繋がる街と集まった戦力
王宮の向こう側の被害は音の大きさに比例するようにまあまあ大きなものだった。建物、と言っても誰も住んでいないハリボテだが、それが十五、六軒崩れている。どうやら地盤が陥没したようで、内側から沈むような状態になっていた。
ここにはまだ誰も住んでいなかったので人的被害は出ていないし、崩落した場所は瓦礫で埋まっているのでポッカリと穴が開くこともない。不幸中の幸いである。
「何が原因だ?老朽化していて耐久値が減少していたのか?」
「違うぞ、友よ。瓦礫の下側に何かいる。それが仕出かしたことだと思うぞ」
地下から?ひょっとして地中を掘り進めることが出来るモグラのような獄獣がいて、灰を避けてやって来たとでも言うのだろうか?もしもそうなら、今すぐに現有戦力を集めて戦わなければならない!
私が内心で焦っていると、瓦礫の一部が地下から何かで殴るような音と共に少しずつ崩されていく。巻き上がる粉塵と破片を咄嗟に腕を掲げて防いだ後、私とキリルズは臨戦態勢を取る。
音の大きさからただ事ではないと、まだ出発していなかったジゴロウを始めとした仲間達に加え、四脚人と疵人の戦士達が続々と集まって来た。呼ぶ手間が省けたと同時に彼らの頼もしさから、少しだけ私は緊張が解れるのを感じている。これだけいれば穴から出てくる端から倒すことも可能だろう。
我々が待ち構えていると、ボコッと言う音と共に瓦礫が大きく崩れた。その時、真っ先に突撃したのは瓦礫の上空で待機していたカルであった。
「グオオオオオオオオッ!!!」
これは後から聞いたのだが、最初の爆発音で何時ものようにカルと遊んでいた子供達が怯えてしまったらしい。それによってカルは友人に怖い思いをさせた敵への激しい怒りを抱いたのである。
骨身に響く重低音の咆哮と共に粉塵に突っ込んだカルだったが、すぐに何かを咥えたまま粉塵の中から飛び出して来た。カルの咥えているモノは…我々が良く知る者だった。
「うぎゃああああっ!?ちょっ!カルちゃん!止めてくれぇぇぇぇ!」
カルが咥えていたのは、土や泥で汚れた白衣を纏ったしいたけだったのだ。つまり、この騒ぎは敵の攻撃ではなく、仲間であるしいたけの仕業だったのである。
しいたけのことを知らないキリルズと疵人達以外の戦士達が脱力していく中で、しいたけだけはずっと絶叫を上げている。と言うのも、カルが咥えているのは彼女の白衣の裾だったからだ。カルの口元でブラブラと揺れるのはさぞ怖いことだろう。
まあ、これだけの人を騒がせたのだ。これで少しは懲りてくれると良いのだが…きっと喉元過ぎれば熱さを忘れるというヤツになるのだろうなぁ。
ギャーギャーと女性が上げるには些か以上に汚い悲鳴が耳障りだったのか、カルはゆっくり着地すると口を開けてしいたけを解放した。ただ、そっと地面に置くのではなく、頭が高く上げている状態でパッと口を開けたので、しいたけは顔からベチャリと落とされた。
「おべっ!?痛た…いや、痛くないけども。ぶはっ!?」
「…行き場のない怒りの解消に嫌がらせしているのか。カルの怒りは深いようだな」
起き上がろうとするしいたけに追い討ちを掛ける形で、カルは飛翔するときにわざと強い風を起こしたのである。飛んだカルはきっと子供達のもとへ向かうのだろう。後で宥めに行くとするか。
風圧で再び転がされ、全身に砂埃を浴びたしいたけは生まれたての子鹿のような足取りで立ち上がる。そして咳き込みながら白衣を叩いて汚れを簡単に落としていた。
「ふおおっ!やったぜ!ちゃんと目的地に着いたぜぇぇっ!」
「おい、しいたけ。盛り上がっているところに悪いのだが、ここにいる全員が納得出来るようにキチンと説明して貰えるよな?」
両手を挙げて快哉を叫ぶしいたけに、私は努めて冷静に尋ねた。彼女のことを知らない者達は、未だに刺すような視線で彼女を睨んでいるのだ。きっとカルが敵対的な行動をとったからだろう。
「イザーム!聞いてよ!このしいたけ、鉱人の皆と一緒に一大事業を成し遂げたぜ!」
「鉱人と…?」
興奮したようにしいたけが私の肩を叩いていると、しいたけが出てきた穴の内側から巨大な金属の手が伸びてくる。それが瓦礫を一つ一つ丁寧に動かして穴を拡張すると、中からショベルカーのような重機が登ってきたではないか!
