続々と集まる者達
ゼルムス翁と共にレグドゥス殿の下へ赴いて事情を説明したところ、彼は鷹揚に頷いて了承した。そして互いに無礼に当たることなど、共に生活していく上でトラブルになりそうなことについて暫く話し合っていた。
無論、その間も私は彼らに同席している。ほとんど二人で会話しているので、居ても居なくても問題はない。しかし、私はこの街を所有するクランのリーダーだ。つまり、彼らにとっては家主に当たる。住人同士の暮らしに関する重要な話し合いに、家主が立ち会わないのは問題だからだ。
たっぷり二時間ほど擦り合わせを行った後、私は時間も遅かったのでログアウトした。獄獣との戦いに向けて着々と戦力が集結する一方で、私自身の作業は思ったよりも進んでいない。急がねばなるまい。
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「よォ、兄弟。待ってたぜェ」
翌日、ログインした私を出迎えたのはジゴロウであった。何事かと思って彼の後ろを見ると、そこには鎧がボロボロになっている不死傀儡達が立っていた。
鎧の損傷はどれも激しく、厳しい戦いを潜り抜けたことは明白だ。思った通りジゴロウは死ぬ寸前まで追い詰めるような調練を課していたらしい。きっと洞窟内では死闘が繰り広げられていたことだろう。
「強くしてくれたようだな。ありがと…ん?何だ、これは?」
私がジゴロウに礼を言いかけた時、一つの変化に気が付いた。全員の兜に何かが刺さっているのかと思っていたのだが、実際は内側から何かが出てきているのだ。
よく見るとこれは角であるらしい。どうやら進化しているようで、面頬を外してみるとその肢体は黒く染まっていた。これはひょっとして…
「進化するまで戦わせたのか!?無茶苦茶だな…」
「けど強くなってンだろ?注文通りじゃねェか」
進化するまでというと、レベルが10も上昇するまで連戦させたと言うことになる。そりゃあアイリス製の鎧がボロボロになるわけだ。仮にしいたけ製の回復アイテム、『ゾンビナオール』がなければここまでの無茶は不可能だったに違いない。
戦力の増強を喜ぶと同時に、今後もこのようなやり方を繰り返すつもりだろうかと不安になる。もしそうなら装備のメンテナンスのためにアイリスの手間が非常に増えるからだ。次からは少し控えて欲しいものだが…きっと繰り返すのだろう。
何はともあれ、進化したことは目出度いことである。どんな風に進化したのかチェックしておこう。
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名前:不死兵一号
種族:邪傀儡 Lv51
職業:邪兵士 Lv1
能力:【体力超強化】
【防御力強化】
【邪槍術】
【邪盾術】
【鎧術】
【体力回復速度上昇】
【連携】
【暗視】
【状態異常無効】
【光属性脆弱】
【打撃脆弱】
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邪傀儡、つまりは邪悪な傀儡と言うことらしい。同じく職業の邪兵士は邪悪な兵士と言う意味になるのだろう。確かに容姿はより禍々しくなっているので、邪悪と呼ばれるのも納得だ。
ジゴロウが連れていった兵士は全員がこの邪傀儡に進化している。進化したことで増えた能力はないものの、進化しているものが三つもある。戦力の質が数段上昇したと言っていいだろう。
「今日は別の連中を連れてくぜェ。あーしろこーしろって後ろから指示すンのも案外楽しいからよォ」
「それは助かる。そうだ、お前と『メペの街』に行った三人はどうしてるんだ?」
「エイジと兎路は一緒に帰ったぜェ。しいたけは残って鉱人と何か悪巧みしてたなァ、ヘッヘッヘ」
「悪巧みって…何を仕出かすつもりだ?」
ジゴロウは楽しげに笑うが、私は急に不安を覚えた。技術力はピカ一だが子供のようなところがある鉱人達に、有能なのは間違いないが突拍子もないことを思い付いて実行してみせるマッドサイエンティストのきらいがあるしいたけ。この二つが合わさった時にどのような化学反応を起こすのか、想像もつかないからだ。
仲間に危害を加えるような悪巧みをするとは思わないが、ジゴロウがゲラゲラ笑って私が頭を抱えるようなことをやってのける可能性は大いにある。一応、しいたけに確認をしてみようとは思うが…作業に集中して見てくれないだろうなぁ。
「あと例の疵人の…なんちゃら氏族が来たぜェ。兄弟が居なかったからよォ、アイリスが話を纏めてもう別の氏族を迎えに行ったみてェだ」
「ナデウス氏族が?おいおい、そっちを早く言ってくれ。しかし、アイリスには迷惑をかけてしまったか」
昨日上げた救援を呼ぶ花火は無事に届き、彼らはここまで来てくれたようだ。危険な地域だという認識だったはずだが、我々が攻略したのだと察して来てくれたに違いない。
