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骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第十五章 這い出でる脅威
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平原より来る者達 その二

 私が羅雅亜と共に外へ出ると、普段は四脚人(ケンタウロス)の子供達が遊んだりカルと昼寝をしていたりする街の広場に多くの疵人(スカー)達が座り込んでいた。怪我をしている者も多く、ミケロと数人の四脚人(ケンタウロス)達が忙しなく治療している。


 その様子を子供達は不安そうに遠目から眺めている。彼らは疵人(スカー)のことを知っているが、ただならぬ様子に怯えてしまっているのだろう。無理もないことだ。


「おお、上様!ようやくお出で下さったか!」


 私が広場にやって来ると、自前のポーションを分けていたらしいネナーシが蔓をうねらせながら近付いてきた。今はペリカンに擬装するのを止めて、複数本生えている蔓をクネクネさせている。私は慣れているから問題ないが、疵人(スカー)達の顔が少し引き攣っているのを私は見逃さなかった。


 そして私のことを上様と呼ぶのは相変わらずである。もう止めさせるのは諦めたが、余りにも大仰な呼び方をされるのはいつまでたっても慣れはしないものだ。


「こちらの御仁が上様に申し上げたいことがあるとか。さあさあ、ご老体。此方へどうぞ」

「おお、すみませぬなぁ」


 ネナーシが蔓で支えるようにして連れてきたのは疵人(スカー)の老爺であった。その老爺は白髪と白髭を地面に付くまで伸ばしており、杖をついて歩かなければならないほど足腰が弱っている。一見するとヨボヨボで頼りにならなさそうだった。


 しかし手に握る杖は立派であるし、他の疵人(スカー)達が老爺に向ける視線には尊敬があるように思う。雰囲気を感じ取っているだけなので不確かではあるものの、ここは敬意をもった対応をするべきだ。


「儂はゼルムスと申しますじゃ。この度は儂らの氏族を受け入れて下さり、感謝の言葉もございませぬ」

「私はイザームと申します。あなた方を受け入れたことなら問題など何一つありません。ゆっくりと傷を癒して下さい。使っていない家は沢山ありますから、そちらもご自由にお使い下さい。まあ、家と言うには隙間の多いボロですが」

「それは有難いことですじゃ。このご恩、我らデオキア氏族は決して忘れませぬ」


 そう言ってゼルムス翁は深々と頭を下げた。それに倣うように他の疵人(スカー)達、つまりデオキア氏族達も頭を下げる。集落を逐われ、氏族全体で逃げ出さなければならなかった彼らの苦労は想像することすら難しい。安全な居場所こそ、今の彼らにとって喉から手が出るほど欲しいモノだったのだろう。


 ただ、彼らが感謝するべきは私ではなく羅雅亜達だ。だからこうして頭を下げられても恐縮してしまう。それに今はそれよりもやるべきことがある。今まさに危険が迫っているかもしれない他の氏族も助けられるなら助けるべきだからだ。


「頭を上げて下さい。それよりも、私を呼んだ理由をお聞かせ願えますか?」

「それでは単刀直入に恥を偲んで頼み申す。あなた方の街に他の氏族も受け入れては下さらんじゃろうか?」


 ゼルムス翁は再び頭を深々と下げて懇願する。私に頼みがあると言ってきた時点で、その内容は行方不明者の捜索か同族の救助なのではないかと予想はしていた。だから私は驚いてはいないし、受け入れることも断る理由はなかった。


「儂らの氏族はあの化物に襲われたのなら、他の氏族も襲われるかも知れませぬ。いや、既に襲われておるやも…数少ない同胞をこれ以上失いたくはないのですじゃ。何卒、何卒…!」

「同じく迎え入れている四脚人(ケンタウロス)の方々と仲良くしていただけるのなら、疵人(スカー)を迎え入れることは問題ありません。しかし…我々は他の疵人(スカー)の氏族が何処に住んでいるのかを存じ上げないのです」


 だが、致命的な問題があった。それは我々が疵人(スカー)の集落の場所を知らないことである。何処にいるのか知らなければ助けに行くことなど不可能だ。


 もしも全員が揃っているのなら、シラツキまで動員して全力で捜索してもいい。しかし、ジゴロウを始めとして多くの仲間達は既に出掛けた後である。力業ではどうにもならないだろう。


「ゼルムス殿はご存知ですか?」

「いいえ、知りませぬ。儂らは集落から離れた場所へは行きませぬ故、大まかな場所は知っておりますが正確な位置はわからないのですじゃ。しかし、それを熟知しておる同胞も存在しております」

「ナデウス氏族、ですね。彼らの力を借りるという訳ですか。ですが、肝心の彼らが何処にいるのかも不明なのでは?」


 氏族の集落を巡るナデウス氏族ならば、正確な位置を知っていてもおかしくはない。しかし、移動し続ける彼らが何処にいるのか調べる手立てもないのだ。これでは何の意味もないではないか。


「ええ、儂らも彼らが何処にいるのかは分かりませぬが…時にイザーム殿。我らの種族(レイス)についてどこまでご存知か?」

疵人(スカー)についてですか?ナデウス氏族と出会った時、ムーノ殿からお聞きしたことしか存じ上げません。紋様を操る技術に優れた種族(レイス)であること、くらいでしょうか」


 疵人(スカー)達は様々な効果をもたらす紋様によって、便利なアイテムを作り出す優れた種族(レイス)である。私がムーノ殿から聞いたことは本当にそのくらいだ。後はナデウス氏族は各地に定住する集落を巡っていることである。


