迷宮イベント その三
今回はほぼ勇者君視点です。
イベントも後半戦に突入した。僕たちは順調に攻略を進め、推奨レベル25の迷宮を既に12個も踏破している。どのボスも手強い相手だったけど、皆で協力してどうにか倒してきた。
「今回は『呪いの墓塔』、か」
「うわぁ、掲示板での評価が最悪の所じゃん!」
迷宮に侵入した瞬間に聞こえてきたインフォを聞いて、小まめに掲示板をチェックしている藍菜がとても嫌そうな声を出した。何でも謎解き要素は無いのだが、一瞬たりとも気を抜け無い罠と殺意に満ち溢れた迷宮なんだとか。彼女の話を聞く内に、ローズと蓮華の顔色が真っ青になっていた。
「あ、不死だらけ…?」
「あの、私、ホラーは苦手なのですが…」
二人は鬼畜な罠よりも出てくるモンスターが恐ろしいようだ。普段のローズは男勝りな所があるけれど、こういう所はやっぱり女の子なんだなぁ。
「なら棄権するか?今なら時間のロスもほぼ無いし」
「無理、良くない」
そう提案するのはキクノとメグだ。本格的な実装後なら攻略から棄権すると所持金の一部を失うらしいけど、今日のイベント中だけはあらゆるデメリットが無い。だからここで引き返すのは正しい判断だ。
「で、でも棄権したらイベントで不利になるし…」
ローズが悩んでいるのは今回のイベントにおける数少ないペナルティについてだ。全滅ではなく途中棄権すると、イベントの順位を集計したときに響くのだ。
具体的に言うと、もし全く同じ攻略成績のパーティーがあったとする。その時、棄権した回数が少ない方が高い順位を与えられるそうだ。この事を気にしているんだな。
因みに採取しては棄権して、を繰り返していると天使から少しはボスと戦えと忠告があって、無視すると採取したアイテムの一部を取り上げられた事例も報告されている。ズルは許さない、ということかな。
「本当に無理しないでいいよ、二人とも。棄権したっていい。でももし行くなら、僕が全力で守って見せるよ」
「ルーク…!」
「ルークさん…!」
僕からすれば当然の事なんだけど、何故か二人は感極まっているようだ。それにさっきまでの青い顔とは打って変わって赤くなってる。どうしたんだろう?
「私、行くわ!」
「私も、頑張ります!」
「そうかい?なら、僕の近くにいるんだよ?」
「「「むむむ!」」」
ローズと蓮華が元気になったな。けど、今度は他の三人が不機嫌になってる。時々こういう事があるんだけど、何があったんだろうか?
「じゃあそろそろ行こう。難易度は高いみたいだけど、僕たちなら平気さ。初攻略してこれまでのプレイヤーの仇を打ってやろう!」
「「おー!」」
「「「……おー」」」
…このテンションの違いは何?先行きが不安だ…。
◆◇◆◇◆◇
「くっ!藍菜、援護を!」
「わかってる!光槍!」
『呪いの墓塔』は事前情報通り、巧妙な罠と絶妙な魔物の配置がなされた迷宮だった。恐ろしい程に高い難易度を誇るが、決して理不尽ではない。
ただ、手放しに称賛は出来ない。何故なら、この迷宮はガチ過ぎるからだ。ここは何度も死んで対策を学び、何度もやり直して攻略するデザインが成されているんだよ。決して一発で攻略せねばならないこのイベント向きでも、基本的に一期一会である無作為迷宮向きでもないのだ。
「ふん!こっちは片付いたぞ!」
「ルーク、今よ!」
ただし、僕たちにとってここは一種のボーナスステージだ。そらは偏に『光と秩序の女神』アールルのお陰だ。僕が彼女から加護と一緒に貰った聖剣は、強力な光属性を持っている。つまり、不死系モンスターはただの経験値に過ぎないのだ。
「せいっ!」
僕の聖剣は一振りでモンスターを倒していく。第三層に入ってから魔物の数が激増したけれど、対処しきれない数でもない。他のパーティーに比べて戦闘の負担が少ない分、罠の発見などに意識を向ける事が出来る。
少しズルをしている気分にさせられるけど、FSWは決してプレイヤー全員が平等なゲームではない。だから僕たちは何も後ろめたく感じる必要は無い。僕たちはただ進むだけだ。
「ここから先は何の情報も無いわ。ここまでみたいに楽な行程とは行かない。注意する事!」
「わかった」
どうやら、ここからが本番らしいな。この塔が何階まであるのかはわからないけど、他の迷宮同様、ここも絶対に攻略して見せる!
