地獄穴の戦い 騎馬戦
巨大な二匹の獄獣は、ジゴロウと源十郎によってほぼ同時に討伐された。この距離からではどうやって倒したのかハッキリとはわからなかったが、多数の獄獣を巻き込んでくれたのはありがたい。そのお陰で地上の戦力が無駄に減ることを抑えられたのだから。
「相変わらずヤバいですよね、あの二人!」
「強すぎるよねー」
ジゴロウと源十郎の強さに、エイジとウールは指を指しながら興奮気味に訴える。私も二人と同意見だ。魔物アバターの特性を持ち前の技術で最大限に引き出しているのだろう。
激しい戦いの跡にはただ勝者である二人だけが立っている。散り散りになった獄獣達はもう群れとは言えない惨状になっていて、個別に化物二人に突っ掛かっているが…どれもこれも秒殺されていた。
「おっと、穴から上がってくる…ぞ…!?」
「嘘でしょ?全部さっきの巨人じゃない!」
縦穴から次に現れた獄獣を見て、我々は驚愕した。何故なら、それは五匹の先ほど源十郎が倒した異形の巨人であったからだ。よく見れば毛並みや鱗の色など所々に違いがあるものの、その戦闘力は同等と言って良いだろう。
結局は源十郎がさほど労せずして倒していた異形の巨人だが、五匹もいるとなれば話が変わってくる。一匹だけそれに頭一つ大きな個体がおり、私の目が狂っていないならばその個体が持っているのは棍棒ではなくて杖ではなかろうか?
そうであれば、魔術を主体に戦うと言うことになる。戦士四匹と魔術師一匹というパーティーだとすれば厄介なこと極まりないだろう。
「ゴルルルル…グオオオオッ!」
「「「「グオオオオオッ!」」」」
魔術師の個体が杖を掲げて何かを命令するように吠えると、追従した残りの四体も吠え始める。何事かと思っていると、下半身を覆う鱗がポロポロと落ちだした。固唾を飲んで見守っていると、落ちた鱗から手足が生えたではないか!
その数は概算で三百ほどだろうか。魚のそれに良く似た鱗から生えた足で二足歩行をし、鋭い爪が伸びた両手を振り回しながらこちらに突撃してくる。
「おいおい、数も稼げるのか?ふざけた獄獣だ」
「鱗から生まれたからか、毒ガスが全く効いてませんよ!?」
「それより巨人でしょ。空の敵がいなくなってるから撃ち下ろしてくれてるけど、その分小さいのにはあんまり当たってないわね」
「あー。四脚人達がー、突撃してるよー」
ウールに言われて下を見ると、四脚人達が鱗の…分身体とでも言うべきか?その分身体達の横腹から突撃している。先頭に立つのはレグドゥス殿だが、そのすぐ後ろにいるのは羅雅亜に跨がった邯那である。
彼らならばきっと踏み潰して突破してくれる。頼もしいと思いつつ、私は乱れた陣容を整えて戦う準備を万全とするのだった。
◆◇◆◇◆◇
四脚人達と共に羅雅亜は駆ける。背中に乗せた邯那が戦いやすいように意識しながら、彼女の指示に従って身体を動かす。自分の軍馬としての動きに大分なれたものだ、と羅雅亜は一人で苦笑してしまう。ゲームを始めた頃はここまで自分に馬として動くことが出来るとは考えてもいなかったからだ。
「我ら四脚人の武勇の前には奇怪な魔物など取るに足らぬ!征くぞ!突撃!」
「「「うおおおおおおおおおおっ!!!」」」
五匹も現れた異形の巨人としか言い様のない獄獣達。その下半身から溢れ落ちた鱗が変化した無数の分身体。四脚人達は後者を次の標的と定めていた。
源十郎が倒してみせた獄獣が五匹も現れるとは誰一人想像しておらず、誰もが驚愕して浮き足立っていた。それをレグドゥスは一喝し、全員にこう言った。敵が奇怪な輩であることは今に始まったことではないだろう、と。
言われてみればその通りだと四脚人達は冷静になった。その様子を見た羅雅亜は感心して、これがカリスマというものなのだろうと納得していた。
「何か別のことを考えてないかしら?」
「ああ、すまない。集中するよ」
騎馬である羅雅亜が目の前の戦いとは直接関係のないことを考えていたことを邯那は見抜いていた。顔を見ていないのに何故わかったのか疑問に思いつつ、羅雅亜は素直に謝った。
二人は四脚人達と共に人馬一体となって突撃すると、鱗から生まれた分身体は想像していたよりも脆かったようで存外に容易く踏み潰すことが可能であった。四脚人達の強靭な下半身と力強く振るわれる武具によって蹴散らされていく。
羅雅亜の馬蹄も踏み砕き、邯那の方天戟も一薙ぎで何匹も吹き飛ばしている。それほど簡単に突破出来たことに拍子抜けしていた四脚人達だったが、鱗の分身体の本当の恐ろしさはここからだった。
「ぐあああっ!?」
「い、痛ぇ!?何だこりゃあ!?」
鱗の分身体が破壊された時、その破片は何故か地面の上に残っていた。それは本体である異形の巨人の獄獣が生きているからなのだが、地面に落ちた瞬間に鋭い棘となったのである。
地上には鱗の破片による撒菱地帯とも言える場所が出来てしまい、先陣を切った者達が倒した残骸によって後続の者達が悲鳴を上げたのだ。アイリスによって武具は強化されているが、走る時の違和感が強いからと四脚人は脛当は装備していても靴を履いていない。故に撒菱は彼らにとってある意味最悪の攻撃と言えた。
レグドゥスは想定外の事態に臍を噛みつつも、ここは突破しなければ被害は大きくなる一方である。彼は後方にも聞こえるように声を張り上げた。
