深淵探索 その五
ログインしました。ママやアマハ達と色々と話した後、彼女はアルトスノム魔王国に住むプレイヤー達宛に海巨人調査について協力者を募集する旨のメッセージを送った。その結果、深淵調査と海巨人調査のどちらに参加するかはほぼ半々になった。
深淵調査を主に活動すると決めたのは我々のほぼ全員に『不死野郎』と『溶岩遊泳部』、それに『八岐大蛇』だ。一応は『モノマネ一座』も加わるが、彼らは探索ではなく興行が目的である。戦闘力は決して高くないので、探索よりも妖人やまだ会っていない千足魔との有効を深める役割を担うことになりそうだ。
海巨人調査に行くのは『Amazonas』に加えて『ザ☆動物王国』や『怒鬼ヶ夢涅夢涅』、それに『蒼鱗海賊団』と同乗している悪魔系の三名である。海の専門家たる『蒼鱗海賊団』が加わるのは当然として、『ザ☆動物王国』はタマが船旅がしたいかららしい。タマは気まぐれかつ欲望に忠実である。
一方で『怒鬼ヶ夢涅夢涅』はチンピラが親友となった護宝鬼達に海を見せてやりたいからだと言う。それに伴って護宝鬼が数人同行するようだ。気難しい護宝鬼とこれほど上手く付き合えるとは…チンピラのコミュニケーション能力は驚くほどに高いようだ。
閑話休題。私達は準備を整えて深淵へ向かうことにした。今日の主目的はリャナルメ達の住む遺跡を中心に周辺の調査を行うことである。生息する魔物を倒し、ドロップアイテムがどんなものなのかを確かめるのだ。
深淵へ続く門の前には数十人ものプレイヤーが集まっている。これだけの人数が集団行動をしようとするのには理由がある。それは妖人達を刺激しないためだった。
彼らに接触したことがあるのは私達だけで、ここにいるほぼ全員が妖人にとっては初対面である。私達のように好意的に迎え入れてくれるかどうかは不明であり、敵対させないためにも一度集まって向かうことにしたのだ。
「そして今日が第二回目の調査な訳だが…本当に来るんだな?真面目な話、かなり危ないと思うが」
「もちろんさ。僕はね、商売する場所に最低でも一度は自分の足で行くことにしてるからね」
ただし、同行するのは探索に行く者達だけではない。同行する者達の中にはコンラートと彼の護衛でもあるセバスチャンも加わっていた。
彼の目的はただ一つ。深淵に住む者達との交易だ。深淵には既に住民の存在が確認されているからこちらに来ているが、きっと海巨人と接触することが叶ったならそちらにも足を運ぶのだろう。こちらにいるのはすぐに取引出来るからに他ならない。
ちなみに、コンラート達は私達の誰よりも早く地獄へ来て獄吏を相手に商売をしている。すでに良い商売を終えたようで、今の彼はホクホク顔だ。その調子で深淵でも商売が上手くいくと良いな?
「全員集まったな。では行こうか」
こうして深淵探索は始まった。獄吏によって開かれた扉から階段を降りていく。事前に光属性を有する事象は全て封殺されることは情報共有していたので、ランタンなどを取り出す者はいなかった。
【暗視】が使えないコンラートとセバスチャンも準備を怠っていない。彼らはフレームが色違いのオシャレな眼鏡を掛けているのだが、その眼鏡には様々な機能があって暗視もその内の一つであった。
なお、コンラートは金のラインが入った黒色の、セバスチャンは銀色のフレームだった。前者は品がありながらも高級感が強く、後者は清潔感はあるが自己主張は弱い。掛けている本人の性格を表しているかのようだった。
「こいつぁ…すげぇな」
「聞きしに勝るってモンでござんすねぇ」
階段を降りきって開かれた扉の先にある深淵の海を見た者達は、私達と同じくその光景に圧倒されていた。この異様な光景を見ても動じない者はそうそういないだろう。
彼らが眺めている間に私は後ろを振り向いて扉をじっと観察してみる。すると降りてきた扉はスッと闇の中へ溶けるように消え失せた。おお、こうやって消えていたのか。前の時は前しか見ていなかったから知らなかった。
「移動するぞ。マップ情報は教えてあるから迷わないだろうが、この人数だ。深淵の魔物は寄ってくる可能性は高い」
「はいよ。それにしたって悪質だよなぁ。倒した後、味方に敵討ちさせようってんだろ?」
マックが言っているのは深淵魚が使った【呪言】のことだろう。あの時はそのせいで面倒なことになった。深淵探索組にはちゃんと教えてあるので、探索に行く前にちゃんと対策も取っていた。
その対策とはズバリ、解呪の使い手を増やすことと解呪のお札を量産することだ。私が多用している【呪術】であるが、私のフレンドとなった者達はいつの間にか取得可能になっていたらしい。これも【深淵の導き手】の効果なのかもしれない。
