだ。せっかくだし、今から一緒に探索しようぜ」
「それはいいな」
面倒そうにしながらも、マックは律儀に目的は果たされたこととこれで現地解散しようというメッセージを全体に送る。ただ了承するだけの者もいれば、あまり活躍出来なかったことを謝罪する者もいたし、ウロコスキーなどは全然戦えなかったことへの不満を滲ませているようだった。
それに対してマックが返信し終わるまで待ってから、私達はマック達と共に深淵を探索する。そして大量のアイテムを抱えて帰還するのだった。
次回は4月16日に投稿予定です。