「一気に走りきる!我に続け!」
レグドゥスの先導に従って、四脚人達は進路を変更して鱗の分身体の群れから逸れるように移動する。しかし、無理矢理に進路を変更したところで撒菱地帯と化した場所を走り抜けるのは辛いし、どうしても速度が鈍る。誰かが殿として派手に戦い、注意を引く必要があるだろう。
「行くわよ、あなた!」
「うん。ここが踏ん張りどころだ」
その殿を担うべく飛び出したのは邯那と羅雅亜であった。羅雅亜は全身を鱗が包んでいる上にこんなこともあろうかと分厚い蹄鉄を装備している。そのお陰で撒菱によるダメージを受けるどころか踏み砕いていた。
邯那と羅雅亜の二人は無数の鱗の分身体を相手に大立ち回りを演じてみせた。方天戟で薙ぎ払い、馬蹄で蹴り上げ、角で差し、石突きで打擲する。二人のコンビネーションは正に人馬一体であり、ひょっとしたら四脚人よりも上半身と下半身が連動しているかもしれない。
邯那と羅雅亜の活躍によってレグドゥス達は離脱したが、敵中で孤立した二人は脱出が困難になってしまう。危ういかと思われたその時、二人の周囲に群がる分身体に矢の雨が降り注いだ。
「うらあああああっ!どきやがれぇっ!」
気炎を上げて突入したのは、フィルに乗ったセイだった。矢を放ったのは四脚人の軽騎兵隊で、そこに加わっていたセイ達が救出に来たのである。
フィルには羅雅亜の蹄鉄のように脚部を守るものはないが、しなやかな動きによって撒菱を上手に回避している。これは自分には到底真似できない動きだな、と羅雅亜は感心していた。
「大丈夫か!?さっさと逃げようぜ、二人とも!」
「ええ、助かったわ」
「ありがとう。最高にいいタイミングだったよ」
セイと共に二人は脱出を図る。純粋な速度はこちらに軍配が上がるものの、やはり包囲されているので四方八方から鱗の分身体は飛び掛かってくる。邯那の方天戟が唸り、羅雅亜とテスの魔術が敵陣を貫き、セイの棒が殴り砕いた破片をフィルが咆哮によって吹き飛ばす。
共に行動することが多いからこそ、どちらかが指示することもなく自然と互いの死角をカバーするように駆けている。ただ、分身体の数はそれでも対処しきれないほどに揃っていた。
「チッ!モモ!頼むぞ!」
「ウッキー!」
セイが叫ぶと彼の背中に負ぶさっていた小猿のような魔物が、彼の頭の上に登ってきた。この小猿はモモと言い、セイの新たな従魔であった。
モモは一見すると茶色い小猿のようだが、近付いて見ればその身体の色合いは体毛ではなく樹皮のそれだとわかるだろう。それに長い尾の先端には、まだ緑色の桃の果実が実っていた。
「キキッ!」
モモが片手を前に翳すと、その手が急激に肥大化して巨木の枝となっていく。それが複雑な軌道で分身体を捕らえて締め上げたではないか。
その後、モモは肥大化させていた部分を根元からバキバキと圧し折り、分離する。そうして多くの分身体を足止めしたことで、彼らは大きなダメージを受けるでもなく離脱することが出来た。
モモの種族は桃獣樹と言い、動物のように自在に動き回る植物系の魔物だった。これは野生の魔物を従えたのではなく、【錬金術】によって生み出された混合獣の一種である。
イザームの提案に従って『誘惑の闇森』へと向かったセイは、森を探索したが中々これと言った魔物に出会うことが出来なかった。そこで闇森人に従魔について意見を求めた。
その際、キリルズの祖父であり長老でもあるラデムが一つの知識を授けた。それは自分の魔力が十分に馴染んだ種子や果実と己の身体の一部によって従魔を作り出すという、闇森人の今では廃れた古い【錬金術】だった。
廃れた原因は除草剤の登場である。昔は植物系の魔物と戦う相棒として重宝していたらしいが、除草剤という植物系の魔物に効果覿面のアイテムが発明された。これだけで十分に戦えるし、種子や果実が原料であるが故に除草剤は従魔にも効いてしまう。廃れるのも仕方がないだろう。
自分の魔力が馴染んだ種子などすぐに用意出来るものではないと諦めかけたセイだったが、天霊島の戦いで得た謎の種を思い出した。それをラデムに見せると使えると言われたので、これ幸いとこの種と自分の体毛を材料に従魔を作ってもらったのだ。
こうして誕生したモモは、正しくセイの求めていた仲間であった。見た目よりも高い体力と防御力を誇り、身体の一部を肥大化させて分厚い盾を作ることが出来るのだ。しかも盾を破壊されたとしても高い自然治癒力で即座に次の盾を作り出せる。更にセイの肩に乗るほど小柄と来れば文句の付けようがなかった。
「ウキッ!ウッキー!」
「わかった、わかった!よくやったよ、お前は!」
ただ、生まれたばかりだからか、それともセイの一部が材料であるからか、モモはセイにとても懐いている。それだけならば良いのだが、ことあるごとに甘えていた。今も褒めてくれと言わんばかりにセイの頬に自分の頭を擦り付けている。すると他の従魔も構って欲しいのか甘えて来るので、セイは対応に困っていた。
今もセイの視界ではこれ見よがしにテスが飛び、フィルもどこか落ち着かない様子だ。これは勝敗がどちらだったとしても戦いが終わった後が大変だ、と四脚人と合流しながらセイは頭を抱えるのだった。
次回は10月28日に投稿予定です。




