地底の氷原 その一
「本当に不死ばっかりだ!」
「こうしてみると圧巻っすね」
「地下墓地を思い出すのぅ…全員プレイヤーなのは大違いじゃが」
これが『不死の休息地』を訪れたルビーと源十郎の感想である。源十郎の言うように、墓守と遭遇した地下墓地もここと同じく不死だらけだった。
しかし、地下墓地の不死はここにいるプレイヤーのように固まって談笑したり冒険の準備を整えたりしてはいなかった。今は特にプレイヤーが多い時間帯だったのか、昨日よりも活気があるように思う。こういう空気は嫌いじゃない。
「やあ!イザーム君じゃないか!」
大きな声で私を呼びながら手を振って近付くのは、昨日一緒にこの縦穴を降りたコロンブスであった。彼、いや彼女か?とにかくコロンブスはまだここにいたらしい。
色々な場所を見て回りたいと言っていたので、もう去ったのかと思っていた。まだ見るべき場所があると判断したのだろう。
「今日は別のお友達と一緒なのかい?」
「ああ、全員クランのメンバーだ。ところで、ケースケ君は?」
「彼はまだログインしていないんだよ」
そうか、ケースケ君はいないのか。いたとしても嫌な顔をされてしまうだろうから、むしろいなかったのは僥倖であるかもしれない。
コロンブスの格好は初めて会った時とほとんど変わっていないが、その後ろには数人の不死がいる。どうやら全員がプレイヤーらしく、ここで仲良くなったのだと思われた。
「私がよろしくと言っていたと伝えてくれ。それじゃあまたな」
「ああ。攻略を楽しんでくれたまえ!」
コロンブスと別れた後、我々は『地底の氷原』へ向かった。これは降下中に話し合って決めたことで、昨日三人で挑戦した『炎苔の菌林』より難易度は下がるが、まだ見ぬアイテムを持ち帰ろうという意見で纏まった結果であった。
『炎苔の菌林』から最も離れた場所にある横穴の先に『地底の氷原』は存在する。横穴の入り口にまで霜が下りていて、それだけでも向こう側の寒さは察することが出来るというものだ。
横穴を抜けて『地底の氷原』に入ると、そこは一面に広がる氷の世界であった。天井からは無数の氷柱が垂れ下がり、それが地面に届くと太い氷の柱となってこの空間を支えているように見える。
地面は凍った池のようで、ほぼ平坦だ。歩きやすいのは間違いないが、滑るかもしれないので危険である。あまり火を扱わないようにするべきだろう。
「冷たっ!」
「ダメージは入ってないっすけど、辛そうっすね」
「うぅ、ボクには厳しい場所だよ…」
ただ、ルビーにとって優しくない環境であったらしい。どこもかしこも氷付けのこのフィールドは、粘体という常に表面積の大部分が地面と接するアバターだと冷たさをまともに感じてしまうようだ。
これは『黒死の氷森』で寒さ対策となる装備を用意していたのに寒さを感じたのと同じ理屈だろう。ルビーはたまらず飛び上がると、源十郎の肩の上に乗ってプルプル震えている。ルビーが寒がっているのに、源十郎が若干嬉しそうなのを私は見逃していなかった。
「寒いけど、視界は晴れてるね?」
「多分ー、地面の下だからー、雪なんて降らないんだよー」
ウールの言う通り、ここは極寒の空間であるが地底にある空洞だ。雪が降ることは当然として、吹雪くこともない。ただひたすら寒く、色味に欠ける静かなフィールドであった。
最初、どこか寂しさや切なさを感じさせる美しいフィールドには我々の足音が木霊していた。だが、しばらくすると遠くから誰かが戦っている音が聞こえてくる。ここにいるのが我々だけではないのだから当然だが、この幻想的な景色と戦いの怒号は相応しくないことこの上なかった。
「ここ、採取出来るモノがあるの?氷ばっかりだけど…」
「いやいや、甘いっすよ紫舟ちゃん。むしろ、この氷が採取するべきアイテムみたいっす。ほら、ここっすよ」
「あ、採掘ポイントだ」
シオが指差したのは無数にある氷の柱の半ば辺りにある採掘ポイントだった。一つの柱に複数のポイントがあるようで、あそこをツルハシなどで掘ればこの氷を採取出来るということだろう。早速やってみようか。
空を飛べる私とシオ、そして垂直な柱をよじ登ることが可能な紫舟の三人で最も大きな氷の柱の採掘ポイントを掘ってみる。するとカンカンという氷とは思えない高い音を立てて表面が剥がれ落ちたところ、思った通りにアイテムを入手することが出来た。
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氷結鉱 品質:優 レア度:S
石でもあり、氷でもある珍しい鉱物。
長い年月を掛けて水属性の魔力と金属が混ざり合うことで形成される。
加工は非常に難しいが、水属性のアイテムの素材としては最高級品である。
万年氷 品質:優 レア度:R
氷となってからとても長い年月を経た、特殊な氷。実際に一万年以上の間氷だったわけではない。
生半可な熱では溶けることはなく、常に冷たさを保っている。
温度を一定に保つことが出来るので、需要は非常に多い。
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【鑑定】してみると、両方とも使えるアイテムであると判明した。氷結鉱は水属性の武具や装飾品に加工出来そうなので、アイリスに預けるべきだろう。どのような武具になるのかはわからないが、彼女ならきっと上質な装備へと昇華させてくれるはずだ。多めに持って帰るとしよう。
