森へ向かう者達
「イザームさん、ちょっといいか?」
ジゴロウ達が遠征に向かい、アイリスが工房へと戻った後、再び作業を開始した私のもとを訪れたのはセイであった。これは珍しい訪問客である。何故なら、彼はジゴロウ達と同じくらいアクティブにフィールドを駆け回っているからだ。
ラウンジで談笑することもあるし、彼は社交的なので会話に乗ってくれることも多い。ただ、彼は複数の従魔を養い育てる必要があるので我々よりも余計に戦闘をこなして訓練しなければならず、結果としてフィールドに出向く時間が長くなってしまうのだ。
「ああ、もちろんだ。どうした?珍しいな、わざわざ私のところまで来るとは」
「えっと、ちょっと助言が欲しくてさ」
「助言?」
「俺、今までフィルとテスしか従魔がいなかっただろ?そろそろ仲間を増やしたいと思ってんだ。何か心当たりはないかなって思ってよ」
セイは照れ臭そうにそう言った。前にセイ本人から聞いたが、彼は強さと言うよりもピンと来る相手しか従魔にしたくないと言っていた。故に今まで狼のフィルと妖精のテスしかいなかったのである。
増やさないのかと思ったこともあるのだが、無理強いすることではないし口に出したことはなかった。それがちょうど良さそうな魔物の情報を彼の側から聞いてくるとは、一体どういう風の吹きまわしだろうか?
「イベントで色んな調教師に会ったんだけど、やっぱり仲間の数が少なすぎるって思ったんだ。多い人だと貯めた金で家を買って、そこに何十匹って従魔を待機させてるって話だぜ?ヤバいだろ?」
「ほう、それは凄いな」
「こだわりを捨てるつもりはないけど、だからこそもっと積極的に探そうと思ったんだ。その人も自分からガンガン探しに行くらしいし」
「なるほど、受け身でいてはならんと思い至った訳か。しかし、具体的にどんな仲間が欲しいんだ?」
セイの想いは十分に伝わった。だが、欲しい仲間のビジョンが見えなければ助言のしようもない。故に私は最も重要な点をセイに問うた。
「えっと、俺達に一番足りないのは防御力だと思う。だから特性で言うと防御力の高い仲間が欲しいかな」
「防御力か。なら『槍岩の福鉱山』が良いんじゃないか?あそこはゴツゴツした魔物ばかりだったぞ」
今ジゴロウが不死傀儡を鍛えつつその武具の素材を調達している『槍岩の福鉱山』は、防御力が高い魔物の巣窟であった。金属質の鱗や甲羅を持つ魔物なら、彼の要望にも応えられるのではないだろうか?
私が提案すると、彼は少し考えたあとで首を横に振りながら言った。重すぎる、と。
「俺はフィルに乗って戦うだろ?だからその速度に着いてこられないのは厳しい。その時はフィルに乗せることになると思うけど、あんまり重いとフィルが動けなくなるし…」
「『槍岩の福鉱山』にいる魔物は歩く岩か金属と言うべき者達ばかりだったから、条件を満たしそうな魔物はいないか。うーむ…」
防御力の高い仲間が欲しいが、機動力を下げたくはない。これは中々に贅沢な注文だが、何とか案を考えてみよう。
『灰降りの丘陵』には思い当たる魔物はいないし、『地を巡る大脈河』にいるのは水棲の魔物ばかり。シラツキから見下ろした時に見えた過酷なフィールドはまだ探索もしていないから、収穫があるかどうかわからない。大体、大きな戦いを控えた今向かうのは勘弁して欲しいところだ。
結局のところ、私の知識に相応しい魔物はいなかった。ならば割りと近場にあってまだ探索が十分に終わっていない地域で探して貰うしかない。そんな都合の良い場所が…あるじゃないか!
「『誘惑の闇森』に行ってみるのはどうだ?闇森人の住む森だと話したことはあると思うが、そこを詳しく探索してはいないんだ。もしかしたらお眼鏡に叶う魔物と出会えるかもしれないぞ?」
『誘惑の闇森』。イベントの初日にいざこざを起こしてしまった後、私とジゴロウとカルで向かった場所だ。彼処はカルが危ない果物を食べ過ぎて倒れ、それを狙った植物系の魔物と戦った以外はほとんど戦闘をしていない。闇森人のキリルズとアラナの道案内によって極力戦闘を避けたからだ。
そのとき起こった数少ない戦闘も、全て植物系とばかりだった。肉食である植物達の獲物となる魔物がいるハズなのだが、あの時は出会えなかったのである。その中にセイにピッタリな魔物がいるかもしれないのだ。
「ん~…わかった。じゃあ行ってみるよ。ありがとう、イザームさん!」
「ラウンジで誰かを連れていくといい。それと、これを持っていけ」
即断即決とばかりに広間から出ていこうとするセイを呼び止めて、私はナデウス氏族からいただいた友好の証を彼に手渡した。これを持っていないと敵だと判断される可能性があるからだ。
彼らと敵対しても損しかないし、嫌な思いをするだけだ。友好の証だからこそ大事にしたいが、仲間が必要としているのなら貸すのはリーダーとして当然だろう。
「見えるようにしておくといい。闇森人に奇襲されなくなるはずだ。あと、ジゴロウと私の名前を出せば悪いようにはされないと思う」
「わかった。ちゃんと覚えとくよ」
セイは素直に頷いた後、私のいる広間を後にした。私のアドバイスにもならない意見が参考になるかどうかはわからない。成果があるかどうか、兵士を作りながら祈るとしよう。
◆◇◆◇◆◇
