地獄穴の戦い 地上戦
「縦穴から飛行可能な増援は出て来てはいない。空中の戦いは佳境と言ったところか」
カルが大型の獄獣を尻尾で斬り捨てる場面を目撃した私はそう呟いた。同じ種類の個体はシオ達に押されていて、今にも倒されそう…あ。一羽が討伐されたか。こうなると残りは消化試合だろう。
シラツキの主砲によって強い個体は軒並み排除され、増援の中に飛行型はなし。残っていた中で最も強そうな個体はカルとシオ達だけで十分に対処できている。残りの獄獣も鉱人の容赦のない射撃に曝されて壊滅状態にあった。
「特に強そうな個体は丘の下側でジゴロウと源十郎が抑えてくれている。戦いの余波で周囲の獄獣が巻き込まれているのは都合が良い。問題はやはり四脚人達に見られる疲労か」
住民達はまるで生きているかのように疲労を覚える。リアリティーがあるのは良いが、今の場面では無尽蔵のスタミナがあってくれた方が都合が良いのだが。
とにかく、突撃を繰り返している四脚人はそろそろ後方に下がって回復に専念してもらうべきだ。私はインベントリから取り出した照明弾を打ち上げ、四脚人に一時撤退の合図を送った。
「さて、これで敵を分断してくれる頼もしい味方が休憩に入ることになる。ここは一気に激戦区になるから、気を引き締めろ」
「じゃあ、ぼくは出過ぎない程度に前に出ますね。任せてください!」
「なら、アタシは適当に引っ掻き回そうかしら。戦果は期待しないでね?」
エイジは頑丈な盾を持ち上げながら微笑みを浮かべて前線に赴き、兎路は双剣をユラユラと揺らしつつ不死部隊の向こう側に消えていく。これでこの場所に残ったのは私とウールだけになった。
私達は決してサボっている訳ではなく、後方からずっと援護をしている。すると丘の裏側から四脚人達が、空から飛行型魔導人形に乗ったミケロがやって来た。
「呼んだか、イザーム殿」
「ええ。ミケロも完璧なタイミングだ」
「お褒めに預かり光栄です。では、早速治療を始めましょう」
ミケロはそう言うと魔術と魔眼によって四脚人達を癒していく。大なり小なり怪我をしていた彼らは見る見るうちに治って行き、それを見て喜んだ彼らは即座に戦線に戻ろうとしたので私は慌てて止めた。少しだけでも休憩していけ、と。
「傷が癒えても魔力は戻っていないでしょう?魔力が少しでもいいから回復するまで休憩してください」
「うむ…それが総司令の判断ならば従うのである。しかし、我らが居らずして前線を支えるのは難しいのではないか?」
レグトゥス殿の指摘は尤もである。四脚人達の突撃と誘導によって敵を分断させつつ分散させているからこそ、魔導人形部隊と不死部隊は安定して戦えているからだ。
故に彼らを休ませると言うことは、全ての敵を受け止めなければならないことを意味する。それは確かに厳しいが…決して不可能ではないのだ。
「難しくとも四脚人の皆さんが十分な休息を取るだけの時間は稼げますよ。我々の中で最も頼りになる重戦士が自分に任せろと言ったのですから」
私が自信満々に答えた時、前方からエイジの雄叫びと凄まじい衝撃音が木霊するのだった。
◆◇◆◇◆◇
「うはっ!思ったよりも多く見えるね、敵の数が」
自ら最前線に立ったエイジだったが、四脚人による突撃がどれだけ効果的で、自分達の負担を減らしていたのかを実感していた。彼の眼下にいる奇声を上げながら駆け寄って来る獄獣の大群を、ここにいる戦力だけでずっと抑え続けるのは不可能だと理解しているからだ。
ただ、エイジは余り危機感を感じてはいなかった。それは彼が自分の力を過信しているからではなく、四脚人による援護がなくとも短時間であれば持ちこたえるこちが出来ると確信しているからだった。
「よぉし、一発カマしてやるとしますか…かかってこい!ブオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
エイジは怒濤の如く押し寄せる獄獣の群れに向かって盾を構えながら、腹の底から声を出して注意を引き寄せる。挑発系、それも複数を対象にする武技を使ったのだ。
丘を駆け上がる獄獣の三分の一ほどが挑発に乗ったらしい。ある獄獣は大きな口を開いて牙を剥き出しにして、またある獄獣は爪を構え、そしてある個体は触手や尻尾などの武器となる部位を振りかざしながら突っ込んでくる。
一体一体は自分よりも弱いとわかっていても、多種多様な敵が一斉に飛び掛かってくる光景に恐怖を覚えないと言ったら嘘になるだろう。先程の咆哮は己の内にあった恐怖を吐き出す意味もあったのである。
「グルアアアアッ!」
「ギシャアァァッ!」
「ぐぅおおおおお!何のこれしきぃ!剛砕衝盾!うおりゃああああっ!」
連携など気にも留めない獄獣達は、我先にとエイジが構えた盾に突っ込んでいく。自分の前にいる獄獣が後続に潰されようがお構い無しの、無茶苦茶過ぎる特攻であった。
