這い上がる新たな脅威
迷宮を攻略してアイテムの交換会を行った翌日、私は再びログインしていた。ただし、今日はイベントエリアには行かずに『霧泣姫の秘都』で過ごすつもりだ。昨日は疲れたのでのんびりしたいのである。
初日は問題を起こし、二日目は自主規制、三日目は迷宮攻略とイベントにはあまり関わっていないのが現状だ。イベントそのものは一週間続くようだが、ランキングやら何やらとは関係ないし興味もない。自由にやらせてもらおう。
「むっ、メッセージが届いている…コンラートからか」
すると、メッセージが届いていることに気がついた。送り主はコンラートで、どうやら私のことは上手く隠してくれたらしい。と言うのも、特殊ボスの存在を公開することでプレイヤーの目をそちらに向けたのだとか。
イベントに参加している我々以外の魔物プレイヤーの中にも、当然だが『蒼月の試練』を攻略した者はいる。特殊ボスに挑む資格を持つ者は、共に攻略出来る者を探すことに必死になっているのだ。
資格のない者も、他にも特殊なボスを出現させる条件があるのかもしれないと色々と試しているようだ。龍のことは気になるようだが、行方を眩ませた私よりも今は明らかになった隠されたボスが話題になっているのである。
中には龍について知りたいと食い下がる者もいたようだが、私の頼んだように情報を売る相手も選んでいるようだ。龍神様を激怒させることがないように願いたい。
「うーん、ログインしている皆は揃ってイベントエリアか。やっぱり私も行くか?」
仲間達の状況を確認すると、彼らはイベントをエンジョイしているようだ。今日は拠点の周囲をカルと飛行しつつ、何か新たな発見がないか調べるつもりだったのだが、こうもイベントに皆が行っているならやっぱり行きたくなってくる。どうしようか?
そんなことを考えながら宮殿の外に出ると、広場でカルが日向ぼっこをして眠っていた。ティンブリカ大陸はほぼ常に暗雲に包まれているが、時折雲の切れ間から陽光が降り注ぐことがある。その下で眠るのがカルの日課となっており、そのせいで眠っている場所が毎日違う。今日は分かりやすい場所で良かった。
「グルルルル…」
「起こしてしまったか?」
私がカルに近付くと、足音に気が付いたのかカルは目を覚ましてしまった。それからゆっくりと頭を上げ、甘えるように鼻先を寄せてくる。私が抱きかかえるようにしてその頭を受け止めてから優しく撫でてやると、嬉しそうに高い鳴き声を上げた。
「よしよし。やはり、今日は一緒に空を飛ぶとするか」
「グオオン!」
うん、決めたぞ!今日はカルと遊んで過ごす。仲間と共に冒険したり戦ったりするのも楽しいが、カルと空を満喫するのも同じくらいに楽しい。ならば初志貫徹ということで、当初の予定通りに進めるとしようじゃないか!
カルは四枚の翼を広げ、姿勢を低くして背中を向ける。そこに私が飛び乗ると、カルは力強く羽ばたいて大空へと凄まじい勢いで舞い上がった。
「おおおおお!?」
「グオオオオン!」
一気にかなりの高度まで上がったカルは、そのまま空中で一回転してみせる。それから水平に飛行しつつ、いつもの速度へと減速していった。
今日はずいぶんと機嫌が良いらしい。カルがはしゃいでいる姿を見ると私まで気分が高揚してくる。やはり、私はジゴロウの言うように親バカなのだろうか?
「グオォ?」
「目的地は特にないよ。自由に、しかし空中の敵に気を付けて飛ぶとしようか」
「グオッ!」
任せろといった風に鳴くと、カルは『霧泣姫の秘都』を中心に円を描くように飛び始めた。ずっと同じ場所を飛ぶつもりだろうかと思ったが、どうやら少しずつ円の半径を大きくしているらしい。つまり、カルは渦巻き状の軌跡を描いているのだ。
拠点の周囲に敵はいないので、接敵することはない。空を飛ぶことが目的なのだからそれで良い。仮面越しに感じる風が心地よい反面、眼下に広がる都を中心に灰が広がっている景色にはどことなく寂寥感を抱いてしまった。
そう言えば、この灰はどこから来ているのだろうか?ボスの片割れであったクロードの頭蓋骨から出ていたし、彼は灰をコントロールしていたと記憶している。なので私はてっきり彼が作り出しているのだと思い込んでいた。
しかし、灰は一向に減る気配がない。それどころか、気のせいかもしれないが若干増えている気もする。謎は深まるばかりだ。
個人的には自分を回復させてくれるアイテムなのでありがたい。しいたけも灰を利用したアイテムの作成に着手してくれているし、じきに完成品を見せてくれると信じている。手軽な回復手段が早く欲しいものだ。
「ん?あそこにいるのは四脚人か?しかし何だ、あの人数は…?」
カルと空を楽しんでいると、草原を歩いている四脚人の集団を発見した。中央にいる女子供を守るように男達が囲んでおり、その隊列には乱れはない。まるで軍隊のように統率がとれていた。
彼らがここにいること自体は不思議でも何でもない。気になったのはその数であった。彼らは夫婦とその子供という家族単位で放浪するという生活を送っていると聞いた。なので明らかにこの集団は多すぎる。一体何が起きているのだ?
「おお?あそこにいるのはルシート殿か?」
四脚人の集団の中に、私は見たことのあるシルエットを見付けた。それは以前に遭遇した四脚人の一家の家長であったルシート殿である。彼は先頭の集団に混ざって油断なく周囲を警戒していた。
左右を守る者には息子のアバート君がいて、守られている中にアバシン殿とルシンがいる。あの一家もいるとは…本当に何があったのだろう?
