不死野郎
「ところで、そっちの二人は?人間っぽいけど…」
「縦穴を降りる途中で会った…同行者かな?」
「ケースケです。よろしく」
「コロンブスだ!よろしく!」
ポップが首を傾げて尋ねると、二人はそれぞれ自己紹介をした。彼女は二人の周囲をフワフワと浮かんだまま一回りした後、不思議そうな顔で尋ねた。
「二人は何でここまで来たの?光に弱い私達と違って、二人は島の上で遊べるのに」
「もちろん、私が探検したかったからさ!未だ見ぬ景色を見るためにこのゲームを始めたくらいだからね!」
ポップの疑問にコロンブスは胸を張って答えた。なるほど、名は体を表すと言うが、偉大な探検家の名前を付けたのには確固たる理由があったらしい。探検を求めてゲームを始めたのなら、謎の深い縦穴を見て降りたくなるのは理解できる。
縦穴と言えば、獄獣の湧き出る縦穴が今のティンブリカ大陸では問題となっている。四脚人達の生活を逼迫している地獄の魔獣達への備えもしなければならないだろう。
「そっか。ここにはねぇ、上にあるのと同じ迷宮の入り口と、横に延びる洞窟が幾つかあるよ。好きに冒険してね!別に私のものじゃないけど」
「ありがとう!早速行ってみよう!」
そう言ってポップはウインクして去っていった。うむ、彼女は自分を魅力的に見せる方法を知っているらしい。その様はまるでアイドルのようである。実際、去っていった彼女の周囲には男女問わず多くのプレイヤーが即座に集まっていた。ここにいる者達にとって、彼女はまさにアイドルなのかもしれない。
横穴の情報を聞いたコロンブスは、早速横穴を目指して歩き始めた。ケースケは苦笑しながら彼女を追い掛けてついていく。彼らと行動を共にするのは、どうやらここまでだ。
「僕達も横に延びる洞窟には入ってないんですよ。昨日はここから拠点に帰ってログアウトしたんです」
「横穴の情報は、仲良くなったクランの人達から聞いたんですけど…今日もいるかな?」
「居るぞ、モッさん」
「む…!?」
後ろから声を掛けてきたのは、エイジと同じくらいの巨体を誇る歩く屍体であった。最初、私はその人物がエイジと同じく金属の鎧を装備しているのかと思った。だが、よく見るとそうではない。身体に金属板を直接肌に鋲で打ち付けているではないか。
四肢にも同じように防具となりそうな金属板が鋲で張り付けてあり、手足にも刃物が埋め込まれていて殴ったり蹴ったりするだけでも痛そうだった。特に左手は何故かドリルになっていて、それが掘削用であれ戦闘用であれとてもロマンを感じる。
「アンタがイザームだな?俺はマック17。『不死野郎』ってチンケなクランのリーダーをやってるモンだ。マックでいいぜ」
「エイジから聞いているだろうが、私はイザームという。『夜行衆』というクランのリーダーをやっている。よろしくな、マック」
彼の後ろには歩く屍体だけではなく動く骸骨や幽霊が何人もいて、彼らが『不死野郎』というクランのメンバーらしい。見事に全員が不死で構成されていて、『不死野郎』の看板に偽りなしというものだ。
その人数はそれなりに多いらしく、今いない者がいることを考えれば少なくとも我々の倍以上はいそうだ。これだけの人数を纏めあげるマックの手腕は相当なものである。
「今から横穴に?」
「おうよ。今から稼ぎに行くぜって時にポップが騒いでたんでな、端から見物させてもらったぜ」
「…昨日も思ったんですけど、マックさんってポップさんが苦手何ですか?」
確かにエイジが言う通り、会話に交ざれば良かったのに遠くから見物するというのも妙な話だ。その質問に対して、マックはばつが悪そうに頬を掻いた。
微妙な反応がどういう意味なのか我々が図りかねていると、一人の動く骸骨が前に出た。金糸でアラベスク模様のような刺繍が施された灰色のフード付きマントを羽織り、真っ赤な刃の大鎌を担いだ死神のような出で立ちである。
「皆知ってる話なんでぶっちゃけると、兄さんとポップってリアルの知り合いでして。そっちでちょっと喧嘩したせいで、顔を合わせるのが気まずいんでーす。あっ、あたしはマック17の妹でサーラ28って言います。サーラって呼んでくださいね」
「そういう事情でしたか」
動く骸骨からは想像もつかない可愛らしい声でサーラは彼らの抱える事情を暴露した。彼女は詰るように大鎌の柄でマックの頭をガンガンと叩く。頭部にも張り付けてある金属板が大きな音を鳴らし、その音量はサーラの不満の大きさのようにも思えた。
「サーラ、余計なことを言うんじゃねぇっ」
「なーにが余計なことよ!ポップちゃんもクランメンバーなのに、兄さんが仲直りしないせいで一緒に横穴に行こうとしないんだよ!?」
「そうだ、そうだー!」
「いいぞ、サーラちゃーん!」
「痴話喧嘩はリアルでやれー!」
「お、お前ら…!?」
どうやらマックへの不満はサーラ以外のプレイヤーにも溜まっていたようで、『不死野郎』の面々は口々に野次を飛ばす。どうやら彼らにここまで不満が溜まっているとは思ってなかったらしく、それを初めて知ったマックは慌てふためいていた。
