遊びながら報告会
コンラートから『神護人形の天核』を受け取った後、私達はジゴロウ達に合流してカジノを楽しむことにした。驚いたのはディーラーなどとして疵人と闇森人がいたことであろう。彼らはエビタイに開く予定のカジノで就職することが決まっており、そのための練習の成果をここで見せていたのだ。
コンラートは制服にもこだわっているようで、彼らが着ているのはパリッとした清潔なタキシードに蝶ネクタイだ。男女で服装を統一しているらしく、全員が同じ服を着ていた。
私は最初からそこそこに楽しむだけのつもりだったのだが、中にはタマのように全財産を失って呆然としている者もいる。私とコンラートが話していたのはほんの短い時間だぞ?何をやっているんだ、お前は。
「あーん!誰か貸してぇ!次!次は絶対勝てるから!」
「ダメですよ。この人は勝っても返さないし、負けたら踏み倒そうとしますから」
「ちょっ!?そんな酷いことしないって!」
借金してでもギャンブルをしたがるタマだったが、その保護者的立ち位置のコンベアが借金を禁じている。右腕とも言うべき相手が言うのだから、誰も金を貸そうとする者はいなかった。
そもそも負けまくって一文無しになった者が、次は勝って負けを取り戻せると思っているのがおかしいのだ。賭け事はほどほどに、負けても笑える程度に楽しむべきなのだ。
「さて、どこで遊ぶか…」
「おう、イザームにコンラート。こっちでやろうぜ」
「誘われたんじゃあ断れないね」
ホールに上がった私達を呼んだのはマックだった。彼らは何か大きな半円型の卓を囲んでおり、卓の上にはジオラマのようなモノが設置されている。山や平地だけでなく湖や川まであって、しかも川はちゃんと水が流れているようだった。
弧の側には座席があり、逆側には微笑みを浮かべた闇森人の女性が立っている。彼女がゲームマスターとして色々と動かすのだろう。一体何をするゲームなのかはわからないが、コンラートは私と共に座る気満々なので私も付き合うことにした。
「同卓するのは良いが、これは何というゲームなんだ?」
「『マジックスゴロク』っていうらしいぜ?っつっても俺達も今日初めてやるんだけどな」
「お目が高いね、マック君!これはとある貴族家が代々受け継いで来た由緒正しきパーティーゲームの魔道具だよ!」
「…そんなものがなんでここにあるのですか?」
自慢げに語るコンラートに尋ねたのは、同卓していたパントマイムだった。普段は国民相手に興行をしている彼らも、この誘いに乗ってカジノで楽しんでいる。誰かを楽しませることを生き甲斐としている彼らも、たまにはこうして遊びたい日もあるようだ。
そして彼の質問である由緒正しき魔道具がここにある理由についてだが、私には察しがついている。彼の代わりに私が答えることにした。
「借金のカタとして譲り受けたんだろう?先程見せたアレと同じく」
「ちょっと違うね。事業に失敗して大損こいた貴族様が、借金を工面するために自分から売りに来ただけさ」
おっと、私の推測は少し外れていたらしい。借金に関連しているのは正解だが、コンラートに直接金を借りていた訳ではないようだ。何にせよ、家宝とも言うべき魔道具を手放さざるを得ないほど追い詰められるとは…随分と商売が苦手な貴族だったようだ。
「事業が失敗するように仕向けたのはこの僕、コンラート本人なんだけどね」
「鬼畜め」
「ヒデェ…」
「は、ははは…」
撤回しよう。コンラートはもっとえげつないことをやっていたようだ。家宝を売らなければ首が回らなくなるほどの借金を意図的に負わせるなど、経済ヤクザじゃないか。つくづく敵に回したくない男だ。
まあ、そうやってコンラートが入手したアイテムで遊ぼうとしているんだ。我々にとやかく言う資格はない。気を取り直して私達は卓に座ることにした。
「これはどうやって遊ぶのか、教えてくれるか?」
「かしこまりました、我らが王よ。ですが、ルールはかなり細かく決められるのですが…」
「初めてだし、一番簡単なルールで構わんだろう?」
「いいぜ。どっちかって言うと俺達はイザームと話しながら遊べそうなモンを選んだだけだからな」
「そうなのか?じゃあ一番簡単なルールで頼む」
「かしこまりました。それではまず、全員にサイコロを二つ振っていただきます」
ゲームマスターは言うが早いか彼女の側にある何かを操作した。すると卓上にあったジオラマは消え去り、代わりにシンプルなスゴロクのマス目が現れた。確かに最もシンプルな盤面と言えよう。
私達はサイコロを振る。私の出目は四と四、コンラートは四と五、マックは六と一、そしてパントマイムは六と四だった。この出目の合計順に回っていくらしい。そして一巡目の者には掛け金を決める権利が与えられるそうだ。
「トップでゴールまでたどり着いた人が掛け金の総合計の八割を総取りで、二割は胴元へか…ボロい商売だな?」
「そうでもないんだな、これが。ルールによっては時間がかかるから、時間あたりの稼ぎになると結構しょっぱいよ」
「あー、あれか。大昔のゲーセンは格ゲーとか色々あったけど、今はUFOキャッチャーばっかになったみたいなモンか。あれみたいに」
マックの視線の先では打ちひしがれたように膝をつくチンピラと呆れる仲間達、そして彼を差し置いてスロットで爆勝ちしているセイがいた。タマと言いチンピラと言い、一瞬で手持ちの金を溶かし過ぎではなかろうか?
