洞窟探検 その七
「まずは挨拶代わりだ、石柱!」
私の初手は石柱。この術ではかなり大きい石の塊が射出される。それ故に当たったなら私が使える呪文の中で有数の打撃力を有するのだ。
それが三本、背後から襲い掛かった。想像して欲しい。貴方が背後から自分と同じかそれ以上の質量の石の塊で殴られた時の事を。
「Gugyaaaaaaa!?」
ふふふ!このゲーム、モンスターにもある程度の知性がある。特に『月ヘノ妄執』ほどになればNPCもかくやと言わんばかりの性能で、会話まで可能だった。そのせいか、ゲームのモンスターであるにも拘わらず動揺してしまうのだ。
リアル過ぎるぞ!しかし、それは利用出来る。今のようにな!
予想だにしていなかった背後からの攻撃に、抵抗らしい抵抗も出来ないまま、劣小蛇龍は地面に叩き落とされる。しかし、見た目のインパクトはあっただろうがダメージは大したこと無いはずだ。
その証拠に、奴はたちの悪いイタズラを仕掛けた私を睨み殺す勢いでガンを飛ばしているからな!おお、怖い怖い。
「ま、怒っても無駄なんだが」
「Grua!?」
私が何の考えも無く地面に落とす訳が無いだろうが。落下地点には先程の【罠魔術】が仕掛けてある。お品書きは茨鞭一つと闇腕が二つ。しかもどれも三重罠だ。三本の茨と六本の黒い腕によって劣小蛇龍を捕まえたのである。
「アイリス、今だ!口を塞いでくれ!」
「は、はい!」
私のやり方が想像以上に悪辣だったためか半ば放心していたアイリスだったが、自分のやるべき仕事を思い出し、慌てて触手を伸ばす。私の指示通り、その触手は劣小蛇龍の口をグルグル巻きにして縛り上げた。
これで息吹は使えまい!こちとら『月ヘノ妄執』戦で息吹の恐ろしさを体験しているのだ。防ぐ手段があるなら、絶対に使わせるものか。これで噛み付きもやりにくくなるはず。動きそのものも止まるから一石三鳥だな!
む、まだ動こうと身体を捩っているな。流石はボスだ。力はかなり強いと見える。ならば下げるまでだが。
「巴魔陣起動、筋力低下の呪い」
「Guuuuuuuu…!」
私の【呪術】によって筋力を低下させられた劣小蛇龍は忌々しげに呻く。口を塞がれたせいで吼える事すら出来ないと言うのは無様を通り越して憐れみすら感じるな。その状況を演出したのは私だし、更に追い詰めるつもりなのだがね。
「行け、下僕共。加えて、亡者召喚」
「カタカタカタカタカタ!」
「オオオオオォォォオオオ…」
控えさせていた下僕と、【降霊術】で呼び寄せた無数の亡者が劣小蛇龍の上に折り重なって行く。あとは…
「巴魔陣起動、幻覚。続けて巴魔陣起動、幻聴」
「GRR?」
【邪術】で幻覚と幻聴を起こせば…完成だ。今、奴は同族のメスに巻き付かれている幻覚と、同じく同族のメスが求愛の声を出している幻聴を聞いているはず。俗に言うハーレム状態の完成だ。本能には逆らえないらしく、ボスの動きは完全に止まった。
「私はコレを維持するので精一杯だ。早く仕留めてくれ」
「なんか釈然としねぇが…やってやらぁ!」
「余りにも無残。はよぅ介錯してやらねばの」
「イザームって、結構鬼畜だね!」
「あの、私、要らなくないですか?」
むむ?評価されるどころかちょっと不評なのだが?あ、気を抜いたら逃げられそうだ。だからアイリスは必要不可欠ですぞ。それよりも、早く決着を付けて欲しいなぁ?
「神獣化!ゴアアアアァァァ!!」
「ふぅ…シィッ!」
「はあっ!」
私とアイリスの拘束の隙間を狙って、三人はそれぞれの最高の技を畳み掛けて行く。特に神獣化したジゴロウの火力は頭がおかしいレベルだ。みるみるうちに劣小蛇龍の体力は減少し、あっという間に一割を切った。
このまま勝てればいいのだが…そう上手くはいかないようだ。一割を切った瞬間、劣小蛇龍はこれまでとは比較にならない力で暴れ出したのである。抑えきれん!
「なら、一か八かだ!巴魔陣起動、死!」
今、私に出来る最後の悪足掻きが【邪術】で即死させる事だ。相手はボス、しかも格上だ。効くとは思えない。だが、やれることはやっておきたかったのだ。
「Gwe……?」
おお?様子がおかしいぞ?今の今まで拘束を力ずくで引きちぎろうとしていたのに、急に大人しくなって…あれ、ひょっとして効いたのか?即死呪文が?え?
