地獄穴の戦い 緒戦
「ぬおぉ…!聞いてはいたが、とんでもない威力だ…!」
目を視界を真っ白に染め上げるような光を放つシラツキの主砲は空を飛ぶ獄獣の群れを貫き、射線上にいた全ての個体を焼き払った。威力についてはシラツキから聞いてはいたのだが、実際に目で見ると言葉を失ってしまう。
ただし、この戦いにおいて主砲を撃つことはもう出来ない。何故なら、主砲を撃つためのエネルギーがないからだ。
主砲のエネルギーを賄っているのはシラツキの動力ではなく、巨大で品質の高い属性を持たない魔石である。そんな贅沢な魔石を、一発につき一つ消費するのだ。
これは【錬金術】によって作ることが出来るのだが、何とクランメンバー全員の持つ在庫をかき集めても主砲を撃つのに必要な条件を満たさなかった。四つの種族にも手を貸してもらい、どうにかこうにか一つだけ完成に漕ぎ着けたのだが、それを使ったので主砲の冷却時間が経過したとしてもどうしようもないのである。
「古代の戦争だとあんなビームが飛び交っていたのかもしれん」
「そりゃァ完全に別ゲーだなァ」
「イザームよ。シラツキも良いが、そろそろこちらも動かねばならんのではないかのぅ」
おっと、源十郎の言う通りだ。怒濤のごとく押し寄せる地上の獄獣との戦いに集中しなければなるまい。
「飛行型魔導人形は一度目の爆撃を開始、と。鉱人達、頼む」
「「「はーい」」」
しいたけにチャットで連絡しつつ、私は鉱人達に最初の一手を打ってもらう。元気な返事をした彼らは装甲車型の戦術殻を前方に移動させ、しいたけ製の爆弾を内蔵した飛翔体を搭載された大型連弩によって発射した。
「ギャアアアアアアアア!?」
「ギオオオオッ!?ギヒィィィ!?」
弧を描いて獄獣の群れの中央部辺りに着弾した飛翔体は、地面に激突した瞬間に爆発した。爆心地付近にいた獄獣の多くは即死し、爆風によって吹き飛ばされた個体は仲間に踏まれて姿が見えなくなってしまう。
地上で最初の爆発が起きたのに前後して、シラツキからも飛行型魔導人形が出撃する。こちらは獄獣の群れの奥側まで進むと、バラバラと爆弾を投下してから即座に踵を返してシラツキへ補給に戻って行った。
飛行型魔導人形が投下した爆弾は、鉱人が使う飛翔体と違って派手な爆発はしない。その代わり、紫色や深緑色という毒々しい色の煙を発生させた。
その煙は一定範囲に拡がった後、緩やかな渦を成しつつその場に止まっている。狂暴過ぎて知性に乏しい獄獣達は明らかに危なそうな煙を真っ直ぐに突っ切って此方に向かって来た。
「ゴエェッ…グオォォ?」
「ギョッ…キョホホホホォ!?」
すると煙を吸い込んだらしい獄獣が苦しみだし、ある者は痙攣しながら動けなくなり、またある者は奇声を上げながら同士討ちを始める。煙が原因であることは言うまでもないだろう。
煙の原料は闇森人が提供してくれた『誘惑の闇森』に生えている植物の中で、毒性を持つ様々な果物や草だ。これらから抽出した成分を撒き散らし、それでいて拡散しないように渦を巻く仕組みを組み込んだ爆弾。これがしいたけの作り出した新型の毒ガス爆弾なのだ。
ただし獄獣の中には状態異常に耐性を持つ個体も多いようで、それらは何の痛痒も覚えずに煙を突破してくる。そんな個体も爆発する飛翔体によって大半がダメージを負っているようだが、中には毒ガスと爆風を掻い潜ってみせる者達がいた。
「ここからは我々の仕事だ。魔導人形部隊、前へ。不死部隊、防御陣形」
魔導人形と不死は隊列を乱すことなく、私の命令に忠実に従っている。特に不死部隊の方は豊富な戦闘経験から、複雑な命令も熟すことが可能だ。獄獣共よ、その強さをすぐに見せてやろう。
耳障りな鳴き声と共に奇々怪々な外見をした獄獣達が迫ってくる。丘を駆け上がり、我々を蹂躙しようと言うのだろう。
「魔導人形部隊、迎撃開始」
「「「ゴゴゴゴゴ…」」」
私が命令すると、魔導人形達は無造作に拳を振り上げ、それを淡々と前から来る獄獣に振り下ろしていく。毒ガスと爆風を逃れた個体の中の約半数が、質量の塊による暴力によって倒された。
しかし残った半分はこれを回避し、魔導人形やその背後に控える我々と不死部隊に襲い掛かる。その狂暴さと勢いは素直に凄いと思うが…それはあまりにも無謀であった。
「不死部隊、迎撃せよ」
「「「ギャアアアアアアアア!?」」」
不死部隊の最前列にいる個体はしっかりと盾で獄獣の攻撃を受け止め、後ろにいる不死達が密集陣形の隙間から槍で貫いていく。その隙間とは不死の同士の隙間でもあったが、不死の鎧の隙間も含まれていた。