「それはそれとして…掛け金を決めてくれよ、パントマイムさん」
「ええ、そうでしたね。では、一万ギルと行きましょうか」
そう言ってパントマイムが操作すると、私の手持ちの金から勝手に一万ギルが支払われた。これでもコンラートにアイテムを卸しているのでこのくらい痛手でも何でもないが、思っていた以上にパントマイムは思い切りが良いらしい。
後は最初のサイコロの出目順に駒を真っ直ぐに動かしていくだけ、という本当にシンプルなスゴロクであるようだ。後はサイコロを振りながら二人の用件を聞かせてもらおう。
「それで、話とはなんだ?このタイミングだから大体の察しはついているが…」
「お察しの通り、深淵絡みさ。話す順番もサイコロの出目順で行こうや」
「では、失礼して。よっと」
パントマイムが振ったサイコロの出目は六で、彼の駒は真っ直ぐに六マス進む。すると、そのマス目から赤い光が伸びて『次の出目マイナス一』という文字が現れた。メリットのマス目とデメリットのマス目があるようだ。
「おっと、幸運は続かないようですね。それで話なのですが、私達も地獄と深淵へ行って興行したいのです。付きましては、現地までの護衛と交渉の付き添いをお願いしたいのです」
なるほど。パントマイム達らしい頼みだった。獄吏や妖人と親交を深めるべきだとも思っていたし、彼らの興行がその一助となるのならばこちらとしても喜ばしいことだ。是非とも協力させてもらいたい。
私が返事をしている間に、今度はコンラートがサイコロを振っている。出目は四でパントマイムよりも後ろのマスだったのだが、そのマス目は青く輝くと『次のサイコロは二回振り、好きな数字を選んで進む』とあった。
「おっ、悪くない効果だね」
「じゃあ次は私か」
三番目である私がサイコロを振ると、出目はコンラートと同じ四だった。ならば私も同じサイコロを二度振る効果か、と思いきや赤い光と共に『一マス戻る』と表示されたではないか!
どうやらこの『マジックスゴロク』では同じマス目だからといって同じ効果が得られる訳ではないらしい。ランダム要素が強いので、運の良し悪しで決まるゲームなのかもしれない。
「俺の番だなっと…かーっ!今日はツイてねぇな、おい!」
四番目だったマックの出目はなんと一。しかもデメリット効果である赤い光と共に現れたのは『次回は一回休みか、掛け金の一割を払って振る』というさらに金を巻き上げるデメリットだった。
「こんなのありかよ…まあ、元々の掛け金は少ねえから別に良いけどよ。ああ、そうだ。俺の用件だけどよ…実は俺を含めてクランの一部がお前の影響を受け始めたんだ」
「ほう?具体的な内容を聞いても?」
「俺は種族に深淵の文字が出たし、前にあんたが言ってた称号もゲットした。他の連中も似たようなモンだ」
私の持つ【深淵の導き手】という能力による影響がついに出始めたらしい。私と特に付き合いが長いマック達に今出たということは、他の者達にも直に影響が現れるのだろう。その時が楽しみである。
マックの話はそれだけでなく、深淵の探索についてだった。彼のクランにも【時空魔術】の使い手はおり、脱出することは可能だ。そこで深淵探索に名乗りを上げており、内部を実際に見た私の感想などを聞きたかったようだ。
深淵の話にはコンラートとパントマイムも興味があったようで、私達はスゴロクを楽しみながら深淵についての会話で盛り上がる。しかしながら、最も短いスゴロクを選んだこともあってスゴロクのゲーム自体はすぐに終わってしまった。
「よっしゃぁ!俺のあがりだぜ!」
「敗けたか」
「ははっ、最初の不運が嘘みたいだ」
勝者は意外なことに最も最初の出だしが悪かったマックであった。中盤から終盤にかけて序盤の不運を取り戻すかのような豪運によって勝利を手繰り寄せたのだ。
マックが賞金を総取りすることになったのだが、私達のスゴロクを見ていた者達がこの『マジックスゴロク』に興味を抱いたらしい。自分達もやりたいという者達が集まり、交代するように私は席を立つのだった。
次回は2月7日に投稿予定です。




