深淵探索 その一
ログインしました。結局、ジゴロウ達は闘技場におけるギミックはあり過ぎてもつまらないという結論に至った。何故なら…ギミックの回避に専念しなければならず、ほとんど拳を交えることが出来なかったからだ。
ただ、私はギミックを全て動かすこと自体は面白いと思っている。それこそ、その状態で誰が最も長く生き残るかのサドンデス形式の試合にしたら盛り上がりそうではないか。回避に専念するもよし、誰かをわざとギミックに誘導するもよし。いや、妨害アリとナシでルールを変えても良さそうだ。
本人の戦闘能力よりも立ち回りと運、そして咄嗟の機転がモノを言うのならばプレイヤーのレベルが離れていても勝ち目があるかもしれない。ギミックも殺意がないモノに変えれば子供達でも参加出来るだろうし、意外と人気が出るような気がする。アイリスに相談してみよう。
「ふむ…これが?」
「ああ。深淵に続く扉だ」
閑話休題。防衛計画を固めて生産に取り掛かった数日後、早速私達は深淵に踏み込んでみることにした。非常に危険な場所かもしれないという話なので、カルとリンは連れてきていない。万が一の場合に備えた方針であった。
一緒に潜るのは源十郎、ルビー、エイジ、ミケロ、そしてネナーシという攻守のバランスの取れたメンバーだ。これは厳選したメンバー、というわけではない。単に今日別の要件がない仲間達について来てもらっただけだった。
アイリスとしいたけは防衛計画のために様々なアイテムを生産しなければならず、そのためにノックスに残っている。悪魔関連の三人はアン達と共に海賊行為をするべく海に出たし、ジゴロウは面白そうだとついていった。他の者達もそれぞれにやるべきことや、やりたいことがあったのでそちらを優先してもらった。
絶対に同行してもらいたいのは本格的な攻略の時なので全く問題はない。あくまでも今回の深淵行きは深淵の調査が主目的でしかないからだ。
「シンキ殿、頼む」
いつまでも入り口を眺めていても意味はない。私達が出発すると告げると、シンキは獄吏に命じて扉を開かせる。扉の先は真っ暗で、下へと続く階段が伸びていた。
底が見えないほどに深く続いている。これまでもこのような穴は見たことがあるはずなのだが、今回は何というか…闇の色が深いような気がした。同じことを感じているのか、最初の一歩を踏み出すことを何故か躊躇させられる恐ろしさがあった。
「では、行って来る」
「ああ。武運を祈っているぞ」
しかしながら、今更怖気づいていては意味がない。本能的に感じる恐怖を好奇心で塗替えながら、私達は階段へと踏み込む。階段はツルツルとした真っ白の石らしき物体で出来ており、その固い感触を踏み締めながら慎重に進んでいった。
しばらく歩いた後、背後から大きな音と共に扉が閉められる音が聞こえてくる。地獄からほんのりと届いていた光が消え、完全なる闇の中に囚われたものの、【暗視】の能力がある我々には無意味であった。
「よいしょ。お祖父ちゃん、お願い」
「うむ」
「……ランタン?不要だろう?」
真っ暗でも前が見えているのだが、ルビーはインベントリから取り出したランタンを源十郎に手渡した。私は今更どうしてそんなことをするのかと問うたのだが、それにはルビーからちゃんとした理由が聞かされた。
「ママに教えてもらったんだけど、【暗視】が使えても光源を用意しとくのが人類プレイヤーにとっても常識なんだって。頼り過ぎると痛い目を見ることもあるから、って」
「ほほう、そうなのか」
「腰に吊るすだけでも意外と明るくなるし…って、ボクは腰なんてないんだけど」
そう言ってルビーは笑っている。ママことアルテミスとそういうことを話す関係になっていることには若干驚いたが、それがプレイヤーにとっての定石だと言うのなら真似させてもらおう。より良いモノは積極的に取り入れなければ。
ただ、私とルビーの会話が終わっても一向にランタンが点く気配はなかった。どうしたんだろう?複雑な操作が必要なアイテムではないと思うのだが…?
