地下墓地探索 その三
「オオオオオオ!!」
「ヂュゴガアア!!」
墓守と鼠男王の雄叫びがぶつかり合う。単純な声のはずなのだが、私の全身の骨にビリビリと響く大音量であった。
私だけではなく、アイリスやルビー、さらにジゴロウと源十郎まで動きが止まっている。こ、これがレベル差のなせる技なのか!
「オオオッ!」
「ヂュアッ!」
墓守は右手に握った剣を振り上げながら、鋭く踏み込んだ。それに対し、鼠男王は火属性の魔術…恐らくは火球を放つ。
最下級の【火魔術】とはいっても、墓守には【火属性脆弱】がある。直撃すれば無視出来ないダメージを負うことになるだろう。
「フン!」
「なっ!?」
「魔術を斬った!?」
なんと墓守は振り上げた剣によって、迫り来る火球を斬り裂いたではないか!私とルビーが思わず動揺の叫びを上げてしまう。それほどの衝撃であった。
「ヂヂィッ!」
だが、鼠男王に動揺は無い。墓守が魔術を斬る瞬間を狙って今度は【光魔術】を放ちつつ横に飛び退く。
「オアアッ!」
しかし墓守もさるもの、今度は左手の斧によって光魔術を斬り裂いた。斧でも魔術に対処出来るのか。羨ましい限りであるが、敵にはしたくないぞ?私が完封される恐れがあるからな!
しかし、レベル差がかなりあるのに墓守と鼠男王の戦いは拮抗している。相性は弱点を突ける分鼠男王の方が有利に見えるが、一対一なら近接攻撃が得意でしかもレベルが15も上の墓守が絶対に有利なはずだ。なのにこの状況はどういう訳だ?
「どうするよ、イザーム?」
ジゴロウが私に問いかける。我々の狙いは漁夫の利だ。なので最も賢い選択は、どちらかが倒れるまで放置し、満身創痍になったもう片方を打倒する事である。しかし…
「介入するぞ」
「そう来なくっちゃなァ!」
それではつまらない。何が悲しくてNPCの魔物の殺し合いをぼーっと見学せねばならないのか。こうなったら片方を一緒に倒してからもう片方を袋叩きにしてやる。
「介入は望むところじゃが、どちらに加勢するんじゃ?」
そうだ。理屈はどうあれ、墓守と鼠男王の一騎討ちは互角の勝負になっている。ならば我々の介入が、この均衡を片方に傾ける事になるだろう。
どちらに加勢する方が賢い選択なのかは誰にでもわかると思う。そりゃあ鼠男王だろう。より強そうな敵を共闘して倒した方が後で楽が出来るからな。
「勿論、墓守だ」
「だよねぇ~」
「…言うと思ってました」
しかぁし!鼠の分際で【光魔術】何ぞ使える奴を許す訳にはいかんのだよ!それに、ここまで墓守と共に鼠男王の軍勢をボコボコにしておいて『へへっ、効率重視で鞍替えしまぁす』なんざ、私の美学に反するのだ!
「よっしゃあ!行くぜェ!」
ジゴロウは私が決断を下したと同時に駆け出した。墓守と挟撃になる立ち位置を選ぶ辺り、さすがにさっきの油断が利いたと見える。
「ヂュウウ!」
「ハッハァ!もう当たんねェんだよ!」
ジゴロウに接近されるのを嫌がるように鼠男王は杖を振るが、彼はそれをスレスレで躱しつつ鋭い蹴りを鼠男王の右膝に叩き込んだ。
「ヂュアッ!」
「っと、危ねェ!」
しかし、急所ではない部位を一発蹴った所で大したダメージになるハズもない。鼠男王は苛立ちを露にしつつ杖を再度振ってジゴロウを追い払う。
彼は無理をせずに飛び退いて距離を取った。自分よりも弱い癖に向かってくる愚か者から殺してやるつもりなのか、鼠男王はジゴロウに向かって杖を向ける。
何か魔術を放つつもりらしい。だが、そこで深追いしてもいいのか?
「ほれほれ、こっちじゃ!」
「ヂュ…!」
今度はジゴロウに気を取られている隙に近付いていた源十郎が、刀で鼠男王を斬る。鼠男王の防具は首元をしっかりと守る形状をしていたので即死狙いは出来ず、彼の斬撃は背中を斬り裂くのみであった。
また、鎧そのものが中々の性能らしく、源十郎の刀を以てしてもギャリギャリと音を立てるばかりで肉体を斬るには至らなかった。それでも源十郎の攻撃は僅かながらダメージを与える事に成功している。斬撃の衝撃までは防ぎきれないらしいな!
