深淵探索 その九
ログインしました。アイリスと人魚の髪の加工先について話した翌日、私達は再び深淵の探索へ向かうことにする。そのためのメンバーはすぐに集まった。
今日のメンバーはジゴロウ、源十郎、エイジ、七甲、ネナーシにミケロと全員が男かつ武闘派揃いである。だが我々だけで『侵塩の結晶窟』を攻略出来るとは思っていない。本格的な攻略は侵塩対策が確立してからだ。
なら何をするのかと言えば、普通に深淵にいる魔物の討伐とアイテム収集である。深淵にはまだまだ未発見の魔物がいくらでもおり、そのアイテムを回収するのだ。
「おう、兄弟ィ。今日はどうすんだァ?」
「お前は強敵と戦いたいのだろう?今日はパーティのバランスも悪くない。そこで、今回は我々だけでは厳しい敵と遭遇するラインを確かめたい」
「ハッハァ!そうこなくっちゃァなァ!」
「ふむ。たしか中央部に近寄れば近寄るほど魔物が強くなるのじゃったか。どこまで近寄れば一つのパーティだけでは倒せぬ魔物の領域なのか、わかっておくことも重要じゃろう」
「腕が鳴りますよ!」
強敵との戦いの予感にジゴロウや源十郎は不敵に笑っている。エイジも意気軒昂でヤル気に満ち溢れているようだ。どうやら強敵と戦うことに喜びを見出しているのはエイジも同様であるようだ。
「ヤバくなったら逃げるんやろ?」
「引き際を誤ってはなりませんぞ?上様」
「回復出来るからといって、過信することはおすすめしません」
ただし、全員が同じことを考えている訳ではなかった。他の三人は慎重に進めるべきだと提案する。そしてそれは私も同意見であった。
ジゴロウや源十郎は定期的に強敵と戦わねば不満が溜まってしまう性分ではあるが、私は貧乏性かつ臆病なほどに慎重である。ネナーシの忠告通り、引き際は決して誤るつもりはなかった。
今日の方針が決まったところで、私達は早速移動することにした。地獄を経由して深淵へ降り、リャナルメ達の住む遺跡には寄らずに深淵の中央を目指して移動を開始する。その際、ジゴロウと源十郎は彼らを含むごく少数のプレイヤーにのみ使用可能な能力を使った。
「【英傑覇気】…便利なのか便利ではないのか…」
「俺達にとっちゃァ最高だぜェ」
「全くじゃな」
二人が使っているのは【英傑覇気】という能力で、その効果は大別して二つ。自分よりもレベルが低い魔物を寄せ付けない効果と、自分と同等かそれ以上のレベルの魔物を誘引する効果であった。
この強者との戦いを求める者達専用とも言うべき能力は、闘技大会の上位入賞者のみが取得可能になるらしい。強者とだけ戦いたいというワガママを叶えられるのは、真の強者と呼べる者達だけであるようだ。
ただし、この能力を使用には制約がある。それはこの能力の効果で誘引された魔物を本人か、本人が所属するパーティーのプレイヤーによって倒されなかった場合は能力を失うというものだ。
これはアイリス曰く、トレインと呼ばれる迷惑行為を防止するためだという。このトレインとは強い魔物を別のプレイヤーの元まで連れていき、ヘイトを擦り付けるというたちの悪い行為らしく、それを簡単に行えるようになる能力であるが故に制限されているようだ。
ちなみに誘引された魔物に敗北した場合、リアルタイムで丸一日は【英傑覇気】が使えなくなるらしい。一日くらい大人しくしておけということのようだ。
「まだ出ねェのかァ?」
「そりゃ、二人で威嚇をタレ流しとるからちゃいます?効果が重複するんかどうかは知らんけど」
「あり得ますよね。ぼくが魔物なら絶対逃げますもん」
魔物の視点だと両目に好戦的な輝きを爛々と浮かべる捕食者が、二体も並んで闊歩しているのだ。相当な腕自慢でなければ逃げ出すのも頷ける。魔物であれば逃げ出すのでは、というエイジの意見には全く同意であった。
しばらく歩いている内に、目下の攻略目標である『侵塩の結晶窟』がある地点よりも中央に近づいている。さて、そろそろ強い魔物が現れる頃ではなかろうか?
