防衛計画と闘技場
今回から新章が始まります!
これからの予定を決めた翌日から、私は早速動き出す…ために国の防衛計画を立てることにした。場合によっては長期間に渡って深淵に潜り続けるかもしれないのだ。国防の備えを疎かにするわけにはいかなかった。
「…ということなので、協力して欲しい」
国防の体制を整えるために協力を打診したのは、『賢者の石』と『生体武器研究会』と『マキシマ重工』という生産専門のクランだった。武力に関しては彼らよりも遥かに優れた猛者達がいる中で、どうして最初に声を掛けたのが彼らなのか。その理由はただ一つ。街の防衛を担う兵器の開発を依頼するためだった。
我々はプレイヤーである以上、二十四時間体制で街に居続けることは出来ない。リアルを優先するというのが我々の基本方針である以上、そこを変えることは出来なかった。
ならばどうやって街を守るのか。その答えがプレイヤー以外に任せることだ。国民の守備隊を結成させるつもりだが、彼らは替えが利かない大切な存在だ。あくまでも精鋭部隊にするつもりであり、使い捨ての兵士は壊れても直せる兵器に…不死傀儡と魔導人形を主力に据える。これが防衛計画の大前提だった。
「ふむ、新薬の実験にも使えそうだ」
「色んな生体武器が試せそうですねぇ…フフッ」
「規格を合わせられるようになったからな!問題ねぇよ!」
『錬金術研究所』の一室に集まってもらった三人は、協力することを快諾してくれた。彼らもそれぞれに公職に就いているし、この国の防衛力を向上させることに異存はないらしい。
彼らの意思を確認した私は、隣に座っているアイリスに目配せする。すると彼女は心得たとばかりに触手を動かし、机の上に一つの球体を置いた。
「なんだそりゃ?魔導人形の核っぽいが…」
「これは神護人形の天核というアイテムだ。我々が街を一つ焼き払ったのは知っているな?そこから奪って来たもので…!?」
私が言い切る前に三人は身を乗り出して神護人形の天核を食い入るように見つめる。その鬼気迫る様子に私は驚き、同席しているアイリスとしいたけは苦笑していた。
まあ、非常にレアなアイテムであることは間違いない。女神が直々に作り出したモノなのだから。私は咳払いをしてから続きを話し始めた。
「先ず手始めに、これを使って最強の神護人形を作って欲しい。素材は我々が調達する。そして、その開発で蓄積したノウハウを活かして量産型の魔導人形を作って欲しい」
「そっ、その前に!それを俺達に【鑑定】させてくれっ!」
私の話をちゃんと聞いているのか聞いていないのかわからないが、とりあえず頼まれたままに神護人形の天核を最も興奮しているマキシマに渡す。彼は【鑑定】した後、色々な方向からそれを眺めていた。
十分に眺めて満足したのか、彼はそれを隣にいたパラケラテリウムに手渡す。彼も納得するまで眺めた後、更に隣にいるミミに渡してしまう。まあ、マキシマは『俺達』と言っていたから構わないのだが…お前達、結構図々しいな?
「納得してくれたか?」
「おう。それにしても…あんたも人が悪ぃな、イザームよぅ。俺達ゃ、そいつを使った神護人形を超える魔導人形を作ろうとしてるんだぜ?それを作れって言ってんだからな」
マキシマが率いる『マキシマ重工』の最終目的については私も知っている。知っているが、その上で頼んでいるのはより良いモノを作ってもらいたかったからだ。
「なら、断るのか?無理強いするつもりは…」
「ハハッ!断るかよ!こうなりゃ最強の神護人形に仕上げてやるぜ!」
マキシマは私の気遣いを笑い飛ばすと、ギラギラと瞳を強く輝かせながらそう言った。私はホッと胸を撫で下ろすと同時に、本気を出した彼がどんなモノを作り出すのか楽しみで仕方がなかった。
他の二人もやる気は十分にあるらしく、それはマキシマに負けないほどだ。やはり最高の素材を前にすれば、生産職としては興奮せずにいられないのかもしれない。
「はいはーい。じゃあこっからは今のところ神護人形についてわかったことを説明するよん。一言で言うと、これはチート級のアイテムだね。この天核さえあれば、ガワがどれだけしょうもないハリボテでも天下無双の神護人形になっちゃいます」
しいたけ曰く、この天核が入った神護人形は守護するべき街が街としての機能を保っている間は無敵と言っても良い性能を誇るらしい。天核を朽ちかけた木で作った人形に入れたとしても、ジゴロウですら傷一つつけられない強さになるようだ。
言われてみれば、私が街を襲撃した時に戦った神護人形も見た目だけは立派だが案外簡単に破壊出来る程度の鎧に入っていた。天核の性能に依存するだけでも十分だったのだろう。
「しかぁし!素材の性能に頼り切ってちゃ生産職の名が廃るってモンでしょ!という訳で仮に街が戦場になって本来の性能が発揮出来なくなったとしても、並のプレイヤーパーティーなら一方的にボコれる性能を目標にしよう!」
