氷炎の戦砦 その二
体調は元通りです。四日おき更新に戻りたいと思います!
それからしばらくの間、我々は優勢に戦いを進めていた。大骨戦砦の体力は途轍もなく多いようで、まだ全然減っていない。だが、危なげなく戦えているのは事実だった。
「むっ、話に聞いていた形態変化か」
戦いに変化が起きたのは、マック達から聞いていた形態変化が起きてからだった。それまでは冷気を纏っていた大骨戦砦の表面や骨の隙間から、勢いよく炎が噴き上がったのである。
これまでを骨で出来た氷塊とするなら、今は骨の火山とでも言えば良いのだろうか?また、内側から迫り上がってきた骨が、源十郎が切断した脚を凄まじい速度で復元していく。体力が回復した訳ではないが、相手の攻撃手段が一つ戻ったのは厄介であった。
「ひょっとして、形態変化の度に破壊された部位が治るのか?もしそうなら鬱陶しいことこの上ないが…今はマック達を援護しに行くか」
燃え盛る大骨戦砦と戦うにあたって、ここから不利になりがちなのがマック達のパーティーだ。先ずは彼らをフォローしなければならない。
私が彼らの元へ向かうと、案の定苦戦しているようだった。彼らのパーティーではマックとサーラ、そして動く骸骨の重戦士であるカマボコが前衛を努めている。その内サーラは攻撃を重視し、カマボコは盾役に専念、マックは臨機応変に両方の役割を熟していた。
だが、形態変化によって炎を纏うようになると話が変わる。歩く屍体系の魔物で【火属性脆弱】を持つマックは、カマボコと共に盾役をするのが難しくなるのだ。事実、これまではそれが原因で撤退を余儀なくされたのである。
三パーティーによって攻撃が分散していること、そして後衛であるポップとダグラス、そしてジェーン堂島が能力や魔術で防御しているお陰で今は若干辛いくらいで済んでいる。だが、現状で防戦一方であるし、これから攻勢が激しくなればそうも行かないだろう。私の援護を今最も必要としているのは彼らであった。
「魔力盾…援護するぞ」
「助かる!」
乱射される骨は今の私ならば魔力盾で十分防ぐことが可能だ。何発も食らえば割れてしまうものの、その都度張り直せば問題はない。
防御の手が増えたことで、彼らは攻勢に転じることが出来た。マックは遠距離から攻撃可能な武技を使い、防御するしかなかったダグラスとジェーン堂島が交代で攻撃に加わる。ポップが起こした衝撃波が骨を砕き、サーラの鎌が次々に断ち切っていった。
彼らの動きはとても良い。連携もよくとれているし、互いをカバーし合いつつ勝利のために努力している。しかも、その連携を短い言葉のやり取りだけでやってみせた。つまり、良いパーティーということだ。
「ルビー達とモッさん達は…今のところは問題なさそうだ」
私は空中に浮かびながら、他のパーティーの様子も窺ってみる。ルビー達もモッさん達も、先ほどまでと同じように危なげなく戦い続けていた。
その中で、特にジゴロウはより一層激しく暴れていた。それは彼が火属性に対する耐性を有しているからである。大骨戦砦の炎に巻かれながら狂喜の笑みを浮かべて戦う様はまさしく修羅の如し。金色修羅の種族に偽り無しである。
これでしばらくは大丈夫だろう。次の形態変化までと思いつつマック達の援護をしていると、大骨戦砦の表面が変化した。全体の形状が変わった訳ではなく、あくまでも表面の骨が組み合わさっているだけだ。
「あれは…まさか!?全員、避けろ!」
だが、組み合わさった骨が何の形状になっているのかを察した時、私は強い危機感と共に全てのパーティーへ聞こえるように叫んだ。その直後、何か巨大な槍のような物体が数本ずつ放たれたではないか。
かなり大きな声で忠告したので、反応出来ずに貫かれた者はいない。むしろジゴロウは回し蹴りで砕き、源十郎は迫る飛翔体を両断している。二人は本当に人間か?化け物共め…
それはともかく、大骨戦砦の表面が変化したモノは骨で出来た弩砲であった。そこから槍のような骨の飛翔体を射出したのである。
回避された飛翔体は、地面や壁にぶつかって爆散した。その破片は小さな礫となって数人の身体を叩いたが、かすり傷程度のダメージしか受けていない。直撃していたならどうなっていたことか…少なくとも私ならば即死だろう。
「飛翔体の凄まじい威力は【破砕射】の効果で、弩砲を作り出したのは【変形自在】の効果だろうか。何にせよ、他にも色々な形状に変化し得ると考えて警戒しておこう」
「れ、冷静だねイザームさん」
「似たような状況は案外多かったからな。慣れているだけだ」
飛翔体を避けて一旦後退していたサーラが感心したようにそう言うが、咄嗟に判断を下さなければ切り抜けられなかった場面は多い。それに慣れてしまっただけである。
そんなことより、今重要なのは大骨戦砦が自在に変形して強力な攻撃が可能であるということだ。奴が変形出来るのが弩砲だけだとは到底思えない。他にも様々な形状に変形して襲ってくるに違いないのだ。油断などしていられない。
「受け身で対処するしかないのは気に入らないが、無茶をする時間ではないか。このまま堅実に戦おう」
それから骨の乱射に加えて弩砲から高威力の飛翔体が飛んでくるようになった。三つのパーティーは全て防御重視で立ち回っていたが、それでも前衛は数発は飛翔体を受けてしまうことがあった。
