湖の王
湖から現れた蜥蜴人は、二匹共さっき飛ばしてきたものよりも少し長い槍を握っていた。ヤル気十分、という訳か。では、いつも通りに【鑑定】と行こう!
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種族:蜥蜴人 Lv12
職業:漁師 Lv2
能力:【牙】
【爪】
【尾撃】
【槍術】
【投擲術】
【筋力強化】
【水棲】
【暗視】
【雷属性脆弱】
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この程度のステータスなら全く問題無い。戦う方法はいくらでもあるし、負ける方が難しいくらいだ。それこそ、新たな魔術の実験をしながらでもいいぞ?さて、どう戦うかな?
「侵入者め、排除す…る!?」
「ここから先へは行かせ…んんん?」
【雷属性脆弱】を突くべきか?いや、それでは素材の品質が劣化するかもしれない。追加された【光魔術】は防御系ばかりであるし…
ああ!そうだ!相手は丁度戦士であるようだし、【呪術】の鈍化を試してみるか?それで敵がどれ程弱体化するのかを実験してみるのはどうだろう?我ながら名案だと思うぞ?
「お、お待ちを!偉大なる力を待つお方よ!」
「イ、イザーム!?待って待って!」
「では早速…って、あれ?」
私は杖の先端を蜥蜴人に向けた時、妙な事になっていた。何故かアイリスが蜥蜴人の前にいて、さらに蜥蜴人が私に平伏しているではないか。
え?何?何が起きているんだ?
「…考え事は終わったか?何だか知んねェがよ、お前さんを見た途端にこうなったんだぜ、コイツら」
「イザーム、また何かしたんじゃないの?」
いや、全く心当たりが無いんだが。それに『また』とは何だ、『また』とは!それではまるで私がいつも奇行に走っているようではないか!失礼な!
だが、実際に蜥蜴人は私に平伏している。彼らを従えるアイテムも能力も無いはずなんだが。よし、私にも解らないのだから本人に聞いてみよう。
「蜥蜴人達よ、頭を上げてくれないか?」
「「は、ははっ!」」
…私は爬虫類の表情なんざ読めないが、彼らの声音が明らかに浮わついているのは解った。何なんだ、この『憧れの選手に偶然会った小学生』みたいな反応は。
「君たちに問いたいのだが、何故私に平伏するのかね?」
「何を仰いますか!貴方様は龍の血族ではありませんか!」
「我等が平伏するのは当然の事!」
あ、ああ!有ったな、そんな称号!劣小蛇龍の骨を取り込んで進化した時に得た奴か!
しかし説明文には『龍系の魔物へ与える好感度が極大上昇』とはあっても蜥蜴人に効果があるとは書かれていないぞ?それはどういう理屈なんだ?
「我々は湖を守護しておられる偉大なる龍王、アグナスレリム様を信仰しております」
「故に龍の血族全てに畏敬の念を抱いておるのです」
なるほどな。蜥蜴人は人間とは違って大神ではなく龍を信仰しているのか。だからシステム的に龍の端くれである私もリスペクトしてくれる、と。
それは理解したが、龍王のアグナスレリムと来たか。それがこの湖の主なのだろう。蜥蜴人の信仰対象になっている程なのだから、とんでもなく強いに違いない。目を付けられないようにしなくてはな。
「君たちの事情は良く解った。その上で聞かせて欲しい。実は我々の目的は湖の向こう側にある山の山頂なのだが、蜥蜴人の領域をこのまま素通りさせてくれないか?」
「それは…」
「我らはただの漁師でそのような決定を下す権限はありません。それに今は色々と立て込んでおりまして…」
うーむ、交渉失敗か。いや、権限が無いのだから交渉にすらならなかったわけだ。
それに彼らも何らかのトラブルを抱えている様子。無理強いはダメだな。しかし、これからも蜥蜴人の縄張りを移動している最中に、出会った蜥蜴人全てに同じ反応をされるのは面倒でしかない。さて、どうしたものか…
「では骨の龍様、我らの村へご足労願えますか?」
「村長なら上手く事を運んでくれると思いますし」
ほほう?村があるのか。いや、考えてみれば当たり前だよな。蜥蜴人も社会を形成して生活する種族っぽいし、家族単位で生活なんてしてるハズがない。そこの村長に相談すればいいだろう。
だがそれよりも気になるのは…
「その、『骨の龍』とはなんだ?私の事なのか?」
「はい。貴方様に相応しき呼び名かと思ったのですが…」
確かに私は『龍の骨』ではなく、『龍の因子を取り込んだ骨』だ。『骨の龍』は言い得て妙な表現かもしれないな。
無理に否定するほどの事でもないし、呼びたいように呼ばせておこう。『龍』である事を連呼させるのも他の蜥蜴人と出会った時に効果があるかもしれないしな。
「なるほど。好きに呼ぶがいい。」
「「はは~っ!」」
…なんだか、時代劇の主役にでもなった気分だ。正直気恥ずかしいが、ここはロールプレイを貫くべきだ!堂々とせねば!
