地獄穴の戦い 子象戦
日付を一日間違えてました…我ながら間抜け過ぎる…
……………「魔導人形部隊!前進!何としてでも押さえ付けろ!鉱人の皆、一体に向かって装甲車で体当たりしてくれ!」
「「はーい!」」
私は自分と魔導人形部隊を二つに分けると、象の獄獣に特攻させた。なるべく壊さないように立ち回って来たが、もう今は使い潰すしかない!
ズシンズシンと大地を震わせながら前進する魔導人形を象の鼻が殴り付け、薙ぎ払う。直撃した魔導人形が砕け散り、何体も四肢を失って動けなくなった。
「バオッ!バオオオン!」
「バボオオッ!」
だが玉砕を前提にして突撃させたのが功を奏したのか、遂に纏まった数の魔導人形が象の獄獣にしがみつくことに成功した。二匹の獄獣は離せと言わんばかりに喚いている。犠牲を払って作り出した好機、絶対に無駄にはしない!
「不死部隊、突入!半数は背後に回り込め!弓兵、一斉射撃!」
私の命令に従い、不死達も行動を開始する。象の頭部は防御力が高いようで矢はあまり効果的とは言えなかったが、槍は何本も突き刺さっている。背後に回り込んだ不死の攻撃も通用しているようだ。
象の獄獣はダメージから暴れようとしているが、鈍間でも力持ちである魔導人形部隊が押さえ込んでいる。数の利を全力で活かした戦い方は強敵であろうと有効だと証明された瞬間である。まあ、レベルにそこまで差がないこともあるのだろうが。
「バオオッ!ボブブゥゥ!!」
「バブブブブッ!!」
象の獄獣は鼻で強引に剥がすのは無理だと判断したのか、今度は魔導人形に長い鼻の先端を向けるとそこから赤い液体を勢いよく噴射した。これは巨人の獄獣とのコンビネーションに使われた燃える体液だろう。それが消防自動車のホースの如く凄まじい勢いで噴射されたのである。
不死部隊なら押し流されただろうし、私ならばバラバラにされていたかもしれない。しかし、正面から液体を浴びた魔導人形は微動だにしなかった。固くて重い岩を用いた超重量を薙ぎ倒すほどの水圧はないようだ。
「うげっ!?臭っ!?これメチャクチャ臭いよ!?」
「生臭さにアルコールっぽい臭いが混ざってて鼻が曲がりそうね…火を点ければマシになるかしら?」
「ボオオオッ!?」
「あっちぃ!?僕まで丸焼きにするつもりかい!?」
私は離れた場所にいたからわからなかったが、どうもあの液体は生臭いらしい。離れた場所で戦っているエイジが悶絶し、顔を顰めた兎路が臭いを嫌ってこれを燃やそうとし、引火したことで火に巻かれたエイジが悲鳴を上げる。
ただ、象の獄獣は鼻から液体を噴射している最中であり、液体を伝って身体の内側から焼かれて絶叫していた。おやおや、これは参考にさせてもらおう。
「威力は不要だろう。火球」
「ブボボォォォ!?」
兎路のやり方を参考に、私は最も基礎的な【火魔術】である火球を放つ。威力を最小限に抑えておいたが、可燃性の体液は激しく燃え上がった。
体液を全身に浴びた魔導人形もエイジと同様に火達磨になっているが、ダメージはあまり受けていない。疵人達の施してくれた紋様の効果であろう。それに生物ではない魔導人形はそもそも火を恐れないし、火達磨になっても動揺もしない。だからこそ肉壁として最適なのだ。
対して体液を噴射し続けていた象の獄獣は、エイジと戦っている個体と同じく体内にまで炎が届き、耳障りな絶叫を上げている。恨むなら可燃性の体液を持つ癖に火に耐性を持たない自分を恨むがいい。
「ブボバッ…!」
「ボバァッ…!」
「どわあぁぁぁぁぁ!?」
全身が燃えていた象の獄獣だったが、その炎がブヨブヨの胴体に達した瞬間に大爆発を起こした。爆風によって魔導人形とエイジが宙を舞い、後方に向かわせた不死部隊の一部が砕け散る。そんな中で兎路だけはちゃっかりと地面に伏せて爆風を回避していた。
しくじった…火を使えば楽に倒せるのかもしれないが、その代わりに大爆発を起こす強力な爆弾になるとは!無駄に戦力を損耗してしまった。これは完全に私の判断ミスである。
「うーわー!」
「壊れたー!」
声がした方を見ると、鉱人が乗っている装甲車が象の獄獣によって圧潰しているところだった。鼻で締め上げられた装甲車は原型をとどめておらず、もしも鉱人以外が乗っていたならば中の者の生存は絶望的であろう。
しかし、そこは不定形の種族である鉱人だ。直径十センチメートルほどの小さな円形ハッチが開き、そこからヌルリと脱出したのである。建物の内部に管を通して移動する彼らならではの緊急脱出法だ。彼らは幼児ほどの大きさの人型になると、短い手足を動かして走って逃げていた。
「残った敵は一体だ!取り囲み、押し潰せ!」
不死部隊を一斉に向かわせる。象の獄獣は一個体の強さであれば魔導人形と不死部隊よりも上だろう。しかし、こちらはそれを補う数がいるのだ。ここは力攻めさせてもらう!
