迷宮イベント その二
名誉ある最初の侵入者は『剛院具枚植威』か。中々に個性的なパーティー名だ。当て字は大昔の不良チックだが、会話を盗み聞く限りでは普通の好青年だ。なんだかアンバランスだな。
彼らは私の迷宮の威容に驚いているな。いいぞ、そう言うひきつった顔が見たかったのだよ!
「あー、墓地は調べないのね。」
彼らは何か相談している様子だったが、結局は即座に墓塔へ入った。私的には外の墓地を調べて欲しかったのだが、残念だ。結構凝った作りなんだがな。
墓地にも当然、様々なギミックがある。まず大前提だが、私の迷宮は円形フィールドの中央に聳える塔を上へ登って行くタイプである。従って塔の外は攻略に必要なものなど無い。踏破率を100%にしたいなら歩く必要があるのだがね。
話が反れた。御託は兎も角、塔の外に意味はないことはわかったと思う。なので私は、思い切って塔の外の面積を削ってポイントに変えたのだ。故に、私の迷宮は高さこそまあまあだが迷宮の面積は最低レベルで狭いのである。
ここまで狭いと歩いて五分も経たない内にマップの端にたどり着いてしまう。なので私はマップをループさせる事にした。正確に言うと、マップ端に着いたら塔に対して逆側のマップ端に出るのだ。漂う霧は急激な景色の変化を誤魔化すための演出だ。なので何も考えずに進むと無限ループを味わう事になる。
勿論、ギミックはそれだけではない。墓地で特定の地点には地面から動く屍体が大量に湧く罠が仕掛けてある。しかも動く屍体は地面から出る時、パーティーの中からランダムで選ばれた一人の足を掴む演出付きだ。魔物自体は弱いが、ほぼ確実に一人はパニックに出来るぞ。
他にも霧に紛れて配置された霧霊や鬼火に襲われたり、骸骨が歯を打ち合わせて騒ぐだけのエリアなど遊び心に溢れているのに。あと一つだけ霧の中に宝箱もあるから無意味ではないのに。無視されたら少し凹むぞ?
まあ、無視されたなら仕方ない。では彼らがどう行動するかを観察させて貰おうか。おお、あれが掲示板で噂の【探索魔術】だな!我々魔物にはほぼ要らないが、あれば便利な術らしい。確かに【暗視】が無いプレイヤーにとっては必需品だろう。暗闇はギミックとして効果が薄いようだ。
「このルートは…壁エリアか。」
墓塔の内部は少し複雑な迷路となっている。人骨の詰まった似たような見た目の壁は、侵入者の感覚を狂わせる事だろう。更には要所要所に配置した骸骨壁の存在だ。非常に注意深く観察すれば気が付くはずだが、油断すると発見が遅れて悲惨な事に…なってるな。
骸骨壁は攻撃力が低いので、不意討ちにもかかわらず魔術師を仕留め切れ無かった。更に状況を不利と見たパーティーリーダーの指示で撤退をさせてしまったな。
しかし、これでいい。これで彼らは何の変哲もない壁へ常に意識を向けねばならない。私の迷宮は全部で五階層まである。最後まで集中力を保てるかな?
「おやおや、壁ばかりに気を取られていいのかな?」
それからしばらくは『剛院具枚植威』の面々が骸骨壁に引っ掛かることは無かった。しかし、それは壁ばかりに注意が向いている証拠。そろそろ別の手がくるぞ?