正面から盾で受けてしまったエイジとカマボコは後ろに吹き飛び、ジゴロウと紫舟は直撃こそしていなかったがそれぞれ肌と外骨格を削られるようにしてダメージが積み重なっている。即座に治せるミケロがいるジゴロウはともかく、紫舟は【魂術】だけでは回復が間に合っていない。次はルビー達のパーティーを援護しに行くべきだ。
「火が収まった…形態変化か。私は向こうに行く。こちらは任せた」
「おう!大船に乗ったつもりでいろ…よっと!」
弱点である炎が消えたからには、マックも積極的に前へ出ることが出来る。彼は威勢の良い返事を返しながら、振り下ろされた脚の一本へ高速で拳を叩き込んだ。
ジゴロウは拳と蹴りだけではなく、角も爪も牙も使って戦う。しかし、マックは装甲板を張り付けられた拳だけを用いて戦っている。私は格闘技に詳しくないが、その構えと動きはボクシングのそれに見える。ひょっとしたら彼はボクシングの経験者なのかもしれない。
それはともかく、私は壁沿いを飛翔してルビー達に合流する。そしてこちらでも魔力盾を張って防御を固めた。すると雨宿りでもするようにその下へと紫舟とルビーが滑り込んだ。
「お帰り!」
「ポーションも使って回復しておいてくれ。前衛がいなければ私達はアッサリ死んでしまうからな」
「わかってるって!」
「儂もそろそろ回復したいのぅ」
源十郎はボヤキながらも、大太刀と大身槍に持ちかえて飛翔体を斬り払ったり弾いたりしている。回避ではなく迎撃を選ぶところが、彼とジゴロウの化け物染みた部分であろう。
「いやー、源十郎さんのお陰で楽に撃てるっす」
「メェ~、メェ~。僕の声ー、効いてるー?」
シオは矢を惜しみなく連発し、ウールは鳴き声によって骨を砕いていく。二人の攻撃は間違いなくダメージを与えているのだが、相手の体力が膨大過ぎることとどれだけ攻撃してもリアクションがないせいで効果があるのかどうか自信が持てないらしい。
彼の気持ちはわからないでもない。だが、体力は確実に減っていて、そろそろ一割ほど削れただろうか。三パーティーで攻撃しているのにまだ一割と考えると遅々としたペースではあるものの、これはどうしてもそうなってしまう理由がある。それは奴がとにかく固いからだ。
我々には奴の弱点である、光属性で攻撃する方法が存在する。私と七甲は【神聖魔術】を使えるし、シオは光属性の矢を使えば光属性の攻撃が可能でミケロは不死へ特に効果のある魔眼を有している。だが、私とミケロは補助や回復に忙しく、シオは温存している。結果、光属性の攻撃が可能なのは七甲だけになっていた。
だが、そんな彼の魔術は絶大な効果を発揮している…訳ではなかった。なぜなら、大骨戦砦には【物理耐性】と【魔術耐性】があるからだ。それぞれ物理攻撃と魔術攻撃そのもののダメージを軽減する能力であり、その軽減対象は弱点属性であっても同様であった。もし私も魔術で攻撃していたとしても、大したダメージは与えられなかっただろう。
「奥義を使って一気に削るのはどう?」
「それが本当に必要になる時が来るかも知れないのに、か?使わないという選択肢はないが、使うタイミングは慎重に選ぶべきだ」
せっかくのルビーの提案だったが、私はこれを退けた。心配性が過ぎるかと自分でも思うが、これまでそれが助かった場面の方が多かった。その経験が、今日も無理をしてはならないと告げている。この感覚に逆らうべきではないと思うのだ。
ルビーも「そっか。わかった」と言って前線に戻っていった。それと入れ替わりに源十郎が一度退却して回復に専念する。彼はしいたけ謹製のポーションを呷っていから口を開いた。
「それで、マック君達はどうじゃった?」
「魔力盾…ああ。レベルでは我々よりも低いと言っていたが、かなり頼りになる良いパーティーだ」
それが私の正直な感想だった。彼らはまだレベル70には到達していないようだが、巧みな連携によって強大な敵に渡り合っている。今思えば回復手段がなさそうなのに『地底の氷原』の奥地にまで到達するにはかなりの実力が必要だ。あそこまで潜ることが出来たことが、彼らの腕前を示していたのである。
レベル60代でレベル80代のボスに挑むのは厳しいが、我々も少し前に乗り越えた道だ。彼らならやってやれないことはないと私は信じている。
「そうか。おや?攻撃が止んだか?」
「…嫌な予感がする。ルビー、紫舟。一旦退いてくれ」
「はーい」
「わかった!」
源十郎の体力が回復して前線に戻ろうとした時、突如としてこれまで常に降り注いでいた骨の雨が止まった。これを防ぐためにどのパーティーも苦労していたので、一見すると好機のようにも思える。
だが、何の理由もなく攻撃が中断されるとは思えない。それが我々にとって都合の良いものだとは到底考えられなかった。同じ結論に至ったらしい他のパーティーも、様子を見るために前衛を後ろに下げている。さすがにジゴロウも後退しているようで安心した。
こちらが攻撃を控えた直後、大骨戦砦の表面に突如として陥没する。そしてその穴から何かが這い上がってくるのを、我々は固唾を飲んで見守るのだった。
次回は7月8日に投稿予定です。