残り一体になった象の獄獣に、不死部隊が槍を向けて突撃していく。獄獣は鼻を振り回したり叩き付けたりしているが、不死達は盾で防ぐのでダメージは受けても倒された兵士は一体だけだった。
「バオオォォォ…」
防御力はそこそこ高いが針山のように密集した槍の連続攻撃を全方位から浴びればひとたまりもない。不死部隊は見事に最後の一体を討伐せしめた。
一体を任せていたエイジと兎路が戻ってきたところで、私は被害状況を確認する。魔導人形は八体、そして不死部隊は五体が破壊されていた。上手く立ち回れば被害をもう少し減らせたという思いもあるので悔しいが、必要経費だったと割り切るしかないだろう。
「いやぁ、思っていたよりも遥かに強かったですね。特に最後の自爆は参りましたよ」
「あんた、あれで平気なの?漫画みたいに飛んでたけど」
「ちゃんと受け身を取ったからね。ぼくもジゴロウさんほどじゃないけど運動神経は良い方なんだよ?」
盾と鎧を煤だらけにしたエイジが朗らかに笑いながら戻ってきて、兎路は呆れたようにため息を吐いている。これが体力と防御力に優れる種族が、体力と防御力を高める職業を選んだ結果なのだ。彼の鉄壁の防御はこれからも頼りにさせてもらうぞ。
こちらが一段落したところで、私は戦場にいる仲間達に戦況について報告してもらう。ルビーと疵人は空から降ってきた獄獣を戦場から離れた落とし穴まで誘導して嵌め、それからすぐに逃げたらしい。セイ達と四脚人達は機動力を活かして突撃と離脱を繰り返しているとのこと。
ネナーシによれば林に墜落した個体は闇森人達の魔術と弓矢によって既に倒したらしい。ただ、倒すまでの過程で隠していた鉱人の兵器が幾つか破壊され、木々も折られたようで修復に余計な魔力を消費したと言う。そう上手くは行かないか。
空中で戦っているモッさん達だが、彼らも戦闘中だった。巨大な象の獄獣が投げた、私達も戦った象の獄獣。こいつらの中でも耳が大きい個体がそれを羽ばたかせて飛び始めたのだ。お前らはダ◯ボの親戚か!?
夢の国に消されそうな冗談はともかく、飛ぶ象の獄獣は空中を自由自在に飛び回る敏捷さはなかったが、大きさと重量、そして豊富な体力と防御力に任せてシラツキに体当たりを敢行した。これを全力で迎撃しており、既に向かってきた象の獄獣は八割以上を撃破したようだ。
特にカルの働きは目覚ましいようで、空中で一匹を生きたまま食い殺したらしい。勇ましく、強いのは喜ばしいが…変なモノを食べてはいけません!あとで言い含めておかなければ!
ジゴロウと源十郎からは連絡がないが、代わりにモッさんから報告が届いている。二人は巨大な象の獄獣と現在も戦闘中で、戦いは意外なことに膠着状態らしい。圧倒的な大きさから体力が多いことは誰にでも察することが出来るが、それに加えて体力が徐々に回復しているのだという。
しかも頭部に乗っている巨人の獄獣が魔術によって援護しており、迂闊に近付くことも難しい。どうにか隙を突いてもらうしかあるまい。
「イザーム様、こちらの損耗はどうでしょうか?」
空を飛んで駆け付けたのはミケロであった。彼は今最も忙しい者の一人であろう。幾つもの戦線に赴いて回復するために飛び回っているのだから。
「魔導人形部隊は疵人達がつけてくれた自己修復機能でどうにかなる。不死部隊の回復は私が行える。だからエイジの回復だけを頼む」
「かしこまりました」
「他の戦場はお前の見立てではどうだった?厳しそうな場所はあったか?」
上空から全体を俯瞰出来るミケロの、実際に戦っている者達とは別の視点の意見は重要だ。するとエイジを魔眼の一つで治療しながら、彼は口を開いた。
「私見ですが、四脚人の方々のポーション類の消費スピードが想定よりも早いように思います」
「ああ、例の撒菱になる分身体のせいか…ミケロ。こっちの鉱人を連れてシラツキに一度帰って、彼らに予備の医療品を届けて欲しい」
「承知しました。こんなこともあろうかと、私がしいたけが用意しておりました運搬用飛行型魔導人形を使います」
「おお!それは助か…!?」
私がミケロの用意周到さに感心しつつ礼を言おうとした時、私は見たくなかったモノを見てしまう。それはジゴロウが戦っている巨大な象の獄獣のブヨブヨとした胴体に、その内側から再び幾つもの異形の象の頭部が浮き上がって来たからである。
私に限らずそれを見た者達は確信しただろう。これはお代わりが来る、と。絶句している私の視線の先を追ったのか、この場にいる仲間達も言葉を失っている。ゆっくりしてはいられない。我々は次の戦いに備えて素早く行動を開始するのだった。
次回は11月5日に投稿予定です。




