深淵探索 その六
『モノマネ一座』の芸は妖人にも好評だった。大前提として妖人には芸能という文化がなかったようで、『モノマネ一座』の洗練された芸は彼らにはあまりにも衝撃的だったらしく、商談など見向きもせずに芸に集中してしまっていた。
しかも芸が終わり次第、すぐにアンコールをせがまれてしまう始末。流石に終わってすぐに再びというのは彼らも疲れるので断ったが、少し時間を置いてから別の芸を披露すると約束していた。
商談が後回しにされてしまったせいでコンラートは不貞腐れていたが、芸が終わってからのインターバルになると妖人達はセバスチャンによってわかりやすく分類されて広げられた商品に集まって来たことで露骨に機嫌が良くなった。金儲けも好きなのだろうが、コンラートは本質的に商売そのものが好きなのだろう。
「おーい!」
「むっ、来たか」
妖人達が見たことのないアイテムを見ていると、外からマックの声が聞こえてくる。どうやら魔物を撃退してここまで来られたようだ。
「欠員はいないようだな。戦ってみた感想はどうだった?」
「聞いてたよりも面倒くせぇ相手だったな」
「レベルよりも手強い印象を受けたもんでござんす」
「数の利を活かして来たのも厄介だ。単独行動は自殺行為だね」
深淵探索に乗り出した三つのクランのリーダーは、口々に感想を述べている。戦ったのは深淵魚ではなかったようだが、こちらも当然のように【呪言】を持っていたようだ。
群れているここの魔物は【呪言】をデフォルトで有しているのかもしれない。もしそうなら非常に厄介な相手であった。レベルが低い魔物であっても、油断が命取りになることは十分にあるだろう。
「よし、じゃあここからも手はず通りに進めよう。ジゴロウ、兎路」
「おう。行ってくらァ」
「はいはい。適当にブラついて来るわ」
私に返事をしたのはジゴロウと兎路だった。私はここに来た仲間達を三つのパーティーに分け、二人にはパーティーのリーダーを務めてもらうことになっている。二人のパーティーには私よりも先に探索に出てもらい、私達は残ってマック達とリャナルメ達の間を取り持つことにしていた。
ジゴロウのパーティーと兎路のパーティーが深淵の海へと出ていくのを見送った後、私はリャナルメ達にマック達を紹介する。彼女ら妖人は基本的にフレンドリーで、彼らに忌避感を示すことはない。だが、彼らは別の意味で難色を示していた。
「客人が来てくれることは嬉しいのですが、こう人が増えると我らの住処には多すぎますね」
「それは申し訳ない。交易に使えそうな遺跡はあるか?」
リャナルメの言う通り、妖人の住処である遺跡は決して広くはない。ここを交易拠点とするのは少し不便と言えた。
ならば別の場所を探すまでのこと。リャナルメに候補となる場所がないか尋ねてみると、彼女は少し悩んだ後に少し躊躇いを見せながら口を開いた。
「そうですね…あると言えばあります。ですが、非常に危険な場所ですよ?」
「危険は承知の上だが、どう危険なのか教えて欲しい」
私が尋ねたところ、リャナルメ達のいるこの遺跡から中央側へと真っ直ぐ進んだ地点に大きな遺跡があるらしい。そこは海の上がこの遺跡の数倍の広さがあることから、恐らくは海中部分はより広いのではないかと彼女らは推測しているようだ。
ただし、その遺跡は凶暴な魔物の群れの巣になっているらしい。海上部分に住む個体ですら日々の糧を得るべく狩りに出る妖人が避けるほど強く、下に降りるにつれてより強い個体が現れると言う。
「あの地があれば我らもより便利だろうと思ってはいるのですが、我らの力ではどうしようもなかったのです」
「英霊となったシュネルゲですら成し遂げられなかったのか?」
「我らは数が少なく、しかも祖父は【魂術】を始めとする補助系魔術の天才だったと聞きます」
「なるほど。いくら味方の強化や敵の妨害を行っても、味方の絶対数が少なかったせいで攻略を断念せざるを得なかったということか」
「ご推察の通りです」
エキシビションイベントで我々の前に現れた『妖溶怪魁』のシュネルゲは、非常に強力な【魂術】の使い手だった。私達の魂をシャッフルして別の身体に放り込む、という思いもよらぬ『秘術』で私達に試練を課した。
だが、思い返してみれば戦闘は一緒に現れた『千々貌魔』のディヴァルトと『五刃鬼』のニグルに戦いは任せきりだった。直接的な戦闘は苦手だったのだろう。
それでも英霊となるほどの強さを誇っていたのだろうが、強力な補助だけではいつか限界が来る。彼に匹敵する前衛職の仲間が一人でもいれば違ったのだろうが…まあ、考えても詮無きことか。
「話はわかった。だが、実際に制圧出来るかどうかは偵察してみなければわからない。今日のところは偵察に向かうだけになると思う。それでも構わないな?」
「ええ、もちろんです。そもそも、可能であればというだけですし。今の暮らしでも十分に満足しておりますから」
リャナルメは遠慮しているようだが、我々からすれば目的地でもある深淵の中央部により近い場所に大型の拠点が出来ることは非常にありがたい。口では慎重なことを言いながらも、私はその遺跡を攻略する気になっていた。
ただし、今日このまま突っ込むつもりは毛頭ない。いくら直接的な戦闘力に劣るとは言え、英霊として召されたシュネルゲが攻略出来なかった魔物の巣だ。片手間に攻略など不可能だろう。偵察だけで終わらせるというのは本気だった。
「では、私達もそろそろ行くとしよう。悪い連中ではないから、仲良くしてやってくれ」
「もちろんですとも。うっすらとですが我らと同じく深淵の気配を感じる方々を無下にはいたしません」
深淵の気配がする…やはり私の能力の影響か。これが我々にとって良い方向に働いているのだから、良いことなのだろう。
しかし、あらゆる面で良い方向に働くことなどあり得ない。深淵の気配を纏うということは、イーファ様に近付くということ。つまりアールルには私のせいで毛嫌いされるということではなかろうか?
