山へ向かう者達
ジゴロウに不死傀儡を任せた後、私は再び作業を再開した。アイリスとしいたけも、二人の工房へと戻るのだろう。よし。ジゴロウに不死傀儡を鍛えてもらっている間に、新たな不死傀儡を作り出すとするか!
「あ、そうそう。イベントで魔導人形の核って沢山手に入ったでしょ?そっちも戦力になるようにしようかと思ってるんだ」
「おお、それは頼もしい。不死傀儡と同じで破壊されても痛むのは我々の財布だから、積極的に前に出せるとなお良いな」
魔導人形は不死傀儡と同じく壁になってくれる存在となるだろう。異なる技術の産物が、同一の目的に使えるというのは面白い。
「あっ!なら、鉱人の人達に協力を仰いではどうでしょうか?あの方々の戦術殻を魔導人形に応用出来れば…」
「行く!すぐに行くよ!案内して、アイリスっ!」
「えぇっ!?ちょっ!?待って下さ…あっ」
しいたけはアイリスの触手をむんずと掴むと引き摺るようにして広間を去ってい…こうとしたが彼女の貧弱な筋力ではアイリスを動かすことは出来なかった。それどころか勢いが強すぎたからか前のめりに転んでしまった。
あれは痛い。顔から行ったぞ。体力も減少しているし、痛みはないにしろ心配になってしまう倒れかただった。大丈夫か…?
「ぬぅぅ、呪うべきは我が身の貧弱さよ…!それよりも早く行こう!今すぐ行こう!」
「落ち着け、しいたけ」
うん、大丈夫だね。全く堪えた様子もない。好奇心の赴くままに行動するしいたけを止める方法は実力行使しかなさそうだ。
私はため息混じりに制止しながら尻尾を伸ばして彼女に巻き付け、そのまま持ち上げて拘束した。しいたけはジタバタと短い手足を動かして暴れたが、しばらくすると抵抗は無意味だと観念して大人しくなった。
「行くのならジゴロウに着いていけばいい。あれの目的地もメペの街経由での洞窟だ。今ならまだラウンジにいるんじゃないか?」
「おお!名案だねぇ!」
「あと、彼らに手土産として様々な鉱石や土を持っていってあげれば喜ばれると思うぞ。彼らにとっての食糧だという話だからな」
鉱人は地上の土を得るためだけにトンネルを掘って通路を確保するほどだ。多種多様な鉱石を用意してあげれば、喜ぶことは確実である。あの小さなツルツルボディーでピョンピョンと飛び跳ねることだろう。
「菓子折り的な?はいはーい」
「アイリス、君も行くのか?」
「いえ、能力のレベル上げも兼ねて量産装備を造る予定です。トワにも準備を手伝ってもらっていますし、メペの街はまた今度と言うことで」
「えー?マジー?」
アイリスはやりたいことがあるから残るようだ。一緒に来てくれないと知ったしいたけは、ガックリと肩を落としている。力が抜けて冷静になっていることを確認してから、私は彼女を床に降ろしてあげた。
「ちぇっ、しゃーないか!じゃっ、取り残されないように急いで行くぜ!おーい、待ってくれぇい!」
一瞬で気持ちを切り替えたしいたけは、ジゴロウを追って駆け出した。前から行きたいと望んでいたメペの街へ行く機会だと張り切っているのだろう。底抜けに明るいのは、間違いなく彼女の持ち味である。
「行動力の化身、って感じですね」
「全くだ。あのバイタリティーは真似できる気がしないよ」
私とアイリスは走り去るしいたけを見送りつつ、そう言って笑い合った。本当に個性的なメンバーばかりで退屈しないですむ。今まで通り、楽しみながら準備を進めて行こうじゃないか!