「ヂュウウ!」
鼠男王は当然、源十郎も追い払うべく杖を薙いだ。それを源十郎は摺り足で避けた…って!?
「オオッ!」
「むっ!?」
源十郎が避けた隙間に墓守が飛び込んできたではないか!そして剣によって杖を受け止めている。これはチャンスだな?
「今だ、アイリス!」
「はい!」
「ボクも忘れないでよ!」
私は鎌で飛斬を放ち、アイリスはがら空きの胴体へと触手で握った木槌を叩き込み、ルビーは右足に短剣を突き立てる。どれもこれも雀の涙が如きダメージだが、これでいい。鼠男王の注意が引けたのだから!
「オラァ!」
「ヂィィ!」
ジゴロウは地面を這うように姿勢を低くしつつ鼠男王に接近すると、足払いの要領でまたしても奴の右脚を蹴った。どうやらジゴロウとルビーは集中的に右足を狙う算段らしい。なら、我々も便乗しようではないか!
「アイリス、拘束するぞ!左足を狙え!星魔陣遠隔起動、茨鞭!」
「はい!」
私が発生させた五本の茨鞭と、アイリスの触手が鼠男王の左足を締め上げる。確かに我々とレベル差があるのだろうが、私達の全力の拘束なら数秒は保つはず!
「ヂヂヂィ、アアッ!」
「ううっ!すいません!」
「ちっ!五秒も保たないか!」
無理に動くとダメージを与えられるから茨鞭にしたのだが、無視して引き千切るとはな!アイリスの触手も千切れる寸前まで頑張ったようだが、それでもダメか。
「「「十分だ(じゃ)(だよ)!」」」
いや、たった五秒、されど五秒だったらしい。私達で稼いだ五秒で再度接近したジゴロウ、源十郎、そしてルビーが右足に蹴りと持ち変えた大太刀と短剣で攻撃する。これも大したダメージにならない…と思われた。
ボギィ!
鼠男王の右脚からとても鈍い音が鳴り響く。これはもしや、骨折したのか?
「ヂュゥゥ!?」
鼠男王は右脚を庇うように少し浮かせて立っている。これは本当に右脚が圧し折れたようだ。
「オオッ!」
「ヂュッ!?」
むっ!ここで墓守が動くか。しかし、わざと正面から突っ込んだぞ?だが、そのお陰で両手に握る剣と手斧を防ぐので精一杯の鼠男王が無防備になった。
…隙を作ってくれているのか?それなら有り難く隙を突かせて貰おうじゃないか。
「今だ!全力で攻撃しろ!星魔陣起動、雷矢!」
「オッシャア!」
「セィヤァァァ!」
「ええいっ!」
「食らえっ!」
私の魔術が、ジゴロウの拳が、源十郎の大太刀が、アイリスの大鉈がそしてルビーの短剣が鼠男王を傷付けて行く。優秀な防具があるとは言え、これだけの攻撃に晒されればダメージは着実に溜まって行く。
元々墓守との一騎討ちの時に体力を二割ほど削られていたのだが、我々がチマチマと削ったことで遂に残り体力は三割を切った。このまま押しきれるなら楽なんだがな!
「ヂュガアアアアア!!!」
「グオッ!?」
その時、鼠男王の身体が一回り大きくなったかと思えば、何と腕力だけで墓守を無理矢理押し飛ばした!瀕死になって力が増した訳か!
こうなると不用意に近付く訳にも行くまい。しかし、こう言う時こそ我々魔術師が輝くのだ!
「全員退避!」
私が何かをやると察した前衛と遊撃の三人は即座に鼠男王から距離を取る。反射的にこの動きが出来る程度には我々のチームワークは磨かれているのさ!
「星魔陣遠隔起動、爆弾!」
ボボボボボカァァァン!
私は鼠男王の頭部を囲うように魔法陣を展開させると、そこで爆弾を炸裂させた。これなら無傷とはいかないだろう?
「ヂュグアアッ!?」
案の定、鼠男王はふらついている。至近距離で五個の爆弾が炸裂したのだ。魔術によるダメージもそうだが、音と閃光、そして衝撃による三半規管へのダメージは相当なものだろう。
こういう所がリアルだから、FSWは戦術の幅が広くなるんだよなぁ!ほぼ全ての魔術が活かせるのって、最高だ!ただし暗黒剣よ、君はもう少し活躍の時を待っていてくれ。
「ヂュガガァ!」
「おっと!巴魔陣起動、魔力盾」
余計な事を考えている場合ではなかったな。私を脅威だと捉えたのか、鼠男王は私目掛けて【光魔術】を放ってきた。まだふらついているのに、狙いは正確だ。
形状から言って、光槍といった所か?くっ、私も早く使えるようになりたい!
