最終日はまったりと
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大骨戦砦との戦いを終えた後、シラツキに帰還した私は思っていた以上に疲れていたのですぐにログアウトして寝てしまった。激しい戦いだったので仕方がないだろう。
その翌日である今日はイベントの最終日である。イベントにおいて、私は新たな知り合いを作り、ボスを攻略してアイテムを得たので多くの収穫があった。それは今回のイベントでほとんど一緒に遊ぶことのなかった仲間達も同様である。
元々人類であった邯那とそのパートナーである羅雅亜は、地上で他のプレイヤー達とも交流を深めたらしい。騎乗戦闘を得意とする繋がりで行動を共にしがちなセイは、二人の人脈に加えて調教師のクランとも繋がりを持ったと言っていた。
しかも邯那とセイはコンビでビーチバレー大会に参加し、四位で入賞したそうな。夏を満喫しているようだ…ゲーム内だけども。
アバターの見た目を気にして人気のない場所で採取に励んでいたアイリスは、同じく一般受けしないアバターのプレイヤーに友人が出来た。ひたすらに魔導人形の核を集めていたしいたけも核を求める同志と知り合って、共同研究を行ったと聞いている。皆、それぞれに楽しんでいるようで何よりだ。
「よし、敷物はこれでいい。次は商品を並べよう」
「はい!」
そんなイベントの最終日に私は何をするのかと言えば、アイリスと共に『不死の休息地』にて商店を開くのだ。主な商品はアイリスの武具としいたけの便利アイテム、私のお札である。
アイリスとしいたけの商品は本気で作ると攻略組が欲しがるレベルになるので、二人にはあえて低級の素材で作った品を用意して貰った。私のお札も誰でも習得可能な魔術のものにして、自分の奥の手を知られないようにしている。
それでも二人のような魔物系職人プレイヤーがいることはここにいるプレイヤー達にとってモチベーションに繋がるはずだ。ひょっとしたら、生産職に鞍替えしようと言う者達が出てくるかもしれない。
私のお札も『こんなモノもあるのか』と参考にしてくれればそれで良い。これに刺激を受けて【符術】を極めようと一念発起する者が出るかもしれない。
これはただの期待であって、確信があるわけではない。相手も個人なのだから、絶対というものがないからだ。ただ単に存在することを教えるだけで、それ以上の影響など全くないこともあり得る。それでも私が露店を開いたのには一つだけ、個人的な理由があった。
「新たな種族が出現するきっかけになれば面白いのだが…上手く行って欲しいものだ」
それは新たな種族へと進化するプレイヤーを誕生させたかったからだ。様々な種族のプレイヤーが現れれば魔物プレイヤーの間でも盛り上がるだろうし、何よりも私が見てみたい。要は私の好奇心を満たすための一手なのだ。
アイリスが私の露店を手伝ってくれているのは、完全に彼女の好意である。『他の人が使っている武具に興味がある』と言っていたが、それならわざわざ地下に行く必要はない。私に気を使ったのだろう。ありがたい限りだ。
「よお、イザーム。何してんだ?」
「おお、マック。これは良いところに来てくれた!寄っていってくれ」
開店準備を終えたちょうどのタイミングで、ログインしてきたらしいマックがやって来た。よしよし、この休息地でも有名な実力者であり知らぬ仲でもない彼ならば商談もしやすいと言うものだ。見ていってもらおう。
「…露店でもやろうってのかよ?」
「まさにその通りさ。ああ、紹介しよう。我がクランでも古株のアイリスだ」
「初めまして。アイリスって言います」
「まだ仲間がいるのか?俺はマック17だ。よろしく…って、それより露店って金はどうするつもりだ?言っちゃ何だが、魔物の俺達は金は全然持ってねぇぞ?」
マックの言った通り、魔物プレイヤーは金がない。それは諸々の費用がかかるからではなく、金銭を調達する術がないからである。入ることが出来る街を訪れない限り、貨幣経済とは無縁なのが魔物プレイヤーの悲しい定めであった。
だが、そんなことは百も承知だ。何と言っても、我々はマック達よりも少しではあるがこのゲームを長く遊んでいる。魔物プレイヤーの不便さを身に染みて理解していた。
「知っている。だからここの露店は物々交換さ」
貨幣を持っていないのならば、現物で取引すれば良いじゃない!と言うことで、この露店はより原始的な売買方法である物々交換式で商売するのだ。これなら対価になるアイテムさえあれば誰でも取引出来るだろう。
どうしても欲しい商品があれど手持ちのアイテムでは足りないならば、すぐ近くの横穴や迷宮に行って稼いでくればいい。ぼったくるつもりはないが、対価はしっかりいただくつもりだ。
「それならまぁ…へぇ?思ったより種類があるな」
「主な商品は各種武具と便利アイテムだ。武具に関してはアイリスが修理もしてくれるぞ」
「修理も?そいつはいい。俺は要らねぇが、一番良い武器が壊れかけの仲間は多いんだ」
生産職の知り合いが居なかった彼らは、武具が壊れたらそれで終わりであったらしい。武具の調達も魔物のドロップ品が主なので安定供給には程遠い。結果、強力な武具は大一番の戦いに温存しておき、普段は片手落ちの武具を使っているのだ。
それを修理出来るのは助かるだろう。これは売上に繋がる情報だ。だが、用意したアイテムの中には絶対に売れるモノがある。こちらの売上には及ぶまいよ!
