深淵探索 その七
「おお〜。まるで剣山だな、これは」
巨大な結晶の柱が生えている遺跡に接近したことで、その詳細な様子が見えてくる。地面にはビッシリと小さな結晶が生えていた。
ただ、この結晶はかなり折れやすいらしい。遺跡の地面には折れた破片が散乱しているのだ。蹴って折りながら進めば問題なさそうだ。
「何かいるわねぇ」
「そうだね。それも、結構沢山いそうだ」
邯那も言っているように、この破片が散乱しているという事実がここに何かがいるということを証明している。そして羅雅亜の言う通り、折れている範囲があまりにも広いことから魔物の数が多いことは間違いない。
残念ながら足跡などはわからないが、敵がいることと数が多いことがわかったのだから十分である。私達は臨戦態勢で遺跡に足を踏み入れた。
「フィールド名は『侵塩の結晶窟』…?侵塩?深淵ではなく?」
遺跡に踏み込んでフィールド名を確認したところ、その名前は随分と風変わりであった。何度か見直したが、やはり見間違いではない。『深淵』ではなく『侵塩』と書かれていた。
気になったので私は地面に無数に転がっている結晶を一つ持ち上げて【鑑定】してみる。その結果は以下の通りであった。
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侵塩の結晶 品質:屑 レア度:S
特定の状況下でのみ発生する特殊な塩の結晶。
吸着した物質や魔力を塩に変換し、大きく成長する性質を持つ。
保有する魔力が少ない者が接種すれば、瞬く間に全身が塩の結晶となってしまう。
魔力が多い者であっても体調を崩すので、接種するべきではないだろう。
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えぇ…?食べたら塩になる塩…?この説明文からして、低レベルのプレイヤーやNPC、物理に特化し過ぎて魔力が少ないプレイヤーにとっては即死する劇薬じゃないか。遠くから見えていた結晶が塩だとは想定外過ぎた。
それはそれとして、この破片を私達は回収していく。今日はリアルの都合でログイン出来なかったしいたけへのお土産にちょうど良いアイテムだ。私はアイテムの詳細を告げてから、全員で落ちている結晶を拾っていった。
「キキィ?キギィッ!?」
「こらこら。食べてはいけないぞ」
「モモ!ったく…すまねぇ、イザームさん」
仲間達はアイテムの詳細を聞いていたが、私の肩に乗っていたモモは聞いていなかったらしい。私がかがんだ時に尻尾で拾った侵塩を口に運び、辛そうに悶絶していた。本質は植物なのに味覚があるのだろうか?
私は苦笑するだけだったが、セイは頭を抱えながら私に謝罪する。このくらい可愛いものだが、従魔の主としては恥ずかしいのだろう。私もカルとリンが私の目から離れたところでお馬鹿なことを仕出かしたら、きっと恥ずかしいと思うだろうから気持ちはわかるぞ。
私の頭にしがみつきながら侵塩の破片を投げ捨てたモモの頭をポンポンと触ってから、私は再び結晶の収集に勤しんでいた。地面に散乱しているのは全て品質が低いが、よく見れば大きな結晶の柱の根本には採掘ポイントがあるらしい。あそこで掘ればより高品質の侵塩が得られるかもしれない。
「ウォン!」
「敵だ!注意してくれ!」
地面に転がる大量の結晶を拾っていると、それまで大人しかったフィルが一度だけ力強く吠える。それだけで意図を察したセイが警告する。私達は回収を中断し、すぐに戦闘体勢に入った。
結晶の柱の影から身構える私達の前へと現れたのは、何とも形容し難い魔物であった。その数は五体いて、全体的なシルエットとしては人型であると言えよう。二本の腕と脚が生え、二足歩行しているからだ。
ただし、人型という見慣れた形状の中ではかなりの異形でもあった。全身は真っ黒で、頭部は完全なのっぺら坊のように凹凸が全くない。さらに胸部からはカサカサに干からびた深淵の魔物の頭部が覗いていた。
動く度に黒い粉が地面に溢れるが、その体積が減る様子はない。何故ならあの魔物が踏んだ侵塩の結晶が体内に吸収されているからだ。この様子から察するに、口に相当する部分は存在せず、触れた物体を内側に取り込む生態をしているようだ。特に身体は色からして肉体そのものが侵塩で出来ているらしい。さて、では【鑑定】させてもらうか。
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種族:塩獣 Lv60〜Lv69
職業:侵蝕者 Lv0〜Lv9
能力:【体力超強化】
【筋力超強化】
【防御力超強化】
【半流体】
