地獄穴の戦い 巨獣戦
敵の第四波を粗方片付けたところで、第五波である獄獣達が縦穴から現れた。その姿を見て、私は思わず舌打ちしてしまう。その理由は悪い意味で予想通りであったからだ。
「数は少なくなったが、明らかに強い個体ばかりになっている。厄介極まりないな、これは」
縦穴から現れた獄獣の数は随分と減っている。しかし、そのほぼ全てが三メートル超の大型個体ばかりなのだ。敵の数は減っても質が上がったのでは苦戦は必至である。
これまでは魔導人形部隊と不死部隊はダメージこそあれど数を減らしてはいなかった。しかし、ここからは肉壁として使い捨てる場面もあるだろう。この第五波で戦いが終わるとは限らないので、無闇に使い潰したりはしないつもりではあるが。
「ゴゥオアァァァァァァァ!!!」
「ギシャアァァァァァァァ!!!」
ここからの戦術について私が方針を定めていると、縦穴から二匹の巨大な獄獣が姿を表した。その大きさは他の個体とは別格で、十メートル近い身長を誇っている。あれはこれまでの個体よりも確実に強いだろう。
二匹の獄獣は当然のように異形をしている。片方は獅子の頭部に類人猿の胴体、関節が人間よりも一つ多い六本の逞しい腕、魚類を彷彿とさせるゴツゴツした鱗に包まれた足が生えている。そんな獄獣は二足歩行しており、右手には巨木を削り出したらしい藍色の棍棒を握り締めていた。
もう片方の獄獣は、一言で言うなら超弩級のダンゴムシだった。ただし、やはり獄獣と言うべきかよく見ればその容姿は異様である。鋭い棘が無数に生えたスパイク状の甲殻とその隙間から覗く燃え盛る無数の脚、頭部から伸びる妙に長い触覚には牙を持つ口があって目のない蛇のようであった。
「爺さんよォ!俺ァダンゴムシを貰うぜェ!」
「良かろう!」
ただ、二匹の巨大な獄獣に最も近い二人は臆することなくあの怪物に向かって駆け出した。どれだけ敵が強大であろうと、ジゴロウと源十郎の二人が敗北するビジョンは私には見えない。よし、我々は我々の戦いに専念するとしよう!
◆◇◆◇◆◇
地底から戦場という舞台へ物理的に登ってきた巨大な二匹の獄獣。これを見たジゴロウと源十郎の判断は早かった。こいつらは自分達の獲物だ、と。
「爺さんよォ!俺ァダンゴムシを貰うぜェ!」
「良かろう!」
戦場全体に響き渡るような大声でジゴロウが片方を受け持つと言い、それを了承した源十郎は自分の標的である異形の巨人と相対した。願わくは己の技量の粋を振るうに値する相手であれと望みながら。
「ゴルルルルル…」
「ふむ、獄獣にしては高位なのじゃろうが、レベルで換算すると儂らと大差なさそうじゃな」
自分よりも遥かに小さい源十郎を睨む獄獣の目に宿るのは、強敵を前にした獣特有の警戒心であった。それを見てとった源十郎は、相手が他の獄獣よりも幾分か賢いと同時に個体としての強さもそれなりに高いのだろうと推測した。
観察している間にも、何十匹もの獄獣が源十郎に襲い掛かっている。彼は当然のように刀を振るって獄獣達の首を始めとする急所を正確に突いて葬っていた。戦場全体は爆発や怒号、悲鳴が響き渡っている中で彼の周囲だけは静謐に包まれているようだった。
「ゴアアアアアアアアアアアッ!!!」
「ふむ、ダメージがある咆哮か。外骨格の上から少しだけ削られたが…周囲が広くなってやり易くなったわ」
異形の巨人は源十郎に向かって物理的に押し潰さんと咆哮を上げた。空気がビリビリと震えても源十郎はその強固な外骨格のお陰で咆哮によるダメージはほとんど受けていなかったが、彼の周囲にいた獄獣は甚大な被害を受けていた。
