錬金術研究所での一幕 前編
ログインしました。塩獣と戦った後、妖人の住む遺跡へ一度寄って偵察してきたこととそこで見たことを告げてから帰還した。その翌日である今日、私が真っ先に訪ねたのは『王立錬金術研究所』…んん?
「王立…?看板が変わっているじゃないか」
久々に訪れたのだが、看板に刻まれた文字が変化していた。王立ということは、まるで私達が運営しているように見える。だが実際は『賢者の石』の面々としいたけ、それに錬金術に興味がある国民が好き勝手やっている場所のはず。これは…勝手に名前を使ったな?
まあ、目くじらを立てるほどのことではあるまい。私は気にしないようにしつつ、建物の中へと足を踏み入れた。一階には受付のような場所こそあれど、受付には誰もいない。そんなことをする時間があるのなら、一瞬でも長く錬金術に触れていたいのだろう。
いや、なら普通に誰かを雇え…と思ったが定期的に事故によって爆発したり異臭騒ぎを起こしたりする職場など私ならお断りだ。他に仕事がないならともかく、現在のアルトスノム魔王国では各方面で人手不足だ。わざわざここの受付になるもの好きはいないだろう。
それはともかく、私は人を探すべく実験室を目指す。予想通り、実験室からは複数の人物の声が聞こえてきた。ここなら必ず誰かがいるというのは、この建物を訪れたことがある者達全員の共通認識であった。
「誰かいるか?」
「ん?ああ、イザームか」
実験室に入った私と目があったのは、『賢者の石』のリーダーであるパラケラテリウムだった。高名な錬金術師の名前…に似た古代の哺乳類を名前にする彼はメガネをクイッと上げながら私を迎え入れた。
ただ、その背後では複雑な紋様が描かれた台座の上に大きな丸底フラスコが浮かんでおり、中では目が痛くなりそうなほど明るいピンク色の液体が沸騰している。ボコボコと泡立ちながら頭痛がしそうなほど甘ったるい臭いを放っており、私は用事が済んだら即座に出ていこうと心の中で決意した。
「楽にしてくれ。今日はどうした?」
「…ああ。昨日、私達が深淵に行ったことは知っているだろう?そこで得たアイテムを持ってきた」
「それは重畳。早速、拝見させてもらえるか?」
しいたけのように暴走することはないが、パラケラテリウムも知的好奇心のままに実験して多方面に迷惑をかけた実績がある。新たなアイテムに興味を抱かないはずがなく、その目は獲物を狙う猛獣のように爛々と輝いていた。
しいたけという前例がいることで、私は彼の圧に屈することはない。苦笑して落ち着けと言いつつ、インベントリから塩獣関連のアイテムをニ種類取り出した。
「この二つだ。【鑑定】してみてくれ」
「ふむ…………なるほど。非常に興味深い」
「【鑑定】してもらったからわかるだろうが、厄介なのは侵塩の方だ」
私はパラケラテリウムに塩獣の戦い方とその厄介さを説明し、これの効果を無効化するか最低限でも軽減する方法を考えて欲しいと注文する。パラケラテリウムは私の言い分を最後まで聞いた後、大きく頷いきながらやってみようと続けた。
「新たなアイテムを研究するのは構わない。だが、そのためには…」
「サンプルが足りないのだろう?心配せずとも、深淵に赴いたら持って帰って提供するさ。いつも通り、余った分は好きに使って構わない」
「話のわかるスポンサーで助かる。なるべく急いで結果を…おや?」
侵塩についての説明と受け渡しを終えたタイミングで、ずっと背後で沸騰していた丸底フラスコから一際大きな音がする。私は反射的にフラスコへと視線が向かうが、その時にはパラケラテリウムは恐ろしいほどの素早さで机の下へと潜り込んでいた。
私は嫌な予感がして同じように机の下に隠れようとしたが、その判断はいささか以上に遅かったらしい。フラスコがガタガタと激しく震えたかと思えば、大きな音を立てて大爆発して…ピンク色から真っ赤に変色していた液体を思い切り浴びせられた。
「ぐおおぉ…!?何だ!?ベタベタす…!?」
その液体は無臭であったが、ハチミツのようにベタベタしていた。何とか拭き取ろうとするのだが、その行為は間違いだったらしい。その液体はゆっくりと、しかし確実に固まっていくではないか!
液体が硬直していくせいで、仰け反りながら腕を前に翳した姿勢のまま動けなくなっていく。おい、何だこれは!?元に戻るんだろうな!?