【呪術】を取得していることが【呪術】の対策にもなることから、アルトスノム魔王国にいる魔術師達はその大半が【呪術】を取得している。私は本を読んで学んだのだが、そんな手間をかけずに取得する者ばかりであった。SPの節約になるのだが…普通は節約などせずにガンガン使うそうだ。
自分の貧乏性具合には呆れてしまうが、節約していたからこそ【国家運営】というSP消費が非常に重い能力を得られたのだ。私は私のやり方で良いのである。
「何か来るぞ!」
「なら、手はず通りに私達は護衛対象を島まで連れて行く。向こうで会おう」
「大船に乗った気分で待っていておくんなさい!」
これは事前に取り決めていたことである。移動の途中で戦闘になった場合、先にパントマイム達とコンラート達を私達が送り届けることになっていた。彼らを庇いながら戦うのには限界があり、それならばいっそのこと先に安全地帯へ届けてしまえば良いのだ。
戦闘はマック達に任せ、私達は急ぎ足でリャナルメ達と出会った遺跡へと急ぐ。寄り道せず、ひたすらに真っ直ぐ進んだことで私達は戦闘に巻き込まれることなくリャナルメ達の住む遺跡にたどり着いた。
「失礼する。以前にここを尋ねたイザームという者だ」
「あら、イザーム様。お久しゅうございます。少し外が騒がしいですが…本日はどのようなご要件で?」
遺跡に到着した私達を出迎えてくれたのはリャナルメだった。外見の違いはわからないが、声は間違いなく彼女のものである。初めて見る妖人の姿に、初見の者達は一人を除いて驚いているようだった。
その例外とは他でもないコンラートである。彼はニコニコと微笑みを絶やさずに自然な動きで私の横に来ていた。
「単刀直入に言おう。今日来た要件は二つある。一つは交易と交流がしたいということ。そしてもう一つはここを拠点に深淵を探索させてもらいたいということだ」
「まあ、そのために来られたのですね!我ら一堂、楽しみにしていたのですよ!」
リャナルメは嬉しそうな声を出している。どうやら外との交易と交流に彼女らは積極的であるようだ。友好的だとわかったところで、ここぞとばかりにコンラートが一歩前に出た。
「どうも妖人の皆さん、はじめまして。私は商人のコンラートと申します。以後、よろしくお願いいたしますね」
「そちらの方は…まさか人間では!?」
「人間だと!?」
「そんな馬鹿な!」
コンラートは自己紹介したのだが、その反応は私達の想定とは異なっていた。コンラートは人間であり、妖人達にとっては見慣れない種族だろう。だが、それは私達も同じこと。彼女らにとっては全ての種族が見慣れないのだから、多少驚かれるのは想定内だった。
しかし、彼らは人間が深淵に来たことそのものを驚いているようだ。彼らの口ぶりでは人間は深淵に来られないように聞こえるのだが…どういうことだろうか?
「コンラートは確かに人間だが、何か問題があるのか?」
「ああ、いえ。取り乱してしまいましたね。失礼ながらコンラート様は風来者でしょうか?」
「ええ、そうですよ。イザームとは無二の親友です」
そうかー、私とコンラートは無二の親友だったのかー。初めて知ったぞー。当然のように私を引き合いに出して好感度稼ぎをするんじゃありません、と言いたいが私は空気を読んで何も言わなかった。
親友云々よりも、リャナルメ達はコンラートがプレイヤーであると知って納得していた。彼女曰く、この深淵は全ての光を無力化する空間であるらしい。それ故に『光と秩序の女神』アールルの力は一切通じず、彼女が作った種族である人類はまともに動くことも出来なくなると伝わっているのだ。
だが、プレイヤーならば納得も行く。これがそのまま適応されてしまうと人類が深淵の探索に加われなくなってしまうからだ。リャナルメ達はプレイヤーに関しては動けるようにイーファ様やアグナスレリム様の伴侶である『闇と快楽の女神』マリア様の力で動けるのだと解釈していた。
「早速、地上の品物をお見せしましょう。代わりと言ってはなんですが、深淵の品物も見せていただけますか?」
コンラートは早速商談に入るようだ。セバスチャンは何も言われずとも上等な絨毯を広げ、その上に様々なアイテムを並べていく。これらは彼の取り扱う商品の一部でしかなく、求めれば取り寄せてくれるだろう。別料金はかかるだろうが。
「それでは余興を一つ。我ら『モノマネ一座』の芸をご覧ください」
コンラートが商談の準備を整える間に、パントマイムは芸を披露し始めた。リャナルメ達にとってパントマイムが見せる芸は馴染みが全くなく、ただ複数の玉を投げるだけのジャグリングですら彼らは感嘆の声を上げている。つかみはバッチリなようだ。
何はともあれ、今からマック達が合流するまでは私達もやることがない。それまでは私達も『モノマネ一座』の芸を楽しませてもらおうか。
次回は2月15日に投稿予定です。