もう一方の万年氷だが、これをどこかの部屋に入れておくだけでそこの部屋が冷蔵庫になりそうな性能である。私にはそのくらいしか利用方法を思い付かないが、しいたけとアイリスならば別の何かに変えてくれるかもしれない。なるべく多く持って帰るべきだろう。
「それにしても、さっきの…コロンブスだっけ?元気でハキハキした人だったね!」
「ああ。この世界の未知なる景色を探す探検家だそうだ。今日はいなかったが、相棒のケースケ君と一緒に行動しているらしい」
「へぇ~、そうなんす…おぉ?イザームさん、天井の氷柱も採取出来そうっす!」
そう言ってシオは天井の氷柱に向かって飛んでいく。アイテムに引かれる気持ちはわかるが、単独で離れすぎるのは問題だ。私は少し待つように注意しようとしたが、それは遅かった。
「うわあああっ!?」
油断していたシオを狙って幾つもの氷の槍が襲い掛かる。彼女は直撃こそ免れたものの、たまらず高度を落としてこちらと合流した。
「大丈夫か?」
「平気っす!」
「なら良かった。下で源十郎達と一緒に戦うぞ」
地面に降りると、源十郎達はすでに武器を構えて戦闘態勢に入っていた。それは彼らが上の様子がおかしいことを目撃していたのも理由の一つだが、それ以上に敵が我々三人を追ってきたのが主な理由である。
背後を振り返って敵を見ると、そこにいたのは掌サイズの人型魔物だった。水色の肌に群青色の髪を持ち、背中からは青い筋が入ったトンボを思わせる翅が生えている。この魔物の近親種に我々は見覚えがあるが…一応【鑑定】しておくか。
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種族:氷精霊 Lv52~55
職業:水氷賢者 Lv2~5
能力:【敏捷強化】
【知力強化】
【精神強化】
【水氷魔術】
【飛行】
【軽業】
【連携】
【操氷】
【矮躯】
【魔術耐性】
【水属性吸収】
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思った通りだ。セイの従魔であるテスに似ていると思っていたが、やはり近い種族であった。テスは光属性と幻惑することを得意とするが、あれらは水属性の使い手であるらしい。そんな敵が四体、こちらへ迫ってきた。
能力はあまり多くなく、しかも魔術師寄りの構成だった。【矮躯】という能力を見たのは小鬼以来だが、打たれ弱いのは見た目通りであるようだ。
しかし【操氷】という見たことがない能力には警戒するべきだ。最初に氷の槍のようなものが飛んできたが、この能力で作り出したものだと思われる。油断すれば思わぬダメージを食らうだろう。
こちらへ一直線に飛んでくる氷精霊は小さな少女のように見える。黙っていれば可愛らしいのだろうが、嗜虐的な笑みを浮かべる連中からは愛らしさなど微塵も感じられない。むしろレベルは高くないのに恐ろしいと思ってしまった。
「あれは何じゃ?」
「水属性に特化した氷精霊という魔物らしい。テスの遠い親戚で、水属性の扱いに長けている。特に氷を操るのが得意のようだ」
「可愛い見た目に騙されちゃダメってことね」
「…よく見たらー、あんまり可愛くないよー?」
「奇襲してくる可愛い子なんてルビーくらいっす、よ!」
源十郎の質問に、私は端的に答えた。ルビーは表面を伸ばして作った突起で短剣を構え、少し嫌そうな声色でウールが呟く。彼も私と同じ意見であるようだ。
地上付近まで降りたシオは、空中で宙返りをしながら素早く矢を放った。構えてから矢を放つまでのタイムラグがほぼなく、狙いを定める時間などなかったのに矢は真っ直ぐに氷精霊の一体を目指して飛んでいく。
「「「「クスクスクスクス」」」」
しかし、四体の氷精霊は笑みを浮かべたままヒラリと躱してしまった。【軽業】の能力によるものか、氷精霊は空中を軽やかに舞っている。小さい的がこうも動き回ると面倒なことこの上ない。
「ふむ、一つ試してみるかの」
源十郎はすでに抜いていた刀を鞘に納める。そして前翅を開きつつ踏み込むと、同時に後翅を羽ばたかせて高速で飛び上がった。その速度はシオの矢にも匹敵するだろう。
飛翔した源十郎は、刀を抜きながら氷精霊を斬りつけた。奴等はやはり避けようとしたが、目にも止まらぬ一閃はしっかりと氷精霊を捉えていた。二体の氷精霊は驚愕に目を見開いた状態で両断されて落下していった。
「むぅ。まとめて斬り捨てたと思ったが、逃げられたわい。儂もまだまだ精進せねば…」
「いやいやいや!斬っただけでも凄いと思います!」
着地した源十郎は四体全てを狙っていたようで、逃がしたことを悔やんでいる。即座に紫舟がツッコミを入れたが、全員が同じ気持ちであった。
何はともあれ、源十郎のおかげで敵の数は半分になった。残った二体は怒りの形相でこちらを睨みつけている。逃げるつもりがないのならちょうど良い。実は一つ、試してみたい作戦を思い付いている。実際にやってみよう。
「少し明るくなるから注意してくれ。閃光」
「「!?」」
私はこちらを凝視する氷精霊に目眩ましの魔術である閃光を使ってみた。すると残っていた二体は目を抑えながら空中での制御が利かなくなったように落ちてくる。おお、効果覿面だったようだ。
フラフラと落ちてくるところをルビーの短剣と紫舟の脚が斬り裂き、そのまま氷精霊は断末魔を上げることも出来ずに呆気なく討伐されたのだった。
次回は6月18日に投稿予定です。