「お祖父ちゃん?まだ点かないの?」
「ううむ…それがのぅ、何度押しても光らんのじゃ」
「えぇっ!?故障したの!?」
「貸してくれるか」
素っ頓狂な声を出すルビーを宥めながら、私は源十郎からランタンを受け取って【鑑定】してみる。すると故障などの表記はなく、燃料となる魔石もちゃんと入っていた。
私も試しにボタンを押してみるが、光を放つ様子は…待てよ?光…まさかな?一つの可能性を思い付いた私は、試しに光球の魔術を使ってみる。だが、魔力が消費されたにもかかわらず、魔術は発動しなかった。
「まさか…ここでは光属性の魔力は無効化されるのか?」
「何ですと!?」
ランタンは光属性の輝きを放つアイテムであり、私が唱えた光球の親戚にあたる。両方ともが無効化されたということは、光属性の魔術が無効化されると考えると辻褄が合うではないか。
まだ深淵に向かう階段を降り始めたばかりなのだが、私達は急いで検証してみることにした。結果、私の【神聖魔術】は全て魔力の無駄遣いと終わり、光属性のダメージを与える武技も光属性の攻撃アイテムも光属性の部分だけが無効化されていることがわかった。
ご丁寧に光属性だけを無効化しているのは幸運と言っても良い。武技ならば物理ダメージはしっかりと残るし、光属性を混ぜたオリジナル魔術も光属性以外の部分はちゃんと効果がある。しいたけが作った光属性の爆弾なら爆風による影響はしっかりと出ていた。
「ら、ランタンが無駄になった…」
「いやいや、光属性が無効化されるって事実がわかっただけでも大手柄だよ」
「ええ。これが戦闘中だったら誰かが大きなダメージを負っていたはずですから」
「ここでは無効化されるだけで、別の場所なら活躍するはずでござる」
わざわざ所定の効果を出せない武技も魔術もアイテムも使う価値はない。せっかく用意したランタンが無駄になったのはルビーにとっては残念だろうが、三人の言う通り戦闘になる前に光属性が無効化されることが知れてよかった。
無用の長物となってしまったランタンを源十郎は無言でルビーに返却し、受け取ったルビーも無言でこれをしまう。思いもよらないところで深淵についての情報が一つ手に入ったぞ!
暗闇に包まれた階段を降りていく途中、この階段が緩やかな円を描いている螺旋階段であることに気付いた。階段も床も天井も壁も同じ素材が使われている上に、目立つ汚れや傷もない無機質な空間であるせいで、降りている実感がなければ同じところをグルグルと回っているような感覚に陥っていた。
「…ほう?」
「何ですか、これ?」
しかし十分ほど降った辺りで明確な変化が現れた。真っ白な材質の床や壁などの上に、道路にこびり付いたガムのような漆黒の何かが張り付いているのだ。私は好奇心を抑えきれず、床に膝を付くとその物体に指を触れてみる。
その物体はネバネバとしており、まるで乾く前の接着剤のようだった。臭いは全くせず、勝手に動くということもないので生物ではなさそうだ。一体これは何だろう?私は早速、【鑑定】を使ってみた。
ーーーーーーーーーー
深淵の軽液 品質:屑 レア度:R
世界の底に位置する深淵を満たす液体、その中でも軽いもの。
成分のほぼ全てが水であり、使い道はほとんどない。
粘性を維持してはいるが、劣化によって深淵の力は名残しか残っていない。
ーーーーーーーーーー
「【鑑定】によれば、これはほぼ水らしい」
「えぇ…?あれじゃん、ニュースとかで見た大きい船から流れてたヤツみたいな…」
「重油にござるか?」
「そう、それ。それっぽいじゃん」
「深淵の力が溶け込んだ、しかしほとんど力は抜けている水ということですか」
「ミケロの言う通りだ」
ミケロの推測を肯定した後、我々は深淵の軽液を回収することなく下へと進む。どうして回収しなかったのかと言えば、説明文から察するに深淵へ行けばより濃い液体が幾らでも入手出来るだろうと予想したからだ。
案の定、進めば進むほど通路を汚す液体は増えていく。数分後には床も壁も天井もこの液体がベッタリと張り付いており、最早元々の通路の色は見えなくなっていた。
ニチャニチャと湿り気のある粘ついた音は非常に不愉快だが、深淵の軽液は完全に通路を覆っているせいでその音を出さずに歩くことは不可能だ。私とミケロが浮遊し、ルビーとネナーシは他のメンバーに頼ることで実質的に二人分の足音しかしないのがせめてもの救いと言えるだろう。
「ここが最奥だな」
「うわぁ…ベッタベタだね…」
そうして降り続けると、ついに通路の奥にたどり着いた。どうしてここが最奥だとわかったのかと言えば、単純に目の前に扉があったからだ。軽液塗れの扉は入口とは打って変わって黒一色になっており、正直に言って触れたくない。それは私だけでなく全員が同じことを考えているに違いない。
しかしながら、私には触れることなくこの扉を開く方法がある。その方法とはもちろん、魔術によるものであった。
「双魔陣起動、亡者の怪腕…おっ?」
私は【降霊術】と【暗黒魔術】を組み合わせたオリジナル魔術を使う。これは闇腕の内側に亡者を束ねて作った巨大な腕、という完全にビジュアル重視の魔術である。そのはずなのだが…何故か腕が一回り大きくなっている上に、腕の中で蠢く亡者は普段よりも力強かった。
ひょっとして【神聖魔術】を始めとする光属性を妨害する一方で、【暗黒魔術】や深淵系魔術は強化されるのかもしれない。他の属性についても調べるべきだったか?
いや、それは開けてから考えよう。二本の腕を扉に押し当てると、グッと力を籠めて扉を開く。ズチャチャという扉の隙間で軽液がかき回される音と共に開かれた扉の先にあったのは…どこまでも続いているように見える真っ黒な海であった。
次回は1月22日に投稿予定です。




