北の山のスパルタ
「よし、実戦訓練にはなったか」
私は大鎌と【光魔術】の使用感を確かめられて満足である。とは言ってもこんな魔法剣士改め魔法鎌士のようなプレイを続けるつもりは全く無い。
最低限は動ける事が解ったので、あとはいつも通りに後ろから皆を援護するつもりだ。その方が私には絶対に向いているからな。
「鎌を振るイザーム、格好良かったです!!!」
「鎌は凄く様になってたよ!【光魔術】は違和感丸出しだったけどね!」
アイリスは大興奮で触手をくねられている。この子は本当にセンスが男性寄りな事が多いよなぁ。後ルビー!骸骨が【光魔術】を使ってもいいじゃないか!ちょっと黒いし、怪し過ぎる銀色の仮面付きだけどさ!
では、剥ぎ取って見るとしようか。まあ、大したものが出ないのは知っているけど。
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折れた直剣 品質:屑 レア度:C
半ばで折れている直剣。全体に錆びが浮いている。
刃物としての価値は無く、ほぼ鈍器と化している。
小鬼の棍棒 品質:屑 レア度:C
小鬼が使っていた棍棒。
太めの枝を握りやすく削っただけの粗悪品。
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うわぁ、掲示板に書いてあった通りだ。確かこれに加えて【料理】の材料となる『小鬼の肝臓』があるんだっけ?一応、滋養強壮作用があるらしいが、誰が食べるんだそんなもん。
「知っていたが、ゴミばかりだな」
「剣は溶かしてしまえばもう一度鉄として使えますけど、それだけですからね」
経験値も大して美味しく無いし、ドロップもゴミばかり。ならこれ以上小鬼を狩る必要は無いな。さっさと進もうか。今日中に目的地へ着くのを目指すぞ!
「おいおい、アレで満足しちゃあダメだろ」
「は?」
ジゴロウは眉間に皺を寄せてそんな事を言い出した。あの、何でそんなに険しい表情をしているんだい?さっさと行こうよ。
「そうじゃよ。動きは悪く無いが、それは相手が弱すぎたからじゃ。とても実戦経験を積んだとは言えぬ」
「え?」
いや、いやいやいや、源十郎も乗らなくていいから。それに声色がかなり真剣なんだが?
「イザームよ、これより先に現れる敵は【鎌術】と【光魔術】のみを用いて対処せよ。当然、一人でじゃ」
「おうよ。悪かった点は教えてやるぜ」
「え?は?いや、私は…」
え?何?何なの?何で二人は私に近接戦闘を叩き込もうとしてくるの!?訳が分からない!
「っとォ!噂をすればなんとやらだ!アッチに居やがる!」
「行け、イザームよ!」
「い、行けと言われてもだな…」
「「早く!」」
「わ、わかったから!」
何で?どうしてこうなった!?
◆◇◆◇◆◇
――――――――――
【鎌術】レベルが上昇しました。
【光魔術】レベルが上昇しました。
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「うーん、読みはまあまあ様になってきたんじゃね?」
「うむ。しかし、咄嗟の判断がまだ甘いのぅ」
何故、こうなってるんだ?私はあれから幾度となく小鬼の集団と一人で戦わされている。何故か【鎌術】と【光魔術】だけで。
お陰で両方のレベルが4まで上がった。もうすぐレベル5も見えてくる位である。それだけでも私がどれだけ戦ったのかがわかるだろう。この辺りの小鬼を狩り尽くす勢いだったぞ?
「あのー、お二人さん?もう良いのでは?」
「ダメだ」
「そうじゃとも。まだまだハンデを与えても儂らの相手は務まらんよ」
この二人の目的、それは私を適当なスパーリングの相手にする事なのだ。戦う前に私は自分に【付与術】を掛けて強化し、逆に二人には【呪術】を掛けて弱体化させた状態なら最低限の勝負になる所まで私を引き上げたいのだとか。
無茶振りなんてレベルじゃねぇぞ!?しかも拒否しようとしても無視されるし!