ただ、全員が文句を言っていてもギスギスしているようには見えない。野次も本気ではなく、茶化しているだけだろう。クランそのものの雰囲気は悪くなく、メンバーの仲も良好であるようだ。仲が良いからこそ、あれだけ好き放題に言えるに違いない。良いクランだ。
「ポップのことは置いといて…エイジとモッさんから聞いてるぜ。アンタも不死なんだってな?」
「その通りだ。我々のクランには私を含めて不死が二人いる。それがどうかしたか?」
「実はな、俺達のクランが見付けたクエストで不死のフレンドを一定数集めろってのがあるんだ。良けりゃ、俺達とフレンド登録してくれないか?」
「お礼に横穴の情報をプレゼントしますよー?」
「フレンド登録か…うーむ…」
私は即座に返答出来なかった。何故なら私には【深淵の導き手】というフレンドを始めとする私に関わった者達を深淵へと近付ける能力があるからだ。…実は同盟を結んだ時、私はそのことをすっかり忘れていた。
元々フレンドで、しかもPKであるウスバ達が深淵に近付くのはどうでもいいし、むしろ順当ですらある。だがコンラート達には問題があるかもしれないので、気付いた時に『妙な能力が使えるようになるかもしれない』と伝えておいた。
彼らは人類なので能力はまだしも種族に大きな影響が出るとは思えない。しかし、私と同じ不死である『不死野郎』のプレイヤーの場合は影響が出る可能性が高い。そのことを注意しておかないと、『こんなはずではなかった』と言う事態になるかもしれないだろう。
「登録するのは歓迎だが…実は、私には関わった者に影響を与える能力がある。その結果、君達の中に希望していたモノとは異なる種族になってしまう者が現れるかもしれない。それでもいいか?」
『不死野郎』の面々は私の発言を聞いてどよめいている。他者へ影響を及ぼす能力は数あれど、それは戦闘中の強化のように一時的なものが大半だ。種族にまで効果があるというのはかなり珍しいだろう。彼らの反応も頷ける。
彼らは動揺していたが、リーダーであるマックは落ち着けと言ってそれを収めた。彼は顎に手を当てて、言葉を選びつつ私に尋ねた。
「その影響ってのは、どんなもんか聞いてもいいか?」
「良い効果と悪い効果の両方が出る…かもしれない。確実に影響を及ぼす訳ではないし、まだ影響が出たという報告もないからわからないんだ。だから杞憂で終わるかもしれないが…」
「一応忠告しとこうってか?アンタ、思ってたよりお人好しだな」
「不死なんて種族を選んだ時点で、既に色モノだよ。もうちょっと変になっても気にしないよね、皆?」
『不死野郎』のメンバーは口を揃えてサーラの確認に頷いた。うむ、本人が良いと言うのなら良いのだろう。じゃあフレンド登録しておくか。
そう言うわけで『不死野郎』の全員…いや、ポップを除いた全員とフレンド登録をしておいた。彼らの中から深淵骸骨のような種族が現れるかもしれない。それはそれで面白そうだ。
「うっし、登録が終わったところで…横穴の情報を教えるぜ」
マックから教わった話によると、横穴は四本あるらしい。それぞれに出てくる魔物は異なっていて、難易度と雰囲気も異なるのだとか。
その中で我々に関係あるのは、難易度で言うと一番目と二番目の横穴になるだろう。最も難易度が高い横穴は『炎苔の菌林』といって、燃え盛る苔と巨大なキノコが並ぶ場所だという。
現れる魔物のレベルが60~70でそれなりに強いが特に苦労することなく勝利することは出来そうだ。素材も珍しいものが多く、稼ぐことだけを考えるならここ一択であろう。
二番目に難易度が高い横穴は『地底の氷原』といい、氷に覆われた壁と氷を操る魔物の巣窟だ。魔物のレベルは40~60と少し低めである。それに加えて、どうやら動く骸骨と化したこの縦穴で死んだ魔物も徘徊しているらしい。水や氷を連想させる素材や骨の素材が欲しいのなら、こちらを選ぶと良いだろう。
「二人とも、どっちがいい?私はどちらでも構わない」
「はい!今日はガッツリ戦いたい気分なので、難しい方がいいです!」
「なら『炎苔の菌林』ですね」
私がどちらに行くか尋ねると、エイジが手をあげて希望を述べる。私とモッさんはどちらでも良かったので、その意見を採用することとなった。
「…羨ましいぜ。俺達は『地底の氷原』に行くから、ここでお別れだ」
「ああ、有意義な情報をありがとう」
「さよーならー!」
『不死野郎』のメンバーとは目的地が異なるので、ここで解散する運びとなった。マックが私に羨ましいと言ったのは、きっと彼が【火属性脆弱】を持つ不死だからだろう。自分の弱点を突く敵が無数にいるフィールドに足を踏み入れるのは無謀であるが、行ってみたい気持ちはある。それが『羨ましい』という言葉に繋がったのだ。
彼には申し訳ないが、もう『炎苔の菌林』へ向かうことは決まったことだ。我々は未知への期待で胸を膨らませながら、『炎苔の菌林』へと向かうのだった。
次回は6月2日に投稿予定です。