◆◇◆◇◆◇
本当に困難な道程だった。第三層の中盤からは情報も無く、完全に手探りでの攻略となった。何度も死にかけたけど、どうにか最上階と思われる第五階層にたどり着く事が出来たぞ。
「この奥に、ボスがいる筈よ」
「やれやれ。回復アイテムがもうほとんど無いままでボスと戦うなんて初めての経験だねぇ」
ここまでの道中で、僕たちは回復アイテムのほぼ全てを使いきっている。事前情報なしでここまで来るのは本当に苦労した。
そこら中に骸骨壁が潜んでおり、その後ろに魔物が待機している所までがテンプレ。普通の壁をすり抜けて現れる幽霊系が放つ魔術や床に偽装していた魔物による奇襲、忘れた頃にやってくる罠、更に大量の雑魚モンスターを率いて物量戦を仕掛けて来るエリートモンスター。
正攻法と搦め手をない交ぜにしたあの手この手で僕たちを追い詰める迷宮の仕掛けを考えた人は間違いなく頭がおかしいと思う。そして性格が悪い。僕たちが四苦八苦している姿を見てほくそ笑んでいるに違いない。
「けど、ここまで来て引き返す訳がないよ。ここが正念場だ。みんな、行くよ!」
「「「「「おー!」」」」」
見てるか、迷宮を創造した運営!今からお前のニヤついた顔を怒りで真っ赤に染めてやる!
◆◇◆◇◆◇
「おいおい、マジか。アレを初見で乗り切るのか…!」
私はモニター越しに数十体の魔物に囲まれた状態から生還した勇者パーティーを見ていた。いや、なんじゃありゃ!しぶといのが特徴の不死が一方的にやられている。どんなカラクリだ?
特に勇者君の火力がおかしい。いくらなんでも一撃はあり得ないだろ!源十郎のように一撃で首を落としたりしている訳でもなく、胴体を普通に切っただけで即死させている。絶対に何らかの仕掛けがあるに違いない。
魔術…ではないな。【付与術】を使った風でもない。なのにあれだけのダメージが出ている…。光属性を最初から持ってる武器、ってところか?そんなものがあるとは信じたくないが、そうとしか考えられんな。
どうやら勇者君は『呪いの墓塔』とは相性が最悪らしい。うへぇ、今回は本当にババを引いたかも?
いや、諦めるな。私を狙い撃ちにしたかのような勇者君だが、絶対に勝てないとは限らない。要は剣に当たらなければいいのだから。
「遊び心でボスをこの種族にしていたのが不幸中の幸い、だな」
実のところ、私はルビーと同じく普段とは異なるスタイルで戦うボスとなっている。いつもの足を止めて固定砲台では瞬殺されただろうが、今だけは違う。上手く立ち回れば勝利することも不可能ではないはずだ。
だからと言って正面から戦って勝てるとは思えない。初手が通用しなければなすすべもなく殺られてしまうだろう。最初の一手をどのタイミングで出すべきか。それで全てが決まる。
「ふふっ、これではどっちが挑戦者か分からんな」
レベルで言えばこちらが格上なのに、不利なのはこちらと言う事実に苦笑してしまうな。私はモニターで着実に迫ってくる勇者パーティーを眺めつつ、壁に立て掛けた武器の柄を手に取るのだった。
◆◇◆◇◆◇
ガコン…
重々しい音と共に、ボス部屋の扉が開く。予想通りにここも真っ暗だ。
「暗視」
藍菜が【探索魔術】で全員に暗闇を見通せるようになる術を掛ける。これで室内を見渡せるはずだ。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか…」
「キクノ、ここで出るのは骨か屍体」
「ありゃ、そうだったね」
キクノとメグの漫才は兎も角、僕たちはボス部屋を観察する。どうやらここは王公貴族の遺体が葬られているらしい。棺や壁などの装飾が豪華だから、多分そうなのだろう。
「っと、気を付けて。何かいるわ!」
暢気に周囲を眺めていた僕たちを叱責したのはローズだった。僕たちも気を引き締めつつ、彼女の見ている方向を注視する。そこには元々は美しかったと思われるけど色褪せてしまったマントに身を包み、同じく風化した王冠を被って錆び付いた剣を握った骸骨が立っていた。
スッ…
その骸骨が手を掲げると、室内にあった棺が全て内側から開いたではないか!
「「「「アアアァァァ…」」」」
「真ん中のは王族屍体Lv25、その両脇が将軍骸骨Lv25、他は全部Lv20代前半の騎士系不死」
こ、これがボスとその取り巻きなのか!?かなり多いぞ。数で圧殺するつもりか。けど、雑魚を何匹集めたところで僕たちには無意味だ。光属性を宿す聖剣があれば、絶対に切り抜けられる!
「行くよ、皆!」
「わかってる!」
僕たちはいつものフォーメーションで迎え撃つ。ここまでの道中で指揮官がいる集団との戦いは経験済みだ。回復アイテムはほとんど無いけれど、落ち着いていけば勝てるハズ。
「「「「「オオアアアアアアアアァァ!!!」」」」」
気味が悪い声を上げながら不死の軍団が迫ってくる。ホラーが苦手なローズと蓮華は顔を引きつらせるが、僕たちはもう慣れているから無駄だ。
確かに不死は視覚的にも恐ろしいし、捨て身を前提とした連携は厄介ではある。けど、総じて不死の知能は低いらしく、特攻戦法以外は使わないようだ。
数と体力、そして味方ごとこちらを殺そうとする特性さえ知ってしまえばこちらのもの。正面から受け止めようとせず、群れ全体を受け流すように立ち回ればいいのだ。この戦法を思い付いた藍菜の知恵と、解っていても難しい立ち回りをやってのけた皆の連携が僕たちをここまで連れてきたんだ。
「ここ!」
キクノの合図で僕たちは左右に別れて不死の突撃をかわす。隊列を組んでいても、捨て身で突っ込む事しかしない奴ら相手に負けるか!