イザームの勧めに従って、セイは『誘惑の闇森』を目指していた。同行しているのは彼の従魔と紫舟、ウール、そして七甲である。彼らはちょうど何処へ行くか悩んでいたところだったので、自分から同行すると名乗りを上げたのだった。
「セイー、凄く強くなってるー」
「まるで源十郎さんみたい!」
道中で襲い掛かって来る魔物を協力して撃退していたのだが、その中でもセイは目覚ましい働きを見せていた。長い棒を巧みに操って時に殴打し、時に突いて並み居る敵を葬っている。
「そりゃそうだ。源十郎さんには棒の使い方を教えてもらってるからな」
「ワイも一緒やで。ま、ワイの方は魔術主体やし覚えが悪いんやけどな!ハッハッハ!」
七甲は自虐しつつも大して気にしてない様子で笑った。武器を使って戦う者達は、イザームも含めて源十郎に時折稽古をつけてもらっている。教え方が上手だからか生徒は皆メキメキと腕前を上げており、当然セイも随分と強くなっている。
最初にセイが棒を武器として選んだのは、扱いが簡単で技術も何も必要ないと思っていたからだった。しかし源十郎からその奥深さを教わってからというもの、すっかりその魅力に引き込まれている。現実の身体でも運動を兼ねて時々練習するほどであった。
その甲斐あって地上に立っていても騎乗していても、彼は棒を自在に操ることが出来るようになっている。それでもまだ源十郎には及ばないので、鍛練は欠かさずに続けているが。
「いいなー!私も武器が使えればなー!」
「でもー、立ち回りとかー、教えてもらってるよー?」
ここにいる四人のプレイヤーの内、紫舟とウールは源十郎の教えを受けてはいない。と言うよりも、武器全般を扱える源十郎であっても武器を持っていない者には教え様がなかったのだ。
ただし、二人の特徴と性格からどのように戦えば良いのか分析し、教えることは可能だ。蜘蛛と羊がどう戦えば強くなれるのか考えるなど前代未聞であり、源十郎は考えることそのものを楽しんていた。
二人は試行錯誤しながら、源十郎から教わった立ち回りと武技や魔術を駆使して今の戦い方を仕上げている。自分だけのスタイルを確立したことを源十郎にも称賛されているのだが…隣の芝生は青く見えるということだろう。
「それはそうと、目的地はそろそろやろ?イザームはんから借りたモン、出しときや」
「おっと、そうだった…って何だありゃ!?」
『誘惑の闇森』に入る前に、セイはイザームから預かったモノをインベントリから取り出した。これがなければ最悪戦闘になるかもしれないのだから当然である。
こうして森に近付いていく彼らであったが、近付くにつれて妙なことに気がついた。何と森の所々から黒煙が上がっているのである。彼らは顔を見合わせてから、森を目指して駆け出した。
「何が起きとるんやろなぁ…絶対ロクなことやないで」
「なら尚更、急がなきゃ!」
「そうだな。ウール、ちょっと揺れるけど我慢してくれよ!」
「あーれー…」
七甲は呆れたようにため息を吐きながら飛び、紫舟は焦ったように走る速さを上げる。それに応えるようにセイは最も足の遅いウールを抱え上げた。ウールは空中で足をぐったりとさせて諦めたように無抵抗になって運ばれていた。
最速で森へ向かった彼らが見たものは、森と平原の際で褐色の肌を持つ闇森人と見たことのない魔物が戦う光景であった。化物の容姿は昆虫系から獣系、触手の塊など多岐に渡る。それらが無軌道に暴れまわっているのを闇森人達が迎撃しているのだ。
「偶然やけど、挟撃出来るな。ほな加勢しよか。セイちゃん、突撃や。ワイとウールちゃんで援護、紫舟ちゃんはセイちゃんの後から突っ込もか」
「おう!」
「わかった!」
「はーい」
彼らのリーダーは年長者である七甲である。本人は指揮などを苦手としているが、他の三人をのびのびと戦わせるために一肌脱いだ形であった。
七甲は指示を飛ばすと同時に【召喚術】で召喚したカラスを化物達へけしかけた。闇森人達に背後からの急襲に怯んだ魔物達の隙を見逃さずに攻勢を仕掛け、局地的ではあるが戦況は闇森人に傾いていた。
「行くぜぇ、フィル!テス!」
そこへフィルに乗ったセイが突撃する。馬ほどの大きさとなったフィルは口から冷気の息吹で、キラキラと輝くテスは魔術で攻撃をして容赦なく先制攻撃をした。
標的にされた巨大な人間の腕から昆虫の節足が生えた魔物はたまらず振り返ろうとしたが、そこにセイの振るった棒が叩き込まれた。肉を打つ音と共に骨がへし折れる嫌な感触がセイに伝わって来る。強力な一撃を食らわせたところでセイが離脱した時、腕の化物を無数の矢が貫いて絶命させた。
「何者かは知らないが、助太刀に感謝する!出来ればこのまま加勢して欲しい!」
「端っからそのつもりだから心配すんな!それより、俺の仲間達は狙わないでくれよ!」
「メェー、メェェー」
「おりゃあーっ!」
「ほれほれ、行け行け。妨害を徹底するだけで十分やろ」
長髪を垂らした美形の闇森人の頼みを、セイはぶっきらぼうながら了承する。その間もウールは鳴き声で状態異常にし、紫舟は刃物のような節足で切り裂き、七甲はセイ達と闇森人達が戦いやすいようにカラスを操って妨害していた。
最初から闇森人が優勢であったようだが、そこにセイ達の助勢が加わったことで勝敗は決した。彼らは即席ながら見事な連携によって、難なく魔物を駆逐するのだった。
次回は8月29日に投稿予定です。