我々の関わることのあるプレイヤー以外の人類は、コンラートの部下だけである。彼らは行き場がない身の上で、コンラートに深い恩義を感じているので問題はない。だが、他の大陸では何らかの影響が出ている可能性は高かった。
コンラートには世話になっていることもあって、助けを求められたらいくらでも手を貸すつもりだ。今度困っていることはないか聞いてみよう。
「…ということで遺跡に向かおう」
「はいよ、イザームさん」
「そうしましょうか」
「腕が鳴るわねぇ」
今回、私と同行するメンバーは羅雅亜と邯那、それにセイと彼の従魔達だ。四本脚の割合がこれ以上ない程に高い。彼らはクランの中で機動力の高さで一位と二位である。そんな彼らと同行する以上、この中で最も機動力が低い私に合わせてもらうことになるだろう。
置いていかれることはないと思うが、戦闘中に孤立することはありそうだ。そのことを心配していると、セイの肩に乗っていた小猿のような姿の樹木であるモモが私の肩に飛び乗った。
「モモがイザームさんが守るってさ」
「キキッ!」
「おお、それは心強いな」
モモは小さくひ弱に見えるかもしれないが、私はその本性を知っている。モモは仙桃という特別な果物の種から生まれた魔物だ。セイの従魔の中では最も高い防御力と再生力を誇る防御担当である。きっと私を守り抜いてくれることだろう。
モモを肩に乗せつつ、深淵探索を開始する。と言っても、明確な目的地があるので迷うことはない。ただ敵に襲われることを警戒しながら進むだけで良いのである。
そして警戒に関しては私の魔術だけでなく、セイの従魔達も頼りになる。私達は慎重に、それでいてそこまで緊張せずにリャナルメから聞いた方角へ真っ直ぐ進んでいた。
「むっ、何か来るぞ」
「フィルも反応した。下から来るぜ」
私達が敵の接近に気付いたのはほぼ同時であった。素早く戦闘体勢に入った私達の前に現れたのは、以前に戦った深淵魚の群れである。
既に戦った経験もあることから、対策は既に確立していた。私は解呪を使うべく準備をしながら、三人に聞こえるように一つの注文をした。
「こいつらは打撃に強いが、打撃で仕留めなければ素材の品質が下がる。なるべく打撃で倒してくれ」
「はーい」
「打撃だね?わかったよ」
「打撃なら、俺の本領だぜ!」
打撃で倒す、という注文に三人は見事に応えてみせた。邯那が方天戟の石突で殴り飛ばし、羅雅亜は角の側面を叩き付ける。蹄で踏み潰さないのは、彼の四肢につけてある蹄鉄には鋭いスパイクがあるからだ。
工夫している二人とは違って、普段通りに戦えているのはセイだった。彼の武器は棍、すなわち長柄の打撃武器だ。何か余計なことを考える必要がなく、フィルに乗ったまま活き活きと戦っていた。
最初から解呪を使っていたこともあり、深淵魚の増援がやって来ることはなかった。私達は戦闘終了のアナウンスに安堵してから、深淵魚から素早く剥ぎ取りを行ってからすぐに出発した。
「見えてきたな。しかし…」
「なんか凄いっすね」
「ギザギザしてるわ」
「黒い結晶、かな?」
そうして見えてきたのは、リャナルメの言っていた通りかなり大きな遺跡であった。海上から見えている部分だけでもあの遺跡の数倍はあるだろう。
ただ、羅雅亜が言っていたように遺跡からは黒い結晶が無数に生えていたのだ。結晶は遠目に見てもわかるほど大きく、まるで結晶の森のようになっている。私は危険地帯へ赴く緊張と、同じくらいの好奇心を胸に遺跡へと近付くのだった。
次回は2月19日に投稿予定です。