しかし、そんなアイテムに依存するようなモノで良いのならわざわざ三つのクランに声を掛けたりはしない。彼らに求めるのはしいたけの言う通り『街が戦場になったとしても、プレイヤーのパーティーを一方的に撃滅可能な戦闘力』だった。
「ほいじゃ、パッと思い浮かんだ案を出してちょ!」
「魔導人形は生物ではないから自分を巻き込むような毒を散布するのはどうだろうか」
「なら装備する生体武器は毒耐性が必須ですねぇ。フフッ」
「街中での活動が前提になるし、多脚の方が良いだろうぜ」
「遠近両方に対応可能な装備を用意するべきでしょうね」
五人の生産職達は思い思いの案を出していく。アイリス達に任せておけば、きっと最強の神護人形が完成することだろう。そのことについては心配していない。私が心配するべきは、そのために必要となるアイテムの確保である。気合を入れて集めなければ。
◆◇◆◇◆◇
「それで…これはどういうことだ?」
神護人形の製作についての話が終わってすぐに、ジゴロウから闘技場に来るようにとのメッセージが届いた。既に私がいる必要がない状態だったこともあり、私はその場を辞してジゴロウの下へと向かった。
闘技場に到着した私だったが、その場にいたチンピラ達に案内されてたどり着いた先は闘技場の貴賓席だった。貴賓席は座席の最前列に構えてあり、シートの部分は上質な布を使っていて悪趣味にならない程度の黄金と宝石によって装飾されている。私の他にも観客が二十人ほど座っていた。
ただし、中央の席だけは少し毛色が違う。肘掛けの先端は三つの眼窩を持つ頭蓋骨となっていて、背もたれは黒と白銀の二頭の龍が絡み合ったようなデザインになっている。アイリスが用意した私専用の席だそうだ。
何というか悪役が座っていそうな椅子であり、このコテコテのデザインは実のところ私も気に入っている。デザインを重視していても椅子としてもしっかりとした作りになっている辺りに、アイリスの匠の技を感じさせられた。
閑話休題。専用の座席に座らされた私の前には、ジゴロウを含めてチンピラ、マック、ウロコスキーの四人のプレイヤーが立っている。彼らはそれぞれ東西南北に配置してある入場口前におり、何やらやる気満々と言った雰囲気だった。
「来たかァ、兄弟ィ。今から闘技場の機能を使いながら模擬戦すっからよォ、一丁見物していけやァ」
「やっぱりそういうことだったか」
要は『新しいオモチャを使えるようになったから、一緒に遊ぼう』ということらしい。私としても闘技場の機能については知っているが、実際に使われるところは見たことがない。こうして特等席で見られることを喜びこそすれ、嫌ということは全くなかった。
「んじゃ、闘技場の初試合と行こうぜェ!ルールは四人の乱闘、勝利条件は制限時間終了時の体力、ステージギミックは地上戦の全てだァ!」
主催であるジゴロウが試合開始の宣言をすると、闘技場の床が動き始める。コンクリートで塗り硬められているように見えた床だったが、小さな穴が空いたり細長い溝が出来たりしていた。あれがステージギミックなのだろう。
そんなステージギミックについて何も知らない他の三人が踏み込むことを躊躇する中、ジゴロウは迷うことなく駆け出した…瞬間、足元から鋭い槍が飛び出した。身体を反らしてこれを回避しつつ前に転がったのだが、その先の床は落とし穴になっていてジゴロウはその穴に落ち…ずに縁を掴んでよじ登った。
「ウハハハハァ!お前らも来いよォ!ギミックはランダムで動くから、俺にもどっから何が来るかわからねェ!この瞬間でしか味わえねェ戦いだぜェ?ビビってたら損だァ!楽しもうぜェ、野郎共ォ!」
「ウオオッ!アニキ!胸を借りますぜ!」
「ハハッ!確かに、ここでしか出来ないよな!」
「自前の鱗で防げるギミックばっかりなら最高なんでござんすがねぇ…ヒヒヒッ!」
ステージギミックを恐れず、むしろそれを楽しめとジゴロウは言う。私からすれば勘弁してくれと言いたくなる状況だが、招待された三人はジゴロウに触発されたのか次々に闘技場に踏み込んだ。
四人にとって、敵は他の三人とステージそのものである。ジゴロウの言う通り、こんな戦いを行える場所は他にないだろう。ないのだが…観客の一人としてはステージギミックを全て作動するのはやり過ぎだと思う。何故ならプレイヤー同士の戦いよりも、ギミックから逃れることにばかり気を取られているからだ。
過ぎたるは及ばざるが如し、やはりバランスというものは大切なのだ。催涙ガスを浴びて悶絶するチンピラと、跳ねる床に飛ばされるマックと、粘着性のトリモチに動きを封じられるウロコスキーを見ながら私はそう思うのだった。
次回は1月18日に投稿予定です。