運悪く私がログインしていない時に来たようだが、アイリスが応対してくれたようだ。彼女も作業があっただろうに、私の代わりを果たしてくれたらしい。有り難いと思うと同時に、私にもリアルの事情があるとは言え暗黙の了解で私の役割とされている住民との交渉や折衝をやらせてしまったのは申し訳なく思ってしまう。
「迷惑なんて思っちゃいねェと思うが…まァいいや。とにかく、兵隊は借りて行くぜェ」
「ああ、任せる。壊れない程度に使ってくれ」
ジゴロウはへいへいと言いつつ複数の不死傀儡を引き連れて出ていった。きっとまたボコボコにされつつも進化して戻ってくることだろう。楽しみにして待っているとするか。
ジゴロウを見送った後、私は他に何か知らせがないかチェックしてからナデウス氏族を探しに向かった。彼らがどこにいるのか聞くのを忘れていたが、きっと広場にいるだろうと推測して向かうと、そこには疵人と四脚人の子供達に囲まれて何かを語っているムーノ殿がいた。
「お久し振りですね、ムーノ殿」
「おや、あんたかい。よくもまあここの化物共を倒せたもんだね。見送った時は無理だと思ってたよ、あたしゃ」
私が話し掛けると、ムーノ殿は楽しげにクックッと笑った。彼女からしてみれば我々の挑戦は無謀以外の何物でもなかっただろうから、この反応は至極当然と言ってもいいだろう。
ムーノ殿の周りに集まっていた子供達は、私に元気な挨拶をしてから彼女に話の続きをせがんでいる。どうやら彼女の語る物語は大層面白いようだ。これは長々と話し込むと子供達の反感を買うだろう。要点だけを尋ねるとするか。
「どうにか攻略しましたよ。ところで、ナデウス氏族の酋長殿は何処に?挨拶をしておきたいのですが…」
「酋長殿なら張り切って他の氏族を助けに行っちまったよ。こんな時に氏族を置いて外に出るなんて馬鹿な奴だよねぇ?」
うおっ、またもや会えないのか。前にナデウス氏族と関わった時も酋長に会うことは出来なかったが、今回もまたすれ違ってしまったらしい。決戦の前に一度でいいから会っておきたいのだが、いないのだから仕方がないか。
「それは残念です。ですが、助けに行ったと言うことはナデウス氏族は疵人の保護に協力してくれるのですね」
「当たり前だろう?同胞の危機を見過ごすほど落ちぶれちゃいないよ。それにあの…獄獣だったかい?あれにはこっちも苦労させられていたしね。あんたらと手を組めるならそれに越したことはないよ。頑丈な壁もあることだしねぇ」
そう言ってムーノ殿は『霧泣姫の秘都』を囲む壁を眺める。日本の石垣に比べれば雑然としているが、石を積み上げて作られた壁は流浪の氏族からするととても頼もしく見えるのかもしれない。
「何ならこの騒動が終わった後もここに定住していただいて構いませんよ。土地は余っていますから」
「ふむ…まあ、考えておくよ」
「余っているのかい?それは良いね」
「「!?」」
私とムーノ殿が会話していると、聞き覚えのある声が割り込んで来た。ギョッとして横を向くと、そこには一度だけ会ったことのある男が立っていた。
「キリルズ!?いつの間に…」
「やあやあ、友よ!今度はこちらから会いに来たぞ!ナデウス氏族の長老殿も壮健そうで何より!」
彼は『誘惑の闇森』で最初に出会った闇森人の一人であるキリルズだった。キリルズはその端正な顔に満面の笑みを浮かべて私と肩を組む。再会を喜ぶ気持ちはあれど、その前にどうして、そしていつの間に彼が来たのかに対する疑問が大きすぎて私は混乱の極みにあった。
私の困惑など知らぬキリルズは、ムーノ殿に挨拶している。ムーノ殿はムーノ殿で困惑していた。本来は森に住む闇森人が、どうしてこんな場所にまで出て来ているのかわからないからだろう。
「どうしてここへ?お前達は森の住人だろうに…」
「もちろん、ただ会いに来ただけじゃないさ。本当はそうであって欲しかったのだけど、ね」
「獄獣のことか。そっちにも出たと聞いたぞ」
「正しくその通りさ。耳が早いね?」
セイからの報告で『誘惑の闇森』にも獄獣が押し寄せていることは聞いている。遊びに来た訳ではないのなら、彼がここに来る理由で思い付くのはそのくらいだ。
私の推測を聞いてキリルズは大きく頷いた。彼は獄獣襲来を知っていたことに感心しているようだが、プレイヤーは誰でもチャットが使えるので、離れていても迅速な情報交換が可能だ。だから褒められるようなことではない。
「聞けば君達は戦力を集結させて元凶を絶つつもりだと言うじゃないか。こっちも他人事ではないからね、是非ともその戦いに加えてもらおうと思ったのさ」
「それは願ってもないことだ!今は戦力拡充に努めているが、闇森人まで参戦してくれるのならそれは…」
頼もしい、と続けようとした私の声を遮ったのは後方にある王宮の向こう側で何かが崩れる大きな音であった。今度は一体何が起きたのか?私はキリルズと顔を見合わせると、ムーノ殿に断りを入れてから音の発信源に向かうのだった。
次回は9月10日に投稿予定です。