【侵蝕】
【連係】
【物理耐性】
【魔術耐性】
【状態異常耐性】
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保有する能力の数は少なく、レベルも高いとは言えない程度である。だが、ハッキリ言ってこの塩獣という魔物と戦うのは面倒だと言わざるを得ないだろう。
体力と防御力が高い上に、物理にも魔術にも状態異常にも耐性があるというのだから非常にしぶといのは容易に想像がつく。しかも基本的に群れで行動するのか、【連係】の能力まで持っている。深く潜るとこいつらの上位種が出てくると考えれば、気が遠くなる思いであった。
唯一の救いと言えるのは【呪言】の能力がないことだろうか。私が解呪を使うタイミングを常に気にし続ける必要がなくなったのは少しだけ朗報かもしれない。まあ、『侵塩の結晶窟』全域がこの塩獣の縄張りなのであまり意味はないのだが。
「随分とタフな相手のようだぞ。【半流体】と【侵蝕】という聞き覚えのない能力もある。油断するな」
「へーい」
「わかったわ」
「防御重視が良さそうだね」
「私もそう思う。ここは壁役を増やすとしよう。召喚・大邪骨塔。さらに不死強化」
今のパーティーは機動力こそあれど、防御力に突出している者はいなかった。最も防御力が高いのは羅雅亜だろうが、彼は自分から攻撃を受け止めるような戦い方はしない。明らかに長期戦が予測されるなかで、矢面に立って防御に専念する者がいないのは厳しいだろう。
こういう時にこそ輝くのが【召喚魔術】である。私は防御力に特化した不死を召喚した上で、これを強化しておく。こうすることでそこそこ硬く、それでいて使い捨ての壁を用意することが出来た。
ちなみに召喚した大邪骨塔はほぼ動けない代わりにレベルの割に体力と防御力が桁外れに高い壁専用の不死だ。その力を遺憾なく発揮してもらおう。
「とりあえず、ぶん殴ってみるか!」
「そうしましょうか」
「一当てして様子を見るのは大事だね」
私が自分の側に大邪骨塔を召喚したのを確認してから、三人は塩獣に向かって突撃していく。手を出してみないことには戦う感触すら掴めない。勇気を持ってぶつかるのも大事なことであろう。
その間に私は全員に【付与術】をかけてステータスを強化していく。ただ、彼らの速度が高すぎるせいで、全ての強化が終わる前に接敵してしまった。
「オラッ…あぁ?」
「んん?」
セイと邯那がそれぞれの武器を思い切り振り抜くと、その身体はいとも容易く飛散してしまう。その様子はまるで砂の山を蹴り飛ばしたかのようだった。上半身は空中で形を失うと、ただの塩の山と化して動かなくなった。
防御力が高いはずなのだが、たった一撃によって塩獣はその上半身を失った。その場に残っているのは無傷で残っている下半身と取り込まれていたカサカサの魔物の死骸、そしてその死骸に絡みつく下半身から伸びた細い紐のような何かであった。
その紐はひとりでに動き出し、死骸を放り投げるとウネウネと不快な動きをし始める。するとセイと邯那によって吹き飛ばされたはずの塩が戻っていく。全ての塩と落ちていた結晶を取り込んでほぼ元の状態になっていた。
「無敵かよ!?」
「いや、紐のような何かが見えた。今度は身体を両断する勢いで…」
驚愕して叫ぶセイに、私は自分が見たことを教えようとする。だが、そのタイミングで塩獣達は一斉に行動を開始した。奴らは緩慢な動きで腕を突き出すと、そこから凄まじい勢いで塩を噴射したのである。
まるで消防車のホースから噴射される水のような勢いで掛けられる塩を食らえばどうなるかわからない。セイ達は駆け抜けることで回避し、私は大邪骨塔の陰に隠れることで直撃を避けた。
「ギギギ…」
「オオォ…」
「どうし…いや、これは!?」
塩の奔流を直撃した大邪骨塔だったが、何故か苦しげなうめき声が聞こえてくる。防御に特化した大邪骨塔が、この程度でどうにかなるとは思えない。私は注意深く観察してみたところ、原因が何なのかはすぐにわかった。
大邪骨塔の表面にはまるで原木から生えるキノコのように黒い結晶が…すなわち侵塩の結晶が伸びていたのだ。これは間違いなく【侵蝕】という能力の影響に違いない。放った塩に触れると身体から塩の結晶が生えてしまうようだ。
この塩によって体力が削られているわけではなさそうだ。ただ、塩の結晶は明らかに大きくなっている。何らかの効果があるのは明白だ。
私は急いでこのことを三人に伝えようとする。だが、その時には塩獣の一体が急に膨張したかと思えば、勢い良く爆発して塩を撒き散らしたのだった。
次回は2月23日に投稿予定です。




