発明と作製
「その子達を実戦で鍛える!素晴らしい考えだよ、ジゴロウ君!だが!君は大事なことを忘れているっ!」
広間に突撃してきたのは、ダブダブの白衣に身を包んだしいたけであった。着ている白衣は薬品のせいか所々変色し、端の方に至っては焦げた跡すらある。
彼女は最近、シラツキの工房だけではなく地下にあった研究施設も使っている。そこで一体どんな実験をしているのか、知りたいような知りたくないような…複雑な気分だ。
そんなしいたけは広間の入り口で腕を組んでふんぞり返っていた。四脚人の子供くらいの背丈しかないので威張られても威圧的どころかコミカルですらある。きっと本人はそれを自覚した上でやっているのだろう。
「大事なことだァ?」
「そう!大事なことさ!ジゴロウ君、君はその子達をどうやって回復させるつもりだい?」
「あん?ミケロでも連れていきゃいいだろ」
「残念!ミケロは今モッさん達と一緒に出掛けてるよ。アテが外れたねぇ?」
「うぐっ…」
不死にとって、回復の手段というのは限られている。そこでジゴロウはミケロを連れていくつもりだったらしいが、彼は不在のようだ。私も回復は可能だが、今日は作業に専念したい。だから同行は出来ないのだ。
それを理解しているからか、ジゴロウは言い返せない様子だ。悔しげに口をへの字に曲げるジゴロウを尻目に、しいたけは更に胸を張ってみせた。
「しかぁし!もう安心してくれたまえ!これさえあれば、不死でも安全さ!」
しいたけが白衣の内ポケットから取り出したのは、直径十センチメートルほどの球体だった。表面はツルリとしていて色は褐色、装飾の類いはないことから武器か消耗品だと思われる。
新たな投擲用アイテムだろうか?いや、それなら不死が安心出来るとはならない。私の疑問を感じ取ったのか、しいたけはその球体を私に向かって放り投げた。武技を使っていないらしく、その軌道は私から随分と逸れている。地面に落ちる前に、私は尻尾を伸ばして尾の先の口で優しくキャッチした。
「ほぇ~。器用なことするねぇ?」
「第五の腕のように使えると便利なのでな。繊細な動きが出来るように練習しただけだ。それよりも…」
私の尻尾の扱いは置いておくとして、今は目の前の球体に関してである。私は早速、【鑑定】を使ってその正体を明らかにしようと試みた。
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ゾンビナオース 品質:良 レア度:R
不死の傷を癒す特殊な薬剤。
強い衝撃を加えることで破裂し、周囲に散布される。
傷の治療に関しては不死にしか効果はなく、生者には微小のダメージを与える。
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不死用の治療薬!遂に完成したということか!確かにこれはとても助かる。一体ずつに【魂術】を掛ける手間が省けるし、周囲に散布されるというのも兵団を組織するのならお誂え向きだ。数がどれほどあるのかはわからないが、ジゴロウに使ってもらおう。
しかし、強い衝撃を加えると破裂するものをこちらに放り投げたのか…。私が尻尾で受け止めたからよかったものの、下手をすれば【鑑定】する前に破裂していたかもしれない。
それにこの名前はどうにかならなかったのだろうか?いや、『ゾンビ』を不死の代名詞として使っているのは良い。ただ、『不死の傷を治す』という効能を説明されなければ、まるで『ゾンビ状態から生者に戻す』という薬だと思われそうだ。そういう状態異常があるかどうかは知らないが。
「…これは素晴らしい発明だな、しいたけ」
「でしょでしょ!?中身は私、外側はアイリスの合作だよん。いや、またまた画期的なアイテムを作ってしまったぜ!がっはっはっはっはぁぁああああ!?」
受け渡し方法とネーミングはともかく、素晴らしい発明品なのは事実だ。私が素直な称賛を贈ると、しいたけは限界まで胸を張って高笑いをして…バランスを崩して倒れてしまった。
彼女はキノコの魔物で、しかも頭部には棘や瘤が沢山生えている。つまり、頭部がやたらと重たいのだ。ただでさえバランスを崩しやすいのに、もっと不安定なポーズをとるからそうなるのだ。私とジゴロウは思わず顔を見合わせて、苦笑するより他になかった。
「あいたたた…」
「大丈夫か?」
「へーきへーき。平気の平左ってヤツよ!それよりもさ、このゾンビナオールの主原料は死瘴灰だから量産も楽チン。気にせずジャンジャン使ってね~」
しいたけは傘の部分をさすりながら、一抱えほどもあるゾンビナオールをジゴロウに預けている。新たなアイテムを作り出した上にこれだけの量を用意しているとは…彼女の発明と創造への意欲には敬意すら抱いてしまう。
何はともあれ、しいたけのお陰で不死傀儡を回復させる方法に目処が立った。ジゴロウの下での実戦訓練にも耐えてくれるに違いない。
監督しているのがジゴロウなので当然のように無茶をさせそうな気もするが、それはそれとして耐久力のテストにもなるだろう。気が済むまで戦ってきてもらうとしようか。
「しいたけさーん!一人で行かないで下さいよ!」
ジゴロウが受け取ったゾンビナオールをしげしげと眺めていると、広間にアイリスが遅れてやってきた。彼女は触手を用いて素早く移動することが可能だが、それは触手を引っ掛けられる場所に限る。この王宮の廊下のように引っ掛ける場所の少ない場合、少しずつ進むしかないのだ。
