深淵探索 その八
「ペッ!ペッ!」
「クシュン!」
飛散する侵塩を被ったセイ達だったが、ほとんどダメージは負っていないようだった。爆風に煽られたことで多少は体力が減っているが、被害はないと言っても過言ではない。やはり単純な攻撃力は大して強くないようだ。
だが、塩を被ったらどうなるかを私は既に知っている。警告が遅れたことを私は悔いずにはいられない。そして私の想像通り、彼らの身体には異変が生じていた。
「これは何だろう?」
「こいつらの塩を浴びると身体から塩の結晶が生えるらしい!どんな症状が出ている!?」
「症状っつったって…げっ!?」
「少しずつだけど魔力が減っているわねぇ」
この塩が生える状態になると魔力が吸われるらしい。いや?魔力を吸って成長する塩、すなわち侵塩を連中が操っていると考えた方が良さそうだ。回収するために触れた時には魔力が減る現象は起きなかったので、その効力を増幅しているのかもしれない。
周囲にある塩の結晶は身体を構成する材料であり、同時に武器でもあるのだ。つまりこの土地は塩獣にとっては完全にホームグラウンドなのだ。本拠地なのだから当然と言えば当然だが、鬱陶しい限りである。
そしてシュネルゲがここの攻略を断念したのも納得である。この塩による攻撃は魔術師にとって最悪の嫌がらせだ。英霊として相応しい実力者だったはずのシュネルゲも、この嫌がらせを受け続ければ撤退せざるを得まい。
「決着を急ぐぞ!私は強化を終えたら塩を吹き飛ばすことに専念する!攻めは三人に任せる!」
「避けるのは現実的じゃないから、突っ込むしかないね」
「うおおおっ!やるしかねぇっ!」
三人は果敢にも突撃していく。私は急いでステータスを強化したが、その間にも三人と大邪骨塔は塩を浴びてしまう。浴びる度に彼らの身体から生える塩の結晶は増えていた。
ただ、塩をバラ撒くことは塩獣にとっても諸刃の剣であるらしい。身体を膨張させて塩をバラ撒く関係上、バラ撒いた瞬間に身体を守る塩を全て失ってしまうからだ。
塩を失った塩獣は、透明で長細い針金を何本もより合わされたモノで出来た糸人間のような姿をしていた。どうやらあれが塩獣の本体であるらしい。
「オラッ!」
「えいっ!」
騎乗する二人はそれを見逃さずにそれぞれの得物を思い切り振り抜いた。二人は一刀の元にこれを斬り捨て、真っ二つに両断する。これで即死したかに思えたが、切り口から細い糸を伸ばして絡み合わせることで再び繋がってしまった
耐久力に特化していることもあり、レベルの差があっても一撃で倒すことは出来ないようだ。私は舌打ちしながら、戦況を変えるべく魔術を発動した。
「こういう時はこの魔術に限る。星魔陣起動、呪文調整、風柱」
私が援護として選んだのは風柱だった。この魔術は霧を吹き散らすのに使ったことがあり、今の場面では非常に有用と言える。実際、この魔術を発動したことで、宙を舞っていた塩の結晶は吸い寄せられていた。
風柱による効果はバラ撒かれた塩を集めるだけではない。近くにいた塩獣の身体を覆う塩の結晶を直接吸い上げ、本体の姿が露出してしまっていた。
「流石だぜ、イザームさん!」
「あらあら、本体が丸見えねぇ」
セイと邯那は露出した本体を正確に狙って武技を叩き付ける。騎乗する二人による強烈な一撃を二度も本体に受ければ、いかに耐久力に優れる塩獣といえども耐えられなかったらしい。ついに二体の塩獣が力を失って力尽きた。
これだけの手順を踏んで倒せたのがたったの二体、というのは正直に言って手間がかかり過ぎている。だが、風柱によって本体を露出させる方法が確立されたこともあって、残りの三体はわりとアッサリ倒すことが出来た。
「うげっ、戦闘終了ってアナウンスが鳴ったのに塩が残ってる!」
「毒みたいなものみたいねぇ。自然と治るのかしら?」
「効果があるかはわからないけど、取っておこうよ」
戦いが終わったところで、私の近くに戻ってきた三人は全身に生える塩の結晶を武器で叩いて落としていく。その効果はあるようで、一度結晶を落としたところからは新たな結晶が生えることはなかった。
とりあえず私以外の全員の身体を確かめ合って塩の結晶を残らず落としたところ、魔力が勝手に減少していくことはなくなったらしい。私はもののついでとばかりに使い捨ての駒である大邪骨塔の表面を叩いて結晶を落としておいた。
塩獣を剥ぎ取った結果であるが、倒したのが四体からは無属性の魔石しか得られなかった。だが一体からは塩獣由来のアイテムを入手している。その詳細は以下の通り。
ーーーーーーーーーー
塩獣の縄体 品質:劣 レア度:T
塩獣の紐状の肉体、その一部。
細い繊維が数百本も集まっており、非常に頑丈である。
これは繊維が傷付いており、耐久性は低くなっている。
ーーーーーーーーーー