「武器もいいがね、オススメの商品はこっちだ」
「オススメって、こりゃランプか?そんなもん【暗視】がある俺達には要らねぇだろ」
「違う違う、使い方はそうじゃない。とりあえず、そこのツマミを回してみろ」
「こうか?」
胡散臭いモノを見る目をランプと私に向けるマックだったが、彼は素直にツマミを捻った。するとランプからは微弱な、それでいて確かに光属性を含む光が放たれた。
「…おい。ダメージ食らってんだが?」
「それが目的だ。これは光属性脆弱克服用ランプ、『デイウォーカー』。不死であっても時間さえかければ真昼に活動出来るようになる優れものだ」
私が使っていた壊れかけのランプを使った、ログアウト中に光属性のダメージを受け続けて弱点を克服した方法。これを意図的に行えるのが、アイリスの自信作であるこの『デイウォーカー』である。
光の強さはツマミを捻る角度で調節可能で、燃料として必要な魔石は通常のランプよりも少ない。小さなアイテムではあるが、彼女の魔道具を製作する技術の粋が詰まった逸品であった。
これを私達は大量に持ってきている。量産していたのはここで売るためではなく、全く別の目的だったものの、同じ魔物プレイヤーのよしみと言うことで持ってきたのだ。
「え?は?脆弱克服?マジで?」
「マジだ。安くしておくから、試しに一個どうだ?」
「かっ、買う!買うわ、このランプ!」
陽光を恐れることなく外で活動出来るようになること。これは不死にとって限られる日中の活動領域が一気に広がることを意味している。実際、私は日中に歩き回ることが出来なければ、これまでの半分も冒険できなかっただろう。
マックは数秒間呆然としていたものの、我に返ると必死な形相で私に詰め寄った。そうそう、その反応が欲しかったのだ。私が彼と同じ状況だったなら、きっと喉から手が出るほど欲しかっただろうから。
物々交換のレートだが、魔石のようなどこでも入手可能なアイテムは安めにして、逆にこの横穴と迷宮特有のアイテムは高めに設定することにした。特に後者は多少品質とレア度が低くても良いとしている。レベルが低めのプレイヤーでも手軽に買えるようにという配慮であった。
マックが大きな声で買った時のやり取りが聞こえていたのか、周囲にいたプレイヤー達が挙って私達の露店へと群がってくる。二人でそれらを全て対応するのは難しかったが、これはこれで楽しめるし『不死野郎』以外のプレイヤー達と話したりフレンド登録したりすることが出来た。
「すいません!この武器って…」
「魔術系の能力がなくても魔術が使える使い捨てアイテム…買いだな!」
それに最初こそアイリス作の『デイウォーカー』にのみ人気が集中していたが、人数分以上あるから慌てなくても良いと伝えるとその勢いは収まった。代わりに『デイウォーカー』以外のアイテム、即ちアイリスの武具や私のお札などに興味を持って手に取るプレイヤーが増えていた。
私達が商売に励んでいると、見覚えのある二人の人物が近付いてきた。片方は瞳を輝かせているが、もう片方は私を見て嫌そうに顔を歪めている。それだけでもこのコンビが何者かわかるだろう。
「やあ、コロンブスにケースケ君。良ければ見ていってくれ」
「ああ、そうさせてもらうよ!」
様々な風景を求めて冒険をしたいと言っていたコロンブスは、思った通り珍しいアイテムにも興味があるようだ。私達のアイテムに釣られたコロンブスを見て、ケースケ君は苦々しげな表情をしていた。
その間も私達は接客を続けている。アイリスは武具関連の、私はアイテムの効果や使い方を説明して着実に販売していった。途中でマックに率いられて『不死野郎』のメンバーがやって来て一通り買っていったので、利益で言うと確実に黒字だ。
利益を抜きにしても、取引を切っ掛けに多くのプレイヤーと交流したのは楽しい経験であった。ただ、最初を除いて穏やかにことが運んだのは十二分に量を用意して取り合いにならなかったからだ。これは良質なアイテムを十全な数コンスタントに作り出せるアイリスとしいたけの手柄であろう。
こうして大きな揉め事が起きることもなく、また戦いに赴くこともなく、私の無人島イベントの最終日は終わりを告げた。普段ログアウトする場所へと強制的に転移させられる直前まで商売を続け、再会を約束しながら別れたのだった。
次回は8月9日に投稿予定です。