だからこそ産み出せる圧力にエイジは歯を食い縛って耐え、それどころか武技によって盾を押していた獄獣とその背後にいた獄獣をまとめて吹き飛ばす。レベルが低い個体はそれだけで絶命し、生き残った個体も後続に踏み潰されていった。
「轟斧震撃!吹っ飛べぇっ!」
更にエイジは彼の斧を地面に叩き付け、後続の獄獣を薙ぎ払う。斧を振り下ろした場所から前方の広範囲に衝撃波を伝える武技は、その威力に耐えられない個体を悉く塵にしてしまった。
エイジは確かに強くなったが、格下相手とは言えここまで圧倒出来るほどではなかった。それをここまで引き上げたのは、アイリスが新調した武具のお陰である。流石はプレイヤーでも有数の職人だな、とエイジはほくそ笑んだ。
「アハハ!雑魚相手だとバターみたいに斬れちゃうわね!」
エイジの背後では彼が惹き付けられず魔導人形と戦っている獄獣を、兎路は艶然と笑いながら炎を纏う黄金の双剣で切り裂いている。これもアイリスが新調した武具の一つであり、兎路はその切れ味に恍惚とした表情を浮かべずにはいられなかった。
彼女は特段に自分の強さなどを誇示したりする性格ではない。しかし、圧倒的な力で敵を蹴散らしていくことに快感を感じることは否定できないのだ。
「ギュボボボッ!」
「あら?危ないわねぇ…アイリスと違って汚い色の触手だし」
そんな兎路の斬撃受けたにもかかわらず、倒れるどころか反撃してみせたのは鹿のような姿の獄獣であった。ただし頭部から生えているのは角ではなく、ウネウネと蠢く触手である。その色は泥のような濁った茶色であり、それを見た彼女は端正な顔を顰めていた。
軽口を叩きながらも、彼女は敵がそれなりに手強いことを認めている。確かに急所である首を深く斬った手応えがあったのに生きているということは、敵の体力がかなり高いことを意味しているからだ。
しかも彼女が斬った傷跡は綺麗さっぱり消えていることから、高い再生能力をも有していると思われる。面倒くさいわね、と彼女は心の中で悪態を吐いた。
「一撃の威力が低いアタシの天敵みたいな奴ってこと?だったら、こっちも手数を増やせばいいだけだけど」
そう言って彼女はその場で剣舞を舞い始める。すると、彼女の周囲に陽炎が発生したかと思えば、その左右に全く同じ動きをする半透明の分身が発生したではないか。
産み出された分身は本体である兎路と全く同じ動きをして、しかも分身でありながらその双剣は敵を斬り裂く。ただの陽炎と言うわけではないのである。
「ギョボッ!?ギョブバァァァ!!!」
単純に攻撃の手が三倍になった兎路によって、鹿のような獄獣は一瞬でバラバラにされてしまう。そして彼女が剣に纏わせていた炎によって焼き尽くされてしまった。高い体力であっても、これほどの猛攻は防ぐことが出来なかったようだ。
獄獣が消滅するのと時を同じくして、彼女の分身もまた空気に溶けるように消えていく。この分身は【双剣舞術】という能力の武技である。分身を維持出来るのはたった数秒で、分身に本体と異なる動きをさせたりは出来ない。しかし、発動に必要な魔力が少なく、数秒間の間だけ三倍の手数を増やせることから兎路は好んで使っていた。
「アタシは魔術も使うしね…っと!」
彼女は効果が切れ掛けていた【付与術】によって己の剣に再び炎を纏わせ、敵の間を踊るように掻い潜りながら斬り裂いていく。それはまるで最初からそう動くことが決まっている、完成されたアクション映画のワンシーンのような華があった。
「僕もー、頑張るぞー。メ゛ェェー」
「ギイィィィ!?」
「アアアアア!?」
これまで一つの口だけで全体を強化していたウールだったが、四脚人が回復に努めている間は自分も攻撃に加わるべきだろうと二つ目の口でも鳴き声を上げ始めた。その鳴き声を聞いた敵はたちどころに苦しみだし、そのまま蹲ってしまう。結果として後方から続々と押し寄せる獄獣の大波に踏み潰されてしまうのだ。
ウールがあえて直接ダメージを与えるのではなく、敵の動きを妨害する鳴き声を選んだのには理由がある。それは彼が自分の主な役割は鳴き声による味方の強化であると確信しているからだ。
無論、広範囲に声を用いた衝撃波で攻撃することは出来る。だが、そのために魔力を無駄に消費するよりは魔力を温存して声による強化の効果が切れないようにした方が良いと判断したのだ。
「メ゛ェェー。おぉー、やっぱりー、攻撃はー、イザームに任せよーねー」
ウールが魔力の消耗を抑えつつ鳴いていると、その眼前で極大の真っ黒な球体が発生して広範囲にいる獄獣を吸い込んで押し潰していく。これがイザームの魔術、暗黒穴であると知っている彼は、やはり自分は攻撃よりも支援を優先した方が良い。そう思いながら再び鳴き声を上げるのだった。
次回は10月12日に投稿予定です。




