二つの出会い、新たな好物
ログインしました。三大領主については情報を共有しなければならないと判断した私は、深淵探索を行っている者達へとメッセージで概略を送っている。怖いもの見たさでちょっかいを出す者がいるかもしれないが…まあ、そうなった時は自己責任ということで。
「おっ、メッセージか。どれどれ…ほう!」
そして私がメッセージを送っているように、私に届くメッセージも存在する。差出人はマックであり、その内容は深淵の住人である千足魔と遭遇したというものだった。
妖人が理性的と言った千足魔だが、その出会いはあまり良いものではなかったらしい。マック達が深淵の魔物を相手に戦っていると、その最中に横槍を入れてきたようだ。
千足魔について聞いていたマック達は、反撃を控えながら彼らと交渉しようとしたらしい。だが、千足魔達は聞く耳を持たずに獲物を横取りしていったそうだ。
「戦えば勝てるが、蛸らしく海中から急襲してくるのか。海中への警戒は強くしておかねば。それに、聞く耳を持たないのは面倒だな。交渉するにも力を見せ付ける必要がありそうだ」
海中から忍び寄り、他人の獲物を横取りすることも憚らない連中。そんな無頼共を交渉の椅子に座らせるには、武力を見せ付ける方が良いだろう。
そうだな…一度、戦力を結集してカチコミと洒落込むか。当然ながら本気の抗争を仕掛けるつもりはない。だが、ナメた真似をすれば痛い目に遭うということを教えなければ連中は繰り返す。それは面白くない。小市民の私に王の気概など皆無だが、仲間を蔑ろにするされるのは非常に不愉快なのだ。
「そうと決まれば早速、腕自慢達に連絡しよう。スケジュールを合わせなければ…おや?」
私が良好な関係を築くために行う抗争について構想を練っていると、一通のメッセージが届いた。送り主はアンであり、海巨人捜索に進展があったのかも…こっ、これは!
「もう見つけたのか!」
アンから届いたメッセージには一文字も記されてはいない。その代わりに貼り付けてあったのは、一枚のスクリーンショットである。アンの視点だと思われるその画像には、海面から上半身を露わにする巨大な人が映っていたのである。
これは誰がどう見ても巨人であった。海面から出ているのは上半身だけであり、正確な大きさは不明である。だが、アンの身長は私とさほど変わらないことを考慮してみると、恐らくは以前に遭遇した天巨人とほぼ同じか一回り身長が高いと思われる。まあ、こちらからすれば巨大過ぎて大差ないのだがね。
天巨人は頭髪が羽毛のようになっていたが、海巨人は腕が鱗に包まれていた。人間と同じような肌の部分には様々な模様の入れ墨が入っている。海の生物だけでなく、幾何学的模様も含まれているな。きっと彼らの文化なのだろう。
文化と言えば肩まで伸びた長髪と海中まで達する長い髭、そしてそれらを彩る髪飾りや腕に着けてあるブレスレットはどれも細かい細工が施されている。人魚がメイド服を着ていたと聞いた時にも思ったが、彼らの文化水準は非常に高いようだ。何故メイド服なのかは謎だが。
アンの視点に映っているのは海巨人は人間で言うと四十代くらいだと思われる厳しい顔付きの男性だ。逞しい筋肉と無数の傷跡から見て、熟練の戦士だと思われる。天巨人のカロロスのように鎧は着ていないのは、海中では邪魔だからかもしれない。
手には三叉槍を持っていて、先端にはかえしが付いている。無論、海巨人のサイズに合っているので、海面から出ている部分だけでも冗談のように長大だ。これなら鯨やそれに匹敵するほど巨大な魚であっても一撃で仕留められるだろう。
「またメッセージか、何々…近い内にここに来るだと!?」
画像から読み取れる情報を集めていると、アンから新たなメッセージが届いた。それによると海巨人が近日中に我らの街、『エビタイ』を訪れることになったようだ。
メッセージは『無口だけどいけ好かない人魚共とは違って良い奴だった』そうな。わざわざ書き記すくらいには人魚のことが嫌いだったのか…話を聞く限り同性には嫌われそうな性格だったようだし当然か。
しかし困った。簡単に約束されたが、海巨人のような超がつく規格外の存在を招けるほど『エビタイ』は広くない。宇宙でドンパチする系のロボットアニメに出てくる人型ロボット級の大きさの者を想定した街づくりなど出来るはずもないだろう?