ルビーが倒すのに苦労した防御力の高い個体はともかく、攻撃力ばかり高くて防御力に乏しい獄獣は纏めて塵にされてしまったのである。完全に同士討ちなのだが、獄獣は群れではあるが仲間ではない。よって異形の巨人は全く気にした様子もなく右手に握った棍棒を振り下ろした。
「ゴルルル!ゴオオオッ!」
「ほっほ!何と言う剛力!儂のサイズではどうあっても出せぬ力じゃ…いや、ジゴロウなら出せるやもしれんか」
圧倒的な質量を伴った打撃は大地を揺らし、空気を震わせて源十郎の命を潰そうと迫る。だが源十郎は驚嘆しつつもどこか楽しそうで、しかも余裕を持った状態で獄獣の棍棒を回避していた。
むしろ他の獄獣の方が受けているとばっちりの方が悲惨であった。源十郎は回避しながら狡猾にも獄獣の多いところに棍棒を誘導し、その一撃に巻き込んでいるからだ。彼の機転によって、第五波で出現した獄獣の二割近くを片付けることに成功していた。
「ひょいひょいと躱し続けるのも良いが、やはり儂は敵を斬る方が好きじゃ…の!」
そう言って源十郎は大太刀を上段に構えると、地面に打ち付けられて動きが止まった棍棒に向かって刃を振り下ろした。しかし、返ってきた手応えに彼は思わず眉を顰める。何故ならこれまであらゆる敵を斬り裂いて来た源十郎の一太刀を以てしても、藍色の巨大な棍棒の表面を薄く削ることしか出来なかったからだ。
刃が棍棒に触れた瞬間、源十郎はこの棍棒は見た目通りの木材だと思ってはならないと感じた。これは鋼鉄よりも一層固い物質なのだ、と。
「ううむ、流石はゲームじゃ。金属よりも固い不思議な木があるとはのぅ…ふはは!面白い!」
自分の腕前と良質な武器が揃っても尚、斬ることが出来ない物質が存在する。そのことに源十郎は歓喜しつつ、彼は一つの目標を立てた。それはこの獄獣を倒す前に必ず奴が持つ武器を切断してみせると言うものだった。
自分で自分の戦いに制限を掛けるのは、一種の『縛りプレイ』と呼ばれるものになるだろう。イザームが聞けば戦場で何をしているのだと呆れるだろうが、困ったことに源十郎は勝利に条件を設けた方が燃えるタイプだったのだ。
「クハハハハハハァ!凄ェ!凄ェなァ、オイ!」
源十郎が敵と共に敵の武器も斬ってみせると意志を固めている頃、ジゴロウは哄笑しながらゴロゴロと転がるダンゴムシのような獄獣を押さえ付けようと踏ん張っていた。彼の両足が平行した二本の線を引き、それを即座に球状になった獄獣が均していく。彼我の大きさの差も相まって、端から見ている分には滑稽ですらあった。
ただし、十メートル超のダンゴムシが転がっているのだ。その被害は源十郎が戦っている異形の巨人の棍棒よりも広い。しかもダンゴムシの獄獣が甲殻の隙間から炎を噴き上げているとなれば、巻き込まれた獄獣は堪ったものではない。ダンゴムシの炎によって焼かれ、質量によって圧死した獄獣の数は既に百を超えていることだろう。
「流石に力比べは分が悪ィかァ!なら…よっこら、しょォォォォォ!」
炎が効かず、籠手によって腕が守られているからこそ無茶が出来ていたジゴロウだったが、正面からの力比べでは勝てないことを認めたらしい。ならばその代わりと言わんばかりに、彼はダンゴムシの進行を止めるべく前へ出していた力を今度は下から持ち上げるために使ったのである。
驚くべきことにダンゴムシはほんの少しだけではあるが地面から浮かび上がり、その瞬間を逃さないようにジゴロウはハイキックを叩き込む。彼の馬鹿力によって軌道が反れたダンゴムシは、源十郎と戦っていた異形の巨人に向かって突っ込んできたではないか。