不死傀儡は骨のマネキンのような魔物であって肉がなく、案外隙間も多い。その結果、脇の下や首筋の隙間から刃を通すことが出来るのだ。我が不死部隊による防御陣形に突っ込むということは、堅牢なる壁であり、無慈悲な剣山とも言えるモノに挑むということに等しいのである。
「イザーム殿達が敵を止めた!四脚人の武勇をあの獄獣共に思い知らせてやるのである!征くぞ!」
「「「おおおおおおおおっ!!!」」」
そこへレグドゥス殿が率いる四脚人達が横っ腹を衝く形で突撃した。四脚人達は各々の武器を以てを獄獣達を薙ぎ払っている。流石は生まれながらの騎兵と言える種族だ。
特に先陣を切ったレグドゥス殿の気迫は凄まじい。彼は獅子の咆哮を轟かせながら、立派な体躯が生み出す筋力を活かして巨大な矛を振り回している。単純な攻撃力も脅威的だが、あの前に立つのはさぞ恐ろしいだろう。
「こっちも行くぞ!ほら、こっちだ!」
四脚人の重騎兵による突撃は、獄獣の群れを前後に分割させた。その背後から現れたのは軽騎兵である。彼らは分断された後方の敵を挑発するように矢を射掛けると、怒り狂って彼らに向かって駆け出した。
その状態になってもただの魔物の群れに過ぎない獄獣には撤退の二文字はない。群れの前方が魔導人形と不死による二重の壁に磨り潰され、後方の一部は四脚人の軽騎兵によって引き離されている。
「グオオオオオッ!?」
「来たぞ!やれ!」
軽騎兵が誘導していった獄獣の足元が、突如として泥となって沈みこんだのだ。そこへ姿を消していた疵人達が手に持った武器で滅多刺しにしていく。
地面が急に変化したのは、疵人が地面に描いていた紋様の効果である。彼らは隠形によって既に陣地とした丘の周囲に幾つもの罠を設置している。しかもこの罠は紋様を描き直せば再び使えるのだから便利なものだ。
敵は正面からのみ来た訳ではない。丘を迂回するようにして、こちらに迫る獄獣も存在した。多少は頭が回るようだが…我々も全ての獄獣が猪突猛進であるという都合のよい考えは持っていなかった。
「ははっ!やっぱりこっちにも来たみたいだよ!」
「皆、やってしまえ!」
迂回しようとしていた獄獣達を、急成長して伸びた木々が阻んだのである。更に林の中から矢が射掛けられ、獄獣達を貫いた。
矢を放ったのは、地面に伏せて隠れていた闇森人達である。彼らは自分達の住む森から幾つかの種子を持ってきて、【樹木魔術】によってこれらを急成長させたのだ。
即席の、しかし鬱蒼とした林は闇森人のホームグラウンドと言って差し支えない。木々の隙間を縫うように飛んでくる矢は回避することが非常に難しい。あっという間にハリネズミのようになって林に踏み入れた獄獣達は駆除されてしまった。
この林の中には闇森人の戦士だけではなく、鉱人製の機械式の罠も用意してあった。これには疵人の紋様が刻まれており、周囲の環境に溶け込むような加工までされている。見えない罠から強力な攻撃が飛んでくるなど悪夢としか言い様がないだろう。
「おォ、やるじゃねェか」
「うむ。どうやら第一波は危なげなく凌いだようじゃのぅ」
丘の上に立つ我々は戦場全体がよく見える。源十郎の言う通り、どうやら最初に突撃してきた一団は上手く対処出来たようだ。敵の強さは大したことはなかったが、数の上では圧倒的に負けていた。それに危なげなく勝利したのだから、私も含めて全体の士気は上がっていることだろう。
「次がー、来てるよー」
「第二波がもう来たか。上の補給はまだ終わっていないようだ。まだ毒ガスの効果は続いているが…避ける個体が多い。知能の高い個体が増えたということだろうか?」
ウールの指摘通り、縦穴から新たな獄獣が這い上がって来ているのだ。その一団には毒ガスを警戒しているのか、その範囲を迂回してこちらに向かう個体が多かった。
無論、毒ガスなど関係ないとばかりに通り抜け、そのまま倒れる個体もこれまで通りにいる。だが、毒ガスによって倒れてくれる敵の数が減ったのは誰の目にも明らかだった。
「知能の高い敵はより強い可能性は高い。ジゴロウ、源十郎。二人に任せなければならん相手も交ざっているかもしれん。その時は頼む」
「望むところってヤツだぜェ、兄弟」
「うむ。存分に戦わせてもらおうかのぅ」
強敵の予感にジゴロウと源十郎の戦意は高まる一方である。指揮官としては敵の数が不明かつ徐々に強くなっていくかもしれないというのは頭が痛い問題だが、勝利するためには戦うしかない。私は睨み付けるようにして敵の第二波を見詰めるのだった。
次回は10月4日に投稿予定です。