―――――――――
戦闘に勝利しました。
フィールドボス、劣小蛇龍を撃破しました。
報酬と3SPが贈られます。
初討伐者報酬として5SPが贈られます。
種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
【杖】レベルが上昇しました。
【魔力制御】レベルが上昇しました。
【大地魔術】レベルが上昇しました。
【水氷魔術】レベルが上昇しました。
【暴風魔術】レベルが上昇しました。
【樹木魔術】レベルが上昇しました。
【暗黒魔術】レベルが上昇しました。
【召喚術】レベルが上昇しました。
【付与術】レベルが上昇しました。
【魔方陣】レベルが上昇しました。
新たに菱魔陣の呪文を習得しました。
【死霊魔術】レベルが上昇しました。
【呪術】レベルが上昇しました。
【罠魔術】レベルが上昇しました。
【降霊術】レベルが上昇しました。
【邪術】レベルが上昇しました。
称号、『死の使い』を獲得しました。
――――――――――
「うっそだぁ~…」
皆が固まっている中で、私はそう言わざるを得なかった。だってさ、あんなに呆気なく死ぬとは思わないっしょ?それ以上に効くとは思わないっしょ?
いやいや!いやいやいや!さあ、こっからがクライマックスだ、って感じが台無しだよ!?私のせいなんだけどさ!うわぁ、締まらない終わり方だぁ…。新しい称号とか増えたけど、素直に喜べ無いよ…?
「あー、すまん。私が即死させてしまったらしい」
「フ、フフフ!」
「く、ククク!」
「ほっほっほ」
「アハハ!」
私が正直に何が起きたのかを告げると、四人は盛大に笑い始める。あれ?怒っている訳じゃないのか?
「いや、怒ってないのか?」
「いやぁ、締まらないけど別にいいんじゃない?」
「楽しかったからのぅ」
他の二人もルビーと源十郎に同意らしい。そうか。楽しかった、か。そいつは良かった。
「んじゃ、帰ろうぜ」
「時間も…少し早いですけど丁度良いですものね」
アイリスの指摘通り、今から洞窟の外へ向かうとして時間を逆算するとギリギリ日の入り直前となるだろう。それからアジトに帰ったとすると…三日目の闘技大会はじっくり観戦できそうだ。
しかし、時間的に少し早いのは確かだ。では、どうするか…。んん?そう言えば、この地底湖の底ってどうなってるんだ?なんか採取出来る素材があったりするかも?調べてみよう。
「じゃあ、その時間まで私は地底湖を調べてみようと思う」
「地底湖を?どうやって?」
「おいおい、私はただの骸骨だぞ?呼吸は不要だ」
そうだ、私は呼吸が必要無い。なら、湖底を調べるのに何の準備も必要無いはず。時間一杯まで調査出来るはずだ。
「ならボクも行くよ。種族的に【水棲】の能力があるからね。水中を自由自在に泳げるっぽいよ」
ほう?粘液は【水棲】を持つのか。なら、手を貸して貰うとしようか。
◆◇◆◇◆◇
湖底って、暗いな!真っ暗だ。まあ、ボス部屋の時点で光源が全く無かったから当然なんだけどさ。【暗視】が無ければ何も見えないだろうよ。
「♪」
私は取り立てて発見は無かったが、ルビーは違う。【水棲】によって水中を自由自在に泳げる彼女はその速度を活かして湖底に住む様々な動植物を採取している。苔や水草、小魚や貝類等を手際良く回収していた。
私は、というとひたすら湖底に落ちている骨や錆の塊と化した武器の残骸を拾うばかりであった。たぶん、劣小蛇龍に挑んだものの、敗北した者達の成れの果てだろうな。我々が活用するから、安らかに眠れ。
ううむ、しかしルビーの成果に比べて私の方はなんと言うかガラクタばかりだ。言い出しっぺのくせにこの体たらくと言うのはいただけないぞ。何か…何か無いか?
「?」
おや?あれは…祠、と言うやつでは?木製部分は完全に朽ちているし、金具は錆び付いているが石製の土台に聖印らしき紋様が刻まれているぞ。十中八九、祠の一種だろうな。
さて、どうするべきか。私は信心深い訳でもないが、ゲームだからと言って祠を暴くのは気が引ける。いや、女神が実際に力を持つゲームだからこそ、止めておいた方がいい気がする。
…よし、一度手を合わせてから撤退しよう。この世界におけるイザームは『死と混沌の女神』イーファ様から加護を賜っている。彼女がどんな性格かは知らないが、祠を暴いていい顔はしないだろうからな。では、手を合わせて、と。
カタン…
うわっ!ビックリした!私が手を合わせた途端、祠が完全に崩れてしまった!え?何?また私のせい?今日は厄日だ!
祠が崩れた音に気付いたのか、少し離れた場所で採取していたルビーが近づいてくる。違うんだ、いや違わないけどわざとじゃないんだ!
「!」
狼狽する私を尻目に、ルビーは祠の残骸から何かを引っ張り出した。それは二振りの刀剣である。私が集めていたガラクタと違って原型を保っているな。業物かもしれない。片方は普通の打ち刀で、もう一本は脇差しかな?和風だな。
ルビーは嬉々としてそれらを回収する。…あのー、私の葛藤とかって何だったの?