「ふむ。爆発したということは、実験は失敗したはず。だが…本当に想定外だが…これは使えそうだな」
「全くですね。何がどう反応したのでしょう?」
「それよりも同じ状況を再現する方が良いのでは?」
「圧力をかけながら熱を加えられる容器を作る方法…それはそれで面白そうだ」
『賢者の石』の者達は私を助けるどころか、薬品の影響で固まっている私を観察している。薬品の効果をチェックしているのだろうが…まずは私を助けるべきだろうが!
叫びたいところだが、私の顔面は薬品によって腕と固定されているせいでくぐもったうめき声しか出せない。そのせいで私が助けを求めていることが全く伝わらず、パラケラテリウム達はずっと私と私に付着した薬品の様子を観察し続けていた。
「うぃーっす…ありゃ?王様、何してんの?」
私が醜態を晒している最悪のタイミングでやって来たのは、最もこの姿を見られたくない相手とも言えるしいたけだった。手足の生えた巨大なキノコである彼女は、狭そうに身体を屈めながら入室してくる。その視線は私に釘付けであった。
しいたけは実験室の様子を確認すると、大体の事情を把握したらしい。クククと嗜虐的な笑みを漏らしながらパラケラテリウムに近付くと、彼の肩にポンと手を置いた。
「やあ、パラやん。どったの、これ?」
「うむ。想定とは異なる現象の結果だ」
「何作ってたん?」
「塗料だ。ただし、普通の塗料ではない。塗った対象を防護する性質を持たせるつもりだった」
「はぇ〜。何かスプラッター映画みたいな色は誰の趣味?」
「元はピンクだった。変色の原因はハッキリとしていない。その瞬間には私はイザームと会話していたからな」
「なるほどねぇ〜」
しいたけは私からわざとらしく視線を逸らしながらパラケラテリウムに質問する。彼らとは違って私が困っているとわかった上でやっているな?たちが悪いぞ、本当に。
私をそっちのけでここの錬金術師達は結果について考察し続けている。しいたけに至ってはどの程度の硬度があるのか確かめろと言って、近接武器に関する能力を持っている者に私を殴らせた。
塗られた対象を防護する塗料だったということもあり、私にはダメージが一切通っていなかった。防御力を強化する効果はしっかりと反映されているらしい。それがなければ今頃私の骨は砕け散っていたかもしれない。
「ところでこのオブジェはとってもウチの王様に似てるけど、どこからか持ってきたのかい?」
「ん…?あっ、いかん!イザームを開放しなければ!」
この段になってようやくパラケラテリウムは塗料を浴びたのが私だということを思い出したらしい。彼らは急いで何らかの薬品を取り出して私にぶち撒けるのだが…中々動けるようにならなかった。
「どうやら想定外の反応が起きたせいか、中和剤の効きが悪いらしい。ありったけの中和剤を掛けるんだ」
「アッヒャヒャヒャヒ…ゴホッ!ゲホッ!オベェッ!?」
パラケラテリウム達が慌てて大量の薬品を掛ける様子を見て、しいたけは身体を反らして爆笑している。笑い過ぎたせいで咽た…かと思えば、身体を反らし過ぎて転んでしまう。フン、私を見捨てた罰が当たったのだ。
「うぐぐ。酷い目に遭ったぞ、まったく」
「本当に申し訳ない。薬品の面白い反応に夢中になってしまった」
「まあ、悪気がなかったのだから構わない。だが…お前は悪ノリが過ぎるぞ、しいたけ」
「グエェ!?」
申し訳なさそうに何度も頭を下げるパラケラテリウムを許しつつ、私は起き上がろうとするしいたけの背中を杖で押さえ付ける。どうやれば仰向けに倒れたはずなのに、うつ伏せになれるんだ?自力で起き上がろうと足掻いた結果なのだろうが…どうでも良いか。
「お前は最初から気付いていただろうが」
「わ、悪かったって!許してよ、キングぅ…」
「はぁ〜…二度とやるなよ」
しいたけも反省していたようなので、魔術を使って彼女を立たせてやった。立ち上がった彼女は身体をほぐしていると、その動きのせいでまた転びそうになっていた。頭の笠が重いからなのだろうが、バランス感覚が悪すぎないか?
若干呆れつつ、私は一応しいたけにも深淵で得たアイテムとその研究について話をしておく。だが、しいたけはクックックと含み笑いをしながら言った。そっちも成果があったんだね、と。
「そっちも?ということは…」
「お察しの通り、海の方も成果があったんだよね」
そう言ってしいたけはインベントリから何かを取り出す。それは一見するとベチャベチャに濡れた真っ黒な布のようにも見える。だが、よく見ると布ではなく細い繊維の塊…いや、まて。これは…髪の毛では?
「これは?」
「アン達から預かった、人魚の髪なんだってさ」
次回は3月3日に投稿予定です。