やはりこの縄のようなモノが塩獣の本体であるらしい。繊維質ということと塩獣の身体だったということから、侵塩対策の糸口となるだろう。品質を向上させるにはなるべく傷付けずに倒さねばならないようだが…ここは【邪術】の出番かもしれない。
「面倒くせぇ相手だったけど風の魔術があれば余裕っぽいな」
「いや、それは違うぞ。この戦法が通用するのは地上だけだ」
「そうだろうね。屋内でこれをやれば、むしろ自分から塩を充満させることになりそうだ」
攻略法が見つかったと楽観的なセイだったが、私や羅雅亜の意見は異なっている。この風で攻撃と妨害を兼ね備える塩を吹き飛ばし、塩獣にとって最大の武器を奪う方法は確かに有効だろう。これは間違いないと思う。
だが、それは開けた場所であればこそのことだ。閉所では余程気を付けて風を起こさねば塩が拡散するだけで、逆に味方に被害を出しかねない。閉所における対処方法を確立しなければ攻略など夢のまた夢であろう。
「そっか。そう上手くは行かないな…あ、増援が来る。数は…うわっ、十以上いるぞ!」
「わかった。ならさっさと剥ぎ取って撤退だ」
「そうだね。あ、そこの不死はどうするんだい?」
新たな塩獣がやって来る気配をフィルが察したようなので、私は撤退を決断する。だが、その時に羅雅亜は角で私が召喚した大邪骨塔を指した。
放置して帰ろう、と言いかけた私に一つの考えが舞い降りてくる。せっかく魔力を消費して召喚したのだから、最後まで利用するべきだ、と。
「少し離れたところから観察してみないか?塩獣には他にも攻撃方法があるかもしれない」
「捨て駒を使って調べようって?それは良い考えだ」
「…イザームさんにせよ七甲さんにせよ、カル達には優しいのに召喚した魔物は徹底して使い捨てるよな」
羅雅亜は積極的に賛成してくれたものの、セイは何とも言えない表情で私を見ている。いや、従魔と召喚獣は完全に別物だろう。前者は替えが利かない大切な仲間だが、後者は魔力さえあればいくらでも作り出せる消耗品だ。むしろ最期の一瞬まで使い潰す手腕こそ、【召喚術】の使い手に求められる技量ではなかろうか。
ちなみに、私が生存を重視する順番は『死ねば終わりのNPC
達>【死霊魔術】で創造した不死>召喚獣』である。国民に貸し出すこともある不死の兵士は少しずつ育てている戦力であり、なるべく生かしておきたい存在である。召喚獣などとは掛けた労力が全く異なるのだ。
だが、カルやリンを含めた従魔や国民など一度失えば全く同じ人物には出会えない者達が窮地に陥れば、不死の兵団は躊躇なく捨て駒にするだろう。要は優先順位の問題なのである。
閑話休題。セイには後で説明するとして、私はさらに三体の大邪骨塔を召喚する。それらを残し、私達は『侵塩の結晶窟』から離れて塩獣と大邪骨塔の様子を窺った。
「おっ。塩を撃ったぞ」
「勢いは凄く見えるけど、ダメージは大したことなさそうねぇ」
「魔力が吸われるから実ダメージ以上の被害は出るけどね」
塩獣と大邪骨塔の戦いはかなり地味だった。塩を噴射する以外の攻撃方法がほとんどない塩獣と、ほとんど動けない大邪骨塔。その戦いが地味になるのは当然だ。
塩獣の攻撃力は高くない上に、大邪骨塔の防御力が高いせいで塩を浴びせられ続けているのに全くと言っても良いほど動じない。このままでは体力が尽きるまで何分かかるかわからない…おや?
「合体していく…っ!?」
このままでは埒が明かないと気付いたのか、塩獣はその身体を寄せ合った。そして侵塩の境目がなくなって完全に溶け合ったかと思えば、巨大な一体の塩獣と化したのである。
純粋に巨大化したことで質量が増した塩獣は、腕を意外なほどに力強く振り下ろした。重量だけでなく筋力が増しているのか、たった一撃で大邪骨塔の一体が叩き潰されてしまった。
こうなれば攻撃手段がほぼない大邪骨塔には為す術もない。一方的に蹂躙され、跡形もなく消えてしまっ…うおっ!?
「キキキッ!」
「っ!助かったぞ、モモ!」
じっと観察していた私達を塩獣の集合体は捕捉していたらしい。奴は私を目掛けて塩の弾を発射して狙撃してきたのだ。
完全に油断していた私を救ったのは肩に乗っていたモモである。彼は腕から一瞬で巨大な樹木を生やして壁を作り出し、塩の弾を完全に防いでくれたのだ。
樹木の壁は塩に侵食されてしまうのだが、モモは壁をアッサリと腕から外して捨ててしまう。使い捨ての壁を用意出来るモモは塩獣の天敵なのかもしれない。
「お手柄だぜ、モモ!」
「ああ、本当にな。帰ったら何かごほうびをあげないとな」
「そうねぇ。あら?元に戻っちゃうわ。諦めたのかしら」
「自由に合体して、元に戻ることも可能なようだね」
「しかも合体すれば、攻撃力が急上昇することもわかった。収穫は上々。では、改めて撤収しよう」
こうして私達は塩獣の観察と分析を終えて撤退した。さて、どうやって攻略したものかな?
次回は2月27日に投稿予定です。