ともかく、湖底探索はこんなものだな。成果としては水中でしか取れない素材とガラクタが多数、そして二振りの刀剣だった。まずまずの時間潰しになったものだ。では、帰るか!
◆◇◆◇◆◇
多くのプレイヤーが集まった第一回公式イベントである闘技大会が終わった夜。統計データをチェックした後、私は神域でペットのピョン吉を撫でながら大会について振り返ります。
ゲーム内時間で三日間に渡るお祭りは成功、と言えるでしょう。戦闘職も生産職もほぼ全員が参加していましたし、脳波の計測結果を見ると非常に充実していた事がわかります。
対人戦の大会に参加したがるプレイヤーが意外と多い事には驚きましたが、対人戦に対する第一陣プレイヤーの傾向がわかったので問題ありません。むしろ思わぬ成果ですね。
「あーあ、つまんねぇの」
ですが、私の神域に招いていた大神は評価が異なるようです。性格の違いでしょうか?
「退屈でしたか、グルナレ?」
『戦争と勝利の女神』グルナレ。彼女ならこの闘技大会でおおはしゃぎすると思っていたのですが、違ったのですね。
「なぁんでジゴロウ君が出場しないのぉ?出てたら絶対優勝してたのにぃ~!」
「人外ですから」
「あー、やっぱ人外差別はクソだわ」
「同意する」
「おや、ピーシャですか。珍しいですね」
『生産と技術の女神』ピーシャ。作業着に身を包んだ小柄で愛らしい見た目の大神です。私の同僚ですね。
「人外プレイヤー、増やすべき」
「おんやぁ?ピーシャも気になるプレイヤーがいるのかな?」
さっきまで退屈だと言って文句を垂れていたグルナレですが、急に元気になりましたね。切り替えの速さは美点、というべきでしょうか。
「見込みがあるプレイヤーは、いる。しかし人外故、不便に甘んじている」
「それって、アイリスちゃんのこと?」
グルナレの質問に、ピーシャはコクリと頷く。というか人外の生産職なんて彼女しかいませんしね。彼女のキャラクタークリエイトを補助したのはピーシャでしたし、その時点で私達のように目を付けていたのでしょう。
「アイリスなら、優勝出来ていた。あの環境であっても」
ピーシャは断言していますが、私も同意です。彼女が生産したものに関するログを見れば一目瞭然ですから。今回の大会の優勝者など、相手にもなりませんし。
「全くだわぁ」
「そーよねー」
「ニュレーとホリュセまで。いらっしゃい」
『大地と天候の女神』ニュレーと『風と探索の女神』ホリュセですね。そう言えば彼女達も人外プレイヤーを担当したんでしたか。
「源十郎翁が出ていればぁ、ジゴロウ殿と決勝戦になってたと思うわよぉ」
「ルビーもゆーしゅーだよー」
「そうですね」
我々大神は、キャラクタークリエイトを補助したプレイヤーのログを取るのも仕事です。それを通じて、イザーム様方を知っています。そこから判断した結果、私と同じ結論に達したようですね。
「第二陣の発売が来月と決まった以上、その時に魔物プレイヤーが増加するようにせねばなりません」
「そりゃあ解るがよ、イーファ。何か策はあるのか?」
「ありますよ」
私の神域に集まった同僚達は驚いたようにこちらを見る。あなた方と違って、私はサービス開始以前から現状を憂いていたんですよ?作戦の一つや二つ、用意していますとも。
「次のイベントが何かは把握していますよね?」
「…無作為迷宮の御披露目イベント」
そう、フィールド上で無作為に出現する無作為迷宮の実装と、その御披露目がイベントの目的です。
無作為迷宮とは、出てくる魔物や内部の環境も完全に無作為で、入る前に解るのは推奨レベルのみ。そんな特殊フィールドへの入り口が無作為に野外に開くのです。
入れるのは先着一パーティーだけ。更に攻略失敗すれば叩き出され、攻略の成否に関わらず攻略が終わった段階で入り口も消えます。
次に同じ迷宮に挑むことは不可能な一期一会形式。しかし攻略出来れば一攫千金やレアアイテムの入手が高確率で狙える運要素の塊です。
「それをぉ、どう利用するんですかぁ?」
「それはですね…」
すっかり女神の寄り合い所となった私の神域で、五人の女神は第二陣で人外プレイヤーを増やすべく私の策をベースに計画を練るのでした。
という訳でボス戦終了!
最後がアッサリしてしまいましたが、批判は甘んじて受け入れます。即死対策をしていない方が悪いんです(キリッ)!
真面目に解説すると、即死の成功率は『敵の体力の減少』と『重ね掛け』で上昇します。耐性も無く、ボロボロだったから通じた訳です。
次回で二章は完結します。なので掲示板と同時投稿です。