そういう事情もあってしいたけよりも遅れたアイリスだったが、彼女がしいたけと共にこの場へ来る理由は限られている。もしかしなくても、頼んでいたモノが完成したに違いない。
「ゴメンゴメン。一刻も早く自慢したくてさぁ」
「子供ですか、貴女は…まあ、私にも似たようなところがあるので否定はしませんけど。それより例の装備が完成しましたよ、イザーム!」
「最高のタイミングだ、アイリス」
私の期待通りアイリスが持ってきたのは不死傀儡に装備させる武器と防具であった。これがあれば不死傀儡の攻撃力と防御力が大幅に上昇してくれるはずだ。
彼女が取り出した武器を防具を確認しておこう。武器は長い槍と方形の盾、そして予備武装としての剣である。そして防具は金属製の全身鎧であった。これを装備した兵団が出来れば、その威圧感は凄まじいものになるだろう。
どれも特殊な効果よりも量産しやすさと頑丈さを優先してもらったので、装飾の類いはほとんどなく、武骨な武器としての厳つさだけがあった。ただ、兜の顔の部分だけは凝っている。それは眼窩が三つもあり、口からは牙が並ぶ骸骨…すなわち私の頭部そのものだった。
「弓はもう少し待って下さい。低コストでそれなりに強いモノが作れそうなんです」
「ああ、それはいいのだが…この顔の部分は何故?」
「あ、あはは。ちょっとやってみたくなっちゃったんです。カッコいいでしょう?」
「カッコいいって…兜は全部このデザインにするのか?作るのが大変だろうに」
「そこは大丈夫です!結構前に作ってた型を使っていますから!」
か、型だと?そんなものをいつの間に、そして何のために作っていたんだ…あまり突っ込んで聞くのは止めておこう。
見た目の次ぎは性能のチェックだ。アイリスの仕事なので全面的に信頼しているが、正確な性能を把握しておくことは重要である。どれどれ…
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鋼玉鱗の長槍 品質:優 レア度:S
鋼玉大蜥蜴の鱗を鍛造した穂先を持つ長槍。
柄には霧吐き灰樫が使われている。
長さを考慮した設計で、見た目よりも軽く扱いやすい。
装備効果:【貫通強化】 Lv5
【筋力強化】 Lv4
【器用強化】 Lv3
鋼玉鱗の剣 品質:優 レア度:S
鋼玉大蜥蜴の鱗を鍛造した刃を持つ直剣。
柄には古代戦魔魚の皮が使われている。
シンプルな形状だが、刃は分厚く折れにくい。
装備効果:【斬撃強化】 Lv5
【体力強化】 Lv3
【筋力強化】 Lv3
灰樫の大盾 品質:優 レア度:R
霧吐き灰樫の板を金属で補強した大型の盾。
霧吐き灰樫を使っているので、物理防御力と火属性と水属性と煙霧属性に耐性がある。
光属性を持つ金属による補強により、光属性にも若干の耐性がある。
装備効果:【防御力強化】 Lv3
【火属性耐性】 Lv2
【水属性耐性】 Lv2
【煙霧属性耐性】 Lv2
【光属性耐性】 Lv1
鋼玉鱗の甲冑 品質:優 レア度:T
鋼玉大蜥蜴の鱗を鍛造した金属によって造られた甲冑。
裏地に霧魔球の弾性柔膜を用いており、打撃と煙霧属性に耐性がある。
兜には三眼の骸骨の面頬が装着されており、どことなく禍々しい雰囲気を醸し出している。
装備効果:【防御力強化】 Lv5
【打撃耐性】 Lv3
【煙霧属性耐性】 Lv3
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「りょ、量産品…?これが…?」
「ははは!ま、そういう反応になるよねぇ」
【鑑定】した私は驚愕してそれしか言えなかった。私の反応の予期していたのか、しいたけはケラケラと笑っている。私がこの結果を見れば一目瞭然だが、これは量産品にしてはあまりにも強力な装備なのだ。
優れた効果が付与されているが、特に【打撃耐性】は嬉しい。時間を掛ければ克服することがわかっている【光属性脆弱】とは異なり、【打撃脆弱】は未だに上手く克服する方法が見付かっていないからだ。
しかし、最もこの武具の優れた点は、材料が全てこの大陸で入手可能という点である。追加で素材が必要となった時、集めるのが簡単であるからだ。
これを不死傀儡が装備すれば、生半可なことでは揺らがない兵団が誕生するのは疑いようもない。既に武具の性能を知っているのであろうしいたけもきっと同じ意見であることだろう。
「アイリス、これを幾つまで作れるんだ?」
「えっと…素材は沢山ありますから、最低でも百セットは行けますよ。足りなかったら『槍岩の福鉱山』で集めなきゃいけませんけど」
「百か…ふむ、全然足りないな」
今ある骨を使えば、不死傀儡を三百は用意出来そうなのだ。その全てに武具を用意するとなると、素材を集めに行く必要がありそうだ。
「なら、丁度いい。コイツら連れて、俺がちょっくら行ってくらァ。案内役がいりゃァ楽なんだが…」
「それならラウンジにいた兎路にでも頼んだら?暇そうだったし、行ってくれるっしょ」
「はいよォ」
ジゴロウは武装した不死傀儡を引き連れて広間を後にした。獄獣との戦いに備えた準備は着々と進んでいる。
次回は8月17日に投稿予定です。