「いやぁ、お祖父ちゃんってこうなったら止められなくてさ…」
「私が人型なら良かったんですが…」
二人が求めているのは対人戦闘の相手なので、アイリスとルビーでは務まらないらしい。前々から私に目を付けていたのだが、そこそこ動けるとわかったので、これを機に接近戦のイロハを叩き込むつもりなのだ。
私は前に出る魔術師なんかになるつもりは無いんだぞ!?何を言っても聞いてくれないのでもう諦めつつあるがね…。
まあ、過日に【打撃脆弱】の恐ろしさを痛感したので近付かれた時の対処法を教わっているのだ、と無理矢理自分を納得させている。…こちらから突っ込んでいるのだが。
「でも、ホントにあとちぃっとなんだよな」
「そうじゃな」
ま、まだ及第点をいただけないのですか?私は後何回、小鬼を倒せばいいと言うのだ…?
「訓練もいいけどさ、そろそろボスエリアだよ?」
「「!!!」」
ルビーの指摘を聞いて、二人はまるで天啓を得たかのようにハッとした顔になった。奴らが何を考えているのかはわかるぞ。
「止めてくれ。お願いだ」
「そうだよ、ボスが居るじゃねェか」
「確か鬼と取り巻きじゃったか?」
しかし、二人は私の静止など全く聞いてくれない。まるっと無視である。時々思うのだが、私ってリーダーだよね?
「イザームよ、ここのボス戦を無傷で乗り切ってみせよ。無論、条件はこれまで通りでじゃ」
「そうしたら合格点をくれてやらァ」
ボス戦を無傷で終わらせる?それも接近戦で?何だ、その無茶苦茶な要求は!?
いや、逆に考えろ。これで合格点を貰えれば、この訳が分からない状況から抜け出せるのだ。そう考えれば、俄然やる気が湧いてきたぞ…!
「いいだろう…やってやろうじゃないか…!」
私は鎌を握り締めつつ、決意を固める。ボスが何だ!取り巻きが何だ!二人のスパルタ指導に耐えた私の戦術を見せ付けてやるわ!
そんな事を考えていたので、私の背後でアイリスとルビーが何かを言いたげにしていることに気が付かなかった。
◆◇◆◇◆◇
――――――――――
フィールドボスエリアに入りました。
――――――――――
「ゲギャッゲギャッ!!」
「「「ゲギャァ!」」」
「「「ゲッゲッ!」」」
私達は遂にフィールドボスエリアに入った。すると、小鬼をゾロゾロと引き連れた中肉中背の人影が現れる。こいつがフィールドボスの鬼だ。
取り敢えず、【鑑定】はさせて貰おう。流石にこれを禁じられてはいないからな。
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種族:鬼 Lv10
職業:見習い戦士 Lv0
能力:【牙】
【爪】
【棍術】
【悪食】
【威嚇】
【暗視】
【指揮】
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能力の構成は小鬼から【矮躯】をとって【棍術】と【指揮】が加わっている。順当な進化を遂げている感じだ。
「…棍棒か。厄介だな」
【打撃脆弱】を持つ私にとって、鈍器は例外なく天敵となり得る。見れば連中の武装は全て鈍器であった。小鬼は相変わらず木を削っただけの粗末な棍棒だが、鬼が持っているのは木の棒に鋭く削った骨などを埋め込んだクギバットめいた棍棒だ。こちらはレベル差と良い装備があっても無視出来ないダメージを負うだろう。
「先ずは、取り巻きから倒す!」
掲示板にはボスを先に倒した方が楽だ、と書かれていた。しかし、それは適正な人数で戦う場合だ。我々は五人でボスエリアに入っておきながら、戦うのは一人という妙な事をやっている。
しかもノーダメージ撃破という縛りまで追加されているのだ。とにもかくにも数を減らさないと、話にならないのである。
私は愚直に突っ込む…と見せ掛けて方向転換し、思い切り左へ飛び退いた。最所に狙うのは左端にいる一匹だ!
「ぬん!」
「ゲギィ!?」
私は【鎌術】の武技を使うでもなく、大鎌を振るう。私が今まで何回こいつを振ったと思っている?斬撃の武技の動きはアシスト無しで出来る位にされてしまったわ!