そんな感情は脇に置いておこう。敵の攻撃に対し、私は三枚の魔力盾を重ねて展開し、これを防ぐ。一枚目は砕かれたが、二枚目で防ぎきれた。
ほほう?次からは双魔陣で十分だな?データがとれて何よりだよ!
「余所見してんなよ!」
「儂らを忘れては…」
「ダメだよね(ですよ)!」
私に魔術を使った隙を、私の仲間が見逃すはずがない。彼らの攻撃が鼠男王の体力を削って行く。魔術に対処しようとすれば近接攻撃に晒され、近接攻撃に対処すれば魔術が飛んでくる。一人で集団相手に戦うのがどれ程辛い事かが良く解るな。
「フン!」
「チュググゥ…!」
更に杖でジゴロウ達を追い払おうとしても、墓守がそれを受け止めてくれる。鼠男王は瀕死になってからステータスが上がったらしく、墓守が攻撃を受け止める度に吹き飛ばしているが、防御を専門的に請け負ってくれるのはとてもありがたい。魔術を使う隙が出来るしな!
「今度はこいつだ!星魔陣遠隔起動、闇面」
「モゴゴゴゴ!?」
視界が通っていると魔術を当ててくるなら、塞いでしまえばいいのだ。こう言うときに便利なのが、闇面である。
「モガガッ!」
視界を防がれた鼠男王だが、近くに私の仲間達がいる事を忘れた訳ではない。なので杖を出鱈目に振り回して牽制しようとしている。だが、狙いも何も無い攻撃に意味を持たせるほど私の仲間は甘くないぞ?
「空振り三振ってなァ!」
姿勢を低くしつつ杖の隙間を縫って近づいたジゴロウが、鼠男王の懐深くに潜り込む。そして立ち上がる勢いをそのままに奴の顎へアッパーカットを食らわせた。
「ムググ!!」
「ここじゃ!」
顎への攻撃によって鼠男王のマーカーにはスタンの表示が出ている。その完全な無防備状態を利用して、源十郎は鼠男王の鎧の隙間目掛けて斬撃を繰り出す。狙ったのは、動かせないであろう右膝の裏側だ。
「モゴォォ!」
鎧は関節部まで守りきることは出来ないので、これまでとは違って源十郎の大太刀は鼠男王の右脚を深々と斬り裂いた。徹底的に狙われた右脚は、遂に身体を支える力を使い果たしたらしい。鼠男王は右膝を地面に付いてしまった。
「やっと狙える、よ!」
「そうだね!」
片膝を付いたという事は、動けなくなったと同時に身長も低くなった事を意味する。ここぞとばかりにルビーは鼠男王の鎧の隙間である関節部分を短剣で斬り、アイリスはなんと木槌で顔面を殴り付けた。
「…ッ!?」
鼠男王は言葉にならない悲鳴を上げる。しかし、だからと言って我々が攻撃の手を緩める筈がなかった。
「そろそろ終幕と行こうか?星魔陣遠隔起動、茨鞭」
私はもう一度茨鞭を床に展開すると、ボロボロになった鼠男王を片膝を付いた状態のまま地面に縛り付けた。
「援護します」
更にアイリスの触手も加わってまたもやガチガチ縛られてしまった。先ほどとは違ってルビーと源十郎によって何ヵ所も関節にある腱を斬られ、さらに片膝立ちという不安定な体勢だ。これでは力が入らず、抜け出すことは出来ない。
しかし、これは曲がりなりにも『王』を名乗る者にとっては屈辱的な状態だ。さっさと終わらせてやろう。だが、その前に…
「トドメを刺したいかね、墓守殿?」
一応、共同戦線を張った相手にも聞いておこう。彼の防御がなければ、こうも易々と倒せはしなかっただろうしな。
「…」
私の質問に対して、墓守は無言で首を横に振った。どうやら、トドメは譲ってくれるらしい。では、さっさと介錯してやるか。
「ジゴロウ」
「おうよ、任せな」
ジゴロウは何とかして拘束から抜け出そうともがいている鼠男王に近付くと、足を高く振り上げた。
「神獣化…じゃあな、楽しかったぜ!」
「……!!」
それだけ言うと、神獣化して黄金のオーラを纏ったジゴロウの踵落としが鼠男王の脳天に直撃する。立派な兜をひしゃげさせる程の一撃によって、鼠男王は力尽きるのだった。
筆者「あれ?漁夫の利は?」
主人公「うるせぇ!ロマンと面子が優先じゃい!」