「ウハハッ!引っ掛かったぜェ!」
「来るぞい」
【英傑覇気】の効果によって魔物が誘引されたことは使用者にわかるらしく、ジゴロウと源十郎は同時に身構えた。彼らに一瞬だけ遅れて私達も戦闘態勢に入りつつ、私は魔力探知を使う。すると当然ながら深淵の海の下から接近する魔力の反応が返ってきた。
「ギュラアアアアッ!」
「ギュチチチチチィ!」
「うわっ!?何だ、こいつら!?」
「深淵の魔物はどれもこれも個性的にござる!」
水面から勢い良く現れたのは、意外にも人型の魔物であった。ただし、その姿はやはり異形である。頭部があるはずの場所からは無数の触手が生えており、その大半の先端には口があって中には凶悪な牙が生え揃っていた。
また一部の触手の先端は眼球があって、これで視界を確保しているらしい。はっきり言ってかなり不気味なのだが、ボディビルダーのように贅肉のない筋骨隆々な胴体というアンバランスさがとてもミスマッチ過ぎて頭がおかしくなりそうだった。
筋肉の塊のような四肢の先端には手足があるのだが、その指はそれぞれ三本しかない。そして意外なことにその手には武器が握られているではないか。
「あれは…メイス、か?」
「それっぽいだけでは?よく見れば柄は露出した鉄ですよ」
握られている武器は武器としてつくられたモノではないらしい。どうやら崩れた遺跡の一部を武器として利用しているだけのようだ。メイスの頭部分はコンクリートの塊で、柄は鉄筋なのだろう。ただし、深淵の軽液をたっぷりと吸い込んでいるのか全体が真っ黒に染まっていた。
他に何かを装備しているようには見えないので、装備を作る技術や知能はないようだ。だが、道具を使える程度の知能はあるらしい。それに当然のように水面に立っているのも気になる。どんな魔物なのか、【鑑定】させてもらおう。
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種族:深淵菟葵獣 Lv90
職業:業殺狂戦士 Lv0
能力:【剛尾撃】
【酸砕牙】
【体力超強化】
【筋力超強化】
【防御力超強化】
【剛軟体】
【猛毒刺胞】
【麻痺刺胞】
【狂化咆哮】
【超高速再生:触手】
【毒無効】
【麻痺無効】
【大咆哮】
【死呪言】
【限定水棲:深淵の海】
【打撃耐性】
【刺突脆弱】
【闇属性耐性】
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深淵菟葵獣…こいつ、イソギンチャクなのか。深淵ではイソギンチャクは二足歩行する上に海面に立ち上がり、武器を持って威嚇するようだ。自分でも何を言っているのかわからないが、事実なのだから仕方がなかった。
能力に関しては完全なる脳筋で、魔術系統と言えそうなのは【死呪言】くらいのものだった。【呪言】の上位互換なのか、それとも別の何かなのかは不明である。だが面倒なのは確実だ。何にせよ、戦闘が終わる直前に解呪の準備を忘れないようにしなければなるまい。
「相手は深淵菟葵獣。深淵のイソギンチャクだそうだ」
「イソギンチャクゥ…?素手で触んのはヤバそうだなァ」
「刺胞と呼ばれる極小さな針を無数に持っているはずでござる。触れればただではすみますまい」
「しかし、イソギンチャクが動くとは面妖な」
「いやさ、源十郎殿。実はイソギンチャクとはゆっくりではあれど移動する生き物なのでござるよ」
へー、そうなのか。私はネナーシの口から語られる雑学を聞きながら【付与術】で全員を強化していく。その時間的余裕があったのは、何故か深淵菟葵獣が様子見をしていたからである。
それぞれに数本ある眼球付きの触手をこちらに向けてじっと観察している。賢しらにも勝つための算段を整えているのかもしれない。
「ギィィィィィ!」
「ギュシャァァ!」
「ハッハァ!来いやァ!」
ただ、その時間は決してながいものではなかった。しびれを切らしたのか、二匹の深淵菟葵獣は我先にと私達向かって鈍器を振り上げながら駆けてくる。触手の先端にある口から唾液が滴っていることから、きっと二匹を突き動かしているのは食欲なのだろうなと益体もないことを考えてしまった。
廃材活用メイスを振り上げて襲いかかる深淵菟葵獣へとジゴロウも突撃していく。振り下ろされたメイスとジゴロウの拳打が激突し…力負けしたジゴロウが吹き飛ばされてしまった。
「ジゴロウ殿!?」
「やるじゃねェかァ」
宙を舞ったジゴロウをネナーシが急いで蔓で捕獲し、水没するのを防いだ。力負けしたというのに、何故かジゴロウは嬉しそうだ。きっと久々に存分に力を振るえる強敵の気配に昂ぶってしているのだろう。私には理解出来ない感情である。
ジゴロウと激突した個体はその瞬間に足が止まったこともあり、もう片方の個体だけがひと足早くこちらにやって来る。その前に立ち塞がったのが大盾を構えるエイジだった。
「ふんぬっ!」
「ギュイィィィィ!?」
ただし、単なる馬鹿力ではエイジを突破することなど不可能だったらしい。エイジは小揺るぎもせず、逆に盾で深淵菟葵獣を押し返した。やはり能力があるのとないのとでは大違いであるようだ。
さて、そうこうしている間に私のよるステータス強化は終了した。それでは全力をぶつけさせてもらおうか!
次回は3月11日に投稿予定です。