カルも仲良くなったルシンを見付けたのか、彼らの上空へ向かって行く。そしてその上でゆっくりと旋回し始めた。すると下の彼らは俄に騒がしくなって、四脚人達は急いで武器を構えている。そんな同胞をルシート殿は慌てて止めて、ルシンはピョンピョンと跳ねつつ尻尾をブンブン振っていた。
敵ではないと説明してくれたらしい。我々もそれに呼応するべきだ。カルに頼んで速度をより落とさせ、警戒させないようにゆっくりと少し離れた場所に降下させた。ズシン、と重量感のある音と共にカルが着陸すると、ルシート殿が駆け寄って来た。
「お久し振りです、ルシート殿」
「貴方は何時も突然ですね、イザーム殿。しかし、助かりました。実は折り入ってお話が…」
「かるしゃーん!」
ルシート殿、と言うかこの場にいる四脚人全体にとって何か問題が起きたらしい。それについて聞いてみたかったのだが、その前に駆け寄って来たルシンがカルの前足に飛び付いた。
両手と四本の脚を使って自分の身体を登ろうとする彼女を、カルは姿勢を低くしてアシストしてあげる。よじ登ったルシンは素早くカルの背中に立って楽しそうにはしゃいでいた。
「娘がご迷惑をかけます」
「いえいえ、カルもあれで楽しんでいますので。それでお話とは?」
「ええ、聞いていただきたいことがあるのです。こちらへどうぞ」
ルシート殿に先導されて、私とルシンを乗せたカルは四脚人達の集団と合流する。どうも彼らはルシート殿から我々の話を聞いていたようで、警戒と言うよりも強い好奇心を抱いているようだった。
好奇の視線を浴びていると、一人の大柄な四脚人がやって来た。それは筋骨隆々の立派な体躯に白銀の鬣を揺らす、獅子の四脚人である。
威風堂々とした風格から、きっとこの集団のリーダーなのだろうと推測した。四脚人の衣服は皮を使った簡素なものばかりだが、彼だけは異なる。黄金に輝く腕輪や明らかに金属製だとわかる鎧を纏い、刃が一メートル近くありそうな大型の矛を携えているのだ。
その武器と防具に刻まれた傷跡から、かなりの年代物だと推察される。代々受け継がれて来た業物、ということだろうか?何にせよただ者ではなさそうだ。
「貴殿がルシートの二本足の友、イザーム殿であるか?」
「いかにも私がイザームですが…貴方は?」
「我はレグドゥスと申す。よしなに」
レグドゥス殿は骨の身体に響く重低音でそう言って手を差し出した。握手を求められたのだと思い、私も手を伸ばすとガッチリと握られた。
あっ、力が強すぎてちょっとダメージ入ってるぞ?加減が苦手と言うより、私のような骨だけという貧弱な肉体の相手と対峙した経験がないのだと思う。気にしないでおこう。
「レグドゥス殿は四脚人の長なのですか?」
「それが四脚人という種族全体を纏める者という意味ならば否である。我が一族は代々、どこかの家族同士で揉め事が起きた際に調停する役目を負うものなり。今は非常時故、武勇に優れる我が指揮を執っておるに過ぎぬ」
四脚人の繋ぎ役といった立ち位置の一族なのか。あくまでも調停役であって、族長や王様のように強い権限を持っている訳ではなさそうだ。
しかし、何らかの権限を持っていなければ、周囲の尊敬を集められないと言うことにはならない。ルシート殿を含めた四脚人達がレグドゥス殿を頼りにしているからこそ、暫定的にでもこの集団を統制を乱さずに率いることが出来るのだ。
「それは失礼。貴殿方のことを知らなかったことを許していただきたい」
「謝罪は不要なり。それよりも、事は一刻を争う」
「…一体、何が起きているのですか?」
真剣な表情で語るレグドゥス殿の様子から、ただ事ではない何かが起きていることがわかった。それはきっと、この大陸に拠点を置いている我々にも無関係ではいられない。早めに話を聞くべきだ。
「ここより南西に下った海岸沿いに、大きな縦穴がある。そこはこの世の底に…地獄、そして深淵に繋がっておると言う」
「地獄に深淵…」
地獄と深淵。両方とも私に縁深い単語だ。地獄の話はつい昨日ウスバやコンラート達としたばかりだし、深淵は私の種族に関わる場所である。興味を持つなと言う方が難しいと言うものだ。
「我が一族の口伝によれば、あれは世界中に複数ある地獄へ繋がる穴の内の一つと聞く。これまでは静かだったのだが…そこから獄獣が溢れだしておるのだ」
「私たちも家族を守るために戦ったのですが…逃げるので精一杯でした。家族を失った者も多く、ほぼ全員が心身共に疲れ果てているのが現状です」
「それで安全な場所を求めて私達が攻略した黒壁の内側…『霧泣姫の秘都』を目指していたと言うことですか。わかりました、ついてきて下さい」
レグドゥス殿とルシート殿は揃って頷いた。獄獣の恐ろしさは私もよく知っている。これまで召喚したのは謎の虫と『暴食』の舌らしきものだけだが、どちらもその場で活躍してくれた。強力な存在であることは言うまでもない。
あれが敵に回り、しかも数が多いとなれば問題だ。詳しく話を聞かなければなるまい。私はルシンを乗せたままのカルを伴って、彼らを『霧泣姫の秘都』へと案内するのだった。
次回は5月13日に投稿予定です。