「ゲギャッ!ゲギギィッ!」
「「「「「ゲギャァァァ!!!」」」」」
私の鎌が小鬼の一匹を一撃で、しかも武器ごと叩き斬ったのを見た鬼は、数にモノを言わせて押し潰すことにしたらしい。私が格上だと判断したようだ。
流石は進化出来るまで経験を積んだ個体だ。知能はそれなりに高いのだろう。しかし、相手が悪かったな!
「光球!」
私はバックステップを踏みながら、【光魔術】の光球を放つ。私にとって、むしろこちらが本職なのだ。
私に襲い掛かろうとしていた小鬼は、魔術を撃ってくるとは考えていなかったようで、棍棒でガードすることすら無く吹き飛んだ。勿論、即死である。
「ゲギィッ!」
「「「「ゲ、ゲギャギャァ!!」」」」
指揮官である鬼から命令が下ると、残り四匹になった小鬼は怯えながらも即座に従った。さっきは正面からの力押しだったが、今度は私を包囲しようと散会したな。
「いやいや、それは悪手だろ」
「ゲェ…!」
私は今度は右側に展開している最中の小鬼に向かって駆け寄ると、その勢いを乗せた大鎌を振り抜いた。哀れな小鬼君はまるでバターであるかのようにあっさりと両断されてしまった。
包囲自体は戦術として悪くない。しかし、私は包囲する者を一撃で葬る事が出来るのだぞ?それに包囲している最中は完全に無防備になってしまう。だから、抵抗する間も無く一匹が斬られたのだ。
この状況での最善策は二、三匹を捨て駒にしてそいつらを肉壁として利用し、私が対処した隙を狙う事だった。それももう不可能だが。
「光球、光球」
私には魔術と言う遠距離攻撃手段がある。包囲に失敗して慌てている小鬼を一方的に攻撃出来るのだ。放った二発の光球が直撃し、これで取り巻きは残り一匹。
「ゲッ、ゲッ、ゲギャアアアアア!!!」
悲鳴のような雄叫びを上げながら、最後の一匹が突撃してくる。悲壮感が漂っているが、同情などしないぞ?私は容赦なく鎌を振り下ろし、頭から股下までを真っ二つにした。
「ゲギィィィ!」
と、ここでお前が来るのか、鬼よ。ひょっとして部下が次々と殺られて行くのを見て、部下を全員囮に使ったのか?もしそうなら大した指揮官だ。
「ふっ!」
私の背後から迫っていたようだが、生憎と私には第三と第四の腕がある。それには破壊不可能な杖が握られているのだ。それを使って、私は鬼の棍棒を受け流す。
この受け流しは源十郎に叩き込まれた。私が一度、『自衛が出来ればいい』と言った際、戦士に力で劣る私が自衛したいなら覚えろ、と言われたのだ。そのせいで訓練の内容が増えたんだよなぁ…。藪蛇とはまさにあの事だ。
「ゲゲッ!?」
しかし、そのスパルタ式訓練のお陰で、フェイントも何もない攻撃なら大体受け流せるようになってきた。鬼は力をいなされてたたらを踏んだ。私はその横っ面を鎌の柄で殴りつけた。
「ゲギィィ…!」
「来い、弱きボスよ」
私は鎌の先端を地面に転がった鬼に向けつつ挑発する。その意図が伝わったのか、奴は棍棒を振りかざして突撃してきた。
「ゲァァッ!ゲギィ!ゲギャァァァ!」
連続で棍棒を振り回すが、どれもこれも単調な大振りでしかない。そんな力任せな攻撃では、今の私を捉える事など出来ない!
「…もういいだろう」
私は奴の横振りを鎌で下から跳ね上げる。正面からぶつかり合うのではなく、別のベクトルから力を加えた事で、非力な私でもこのくらいは出来るのだ。受け流しの応用、だな。
「弄ぶ趣味はない。これで終わり…だ!」
「ゲェッ!?」
そして返す刀で鬼の首を両腕ごと切断する。訳が分からない、と言う表情のまま、フィールドボスであった鬼は敗れたのだった。