◆◇◆◇◆◇
「ここかァ、例の地下道ってなァよォ」
イザーム達が作業に戻っている一方で、ジゴロウは鉱人の住む『メペの街』に繋がる地下道の出入口付近にまでやって来ていた。彼に同行しているプレイヤーはしいたけと兎路、そしてエイジの三人で、それにカルと五体の不死傀儡が追従していた。
彼らは目的地に到着したのだが、案内役でもある兎路は首を捻っている。それはあの時とは趣が異なっていたからだ。
「そのはずなのだけど…見覚えのない扉があるわね」
「グルルルル?」
イザーム達と共にこの出入口まで来た時、鉱人の柔軟な身体でなければ通り抜けることが出来ない隙間しかなかった。だからこそ【時空魔術】を使えるようになっていたイザームの魔術によって帰還したのである。
その記憶は確かであるのに、いざ目的地にまでたどり着くとそこにあったのは堅牢そうな金属の扉であった。しかもジゴロウが連れてきたカルも余裕で潜り抜けられる大きさで、立派な城門だと言われても信じてしまいそうだ。
だが、実際には巨大な岩をくり抜いた部分に両開きの扉が着いている状態である。彼女が当惑するのも無理はないだろう。
「罠でしょうか?確か罠を仕掛けるのも得意なんですよね、鉱人って」
「いやいや、エイジちゃん。罠の達人ならもっと自然な形で罠を仕込むんじゃないかねぇ?」
鉱人の技術力は非常に優れており、それはイザーム達が洞窟を抜けるのに苦労した罠の数々からも明白だ。にもかかわらず、こんなあからさまな罠を仕掛けるハズがない。しいたけは以上の理由からエイジの意見を否定した。
その通りかもしれない、とエイジは納得する。しかし、だからと言ってこの扉が何なのかという問いに対する答えは誰も持っていなかった。
「ここでグダグダやってても意味がねェ。とりあえず開けてみるぜェ」
言うが早いか、ジゴロウは扉を押し開けようと両手を当てる。すると扉が動き出す前に、彼の膝の辺りが小窓のように開き、そこからニュルリと金属の粘体を思わせる何かが出てきた。
粘体状の何かはジゴロウの足元で変形すると、デフォルメされた人間の子供のような形になった。全身の凹凸がないツルリとしたそれは、ジッとジゴロウを見上げている。
「おっとォ、何のお出ましだァ?」
「外の人、言葉分かる?」
「んあ?おお、分かるぜェ。アンタが兄弟の言ってた鉱人って奴かァ」
ジゴロウが鉱人だと看破したとき、その鉱人はその場でピョンピョンと跳んで喜びを表現した。鉱人はその見た目故に彼なのか彼女なのかわからず、また大人か子供かもわからない。だが、全身で感情を表現するので何を考えているのかは分かりやすかった。
「言葉分かる、外の人達。お客さん。今開ける」
鉱人は出てきた小さな窓から内側に戻っていく。その直後、両開きの扉が上下に開いた。
「アハハハハ!何これ、面白い!」
「…力業じゃ絶対に開かない扉なのね」
両開きの扉に見えたモノは偽装であり、実際は上下に開くタイプの扉だったのである。それを見てしいたけは爆笑し、兎路は呆れたようにそう言った。前者は単純にその発想を面白いと思い、後者はこれだけの技術があるならば単純に防御を固めればいいだろうにと思ったのである。
ただ、同行しているエイジは顔を引き攣らせていた。何故ならもしも言葉がわからなかったり、問答無用で攻撃してきたりする相手を絶対に通さないという意思を感じたからである。小さな見た目と天真爛漫な言動に隠れているが、敵対する者とは徹底的に隔絶しようとするのかもしれない。言葉と態度には気を付けた方が良さそうだ、と彼は思った。
「おう、邪魔するぜェ」
「グオォン」
ジゴロウとカルは堂々と開いた扉の中に入っていく。一人と一頭に続いて、不死傀儡の部隊も着いていった。自分の意思を持たない不死傀儡は、現在はジゴロウ命令に従うようにイザームが設定している。その動きは【連携】の能力によって統率が執れており、まるで歴戦の兵士達のようであった。…まだ実戦の経験は一度もないのだが。
ぞろぞろと大人数で通路を進むことになると思いきや、扉の向こう側には何と動く足場が整備されていた。大きな円盤が扉の近くに浮かんでおり、そこに乗ると程よい速度で『メペの街』まで真っ直ぐ向かってくれるのだ。
動く足場の快適さにジゴロウはご満悦で、カルは興味津々と言った様子で足場を尻尾でコンコンと叩いている。しいたけに至っては落ちそうになりながらもこの仕組みを解明しようと隅から隅まで余すところなく足場を観察していた。
「いくらなんでも工事が速すぎるわ。鉱人は一体何を考えているのかしらね?」
「さあ?わからないな」
二人と一頭が楽しむ一方で、兎路は警戒していた。イザーム達が初めて訪れてからまだ数日しか経っていないのに、これほどの設備を整えられる鉱人の技術には驚愕を禁じ得ない。そしてその技術をついこの間まで舗装しただけだった通路に注ぎ込む理由は何なのか。それがわからないからだ。
彼女と同じ懸念をエイジも抱いている。だが、推測するための情報もない今の状態では推理ではなく憶測にしかならない。故に二人は明言は避け、物騒な想像を心の裡においておくだけに止めた。
そうこうしている間に足場は『メペの街』に到着した。こちら側に以前あった隔壁はなくなっており、代わりに動く足場用の駅のようなものが出来ているではないか。
駅は凝った装飾を施された豪華さで、彼らが全力で訪問者を歓迎しているのがヒシヒシと伝わってくる。そう、鉱人達がこの通路を素早く整備した理由。それは少しでも訪問者に快適な状態で街まで来てもらおうとする心配りであったのだ。
言葉が通じる、街の外の者との交流。初めての刺激に街、ひいては鉱人全体は喜んでいたのである。そして何度でも来たいと思ってもらえるよう、皆で整備していたのだ。
何はともあれ、彼らの事情はわからずとも歓迎されているのは全員が感じている。兎路とエイジはどちらともなく顔を見合わせると、肩を竦めて自分達が間違っていたことを認めて駅へと降りるのだった。
次回は一度お休みをいただいた後、8月25日に投稿予定です。