「はっ!」
「せいっ!」
「「光槍!」」
避けられたせいでたたらを踏んだ奴らの左右から、僕たちは渾身の一撃を叩き込む。簡単な挟撃だ。流石はボスの取り巻きと言うべきか、聖剣の攻撃以外では即死していない。けど、誤差の範囲だ。
「ガアアアアア!」
「ギギイイイイ!」
おっと、雑魚に任せてはいられなくなったのか、将軍骸骨の両方が出てきたぞ。流石にこれは無視出来ないな。
「キクノ、ここは任せる!ローズ!」
「了解!」
「ええ、一体ずつね!」
これだけで伝わるのはとても有難い。僕とローズは敵の群れから飛び出して将軍骸骨と一対一で戦う。くっ、鋭くて重い剣だ!それに防御も堅実。これまで戦ったどの人型モンスターよりも手強いな。けど…
「ここだっ!」
「ガガッ!?」
攻めあぐねた将軍骸骨の大振りな一撃をスレスレで捌きつつ、胴に剣を叩き込む。うっ、浅いか!
「ガアアッ!」
「くっ、ううっ!」
た、盾で殴るとは!剣も盾もボロボロなのに矢鱈と硬い。兜越しでも効くなぁ…!
「…ぅああ!」
ゲーム内では痛みをかなり軽減されるけど、殴られたらフラフラするし斬られたらピリピリする。設定を弄ると現実と同じ痛みに出来るらしいけど、僕はマゾヒストではないからデフォルトのままだ。だから、現実では普通の高校生の僕でも痛みに耐えて剣を振れる。絶対に負けないぞ!
◆◇◆◇◆◇
「たあぁ!」
「グガアアアァァ…!」
僕たちは満身創痍になりながらも、ボスである王族屍体を倒した。王族屍体は剣と魔術を両方使える魔術剣士、つまり僕と同じだな。
取り巻きを片付けてから6人掛かりでたちむかったのに、かなり強かった。相当高い知能を有していたらしい。
アイテムも蓮華の魔力も尽きているからもうしばらくは回復出来ない。一番体力が残っている藍菜でも六割、盾役として戦い続けていたキクノに関しては二割も残っていないな。本当にギリギリだった。
けど、キツかった分、報酬はいい。これまではボス戦が終わった後に出てくる宝箱は一つなのに、三つもあるんだから。
「ふぅ、終わったね!」
「ああ、勝ったよ」
「…変だわ」
僕たちが勝利に浮かれていると、藍菜は一人眉間に皺を寄せて悩んでいる。どうしたんだろう?
「ねぇ、コイツらは本当にボスだったのかしら?」
「はぁ?何言ってんだ?」
藍菜の突拍子もない発言にキクノが素っ頓狂な声を出す。僕を含めた藍菜以外の全員が同じ気持ちだった。けど、彼女はどうしても何が引っ掛かるらしい。
「掲示板によれば、迷宮のボスのレベルは推奨レベルに5を加えた数値…つまり今回なら30のハズなのよ」
「ん、前の所もそうだった」
「けど、さっきの連中は最大でもレベル25。おかしくない?」
確かに、その違和感はあった。けど、それに対してはキクノが即座に反論した。
「3体同時だったろ?きっと3体相手だからレベルが低めになってるのさ」
「もう一つ気になる事があるわ。どうして私達が勝てたのかしら?いえ、自分たちの能力を過小評価してる訳じゃないのよ。ただ、回復アイテムを一個も使わずに勝ったのは…」
うーん。言われてみれば藍菜の言い分は正しい気がしてきた。じゃあさっきのがボスじゃないとすれば…
ザシュッ!
「…え?」
何かを切断した音がしたかと思えば、僕の視界がゆっくりとズレていく。即死…まさか、首を斬られたのか…?
(みんな、ごめん…)
僕の目に映った最後の光景は、理解出来ない様子で目を見開くパーティーメンバーと、巨大な鎌を振り抜いた黒いローブの人影だった。
何が起こったのかについてのネタばらしは次回で。
あと、筆者の仕事がかなり忙しくなってきたせいで、コメントに返信していたら執筆時間が取れないという悲しい状態になってしまっています。
なので、コメントへの返信は控えさせていただきたいと思います。コメントそのものはきちんと読ませていただきますし、誤字・脱字等の報告は修正して行きます。
不甲斐ない筆者で本当に申し訳ありません。ご理解とご容赦のほど、宜しくお願い致します。
そしてこれからも拙作を宜しくお願い致します。