アームの部分はショベルカーのそれに似ているが、球体の関節が三つあるし先端は人間の掌と同じ形状だ。そして左右の側には履帯の代わりに昆虫のような節足状の脚が生えていた。
ユニークな形状に驚いていると、他にも多種多様な重機が十台ほどゾロゾロと登ってくる。その光景に圧倒され、誰もが口をあんぐりと開けて見守ることしか出来なかった。
「着いた?」
「成功?」
「大成功さ!皆、グッジョブ!」
重機の一部がパカッと開くと、そこからニュルリと液体金属が流れ出てくる。その金属は地面に落ちると人型に変形して二本の脚で立ち上がった。
言わずもがな、彼らは鉱人である。鉱人達はしいたけの周囲をピョンピョン跳ねながら大喜びしている。これで大体の事情は読めたかもしれない。
「まさかとは思うが…『メペの街』からここまで直通する地下通路を掘ったのか?」
「ご名答!いやぁ、これで便利になるよ!」
しいたけは鉱人と協力して地下道を掘り進め、この場所まで繋いだのである。『メペの街』までの直通経路が出来たのは非常に便利であり、作ってくれたことは間違いなく彼女の功績だろう。
しかし!一言でいい、誰かに相談しろ!そうしておけば場所の相談も出来たし、事前に建物を撤去して今のような崩落騒ぎは起きなかったのだ!本当に困ったものだ…。
とりあえず集まってくれた者達には解散してもらわなければなるまい。私は武器を構えている者達の所まで飛んで行き、あれは無害な存在だから大丈夫だと説明しつつ、仲間が騒ぎを起こしたことを謝罪した。
私の説明と謝罪を聞いてほとんどの者は武器を納めたが、一部は納得していないようで訝しげにしいたけを睨んでいる。どうやらカルの対応を見て、とてもではないが味方だとは思えなかったらしい。
しいたけへの疑心を今すぐに解消出来ないと覚った私は、鉱人に目を向けさせることにした。彼女を怪しむのは仕方がないが、あのように鉱人が心を許している相手なのだから今は黙って認めて欲しい、と。
すると最後まで疑念を抱いていた者達は矛を納めてくれた。ただし、それは私の説得の効果と言うよりも、住居を提供した恩人としての私の顔を立ててくれた形である。しいたけには近い内に目に見える形で彼らに貢献してもらうとしよう。
「ああ、疲れた。説教は後にするとして…どうやってここまで掘り進めたんだ?鉱人の戦術殻は長時間の稼働は難しいと聞いていたが…」
「フッフッフ!それはですな、鉱人の意識改革を行ったのであります!」
「意識改革?」
しいたけ曰く、鉱人の技術は素晴らしいの一言に尽きる。しかしながら、彼らは作りたいモノを作るばかりで目的に即したモノを作ることはなかったらしい。と言うのも、技術力が高いことで大体のことが別のモノで代用出来たのである。
例えば『メペの街』を拡張することになったとする。我々ならばそれに使うための重機を用意するところを、彼らは戦術殻を使うのだ。戦術殻は自分の思い通りに動かせる万能兵器であるが故に、重機として使えなくもないのである。
工作が好きな鉱人にとって一番人気の戦術殻はいくらでもあるので、これで代用出来るのならそれで良いとなっていたのだ。しいたけはそこに注目し、目的に特化した道具を作ることの重要性を説いたのである。
特定の目的のためだけの大きな機械というものは、彼らにとって馴染みがないものだったらしい。衝撃を受けたと同時にそれはそれで彼らの創作意欲を掻き立てた。
この時、しいたけには一つの閃きがあったと言う。それは無論、彼らに重機を作らせて『メペの街』と『霧泣姫の秘都』を繋げてしまおうというのだ。思い付いたら即実行、と言うことで彼女は鉱人達に自分の案を提示した。
鉱人達は大喜びで彼女の案を受け入れた。目的のために専用の機械を作り出すという発想に感激はしたものの、かといって即座に目的を見出だせてはいなかったからである。
それからはトントン拍子で話が進んだらしい。掘削、土砂の運搬、舗装などを行う重機を瞬く間に形にし、短い稼働時間を補うべく人員を輸送するための車まで使ってここまで掘り抜いたのである。
「ちなみに、このしいたけが作ったこの『ツチトケール』と『強化ダイナマイト』も活躍したよ?まあ、最後に量を間違えて地上を吹っ飛ばしちゃったけど!がっはっは!」
あ、大きく崩れたのはしいたけのせいなのね。よし、これは本当に説教が必要だ。自然な流れで説教出来る環境を整えよう。
「しいたけ、詳しい話はアイリスを混ぜてしないか?『メペの街』と繋がったことを最も喜ぶのは彼女だからな」
「そいつぁ名案だねぇ。呼びに行~こ…あっ、ついでに獄獣との戦いに参戦してくれるように話は纏めといたから!後はよろしく!」
しいたけは下手くそなスキップをしながら、最後に重要なことをさらっと言ってアイリスを呼びに向かった。地下通路を繋げただけではなくて、鉱人との外交までやってくれたらしい。有能なのは間違いないのだが…まあ、今頃アイリスに怒られているだろうし感謝するだけにしておこう。
さて、それはそれとして私は疵人と四脚人と闇森人と鉱人の全てに今の状況を説明しなければならない。それが家主としての責任である。
さらに戦力が増える形になるのだが、この騒ぎについて話をするのは頭が痛い。早く不死傀儡を作る作業に戻りたいなぁ…などと現実逃避をしつつ私はキリルズを連れてまず鉱人のもとへ向かうのだった。
次回は9月14日に投稿予定です。