「先に聞いておきたいのだが、私の仲間達も共に連れて行っても構わないか?」
「勿論です!」
「骨の龍様のお仲間ならば、皆歓迎しますよ!」
…本当か?まあ、トラブルになっても切り抜けられる自信はそれなりにあるが。
「では、参りましょう」
「こちらです」
こちら、っておい待て!何故、湖に入って行く!?
「ちょっと待ってくれ。一応聞いておこう。君たちの村はどんな場所なのだ?」
「あ、はい。湖の上に浮かぶ幾つかの小島です」
「…そこまでどうやって行くのだ?」
「泳いで行きますが…?」
蜥蜴人達は何故そんなことを聞くのか解らない、と言った雰囲気を漂わせている。しかし、我々にとっては大問題だ。なぜなら、我々の中で泳げるのはルビーただ一人であるからだ!
彼らの環境では泳げない者など近くに居ないのだろうが、こちとら陸の住人だ。システム的に泳げないのだよ。趣味能力の【水泳】をとればいいのかもしれないが、私は兎も角他の三人に強制は出来ない。仕方がない、丁重にお断りするか。
『困っているようだね。力を貸そうか?』
ん?何の声だ?湖の方から声が聞こえた気がしたが…?
「ちょ、ちょっと!皆、湖から凄く大きい影が近付いてくる!」
「何だと!?」
ええい、今度は何だ!昨日と合わせて色々あり過ぎで、下手なことではもう驚いてやらんぞ!来るなら来てみろ!
ザバアァァ…
『私の背に乗るといいよ、新たな同胞とその仲間達よ』
「な…!」
湖の中から現れたのは、巨大な龍であった。
その美しさと威圧感によって、私は不覚にも口を開いたまま硬直してしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇
「宣伝の効果は上々ですね」
お久しぶりです。『死と混沌の女神』イーファでございます。
先日のイベントによる私の宣伝作戦は大きな反響を呼んでいます。やはり、並みいるプレイヤー達を凪ぎ払っていくボスと同じ姿に成れるのは魅力的なのでしょうね。
実際はボスになっている時点でステータスに補正がくわわっており、全く同じ性能にはなりません。その事も隠さずに記入していましたが、それでも構わないと仰る方ばかりで安心しました。これでこの世界はもっと私好みに楽しくなるでしょう。
「ご機嫌なところ、失礼するぜ」
私が上機嫌にほくそ笑んでいると、『戦争と勝利の女神』であるグルナレがやって来ました。しかし、少し様子がおかしいですね?