「はい、終わり。お疲れさん、と。」
『剛院具枚植威』は実際によくやったと思う。逃げるべき危機を見極める判断力と一度の失敗から学んで同じ失敗を繰り返さない堅実さ。流石はレベル25超、私よりも上のトッププレイヤーだ。
しかし、今度の罠は回避出来なかったようだな。今度の罠は前方の魔物と普通の壁に張り付いていた骸骨剣士などによる挟み撃ちだ。骸骨壁よりも攻撃力の高い魔物によるバックアタックからは流石に耐えられず、『剛院具枚植威』ご一行はあえなく全滅した。
自分でも鬼畜難易度だとは思う。しかし、この程度の窮地、ジゴロウや源十郎ならば軽く突破するとも思うのだ。実際、骸骨壁にしても何にしても、気付けない訳では無い。分かりにくいだけで、よく見ればわかるようになっているのだ。
それに、あくまでも私は運営から与えられたリソースだけで迷宮を建設した。ならば、努力すれば攻略出来るはずなのだ。プレイヤー諸兄の健闘を祈るばかりである。
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イベントで勝利しました。
6SPを獲得しました。
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おっ?撃退するとSPが貰えるのか!数値は人数と同じかな?一人につき1SPか。じゃんじゃん入って来てくれよ?
侵入者は逝った。ならばまた手持ち無沙汰な時間に逆戻りだ。ならばまだ見ていないアイリスの迷宮を見てみようか。
「おお、美しいな。」
アイリスの迷宮は『蔓の森』。推奨レベルは20でルビーと同じだな。女性陣は安定思考なのかな?
迷宮は完全な迷路型だな。蔓と樹木が絡み合ってできた通路を進んで行く形である。正解ルートは登り坂や地下へ続く穴を降りる必要もあって、中々に苦労しそうだ。
ただ、私達の誰よりも採取出来るポイントが多い。路肩に各種薬草が生えていたり、壁の樹木に食用の果物が成っていたりするのだ。これは彼女が生産職なのが関係しているのか?確かに採取ポイントが多いと嬉しいだろうが、迷宮の回転率は低そうだな。サクサク進むジゴロウの迷宮とはえらい違いだ。
あ、でも罠は結構悪辣だな。壁の隙間から棘だらけの蔓が伸びて逆さ釣りにしたり、採取可能な草木に混ざって状態異常にする花粉を撒き散らす花が生えていたりする。夢中になって採取ばかりしているとアッサリ死んでしまいそうだ。
そしてボスはレベル25の大岩触手だ。劣職人触手であるアイリスの二倍程の大きさがあり、触手も太く、力強くなっている。鈍足に変わりは無いようだが、長い触手はボスエリアの端まで届くので全く問題は無い。
しかし心配なのは、彼女は戦い専門ではないことだ。いや、決して戦い慣れていない訳じゃない。洞窟探検や鼠男将軍討伐ではそつなく役割を果たしたし、なんだかんだで『蒼月の試練』の数少ない攻略者だ。
私を含めた他のメンバーはゴリゴリの戦闘職だが、彼女は生産一筋。最近は生産でも魔物としての経験値が溜まるから基本的に研究室から出ずに作業をしている事の方が多い。それに一対多での戦いを経験しているとは思えない。唯一の救いは岩触手系が通常モブとしてまだ登場していないので、どのプレイヤーにとっても初見である事だな。
どちらにせよいい経験になるだろう。これを機に戦う生産職になるかもしれないしな。
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イベントで勝利しました。
43SPを獲得しました。
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むふ、むふふふふ!いやぁ、楽な商売ですわぁ!思った通りに皆嵌まってくれるの!
イベントも折り返し地点に突入したので、ここで一度ログアウトして軽食を摂っておいた。私が退席している間は迷宮に入れないようになっているから問題は無い。
プレイヤーにとってはここからが正念場だろうから気は抜けないぞ。私の五階層ある迷宮は、まだ三階層までが最高記録だ。まだ私の前にやって来たパーティーは皆無。いやぁ、暇ですわぁ!
これがゲーム作る側の優越感と言う奴か?既に五十人近くのプレイヤーが私の掌の上で踊っている!主観時間では一日以上ボス部屋で待っているが、全然見飽きないな!私は策略やら謀略やらの知識や才能は無いと思うが、人を罠に嵌めるのは案外上手なのかもしれない。誰も褒めてはくれんだろうけども。
しかし、何故か四組目位からは私の仕掛けた罠の位置を知っているような動きをしていると思うのは気のせいなのだろうか?