「ゴルロアアアアアアアアッ!!!」
「ヘッヘ!ナイスバッティング、ってなァ!」
それまで地面を動き回る源十郎に棍棒を当てられず苛立っていた異形の巨人は、自分に突撃してくるダンゴムシへと八つ当たり気味に棍棒を振るう。スイングのフォームはメチャクチャながらも、巨人にはその体躯が生み出す破格の筋力によってダンゴムシは百メートル以上も飛んでいった。
棍棒と激突した際、メキメキと音を立ててダンゴムシの甲殻の一部が割れ、露出した部分から轟々と炎が吹き荒れる。地面に落下した場所にいた獄獣達が再び被害を被ったことは言うまでもないだろう。
起き上がろうとモゾモゾ藻掻くダンゴムシだったが、無様な獄獣に追い討ちを掛ける者がいる。それは勿論、ジゴロウであった。
「ハッハァ!ひっくり返ったダンゴムシってなァやっぱり気色悪ィなァ!デケェと余計にそう思うぜェ!」
言葉とは裏腹に心から楽しそうに笑うジゴロウは、無数の節足が蠢く露出した腹に乗る。そして表面が燃えているダンゴムシの節足を鷲掴みにすると、関節の部分で捩じ切った。更に千切れた節足を槍のようにしてダンゴムシの獄獣に思い切り突き刺した。
ダンゴムシの獄獣は不快としか言い様のない絶叫を上げ、頭部から生えている二本の触角でジゴロウに差し向けた。ダンゴムシのサイズもあって、触角は大型の蛇ほどもある。開かれた大きな口から見えるゾロリと生え揃った牙には毒もあり、噛み付かれたならジゴロウであっても看過し得ぬダメージを負うことだろう。
「オイオイ、そんなモンかァ?遅過ぎンぞォ!」
ただし、ジゴロウにその牙が届くことはなかった。彼は触角の一本を角で貫き、もう一本を回避しつつ噛み千切ったのである。そして千切れた先端を踏み潰しながら、節足を胴体に刺す作業を再開した。
「んあ?往生際の悪ィ野郎だなァ…」
触角による反撃に失敗したダンゴムシの獄獣は、最後の手段に出た。それはジゴロウごと身体を丸めることで、彼を圧殺するという力業である。
ジゴロウは邪魔な草木を刈り取るように節足を引き千切りながら脱出しようと試みるが、多少千切られてでも絶対に逃がさないという意志のもとに迫る節足に足止めされて遂に捕らわれてしまった。そして丸くなった状態でダンゴムシの獄獣は再び甲殻の隙間から炎が漏れだす程に身体を熱する。
捕まえた小さな敵を確実に仕留めた。そうダンゴムシの獄獣は確信しただろう。だが、捕まえた相手は自分にとって相性が最悪に近く、また捕まえることが悪手であると知るのは遅すぎた。
「ギッ…ギィシャァァァァァァァ!?」
丸くなったままのダンゴムシの獄獣の全身に激しい金色の電撃が駆け巡る。スパイクとなる棘から周囲にも漏れ出した電撃は、戦いに巻き込まれて弱っていた獄獣を纏めて塵に変えていた。
「あーあー、これだけでノビちまったかァ」
ピクピクと痙攣するダンゴムシの獄獣だったが、その隙間からジゴロウが平然と現れた。彼は獄獣の炎をその優れた耐性と武技によって防ぎきり、お返しとばかりに最大出力で電撃を放って感電させたのだ。
炎と雷を操って戦うジゴロウの全力を包み込んだせいで真面に受けてしまったダンゴムシの獄獣は、瀕死の状態に陥るまで体力を削られ、しかも麻痺の状態異常になっている。もう少し強いと思ったのに、と残念そうなジゴロウは獄獣の頭部を蹴りによって破壊してトドメを差す。その背後では巨人の獄獣の首が、半ばで両断された棍棒と共に空を舞っているのだった。
次回は10月24日に投稿予定です。