「来訪の日もわからないじゃないか。困ったな…仕方がない、コンラートに相談するか」
こういう時に頼らざるを得ないのがコンラートである。実質的な『エビタイ』の領主はコンラートだし、巨大な海巨人を歓迎することが可能なのは彼しかいないのだ。
アンから連絡があったかもしれないと思いつつ、私はコンラートへとメッセージを送る。アンから届いたスクリーンショット付きで、だ。とりあえずこれで反応を待とう。
「後はアイリスと…研究区画の連中にも相談しておこう。もてなすだけではなく、お土産の贈り物も必要だろうからな」
もてなしはコンラートに任せれば問題はないだろう。次に考慮するべきはお土産の方だ。せっかく来てくれるのならば、友好的な関係を結びたい。そのためにもお土産はケチらずに最高の品質のモノを揃えておきたいのだ。
その場合、生産職である彼らの力は必須であろう。私はパラケラテリウムとマキシマ、ミミにも連絡しておく。贈り物を何にするかから決めなければならないが、巨人サイズに仕上げねばならないのは間違いない。事前に言っておかなければ絶対に間に合わないだろう。
私が三人にメッセージを送る文章を考えている最中、コンラートからの返信が届いた。コンラートにとっても寝耳に水で驚いているようだが、どうにか手配するらしい。やはりコンラートの財力ならば可能であるようだ。
ただし、その際に交易についての話し合いは必ず自分を交ぜるようにと念押しされた。想定の範囲内であるし、問題ないと返答しておこう。もてなしに使った金は交易で回収するつもりのようだ。
コンラートへの返信し、三人にもメッセージを送った私は日課の水やりをするべく中庭へと向かう。そしていつも通りに賢樹へと血をやる。これで満足だろう…と思ったのだが、賢樹は枝を私に伸ばしていた。
「どうした?何かあったのか?」
ガサガサガサ…
賢樹は前のように果実を落とすのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。枝を私に伸ばしつつ、探るように動かしていた。
初めての反応に戸惑いつつも、私は賢樹が何をしているのかを考察してみる。探る、ということは私の持つ何かが気になっているのかもしれない。今まで賢樹の前に持って来たことのないアイテムに反応している?まさか…
「…これか?」
ガサガサガサ!
私がインベントリから『深淵の軽液』を入れた瓶を取り出すと、賢樹は『それそれ!』とでも言わんばかりに枝を揺らした。これまで私はノックスに戻った後、しいたけ達にこの液体が入った瓶を渡していた。だが、昨日は実験に忙しそうだったせいで渡せなかったのである。
それ故に賢樹が『深淵の軽液』を目の当たりにするのは初めてのこと。何か感じるものがあるらしく、枝先を瓶に伸ばしていた。
「欲しいんだな?」
ガサガサ
頷くように枝を上下に動かすので、私は賢樹の根本へと軽液を撒いてやる。どうせ深淵へ行けばいくらでも手に入る液体だ。欲しいと望むのなら与えても問題はないだろう。
軽液はドロドロしているが、ゆっくりと地面に染み込んでいく。それを吸い上げた賢樹は、嬉しそうに枝を揺らした。どうやら軽液は賢樹のお気に召したようだ。
「気に入ったのか。なら、明日からこれもやるとしよう」
ガサガサガサガサ!
賢樹は枝を揺らして全力で喜びを表現している。深淵に行けばいくらでも手に入る軽液で喜んでくれるなら私の労力など安いものであった。
そうこうしている内に、マキシマからメッセージが届いた。その内容は海巨人への贈り物について相談したいとのこと。一大プロジェクトになるのは必至なので、相談するのはむしろ望むところである。私は待ち合わせ場所と指定された『マキシマ重工』の事務所へと向かうのだった。
次回は3月27日に投稿予定です。