いや、偶然ではないな。最初の『剛院具枚植威』よりも迂闊なパーティーでも序盤はクリア出来ていた。どう考えても情報が回っているとしか思えないぞ?
こういう時こそ、掲示板に…ってイベント用掲示板の『専用攻略情報掲示板』だと?ここは自分たちがクリア出来なかった迷宮の情報を掲載する場所なのか。
「…そう来たか。」
今回のイベントでは攻略数や攻略した迷宮の難易度でランキングが発表され、順位に応じた報酬が出るらしい。このランキング化される項目の中に攻略貢献度なるものがある。これは上記の『攻略情報フォーラム』へどれだけ情報を上げたかで判断されるようだ。
他のパーティーは競争相手なので、普通なら自分が攻略失敗した迷宮の情報など黙っていた方が利口だ。しかし、この『専用攻略情報掲示板』のせいで口が軽くなっている。
何故なら、ここに有益な情報を掲載すると報酬としてSPが貰えるからだ。同じ迷宮には挑戦出来ない、と言う今日の仕様も情報の公開を後押ししているのかもな。どうせ今日は無理なんだから、他のパーティーに自分の仇を取って貰おう、みたいな?
私の迷宮である『呪いの墓塔』やアイリスの『蔓の森』のことも掲示板に載っている。遭遇した魔物に関してであったり、手に入るアイテムであったりと様々だ。私の迷宮では特に罠のギミックに関する記述が多い。中には『迷宮をデザインした奴はドSの鬼畜野郎』や『初見殺しだらけのクソ迷宮』など、私の人格否定を含んだ罵倒もあるな。
その一方で、『巧妙に隠されているが、注意深く観察すれば解る』や『初見殺しではなく、集中力との戦いになる』と私の想定通りの感想を書き込んでいるプレイヤーもいる。おじさん、解ってくれただけで凄く嬉しいわ。
読んでて爆笑したのはジゴロウの迷宮についてだな。あいつの迷宮、『初期位置からボスエリアに直行出来る唯一の迷宮』と書かれていたのだ。まあ、奴は一人でも多くの強い奴と戦いたいんだからアレでいいんだろう。実際、迷宮の回転率は異様に高い。攻略数でランキングを狙うパーティーから見れば、即行でボスに挑戦出来るのは魅力的だからな。未だに攻略者は0と言うのに涙を禁じ得ないのだが。
「おや?新たな挑戦者…って勇者パーティーだと!?」
こ、このタイミングでくるか!いつかは来ると思っていたが、まさか推奨レベル25の三人で私が最初に彼らの相手をせねばならんとは…。
あの時は神官と魔術師の少女を瞬殺したから、あの二人に関する情報は闘技大会のパーティー戦のものしかない。ジゴロウと戦っているのを観察して策を練ろうと思っていたのだが…当てが外れたか。
しかも今回は私一人。一対多の戦いは『蒼月の試練』で経験しているが、彼らはトッププレイヤーだ。その連携はあの程度ではないに違いない。
しかし、私には『誰にも攻略させない』と言う目標がある。そしてイーファ様から特別な報受け取るのだ!
「悪いが、全身全霊で潰させて貰うぞ。私の報酬の為に!」
私は塔へと入っていく勇者パーティーをモニター越しに眺めながら、そう呟くのだった。
と言う訳でクリアさせる気がほとんど無い迷宮でしたとさ。
因みに、魔物のドロップや宝箱の中身は他の迷宮と同く自動で決まっています。今回は特殊なケースですし、アイリス作のアイテムなんて仕込んだら攻略組が乗り込んで来るから仕方ないですね。
しかし、正式な手段で造られた迷宮だと…?
次回、勇者パーティー戦!