「どうしたのですか?浮かない顔をしていますが」
「あのクソアマの事だ」
グルナレご『クソアマ』と呼ぶ存在は一柱しかいません。『光と秩序の女神』アールルですね。
「アイツ、親父殿に広域に渡って信者に神託を授ける許可を申請してやがる」
「父上に、ですか…」
グルナレが親父殿と呼び、私が父上と慕うのはこのFSWの運営会社である『New World Software』の社長兼代表取締役のお方です。このFSWはあの方の理想とする世界であり、あの方の作り出した電子の異世界。だからこそ私達女神には人格が与えられ、感情のまま振る舞ったとしても咎められる事はないのです。
それでゲームそのものが破綻したとしても構わない。父上はそう考えていらっしゃるのです。利益が出ている間はいいのですが…社員の方々は胃が痛いことでしょう。
我々はそれを維持するのに個々人が正しいと思った手段を取ることを至上命題としています。なのでアールルの人類至上主義的行動も黙認されている訳です。
ですが、流石にゲーム全体に大規模な影響を及ぼす案件に関しては父上の許可を必要とします。まあ、あのお方は私の同類ですのですぐに許可を出すと思いますが。
「絶対に何かやらかすぜ?どうする?」
「どうすると言われても、少なくとも私にはどうすることも出来ませんよ」
アールルが神託を授けたならば、人類社会の間に多大な影響を及ぼすでしょう。一方で私を深く信仰する人類はほんの一握りで、しかもその大半が私の趣味…もとい教義を正しく理解していない愚か者ばかり。なので私が人類社会へ何らかの影響を及ぼす事は不可能なのです。
「アタシも無理だ。信者は戦闘バカか戦争バカのどっちかだからなぁ」
「大騒ぎになりますね」
『戦争と勝利の女神』である彼女を信仰するのはどうしても武に生きる者に集中しています。FSWの中の人類国家はそのほとんどが王やそれに準じる立場の者達によって統治されており、彼女の信者は騎士団や戦士団という事になりますね。
彼らに神託を授けてアールルの企みを阻止するように働きかける事も可能ですが、そうするとアールル信者が多い国であれば神官勢力と衝突を免れません。結果、夥しい量の血が流れる事になるでしょう。
『戦争と勝利の女神』であるグルナレは、流血によって何かを得る行為を否定することはありません。兵士によって村や街が蹂躙される事も『戦争の醍醐味』として笑って見ているでしょう。
しかし、神の都合で内乱を起こす事は厭がります。『戦争の目的とは、常に己の為でなければならない』という彼女の教義に反するからですね。なのでグルナレは神託を下すことは無いでしょう。残念ですが。
「…おい、今、内乱が起こった方が面白いのに、とか考えてただろ?」
「もちろんです。私は混沌の女神ですから。しかし、プレイヤーの見ていない場所で世界規模の動きをされても面白くありませんか」
世界中の人類国家で内乱が起こる…ああ、実に混沌としているではありませんか。ですが、そんな大事件を起こすなら、それは女神と住人ではなく、プレイヤーの手によって引き起こされるべきだ、と私は考えています。
「おや?プレイヤーが龍王と接触していますね?」
「あん?って、ありゃジゴロウ達じゃねぇか!」
ええと、ログを拝見…なるほど。イザーム様の骨体改造を行った進化の結果、蜥蜴人の好感度が天元突破した訳ですか。流石は私の加護を持つお方。
「しかも、あの地図を持ってて【言語学】持ちがいるって事は…?」
「そう言うことですね。第二陣のプレイヤーがやって来る前に、色々と忙しくなりそうですね」
サービス開始から然程経過していない現時点で、かなり濃い経験をなさっているようですね。そんな短時間で私をここまで楽しませてくれる貴方には期待していますよ、イザーム様?
「この世界を貴方好みに塗り替える。そのくらいのつもりで暴れてくださいましね」
私はグルナレにも聞こえないような小声で呟きます。さて、これから忙しくなるのは確定的ですので、今から準備をしましょうか。
本物の龍が初登場。
展開が早いと思われるかもしれませんが、タグに『後に支配者』とあるように支配者になってからが本番的なところもあります。
なので序盤の成長とコネ作り…もとい出会いと別れはペースが早くなります。ご了承下さい。