 私の認識を聞き、ゼルムス翁は鷹揚に頷いた。そして懐から徐に一本の棒を取り出す。その表面には彼らが用いる紋様が刻まれていた。


「イザーム殿のおっしゃる通り、我らは紋様を操ることを得意としております。気配を消して集落を隠し、罠を張って狩りを行い、大地を励まして実りを得る。紋様なくして生活は成り立ちませぬ」

「隠形は聞いていましたが、他にもそんな利用法があったとは…」


 私達は紋様を用いているアイテムを幾つか譲ってもらっているのだが、正直に言ってそこまで万能だとは思っていなかった。ひょっとしたら氏族ごとに得意な紋様があるのかもしれない。もしもそうなら面白いが…今考えることではないか。


「そしてその利用法の一つに、同族へ助けを求める狼煙を上げるモノがあるのでございますじゃ。使ってみて下され」

「助け、と言うとナデウス氏族にですか?」

「然り。ご想像の通りですじゃ」


 私はゼルムス翁が差し出した棒を手に取った。長さが二十センチメートルほどの長さで、片側の先端から糸が垂れている。これを引くと何かが起きるということだろう。


 まるでクラッカーのような形状だが、これでナデウス氏族と連絡が取れるということらしい。それを私に引かせる意味はよくわからないが、やれと言うのならやってみよう。


 私は糸を持つとそれを思いきって引いてみる。すると紋様が青い輝きを放ち、糸の逆側からポンという小気味良い音と共に何かが上空へと打ち上がった。そして紋様と同じく青色の花火のように空中で美しく花開いた。


「ほほう、真っ昼間とは言え花火とは風流ですなぁ」


 打ち上がった救難信号とでも言うべき花火を見て、ネナーシが花火客のようなことを言っている。花火ならば火薬の光がすぐに消えてしまうのだが、打ち上げられた光は空中で一つの形を成してしばらく空中に漂っていた。


 四脚人(ケンタウロス)達の反応も上々だった。空に咲いた光の紋様を見て大人も子供も歓声を上げている。先ほどまでの不安そうな様子が嘘のようだ。


 空中に浮かぶ紋様は一分以上も残り続け、それから霧のように消えていった。信号弾としては十二分の働きだろうが、今のゲーム内時間は昼間である。目立ちにくいと思うのだが、本当にこれで伝わったのだろうか?


「打ち上がった紋様は無事に届いたようですじゃ」

「届いた?」

「はい。今の紋様は伝えたい相手に届いたら消える仕組みなのですじゃ。届けたのは現在地になりますじゃ」

「届いたかどうかがわかる信号弾…しかも相手から直接見える距離でなくても反応する、と?本当に素晴らしい技術だ」


 私は純粋な称賛をゼルムス翁に贈った。プレイヤーはチャット機能などで情報を簡単に送受信出来るが、NPCにしてみれば革命的とも言える技術だと思う。それを簡単にかどうかはわからないが、使えることそのものが凄いのだ。


 何はともあれ、これでナデウス氏族にデオキア氏族がここにいることが伝わったと思う。ここは彼らが黒壁と呼ぶ危険な場所であるが、我々が攻略に向かったことは知っているはずだ。制圧しているとは思っていないのかもしれないが、彼らが来てくれるのを祈ることしか出来ない。素直に待つとしよう。


「ナデウス氏族がここまで来るのにどれだけの時間が必要かはわかりません。ですが来てもらい次第、協力を仰ぐとしましょう」

「重ね重ね、ありがとうございますじゃ。ですが、世話になるだけでは我らも情けない。聞けばあなた方はあの化物と戦うとか。我らも傷が癒えれば戦いに参戦致しますぞ」


 ゼルムス翁はその瞳を爛々と輝かせてそう言った。彼らも理不尽に一族を傷つけられて怒っているのだ。かかる火の粉を払おうとしているだけの我々よりも士気は高いのかもしれない。ゼルムス翁以外のデオキア氏族の男達も同じ気持ちなのか、傷付いた身で拳を握っていた。


 共闘してくれる者が増えてくれるのはこちらとしても有難い。彼らが参戦するのは当事者なのだから自然なことだが、大切なのはそれぞれが分散して戦うのではなく戦力が集中してくれることだ。獄獣と戦うための戦力は私の最初の想定を超えて集まりつつある。


 しかし、これでもまだ十分だとは思えない。私はまだ実際に戦っていないのだが、敵は強さはそれなりだが兎に角数が多い上に殺意が高いと聞く。何でも、こちらを殺すためなら自分の命を捨てることを躊躇わないと言うのだ。そんな相手と戦おうと言うのだから、戦力は幾らあっても満足するべきではないのである。


「ふむ…試してみるか」


 戦力が降って湧いて出てくれるに越したことはないが、そんなことはあり得ない。そのために肉壁を作り、共闘する者達が増えて喜んでいるのだ。努力を惜しむつもりは毛頭ないし、やれることは全てやるつもりだ。


 話が纏まったところで、今最初にやるべきことは何か。それはゼルムス翁を伴って四脚人(ケンタウロス)のリーダー的存在であるレグドゥス殿に話を通しに行くことだ。


 異なる種族(レイス)がしばらくの間同じ場所で暮らすのだから、それぞれの違いからすれ違いが起こる可能性がある。これを避けるべく、我々は早速移動を開始するのだった。

 次回は9月6日に投稿予定です。

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[良い点] 疵人特有の技術、侮りがたし。
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